「おらぁっ!!」
向かってきたエーテリアスの腕を斬り落とし、返す刀で胴体を斬り伏せると、コアが崩壊してエーテリアスが消滅した。
そうして、その場にはエーテリアスが持っていたと思われるブローチのみが残された。
「よし、傷つけずに回収出来たな」
今回の依頼は、先ほどのエーテリアスの討伐──ではなく、このブローチを依頼人に引き渡すというものだった。
何でも、依頼人がホロウ内でブローチを落としたことに気がついたは良いが、取りに戻ったところでエーテリアスにブローチを拾われている場面を目撃したそうだ。
一目見てそのエーテリアスに勝てないと察したものの、『大切なブローチなので、どうしても取り戻したい』とのことで、今回依頼してきたというのが背景らしい。
「いつ見ても凄いね。僕の目じゃキミの太刀筋は見えないよ」
「あんがと。でもおだてても何も出ないぞ?」
声をかけてきたのは、ゴミ山の影から姿を現したボンプだった。
「おだててなんかいないさ。キミの実力を買っているからこそ、今回の依頼の同行をお願いしたんだからね」
「それはほんとにありがとう」
おかげで稼がせてもらってます。なんて思いながら、俺はボンプに頭を下げた。
このボンプはただのボンプではなく、人が遠隔で操縦しているらしい。そんなの他で聞いたことないんだけど、マジでどんな技術使ってるのか気になる。
ちなみに今のボンプからは男の声がするが、日によっては中の人が変わって女性の声がすることもある。
それぞれ兄と妹の関係らしく、二人ともプロキシとしての能力が飛び抜けて高い。おかしいだろ、なんでバグレベルの技術を持つプロキシが二人で固まってんだよ。
「そのブローチ、貰っても良いかい? 依頼人には僕から届けておこうと思ってるんだ」
「了解。じゃあ頼むわ」
しゃがんでプロキシ兄にブローチを渡すと、俺は解放されたような気分になって背を伸ばした。
「あ〜! つっかれたぁ!」
「ふふ……いつもと大して変わらなかったじゃないか。僕が対象を見つけてキミが斬る。今日だって30分もかかっていないよ」
「いやいや、そうじゃないんだよ。なんつーか、ここまで来るのに疲れたっていうか……」
「それは……どういう意味だい?」
「今日で引退するつもりなんだよ、俺」
「…………ん?」
急にプロキシ兄の動きが止まった。え、何。どったの?
「……い、引退? それは、どういう……?」
「え? いや、ホロウレイダー辞めるって意味だけど……」
「………………ちょっと待ってほしい」
なんかプロキシ兄が頭を抱え始めた。こころなしかンナンナ唸ってる声が聞こえる気がする。
「も、もしかして、何かの冗談かい……?」
「いや、本気だけど。ほら、前々から言ってたじゃん。『ある程度お金貯まったらFIREする』って」
「あれは冗談じゃなかったのか……!?」
「嘘つく理由ないだろ」
「それは、そうだけど…………」
なんならホロウレイダーとして知り合った全員にこれ言ってるしな。FIREするために頑張ってきたと言っても過言ではない。
「で、でも、今後も物価の上昇とかがあるだろう? いくらある程度の貯金があるとは言っても、収入が無くなってしまったら安定しないんじゃないかい?」
「いや、完全に働かなくなるわけじゃないんだ。アルバイトとかのかるーい仕事はしようと思ってる。ずっとゆったりしてるってのも、社会から外れたみたいでアレだしさ」
「……そうか」
プロキシ兄は少し俯くと、覚悟を決めたような表情で俺の目を見てきた。
「僕は、キミの素顔を知らない。名前も知らない。キミがホロウレイダーを辞めてしまえば、もう会うことはないだろうね」
「……かもな」
俺はホロウレイダーとして活動するときは、常にフルフェイスヘルメットを被っている。服も肌を露出しないモノを選び、刀の鞘だって普段使いしているモノとは別のものを使っている。
そこまで徹底するのは、ホロウレイダーを辞めた後のことを考えているからだ。
仮にFIRE出来たとて、元ホロウレイダーだとバレてしまえば全て水の泡だ。いくらか資産を没収される可能性だってある。
だからこそ俺は、顔は勿論名前も隠し、声だってフルフェイスヘルメットにボイスチェンジャーを内蔵することで変化させている。改造費用結構高かったんだよなコレ。
「キミが自分の情報を隠しているのはわかっている。だけど、僕……いや、僕達はキミとの関係を得難いものだと思っているんだ。二度と会えないというのは……その、正直に言えば寂しい」
「……まあ、長年の付き合いだしな」
この兄妹との付き合いは、こいつらがプロキシを始めたばかりの頃からになる。
出会いこそ偶然だったし、こいつらがプロキシ業に慣れてない頃はルート案内に失敗してエーテリアスがうじゃうじゃ居る道を通らされたこともあった。
だけど、それも良い思い出だ。もうあんな失敗はしないだろうし、今となっては誰にも文句が付けられないくらいの技術と経験を持っている。そう思うと、ちょっと感慨深いものがあるな。
「だから……キミが今日限りでホロウレイダーを辞めるというのなら、僕の正体をキミに明かそうと思う」
「……は?」
待て。なんでそうなる?
