「やっぱりかよ!」
俺が立ち上がる。
「いや待て待て! 俺、魔法使ったことないんだぞ? いきなりやってみようって言われても、どうすりゃいいんだよ!」
「簡単だよ」
「簡単?」
「杖を持って、魔素を操ればいい」
「その『魔素を操る』ってところが分からねぇんだけど!」
「……」
ハスールが少し黙った。
「そうだった」
「忘れてたのかよ!」
「お前が異世界人だということを、時々忘れるんだ」
「なんでだよ!」
「普通に会話が成立するから」
「俺だって日本語くらい話すわ!」
「日本語?」
「あ」
しまった。
ハスールが眉をひそめる。
「また知らない言葉」
「……俺のいた国の言葉」
「そう」
それ以上追及する気はないらしい。
こういうところは助かる。
「じゃあ、魔法の使い方を説明する」
ハスールはそう言って、俺の前まで歩いてきた。
「まず、魔素を感じる」
「感じる?」
「体の外にあるものを、意識するんだ」
「……」
そんなこと言われても、何も感じない。
体の外にあるもの。
温度や湿度なら分かる。数字的に表せなくても、なんとなくは。
でも、魔素なんてものはさっぱりだ。
「分からない」
「当然か。なら次」
ハスールは自分の杖を持ち上げた。
「杖の先端を見る。普通は自分の杖だけど…まあ、今日はボクのでいい」
「こう?」
「そう。そして、そこに意識を集中する」
「……」
言われた通りに杖の先を見る。
何も起きない。何もわからない。
「…わかんねぇよ」
「まあ、そんな気はしてたけど……わかんない感覚がわかんないな…」
すげぇ腹が立った。
が、この程度で声を荒げてたら声がかれることになるのは、もうわかってる。
こいつが煽り厨なのはもうしょうがないものにするしかない。
「うーん、どうしよっか。校内で教師志望の子でも探す?」
「この学園だと、難しいんじゃない?」
リサさんも色々考えてくれているが、どうも無理らしい。
「…仮説止まり。とりあえず、魔法が使えるまでは」
「へいへい……どうせ俺は幼稚園児並みですよ」
「そこまでは言ってない」
「でも思ってるだろ」
「すごいな。読心術を使えるなんて」
「使えなくてもわかるわ!お前がなめ腐ってるぐらいは!」
そんな会話に、またまたリサさんがツボっていた。
もはや定番ネタと化している。なりたくもなかったが。
「はぁ……ん、そういや、教師志望はいないって、どういうことだ?ここ、専門学校だったりするわけ?」
「ああ、カゴキは知らねぇか。この学園、基本は将来警察とかになるような生徒が多く集まるからな。フツー、教師はそれ用の学校に行く」
「ふーん。そういうことね」
「ここに教師志望で来る素っ頓狂な奴は見たことがないな」
「お前はそもそも人の名前すら憶えないだろ……俺の名前も覚えてるか不安になるぐらいだぞ」
ベックスからのハスールの印象はヒドイものだった。
だがまあ、一日も立ってない俺がハスールの対応を諦めてるぐらいだ。
多分、すごい大変な思いをしてたんだろう。
「ベックスだろ。ボクに迫る第二位。覚えてる」
ほぉ…っと息を吐く音が聞こえた。
言っといて、やっぱり不安だったらしい。
「…っていうか、第二位ってことは…そういう制度なわけか」
多分、Aランクとか、そういうのが存在する世界なんだろ。
で、Eランクが虐げられてるみたいな。……ちょっと、穿ちすぎか?
「そういう制度?」
「あー……まあ。なんとなく」
ふうん?と、四人が首をひねる。
確かに、わからないだろう。異世界漫画あるあるとか。
「わかるならいいけどよ。説明しとくなら、A、B、Cでランクが分けられて、その中で順位が付く、って感じだな。ちなみに、ハスールがAランク一位で、俺が二位」
まんまだった。
わかりやすくてかなわないね。
「ちなみにちなみに!私がAランク八位でー」
「私が六位ですね」
「へぇ……もしかして、俺、凄い人たちに囲まれてる?」
そういった瞬間、ハスールを除く四人が、また噴出した。
なんなら、ハスールも若干口端が上がっている。
えー…?また俺、なにかやっちまいましたかぁ…?
