昼頃、朝の授業も終わったベックスたちは、ハスールの部屋に足を進めていた。
「やっぱりって感じだけど、あの二人授業にいなかったね」
「そりゃあなぁ。カゴキがあそこにいたとてだろ」
「ハスールも普段は面倒くさそうにしてるからね…」
話題になるのは、もちろんあの二人だろう。
まあ、彼らがいる部屋に向かっているわけだから、当たり前のことではあるが。
「ま、昼からは俺らも自由行動だしなー。Aランク万歳って感じだぜ」
「私としては、むしろ大変だったけど……自由って意外と不便」
「あはは、ハルジートってば哲学的ー」
「リサはむしろ問題ばっかり起こしてたけどね。まだ忘れてないからね。私も連れて薬学室に忍び込んだの」
「えー?あれはハルジートもノリノリだったじゃーん」
そろそろハスールの部屋が見えてくるという頃、不意にベックスが口を開いた。
「なあ、賭けねぇか?」
「なにを?」
「ハスールのしごきにどれだけカゴキが耐えてるか」
ベックスのその提案に、リサが食いついた。
「えー?そうだな……昨日ハスールが冗談半分で言ってた通りじゃない?」
「寮に逃げたいぐらいって?んん…じゃあ、俺はそれ以上かぁ?もう逃げ出してるとか、縛られてるとか」
「あっはは!ベッグラってハスールのことなんだと思ってるの?さすがにそこまではしないでしょー」
ムム…という顔をベックスはする。
一番ハスールに食いついている男として、何かしら恐ろしさを感じてるのかもしれない。
もっとも、過剰反応であることはいがめないが。
「ハルジートは?」
リサが聞いた。
「流石に、ハスールもそこまではしない…と思う。案外、昨日と同じぐらいとか?」
「いや、ねぇ。それはねぇな。絶対にあれ以上を企ててるに決まってる」
「だーかーらー、ベッグラはハスールのこと怖がり過ぎだって。意外とってこともあるでしょ?」
「うん、リサと同意見。結構耐えてると思う」
「じゃあ、俺はこれにプリン一個賭けるからな」
「うわっ、あたしがプリン好きなこと狙ってるでしょ。えー…あたしおかず一品」
「私はプリン一個でいいけど……」
「じゃあリサもプリン一個な」
「えー!?」
そこまで話して、ちょうどハスールの部屋についた。
着いたところで、じゃんけんが一回挟まれ……結果、ベックスがノック係になった。
「おーい、入っていいかー?」
無音。返事は帰ってこない。
「ああ…?外出中か?」
「だったら道中で会ってるか、噂になってると思うけど……」
「鍵かかってないなら入っちゃえば?」
リサの発言を聞いて、ベックスはドアノブをひねると、鍵はかかっていなかった。
「あれ、かかってねぇ」
「じゃあ入っちゃおー」
特段、異論は出なかった。
ベックスがドアを開け、中の様子を見る。
「いねぇじゃねぇか」
その言葉につられ、リサもハルジートも中を見るが、やはり誰もいない。
だが、奥の方から音が聞こえる。それも轟音が。
「……俺がプリン三個か」
「えー!?見ていないとわかんないじゃん!」
三人は奥に進む。
それぞれの思いを乗せながら扉を開き、その先の光景を見る。
そこには──
「これほんとに意味あんのかハスール!?」
「口動かす暇があったら頭動かせ」
杖から劫火を出すハスールと、それを一身に浴びる籠喜の姿があった。
◇◇◇
「…なぁ、一個いいか?」
「なんだ、生徒」
「それ気に入ったのか?…じゃなくて。属性のやり方がわからん」
基本的な魔法を使えるようになったばかりの俺は、そこに苦戦していた。
魔素の使い方には慣れてきた。
あのバチッ、みたいなやつはもう楽々って感じで。
感覚をつかんだと言える。
「さっき言っただろ。魔素をうまいこと動かす」
「その
