勇者カリナ/ソルスター世界、魔王城最終決戦録 ―少女勇者、異世界転移前の最後の足跡― 作:美風慶伍
エピローグ:魔法陣の向こうへ ―無人の荒野の別世界―
――ドォオオオン!――
つんざくような轟音とともに、その少女は足場のない空中へ放り出された。
「くっ!」
とっさに周囲を見回せば、そこには何重にも重なった〝光の輪〟
光の輪の間と間には見慣れない奇妙な文字が隙間なくびっしりと書かれている。
幾何学模様も幾重にも重ねられており、
まるで呪術的目的を持って作られた図案そのものだった。
「これは、――魔法陣――」
それは通常そう呼ばれている。ただそれは不気味なまでに歪んでいた。
――ヴォオオオン!――
その空中に浮いた魔法陣が奇妙に唸るような音を響かせるのを少女は聞いた。そして――
「落ちる!」
少女は恐怖する。高い位置から地面へと、急速に接近するのが見える。
落下の衝撃と、痛みを予想し、とっさに両手で顔と頭部を庇った。
『マスター! 結界を張ります!』
「お願い!」
少女の声とは別に、理知的で落ち着いた妙齢の大人の女性の声がどこからか響いた。そして、少女の体の周囲に光の球体のような膜が広がった。
だが、少女の全身を覆うには間に合わなかった。
――ドシャッ!――
草のない岩だらけの大地の上に〝彼女〟は投げ出された。
頭部からまともに地面に落ちる。頭蓋骨全体に衝撃が走り、鈍い痛みが頭部を揺さぶる。
一瞬、視界が暗くなり、意識が飛びそうになる。
だが、少女を覆った光の膜が衝撃を和らげたのか、致命傷には至らないようだ。
それでも、少女は落下の勢いのまま、地面を何度も転がった。
――ドッ! ドッ! ドザザシャザァッ!――
勢いがかなりついていたようで、地面の上を何度も何度も何度も転げ回る。
背中が強打され、息が詰まる。
右膝が強打され、無理な方向にねじられる感覚が襲う。
さらに、頭部右側を下にして地面を滑る。その時、口の中を切ったようで、鉄のような血の味が広がった。
落下した先に大きな岩は無かったが、小さな石が多い。ショックと衝撃の大きさと全身を襲う痛みに身動き1つ取れない。
指先が、何か確かなものを掴んで安心しようとしている。
つま先が、確実に踏み出せるものを求めて歩こうとしている。
その人間は死体ではない。間違いなく、生きていた。
「うっ! ううっ!」
それは女性の声、若い女性、少女の声だ。
「吸い込まれた――、何があったの?」
頭を強く打ったらしく額が少し割れている。傷口から血が滲んでいる。少女は自分の体を必死に両手で支えた。
「早く周囲状況を確かめないと――」
意識をはっきりさせようと頭をゆっくりと左右に振る。右足から体を支え、胴体が持ち上がり、左足に力を込めた。
四つん這いになり、そこから上体を起こしていくと、少女はようやく立ち上がった。
彼女の左腰には、刀剣を納める鞘が下げられている。その中に金色の大剣が収められていた。先ほどからの大人の女性の声はそこから漏れ聞こえていた。
『マスター――、カリナ様――、お気を確かに』
「エリュシオ、何があったの?」
『カリナ様、どうやら私たちは〝暴走魔法陣〟に吸い込まれたようです』
「魔法陣? あの袋小路の路上の奥で私たちを襲った?」
『はい、未調整の魔法陣を作動させた何者かによって』
「ルミナリアの街角から飛ばされたのね?」
『はい。残念ながら』
エリュシオと呼ばれたその大人の女性の声は、カリナと呼ばれた少女にショックを与えないように努めて冷静に語りかけているかのようだった。
「それでここはどこなのかしら?」
ようやくしっかりと自分の力で立ち上がったカリナだったが、落下した衝撃であちこち痛めたのか、体を動かすたびに感じる痛みに時折顔をしかめながら、ゆっくりと周囲を見回した。
「夜? 夕暮れ? まさか! さっきまで日中だったはずよ!」
彼女の視界の中に大空で輝く太陽はない。太陽は既に地平線の下へと帰ろうとしていた。