「お前…本当に自己認識が低いな。お前の言う
「え?いやいや、異能持ってるとは言え、魔法も使えるかわかんねぇ奴だぞ?」
そう言った瞬間、今度は周りからため息が聞こえる。
リサさんなんかは、笑いながらため息をついていた。器用な。
「ま、さっきから分かってたことだわな。これに関しちゃ、徐々に教えるしかねぇか」
「…何のことだよ」
「そのうちわかるって」
ベックスはそう言って、くく、と説明を終わらせた。
◇◇◇
よくわからないまま、とりあえずさっきの話は終わりになった。
まあいいや。どうせこの学園で保護されるらしいからには、その制度で過ごすわけだし。
「それで…どうするんだ?さっき言った通り、再開するのか?」
「予定通り、そうするか」
ハスールが頷いた。
「それじゃあ、型を変える。設置型と、付与型」
「型を変えるって、具体的には?」
俺が聞くと、ハスールは杖を軽く回してみせた。
「さっきまで使っていたのは放出型。魔素を操作し続けて、魔法そのものを動かす。次は設置型。魔素を操作して形を作った後、操作を止める。そうすることで、魔法を物理現象として残す。これはさっきの決闘でも伝えただろ?」
「ああ。流石に覚えてる」
「ん。で、もう一つ、付与型が存在する……けど、これは一旦後」
「そりゃなんで」
「属性魔法には使えないから。…いや、実際は使えるけど……体内に水を作っていいことがあると思う?」
「ねぇな。…そういうこと?」
「そういうこと。付与型は大体向上魔法に使う。だから、一旦後」
「ふーん…了解」
とりあえず、説明は理解した。
そしたら、次は実践だった。
「じゃあ、水を出すから」
そう言ってハスールは杖を構える。
杖の先端に水が徐々に集まっていく。
放出型に比べて動きがゆっくりで、集まってる様子がわかりやすかった。
そして。
集まった透明な水が球状になり、ゆっくりと回転する。
大きさは拳大、といったとこか。
「これが設置型?」
「まだ違う」
ハスールが答える。
「今は魔素を操作している状態。ここから操作を打ち切る」
「……打ち切ったらどうなるんだ?」
「水が残る」
そういった瞬間、水が空中で静止する。
ハスールが操作を打ち切ったらしい。
俺は近づいてみる。
水は空中に浮いたままだ。
「これ、普通の水と同じなのか?」
「そうだよ」
「じゃあ飲める?」
「飲める」
「すげえな……」
恐る恐るといった様子で、水を眺める。
「驚くのはいいけど。早く触ってよ」
「はいはい……急かすなよ」
そぉ…っと俺は手を伸ばす。
そして水に触れた瞬間、手が濡れた。
だが、そこではない。
触った瞬間に、地面に水球が落ちた。
バチャン、という音を立て、水球が地面にたたきつけられる。
形が歪み、弾け──俺のズボンに、雫が少し跳ねた。
「……」
「……」
「……」
部屋が静かになる。
俺は自分のズボンを見て、それから床に広がった水を見る。
そして、ハスールを見る。
「……消えたな」
「うん」
「設置型なのに?」
「うん」
ハスールはしゃがみ込み、床に広がった水を観察している。
その顔には、予想外の結果に驚いているというより、予想していた結果を確認したような色があった。
「触れた瞬間に落ちた」
「そうだね」
「つまり、設置型でも無効化できるってことか?」
「正確には違う」
ハスールが水へ手を伸ばす。
指先で床に広がった水を軽く触った。
「この水そのものは、もう魔法じゃない。普通の水だよ」
「じゃあ、なんで落ちたんだ?」
「設置型魔法は、設置された瞬間に完全に魔法から切り離されるわけじゃないから」
「……どういうこと?」
「魔法を物理現象として残すためには、最後に魔素の操作を停止する必要がある。その瞬間に魔法としての性質は失われる。でも、設置されている状態そのものを維持するための魔素の処理が、ごく僅かに残る」
ハスールは水を指でつついた。
「お前はそこに干渉したんじゃないかな」
「つまり……」
「設置型魔法を無効化したわけじゃない。設置型魔法が物理現象へ移行する、その直前の部分を無効化した」
「……なんか、ややこしいな」
「魔法なんだから当然でしょ」
「いや、魔法だからって全部ややこしくしていいわけじゃねぇだろ」
俺がそう言うと、リサさんがくすくす笑った。
「カゴキって、魔法の話になると急に普通の人っぽくなるよね」
「俺はずっと普通の人だよ」
「異世界人なのに?」
「そこを基準にするのやめてくれ」
俺がため息をついている横で、ハルジートさんが床の水を見ながら口を開いた。
「では、設置型魔法でも、完成した物質そのものには効果がない、という理解でいいんでしょうか?」
「そうだと思う」
ハスールが答える。
「でも──」
そう言って、ハスールは床の上の水を集めた。
もう一度水球の形を作り、またまた地面に置く。
……俺のズボンの水を集めなかったのは、いやがらせか?
