吾輩はハロン棒である。
立派な名前などはむろん無い。ただターフの脇に等間隔で突っ立っている、白と赤に塗り分けられた木偶(でく)である。人間どもは吾輩のことを「残り一ハロン」という味気ない距離の記号としてしか認識していないし、それで構わない。
吾輩には走る脚もなければ、歓声を上げる口もない。春のうららかな陽射しに微睡む日もあれば、夏の灼熱に塗料を焼かれる日もある。秋の冷たい雨に打たれ、冬の身を切るような空風に晒されながらも、ただただこの地面に深く突き刺さり、己に課せられた「そこにある」という役割だけを全うしている。
ここがどこであるか、吾輩には大した興味がない。右回りの芝生であろうと、左回りの砂地であろうと、空が抜けるように青かろうと、凍えるような泥濘であろうと、吾輩のやることは変わらない。
ただ、毎週のように繰り返されるあの馬鹿げた徒競走――「レース」と人間どもが呼ぶ狂騒の儀式を、最も特等席で傍観するだけである。
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コース上に並ぶ吾輩の仲間たちは、それぞれ見つめる景色が違う。ゆえに、内に秘めた矜持もまた異なっており、風の噂に乗せて己の立つ場所がいかに優れているか、どれほどドラマチックであるかを密かに自慢し合っている。
たとえば、第3コーナーの終わり、残り600メートル地点に立つ「彼」は、いつも少し小馬鹿にしたような、斜に構えた顔でレースを見下ろしている。
「ここから見る『駆け引き』こそが、レースの至高にして究極の醍醐味というものさ」
彼はよくそううそぶく。彼の立つ場所は、いわゆる勝負所の入り口である。馬群は凝縮し、張り詰めた糸のように緊迫した空気がターフを支配する。ウマ娘たちは息を潜め、手綱を引き絞りながら、誰が先に動くのかを牽制し合う。
彼によれば、この地点を通過する時のウマ娘たちの「眼」がたまらないのだという。
前を走る者の背中をじっと睨み据える眼。背後の気配を察知しようと小刻みに動く尖った耳。インコースの僅かな隙間に身体をねじ込もうとする冷徹な計算。あるいは、大外から一気に捲り上げようと脚を溜める底知れぬ野心。
「皆、自分こそが一番賢く、一番強いと信じて疑わない。己の計算通りに事が運ぶと思い上がっている。その虚栄心と知性が火花を散らす様が、たまらなく滑稽で美しいのだ」
600メートルの彼は、そう言って嘲笑う。知性のぶつかり合い、欺瞞とフェイントの応酬。それが彼の愛する景色である。
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やがて、極限まで張り詰めた糸は弾け、群れは最終コーナーを回りきり、残り400メートル地点に立つ「彼」の前へと殺到する。
「お前たちには到底分からないだろうな。この、世界そのものが爆発するような熱狂の中心に立つ気分は」
直線入り口に立つ彼は、仲間内でも一番の自信家であり、ひけらかし屋である。
彼が自慢するのも無理はない。そこは、スタンドを埋め尽くす何万という人間たちの地鳴りのような歓声が、最も劇的に鼓膜を打つ場所だからだ。
最後の直線を迎え、視界が一気に開けた瞬間、ウマ娘たちはそれまで被っていた理性の仮面をかなぐり捨てる。圧縮されていたバネが弾け飛ぶように、スパートが開始される。
「歓声があがり、彼女たちの瞳に『勝利』という名の希望が最も強く宿る瞬間だ。緻密だったはずの計算が吹き飛び、ただ前へ、前へと理性が熱に浮かされていく。美しく完成されたフォームでターフを蹴り上げるその姿は、まるで神話の女神のようではないか」