「それだけキミとの関係を大事だと思っているということさ。だから、どうかキミのことも教えてほしい。これからはホロウレイダーとプロキシとしてではなく、表の人間として関わっていかないかい?」
「……悪い、プロキシ兄。その話は受けれない」
プロキシ兄を信用していないわけじゃない。むしろ、こういう面では間違いなく信用できるとは思っている。
けれど、もし俺に不手際があってホロウレイダーだと摘発されてしまったときに、プロキシ兄の正体を知っていることでこの兄妹にも迷惑をかけてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。
「お互い別の道を行くんだ。すっぱり関係を切った方が後腐れもないだろ?」
「……そうか」
諦めたようにそう言うと、プロキシ兄は明るい雰囲気へと戻った。
「キミがそう言うなら仕方ないね。じゃあ、最後のホロウ脱出案内と行こうか」
「おう、任せたぜ。プロキシ兄」
「……今までありがとう。
常時フルフェイスヘルメットの男、略してフルメット。それは名も名乗らない俺にプロキシ妹が勝手に付けたあだ名だった。
翌日、俺は自宅で気持ちの良い目覚めを迎えた。
昨日のうちにプロキシ兄妹以外の関係があった人達にも『貯金貯まったからFIREするわ! 今まであんがと!!』ってメッセージは送ったし、そのあとアカウントも削除した。
今日からいよいよ、俺の脱ホロウレイダー生活、もとい普通の生活が始まる。
だがゆっくりもしていられない。既に良さげなアルバイト先はいくつか見繕ってあって、今日はそのうちの一件の店で面接の予定だ。
こういうのは後回しにしてると面倒臭くなっちゃうからな。早めにやっとかないと。
で、場所は……ヤヌス区の六分街、だったっけ。
「やあ、キミがアルバイト希望の連絡をくれたイツキさんだね」
ヤヌス区の六分街に店舗を構えるレンタルビデオ屋。店名は"Random_Play"。ここが俺のアルバイト先として選んだ候補のひとつだ。
店の雰囲気は予想通りで、とても良い感じだ。ここまでは事前情報通りなのだが……。
「僕はアキラ。ここの店長だ」
「よ、よろしくお願いします……」
なんか……店長さんの表情が少し固い気がする。無理に笑顔を作っていそうというか、そんな感じ。
初対面の人と話すのがそんなに得意じゃない……とか? いやでも接客業でそんな欠点抱えてたら辛いだろうしな……。そもそも『店員さんの接客も良い』って口コミもあったし。何かあったんだろうか。
「本当はもう1人、僕の妹もこの場に居るはずだったんだけど……。……すまない、呼んでくるから少しここで待っていて貰っても良いかい?」
「あ、はい」
妹さんか、兄妹二人で経営してる感じなのかな。お手伝いのボンプも居るみたいだけど、やっぱり二人だけで回すのは厳しいって感じなのかな。
そんなことを考えながら、アキラさんの言葉通りしばらくその場で待機していると、ズルズルと何かを引き摺るような音が聞こえてきた。
「こら、リン……! そろそろ自分の脚で立つんだ……!」
「あぁぁぁ…………うあぁぁぁぁぁ……」
「そりゃあ、僕だって、辛いさ……! でも、こうやって沈んでることを、彼は望まないだろう……!?」
「あぁぁぁぁぁ……わかってる……わかってるけどぉ……!」
ナニコレ。
なんかアキラさんが女性を引き摺って連れてきた。ナニコレ。
「す、すまないね……。こちらはリン、僕の妹だ」
「なんかゾンビみたいになってますけど」
「えへへ…………ゾンビになったら討伐しに来てくれるかなぁ?」
「リン! 戻ってくるんだ! リン!!!」
アキラさんがリンさんの肩を大きく揺さぶって声をかけている。コントでも見せられてるんだろうか。
「も、申し訳ない。折角来てくれたのに、変なところばかり見せてしまって……」
「……いえ」
でも、なんだか面白そうだ。それに──
「も、もし嫌になったのなら遠慮なく教えてほしい。人員が増えるのは大歓迎だけど、こんなところを見せられたら──」
「そんなことないです。是非ここで働かせてください」
「……いいのかい?」
「はい」
──折角のFIRE生活なら、楽しそうなところで働きたいよな。
「ちょっと!! どうなってんのよ!?」
聞き覚えある声と共に、突然店の扉が開かれた。入ってきた人物は──。
「──ニコ? 急にどうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもないわよ!? 急にアイツと連絡が取れなくなったの!! それに、あたしだけじゃないみたいで──」
「……ニコ、今その話は──」
「……あっ」
ようやく俺の存在に気がついたようで、彼女は言葉を止めた。
彼女はニコ。"邪兎屋"の社長であり、ホロウレイダー時代の俺との知り合いでもある。
「……奥で話させて」
「わかった。先に入っていてくれ」
ちょっと冷や汗をかいた。まさか彼女がこの店に来るとは思ってなかった。……俺の正体、バレてないよな?
それに、『急に連絡が取れなくなった』だって? もしかして俺のことだったり……?
……ま、そんなわけないか。それを一介のビデオ屋の店主に相談してどうなるって話だし。
それに素顔と名前、なんなら声すらも晒してないんだ。仮に彼女と会話したとて、バレる要素はないだろう。
「……少しドタバタしてしまったけど、イツキさんさえ良ければこれからよろしくお願いしたい。大丈夫かな?」
「はい。よろしくお願いします」
このときの俺は知る由もなかった。
このレンタルビデオ屋には、やけにホロウレイダー時代の知り合いが訪ねてくるのだということを。
こんなの書いてくれる人居ないかなぁ(願望)
・イツキ
アキラとあまり年は離れていない。
アキラとリンとはかなり長い付き合いだったが、個人情報はこの2人にすら開示していなかった。
他のホロウレイダーとも関わりがあったが、アカウントごと削除したことで関係を絶った。
表で活動するときはフルフェイスヘルメットはしておらず、素顔を晒している。
・アキラ
親友を失ったような気持ちになり沈んでる。イツキは何でも気軽に話せる数少ない相手だった。
・リン
ご察しの通り。引退の話を聞いたときは裏で『やだやだやだやだっ!!』ってめちゃくちゃ騒いでた。