「公爵令嬢、貴様との婚約を破棄する!」
王太子が宣言すると、夜会場がどっと湧いた。
「来た! 婚約破棄だ!」
「始まるのか、ざまぁが!」
普段はお高く止まった貴族達が口々に喚き出す。
「ふふふっ……、紹介しよう。彼女こそが、私の真実のパートナーだっ!」
そして、花道へスポットライトが当たる。照らし出される天鵞絨。そこに立つのは——。
「hey darling! tequila de Mexican!」
ルチャ衣装に身を包んだ、一人の女であった。
「……」
公爵令嬢は、何も言えなかった。
目の前にはルチャドーラ。
そして会場には、期待に満ちた
タタタタッ。
軽快な足音と共に、長い金髪、真っ赤なレスリングシングレット、豊満長い胸部、青い覆面がリングへと向かう。そして、その身が軽やかに跳んだ。
トン。着地音は、軽いものだった。
「ヘイ! カモン! ベイベー! フアッキュービッチ! ユーアーファザーファッカー! アーンチュー?」
マイクを握り、煽るルチャドーラ。その金髪の根本は黒かった。BLEACHである。
「なん、……だと……」
呆然とする観衆達。天然パッキンを期待していたら、まさかの養殖ものである。メキシコは、案外に天然金髪が少ない。
「流石だな、我がパートナーよ。トラッシュトークも大したものだ。アイラービュー」
王太子も夜会衣装を脱ぎながら、四角いリングへと登る。彼が纏うは白地に赤。シンプルなシングレット。日の丸が描かれていた。
「いやん! ダーリン恥ずかしい!」
ルチャドーラは倒立しながら恥ずかしがる。
「……」
公爵令嬢には、やはり何も言えなかった。
「さぁ、リングに上がれ公爵令嬢! 公開処刑だ!」
高らかに笑う王太子にも、何も言えないでいる。
「リングに上がるヤツはら手を叩け!」
「ストリート育ちのルチャドーラは手を叩け!」
観客は盛り上がる。公開処刑はとても盛り上がるものだった。そしてその大多数は、ルチャドーラ王太子タッグ側にいる。
「キスマイアス! ファックビッチ! 貧乳!」
ルチャドーラの口も悪い。
この異常な事態を誰も問題としていない。目が眩みかける公爵令嬢であった。彼女は四角いリングから視線を逸らし——。
「お嬢様」
する事が出来なかった。ただ一人、公爵令嬢へと寄り添った老爺のために。
禿頭に出っ歯すきっ歯、眼帯。腹は中年太りにより大きく突き出している。
「儂が、セコンドにつきやす」
背中を押されてしまう。見知らぬ男性に。
「かかってこいよ令嬢!」
「ダイナマイトプッシーキャット!」
単純ながらも明白な煽り。群衆の期待も最高潮となる。そして、見知らぬ老爺に手を引かれ令嬢はリングへと上げられた。
「儂は、信じております。お嬢が最高のレスラーだって……」
そう言わらてしまえば仕方がない。令嬢は肉体に力を込める。
パツンと、夜会ドレスが弾けた。
現れたのは、傷一つない白きレスリングシングレット。日の丸だけが赤い。
「きたきたきたー! 元世界令嬢レスリング王者、元世界王族タッグバトル一位、元宇宙ざまぁ選手権暫定女王、我等が公爵令嬢様が、俺らのリングへ帰って来たぞー!」
熱狂に湧く実況と解説。
観客はますます盛り上がる。
「ゴーバトル、レェディ、ファイ!」
カーンとゴングが鳴った。
突っ込んでくる王太子。ストロングスタイルの基本とも言えるタックルだ。令嬢は額を合わせると、がっしりと受け止める。
「ふははは! 貧相な乳め! 貴様に私のパワー、耐えられるかな?」
上背も筋力も上なのは王太子。それは令嬢も知っている。それでも四つに組んだのは——。
「何度も申し上げておりますが、足元がお留守でしてよ」
「ぐっ!」
鞭の様にしなる令嬢のローキック。
ビシビシと良い音を立ててゆく。
二人は元、タッグパートナー。強みも弱みも熟知している。かつてはスパーリングでも、これだけで完封していた。
「甘い! 甘いぞ令嬢!」
猛る彼に、何が出来るか。そう思った瞬間に、背中へ激痛が。
思わずローキックを止めてしまい、押し込まれる。だが令嬢は無理やりに振り切ると王太子の後ろへ回り、バックドロップ。
固めはせず、素早く離れた。王太子とは位置を入れ替えた令嬢の見たものは。
「〜 」
口笛を吹きながら視線を逸らす、ルチャドーラであった。
そう、この試合は一対二の変則タッグマッチ。令嬢は、二人を相手取らなくてはならない。
攻防が続いた。正統派レスリングの王太子に、変幻自在を売りとするルチャドーラ。
いかな公爵令嬢であろうとも、難敵であった。
「クハハッ、どうだ? 得意の極め技にも入れぬ屈辱は!」
正統派レスリングスタイルにて何度も突っ込んで来る王太子は疲れ知らずであったし。
「tequila de Mexican!」
巨乳を活かした飛び技に、絡み付くジャベを用いて襲い来るルチャドーラは狡猾であった。
令嬢は消耗してゆく。三カウントを取るための大技に、入る余裕がない。タップを取る極め技も、例え一時的に極めたとしてももう片方にカットされた。