そればかりか、周囲の風景は明らかに彼女を拒絶していた。
「こういう時は段階を追って周りを認識しましょう」
『そうです、目の前のことを否定せず、目の前の出来事や物を現実として認識するのです』
「うん。分かってる」
そう呟くとカリナは周囲を見回す。そのはっきりとした鋭い目元で現実を拒否せず、事実を受け入れていく。
「周りは岩砂漠、人家も緑もなく、人の気配は微塵もないわ――、そうこれは――、どうやら戦場のようね」
彼女の目に映ったのは鉄くずの瓦礫だった。
『破壊された建築物、見慣れない形状の金属製の物体もあります。破壊されて久しいのか錆も出ており、意図的に壊されたものであることは容易に推測できます』
それは過酷な現実だった。理解し難いかもしれない。
だが――、カリナはここからなんとしても生き残る以外に道はなかったのである。
一歩一歩、足元を踏みしめて歩き、カリナは周りを眺めながら、エリュシオに情報を求めた。
「エリュシオ――あなたの方で何かわかることはある?」
『はい、マスター。先ほどから周囲を探索していますが人間の気配は、ほとんどありません』
「生物は?」
『知性体もいなければ、食料になりそうな動物すらいません』
「人家は?」
『居住不可能な破壊されたものが、まばらに』
「助けを求めることも無理そうね」
『着実に長距離を移動することは避けられないかもしれません』
「うん――」
そう呟くと力なくうつむいて唇を噛みしめた。
だが少女は、カリナはうつむいたままではいなかった。
無意識のうちに、乱れた髪を右手で整えるとゆっくりと歩き始めた。
「情報不足だわ。少し歩いて別の場所を見てみましょう」
『かしこまりました』
そしてカリナとエリュシオはその場を離れて歩き出した。
歩けない場所ではない。ただ緑が何もなく、岩と
「本当に何もないわね」
『無人の荒野――、そう形容するより他はありません』
「でも絶望するのは早計だわ。太陽の状態から今は夕暮れ遅く。この状態では何も見えないのは当然」
『では朝を待ちますか?』
「身を隠せる場所があれば」
『探しましょう、まずはそこからです』
2人は結論を導き出す。
冷静を絶対に崩さない姿なき声のエリュシオ、
左腰に西洋風の剣を下げた、剣士風の装いのカリナ、
2人はこの絶望的な状況を乗り越えるために、気高く、力強く、確実に、その一歩を踏み出した。
「行くわよ、エリュシオ」
『はいマスター』
2人は言葉を交わしあうと歩き出した。
「やっと終わったと思ったら、また別世界とはね――」
カリナがおもわずつぶやくその言葉には絶望と諦念の香りがした。
エリュシオも気を使い、案じて声をかける。
『大丈夫ですか? カリナ』
「そうね、体の節々も痛いし、怪我も少ししている。これから何が待つのか想像もできないわ。でも――」
カリナは左腰に下げた聖剣レギオンブレイドの柄を握りしめながら、前方遥か彼方を見た。
「私はまだ生きている――、息をしている――、なにより――エリュシオ、貴方が居るわ!」
その言葉は力強く、生きるという希望と意欲に満ち溢れていた。
「だから、エリュシオ! 何としても生き抜く手がかりを掴みましょう!」
『無論です! マスター、まずは生存すること、全てはそこからです』
「えぇ!」
そして、カリナは歩き出す。この見知らぬ世界の大地で〝誰か〟と出会うために。
当り一面は無人の荒野で、ヒトの息吹も生活の痕跡さえも見当たらない。だが――
「希望は捨てない、捨ててなるものですか!」
それこそがカリナの偽らざる思いだった。
この別世界の名は〝ネクシスドメイン〟――
電脳と機械とAIが覇権を差配する科学文明の機械の世界。
カリナはこの世界が魔法の存在しない未来文明の世界であることはまだ知らない。
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そして――物語は〝未来戦線クロスロード〟へと続く。