勇者カリナ/ソルスター世界、魔王城最終決戦録 ―少女勇者、異世界転移前の最後の足跡― 作:美風慶伍
――そして今。
その長き戦いの果てに、勇者カリナ・ウィングスはプトラード広原の大地に立っていた。
かつてネルガルと呼ばれた国があり、今は戦火と瓦礫の記憶だけを残す広大な平原。
そこに立ちこめていた魔王軍の黒煙は、すでに薄れ始めている。
折れた軍旗。崩れた塹壕。焼け落ちた陣地。
そして、その向こうに翻るのは、ソルスター自由連合軍の旗だった。
「報告します!」
伝令兵が駆け寄り、片膝をついた。
「プトラード広原南部、敵残存陣地の制圧を完了! 北東部の魔王軍補給路も遮断に成功! セプタリア側に残る主要敵拠点は、すべて沈黙しました!」
周囲にいた兵たちの間から、低いどよめきが起こる。
それは歓喜であり、安堵であり、長く押し殺していた希望が漏れ出した声だった。
「……勝ったのか」
「人間領域から、魔王軍を追い出したんだ……!」
「やったぞ……俺たちは、やったんだ!」
歓声が広がりかける。
だが、カリナは静かに片手を上げた。
その仕草だけで、兵たちは声を飲み込む。
十八歳の少女でありながら、彼女の一挙手一投足には一軍を従わせるだけの気迫があった。
「まだです」
カリナの声は、澄んでいた。
風に負けず、騒めきに呑まれず、まっすぐに兵たちへ届く。
「私たちは、セプタリアの大地を取り戻しました。けれど、魔王軍はまだ滅んでいません。魔王ヴァルガリアスも、まだダークフォージ城にいる」
歓声は消えた。
代わりに、張りつめた沈黙が広がる。
カリナはその沈黙の中で、ゆっくりと周囲を見渡した。
泥にまみれた兵士。傷を負った騎士。疲れ果てた魔道士。
人間だけではない。獣人、エルフ、ドワーフ、リザードマン、グローム、ケンタウロス、ゴブリン――、果ては竜人や巨人に至るまで。
種族も国も違う者たちが、同じ戦場に立ち、同じ空を見上げている。
「ここまで来られたのは、皆が戦ってくれたからです」
カリナは、わずかに表情をやわらげた。
「倒れた人たちが、道を作ってくれたからです。だからこそ、私たちはここで浮かれてはいけません」
エリュシオの声が、聖剣から静かに響いた。
『カリナ。負傷者の後送と、降伏兵の収容が遅れています』
「はい――、エルリック!」
呼ばれた戦士長エルリック・ファイヤブレードが、重装鎧を鳴らして進み出る。
「ここに」
「重傷者の搬送を最優先に。治療魔道士隊と後方部隊を回してください。降伏した魔族兵は武装解除のうえ、捕虜規定に従って管理を。私怨による処刑は絶対に認めません」
「承知した!」
「ミリア!」
「えぇ、聞いてるわよ」
技能士長ミリア・シルバーアイが、いつもの軽さを残しながらも真剣な目で応じる。
「逃亡した敵残党の追跡をお願いします。ただし、深追いは禁物。盗賊化や民間人への被害を防ぐ範囲に留めてください」
「了解。狼獣人の牙狼騎士団にも声をかけておくわ。足の速い連中の出番ね」
「お願いします」
だがカリナにはまだ信頼する大切な仲間がまだまだ居るのだ。
カリナには勇者として歩みだした時の最初の3人の仲間が居る。
戦士のエルリック、斥候兵のミリア、そして、さらにもう一人、信頼する古参の仲間が居る。
「ソフィア!」
魔道士長ソフィア・ホーリーウィンドが、紫のローブを揺らして進み出る。
「戦場全域の魔力汚染を調査してください。魔王軍の呪詛や遺棄魔法陣が残っている可能性があります」
「ええ、分かっているわ。戦争は勝った後こそ面倒なのよね」
「だからこそ、お願いします」