400メートルの彼は、夢見るように語る。彼が見ているのは、ウマ娘という存在が放つ、最も華麗で、最も希望に満ちた輝きの頂点である。限界を知らぬかのように躍動する筋肉と、勝利を信じて疑わない輝かしい瞳。それが彼の誇りだ。
だが。
彼らは何も分かっていないのだと、吾輩は思う。
600メートルの彼も、400メートルの彼も、ウマ娘たちの「本当の姿」を直視してはいない。
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残り200メートル地点。
すなわち、この「吾輩」の前に広がる景色こそが、彼女たちの真実である。
遠くから響いていた観客の歓声は、もはや空虚なノイズでしかない。地響きは、いよいよ腹の底を揺らすような暴力的なうねりとなって吾輩の足元に迫ってくる。
来た。
先頭を切り裂いて現れたのは、泥に塗れた芦毛の少女であった。
600メートル地点で見せていた賢しらな駆け引きなど、とうに消え失せている。インを突くかアウトを回るかといった知的な計算は、彼女の頭の中には一ミリも残っていないだろう。
400メートル地点で宿していた輝かしい希望の光も、もはやここにはない。勝利への甘い期待は、四肢に鉛のように絡みつく乳酸と、肺を焼き焦がすような酸欠の苦痛によって、無惨に打ち砕かれている。
スタート前にはあんなにも色鮮やかで誇り高かった勝負服は、跳ね上がった泥と滴る汗で見る影もなく汚れきっている。
神話の女神のように美しかったはずの顔は、あまりの苦痛に醜く歪んでいる。開いた口からは涎が飛び散るのも構わず、ただ貪欲に、ひたすらに酸素を求め続けている。ひゅー、ひゅーという、絞り出されるような悲痛な呼吸音が、喧騒を切り裂いて吾輩の耳に届く。
その後ろから、鬼のような形相をした黒い影が迫る。
彼女もまた、限界をとっくに超えている。フォームは乱れ、首は高く上がり、無駄な力が入りまくっている。それでもなお、前を走る芦毛の背中に食らいつこうと、己の命の残滓を燃やすようにして脚を前へ投げ出している。
ダァン、ダァンと、蹄鉄が芝を引き千切る重く鈍い音が響く。
抉り取られた緑の芝と黒い泥土が、吾輩の胴体にバチバチと弾け飛ぶ。二つの影が並び、交差する瞬間、むせ返るような強烈な汗の匂いと、火花でも散っているかのような異様な熱気が、一陣の暴風となって吾輩を包み込んだ。
そこには、優雅さなど微塵もない。
計算も、知性も、スマートな美しさも、希望すらも、吾輩の前ではすべて剥がれ落ちるのだ。
ここにあるのは、ただ一つ。
「誰よりも先に、あの白い板を駆け抜けたい」
という、ひたすらに剥き出しの、ほとんど暴力に近い本能だけである。
骨が軋もうが、筋肉が断裂しようが、心臓が破裂しようが構わない。ただ半バ身、いや、首の皮一枚でもいいから、前に出たい。他者の夢を打ち砕き、己の我執のみを世界に刻み込みたいという、恐ろしいほどの執念。
まったく、人間ならざる彼女たちが、なぜ己の命を削るようにしてまで走るのか。何が彼女たちをそこまで駆り立てるのか。金か、名誉か、それとも誰かとの約束か。吾輩のような、ただ突っ立っているだけのタダの木の棒には到底理解できない。
しかし、理解はできないが――すべてを投げ打ち、身の内のすべてを燃やし尽くして前だけを見据えるその無様な横顔が、背筋が凍るほど美しいことだけは、認めざるを得ないのだ。
彼女たちは、一瞬の嵐のように吾輩の横を通り過ぎ、ゴールへと向かっていく。
後に残るのは、千切れた芝の匂いと、微かに震える大地の余韻だけだ。
吾輩は、今日もまた無言のまま、ただこの場所に立ち尽くしている。彼女たちが命を燃やしたこの残酷で美しい残り200メートルの記憶を、誰に語ることもなく、己の木目に深く刻み込みながら。