なんとか大技を凌いでいるものの、これ以上消耗していては、ツーブラトンに耐える体力はなかった。
公爵令嬢は再び王太子と組み合う。
「ククク、オレ様と我がタッグパートナーは貴様とは違い以心伝心。また後ろから、撃たれるとよいわ貧乳が」
得意気に笑う男。女は下から睨め付ける。シングレットは揺れないでいる。
令嬢は背中に強烈な殺気を感じている。彼女程の使い手ならば、見なくてもわかる。
ルチャドーラはトペ・スイシーダの体勢に入っていた。
「あんな頭も尻も軽そうなルードに、随分とご執心なこと。まぁ、筋トレプロテインマニアにはお似合いかもしれませんわね。おっほっほ」
トラッシュトークなら、令嬢だって得意であった。
「貴様! 許さんぞ! ストリートチルドレンを舐めるなぁ!」
王太子の殺気が膨れ上がる。だがそれがフェイントだと令嬢は知っていた。後ろからの殺意を、誤魔化すためのもの。
令嬢は素早く片手のクラッチを切ると、王太子の胸元、鳩尾を抉った。拳で。
「おまっ、それ反則……」
苦悶の声を上げた王太子が覆い被さる様にして公爵令嬢にのしかかる。
「リングには、五カウントルールがありますのよ」
令嬢は嫣然と微笑む。不可抗力により力の抜けた王太子、その下から抜け出して。
そして響いた激突音。
ルチャドーラの頭部は、王太子の厚い大胸筋へと減り込んでいた。そのマスクの下の瞳から、星が散っている。
「悪いルードには、天に代わってお仕置きよ」
低い姿勢から、足を上げる令嬢。そのスラリとした脚はルチャドーラの首元へと絡み付く。
「あ、あれはまさか——」
そのまま全身を回転させるその技の名は。
「フランケンシュタイナー。ルチャドーラならば、ルチャらしい技で沈みなさい」
令嬢はルチャドーラの頭を、マットへ叩きつけた。
ゴングは鳴らず、カウントも発生しない。令嬢はルチャドーラを固めなかった。
「そして、貴方にはお仕置きよ」
王太子の身体に潜り込んだ令嬢は腕を取る。太い腕を曲げ、もう一方の腕で四の字を作り絡めながら、自分の手首を掴んだ。
王太子の腕を背中に回し込む様に捻り込み、肩へとダメージを与える姿勢とする。
「あ、あれは!」
沸く観客は皆、知っている。
「チキンウィングアームロック。王太子殿下、貴方はもう、チキン野郎ね」
密着した身体に、粟立つ王太子の肌を感じた。
この快楽は何者にも変え難いもの。
故に公爵令嬢は、かつてリングを降りた。現役引退だ。王太子妃として、生きるために。
「ぐっ、おお……」
どんなに頑張ろうが、抜けはしない。令嬢がそう支配しているためだ。そしてそれは、長年に渡りこの男の身体へも刻み込んだもの。
力なく王太子の指が、タップを示した。
だが令嬢には緩めない。緩めるときはそう——。
カンカンカンカーン!
「熱戦を制した勝者は、公爵令嬢ーーーーーーっ!」
勝利のゴングが鳴るときだった。
歓声に包まれるリング。関節技を解き、片手を上げた令嬢は、勝利の余韻に酔いしれた。
「はーい! 流石チャンピオン、グッドファーイト」
ルチャドーラも祝福してくれる。プロレスはノーサイド、遺恨も全てブックであった。一部例外を除いては。
「くっ! 何故だ、何故勝てぬ! こんなつるぺたの貧乳に……」
拳をリングへと叩きつける王太子。
この男は、何を言っているのだろう。令嬢は訝しんだ。
「貧乳は趣味ではないのだ。バインバインが良いのだ私は! 乳さえあれば、王位などいらぬ!」
涙を流す王太子。
「hey darling! おっぱいでちゅよー、ばぶー」
胸で抱きつくルチャドーラ。その乳は養殖だろうと令嬢は看過していた。それでも、そういう事かと彼女は合点する。
「ときに王太子殿下。婚約は、破棄という事でよろしくて?」
穏やかに微笑みかける令嬢は、淑女の鏡であった。
「当たり前だ、鬼畜貧乳め。乳なき者に人権はない」
そういう事かと納得した令嬢だった。彼女は己の胸へと手を掛ける。
そして、シングレットの下の拘束具を剥ぎとった。
「ふぅ、苦しかったですわ」
豊満な乳が、ノーブラの乳がシングレットの下で揺れる。実に、たわわであった。そのサイズはSuicaを上回る。
「oh、ぱーい」
「お、おまっ、反則だろそれは!」
愕然とする王太子、その視線は大きく揺れる双丘に釘付けだ。
「残念でしたわね。馬鹿な真似をしなければ、このお乳を好きに出来たのに」
寄せて上げて見せてやる。ただでさえ深い谷間が、更に深まった。
「婚約破棄は破棄だ! 王太子令だぞ!」
そんな真似は許さない。もしも無法を働くならば、またリングで決着をつければ良い。それが王国の理であるのだから。
「ざまぁ、ですわよ。おーっほっほっほ!」
高笑いをしながら、公爵令嬢は花道を行く。
彼女はまだ、登り始めたばかりだ。この長いざまぁ坂を。
happy end
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