「何やってんだ?水集めて、もっかい床に置くとか」
「集めただけじゃない。魔法で、さらに増やした」
言われて見てみると、確かにさっきよりも水の量が増してる気がする。
「もう一回触って。今度は処理の残滓もなくした。魔法が介入した後っていうだけの、ただの水」
言われたとおりに触る。
確かに、触ってもなにも起こらない。
冷めたいだけの、ただの水だ。
「…なんも起こらない」
ハスールが目を細める。
「やっぱりそうか」
「ってことは……」
「完全に物理現象になった後のものには、お前の異能は干渉しない」
「なるほどな……なんか、ちょっと安心した」
「何で?」
「何でもかんでも消えるなら、風呂とか大変そうじゃん」
「……」
「……何?」
「いや」
ハスールがほんの少し眉を寄せる。
「お前、時々妙なところを気にするね」
「生活に直結するからな」
「まあ、いいけど」
ハスールは水球から視線を外した。
「次は付与型」
「やっとか」
「うん」
そう言ってハスールはピュッと杖を振った。
「……ナニかしたか?」
「かけたけどね。やっぱり、意味がないか」
「言ってからかけろよ!?」
「別にいいだろ」
全く反省した様子がない。いや、反省すべき点もわかんないんだろうな……
俺の様子を気にすることなく、ハスールは少し考えてから、ベックスを見る。
「ベックス」
「ん?」
「腕を貸して」
「おう」
ベックスが何の迷いもなく腕を差し出す。
「何すんだ?」
「身体向上魔法を使う」
「了解」
「ちょっと待って」
俺が止める。
「何?」
「それ、俺にも見えるのか?」
「魔法そのものは見える。お前でも。現に、今までのも見えてたろ」
「ああ…そういやそうか」
ハスールが杖を構えた。
「付与型は放出型とは違って、魔法を対象へ直接付与する」
「おう」
「だから、基本的に対象へ向けて放つ必要もない」
杖の先端が、ベックスの腕へ向く。
「じゃあ始めるよ」
「俺には聞かねぇくせに、ベックスには聞くのな」
俺の抗議を無視して、ハスールは杖を動かした。
杖の先端から淡い光が生まれる。
放出型とは違う。
光が飛んでいくのではなく、ベックスの腕へまとわりつくように広がっていく。
薄い膜のようなものが腕を覆い、やがて皮膚の内側へ染み込むように消えた。
「……これが付与型」
ベックスが自分の腕を握る。
「すげぇな、やっぱ」
「じゃあ、カゴキ。触って。無効化するか確認する」
「了解」
俺が一歩近づいて、ベックスの腕に触れる。
「……」
何かが変わった、という感じはしない。
光が消えたわけでもないし、ベックスの腕から何かが弾けたわけでもない。
ただ、触れている手のひらから、ほんの少しだけ妙な感覚が伝わってきた。
「……どう?」
ハスールが聞いてくる。
「いや、特に……」
そう答えた瞬間だった。
「お?」
ベックスが腕を曲げる。
「……おお」
「何?」
「無効化された。あの感覚がねぇな」
ベックスが何度か腕を曲げ伸ばしする。
「やっぱりそうだ。付与型も無効化できるみてぇだな」
「ふむ」
ハスールは腕を組んだ。
「つまり、現状では放出型、設置型、付与型の三種類すべてに対して、お前の異能は作用する」
「設置型は、ちょっと変な挙動、って感じだけどな」
ハスールは床に目を向ける。
そこにはさっき俺が触れた水が、まだ残っていた。
「少なくとも、現状確認できている範囲ではそうなる」
「じゃあ、放出型と付与型は触れたら消える。設置型は触れたら普通の物質になる……って感じか?」
「正確には違う」
「また違うのかよ」
「設置型は、魔法が物理現象として成立している。だから、お前が触れた瞬間に『魔法だから消える』わけではない。魔素による操作が解除され、その結果として物理現象になるんだ」
「……つまり?」
「水なら水が落ちる。火なら火が消えるとは限らない」
「ん?」
俺は床の水を見る。
「じゃあ、設置型の火を触ったら?」
「普通の火として残る可能性がある」
「それ、普通に危なくね?」
「危険だね」
「研究者の顔で言うなよ」
「研究だから」
「研究だからで済ませるなよ!」
思わず声が大きくなる。
リサさんがけらけら笑った。
「カゴキって、ハスール相手だとツッコミが忙しいねー」
「そりゃ忙しくもなるだろ!」
「まあまあ」
ハルジートさんが苦笑する。
「でも、今の話は重要ですね。設置型の魔法に対しては、単純な無効化とは違う反応をする」
「そうだな」
ベックスも頷く。
「やっぱり、カゴキの能力が魔法そのものを消してるんじゃなくて、魔法を構成してる魔素に作用してるって考えた方が自然かもしれねぇ」
「……だったら、戦闘は大変かもしれないですね」
ハルジートさんが口を開いた。
「え、なんで?」
「付与型は対象に魔法の効果を与えて、その効果を維持させるので……」
「なるほど」
俺は腕を組んだ。
「俺には、初期で効かねぇから、結局無効化するのか」
「そういうことです。魔法による回復は見込めないので…そういう意味では、危険です」
「……便利なのか不便なのか、やっぱり分からんな…俺の異能」
「便利だよ」
ハスールが即答した。
「ただし、使い方次第」
「……」
その言葉に、俺は少しだけ考え込む。
使い方次第。
今日一日、こうして調べてみて分かったことがある。
俺の異能は、魔法そのものを全部消しているわけじゃない。
魔法がどの段階にあるのか。
どういう形で存在しているのか。
そこを見極めて、初めて使いこなせる能力なのかもしれない。
「……なあ、ハスール」
「何?」
「これ、もっと鍛えたらさ」
俺は自分の手を見た。
「俺の異能って、もっと色んなことできるようになるのかな」
「さあ」
ハスールは少し考えた。
「それを調べるのも、これからだよ」
そう言ったハスールの目は、妙に楽しそうだった。
……こいつ、絶対この研究を楽しんでるだろ。