「任せなさい。あなたが前だけ見て進めるよう、後ろの厄介事は私たちが片付けてあげる」
その言葉に、カリナはほんの少しだけ微笑んだ。
「ありがとう、ソフィア」
エルリック、ミリア、ソフィア――、この3人はカリナが勇者として歩みだした時からずっと共に歩んできた。
だが、次の瞬間にはもう、彼女の表情は総大将のものへ戻っていた。
カリナは聖剣レギオンブレイドを手に、遠くの山脈を見上げる。
プトラード広原の向こう。
セプタリアとノクティルを隔てる、険峻なる黒き山塊――シャドウクレスト山脈。
その稜線には、昼であるにもかかわらず暗い雲が絡みついている。
まるで、この先へ踏み込む者を拒むように。
「エリュシオ」
『はい』
「あの向こうに、魔王がいるのですね」
『ええ。最後の覇王ヴァルガリアス。そして、その居城ダークフォージ』
「ここから先は、敵の領域」
『そうです。これまでの戦いは、人々の大地を取り戻す戦いでした。ここから先は、魔王軍の根を断つ戦いになります』
カリナは静かに息を吸った。
怖くないわけではない。
勝利の先にあるのは、さらに苛烈な戦いだ。
今までよりも深い闇。
今までよりも重い犠牲。
そして、最後に待つ魔王。
だが、彼女は目を逸らさなかった。
「ならば、行きましょう」
カリナは聖剣を抜いた。
白金の光が、戦場の煤けた空気を裂く。
「全軍に通達!」
その声に、伝令たちが一斉に顔を上げる。
「ソルスター自由連合軍は、プトラード広原の制圧を完了した! これより、シャドウクレスト山脈方面への進軍準備に入ります!」
兵たちの顔が引き締まる。
「我々は人間の大地を取り戻しました。けれど、まだ終わりではありません。魔王を討ち、すべての命に自由を取り戻すその日まで、私たちは進みます!」
カリナは剣を高く掲げた。
「傷ついた者は休みなさい。倒れた者の名は忘れません。けれど、歩ける者は私と共に来てください!」
その言葉に、沈黙していた軍勢が一斉に応えた。
「おおおおおおおっ!」
地鳴りのような声が、プトラード広原に響き渡る。
人間の兵も、獣人も、エルフも、ドワーフも、ゴブリンたちでさえも、それぞれの武器を掲げた。
エリュシオが、どこか誇らしげに告げる。
『見事です、カリナ。あなたの言葉が、皆の心をもう一度前へ向けました』
「私一人の言葉ではありません」
カリナは小さく首を振った。
「皆が、終わらせたいと願っているんです。この戦いを」
『では、その願いの先へ』
「はい」
カリナは聖剣を下ろし、シャドウクレスト山脈を見据えた。
「先行制圧地であるエクセンブルムへ向かいます。そこで全軍の作戦会議を開き、魔王城攻略の最終方針を定めます」
「承知しました」
エリュシオの宝珠が淡く輝く。
その光は、まるで彼女の決意に寄り添う星のようだった。
こうして、ソルスター自由連合軍はプトラード広原を越えた。
人間領域を取り戻すための戦いは、ここに終わりを迎えた。だが、それは勝利の終幕ではない。
ここから先は魔王の領域へ踏み込み、最後の覇王を討つための戦い。
その始まりであった。
勇者カリナ・ウィングスは白きマントを翻し、聖剣を携えて進む。
目指すは、シャドウクレスト山脈の山麓拠点エクセンブルム。
そしてその先に待つ、魔王城ダークフォージ。
世界の運命を決する最終作戦が、今まさに始まろうとしていた。
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勇者カリナ・未来戦線クロスロード https://syosetu.org/novel/415520/