何回やっても、音がなってちょっと光るぐらい。
最初は面白かったが、もう飽きてきた。
ただ、飽きてきても別に次のことができるわけじゃない。
「やれてちょーっと光り方が変わるとか、音が鈍くなったりなんだけど。俺は別に花火職人になりてぇわけじゃねぇんだよ」
「花火職人?」
「こっちの話」
そうやってうんうん唸っていたところ、それならとハスールが助け舟を出してくれた。
こういうところは、意外と優しい。
あるいは、効率厨。
「腕をピンと伸ばせ。耳かき持ったまま」
言われるがまま耳かきを持った右手をのばす。
「ネアル」
すると、俺の右腕を丸ごと水が飲みこんだ
「うおっ……っと。効かないってわかっててもびっくりするな……」
「魔法が苦手な奴はこれで慣らす。まずは形作られた魔素に包まれる。そして、その形を広げる」
「広げる?」
「魔素の形を認識するんだ。感覚でつかめない奴はな。魔素を掴めたなら、多分簡単」
そう言われてもと思いつつ、仕方がないので杖…というか耳かきの先端に意識を集中させる。
さっきまで感じていた魔素を、今度はもっと細かく見る。
……動いている?
耳かきの先端を中心に、何かが集まっている。
でも、それだけだ。
「何かある感覚だけなんだが?…魔素なのはわかるけどよ」
「じゃあ、お前の中にある魔素と同じ?」
そう言われて、意識をもう一度向けてみる。
「……違う。身体の中のはもっと流れてた。こっちは……均一的…?」
「魔素を水の性質に寄せて、形を整えた。整えてるから、均一的」
「性質に寄せる……」
「そう。お前が今やっているのは、魔素そのものを動かしているだけ。だから光ったり音が鳴ったりする。確かに、光属性の基礎ではある。でも、それじゃ属性魔法を使ってるわけじゃない」
「素人にそんなに言うなよ。だけど、そうか…こういう、形か」
ハスールは気にした様子もなく指示を加える。
「じゃあ、その形をもっと作って。一からじゃなくて、ボクの奴に付け足す形で」
俺は耳かきを握り直した。
さっきと同じように、先端へ意識を向ける。
魔素を集める。
そこまでは、もうできる。
今度は、それを水に。
今まで感じてた魔素を、さっき感じた形と同じにする。
「……ん」
何かが動いた。
水面が、ぴくりと揺れる。
「お」
「そのまま」
ハスールの声が低くなる。
俺は集中する。
耳かきの先端に、ちょっとづつ水が作られる。
ハスールが作った水へ触れている。
二つがくっつき、一つの水の塊になる。
「できた!」
思わず声が出る。
「まだ喜ぶのは早い」
「なんでだよ!」
「一センチも作れてない」
「一センチ作れたろ!」
「じゃあ喜んでれば」
「急に興味なくすな!」
ハスールは呆れたようにしながらも、目は水から離していなかった。
「もう一度」
「おう」
今度はさっきよりも意識を強くする。
水。
水の形。
水の流れ。
粘土で形を作るみたいに。
俺の右手を覆っているお手本通りに。
そうすれば──
「できた」
先程よりも、もっと大量に作られる。
それこそ、目に見えて。
「これだけできりゃ、満足か?」
「九点」
「何点満点かわかんねぇ数で話すなよ」
「九十点って言えば満足?」
「百点満点で?」
「一万点満点にしてもいいよ」
もうこいつ適当に話してるな。
あんまり信じなくていい気がしてきた。
「いや、これ結構すごくねぇか?」
「そうでもない」
「お前なぁ!」
俺が振り返ると、ハスールは笑っていた。
「でも、悪くない」
まただ。
その言葉。
昨日までなら絶対に気づかなかったと思う。
でも、今なら分かる。
こいつ、本当に嬉しいときだけ、ほんの少しだけ表情が変わる。
「……お前、楽しんでるだろ」
「何が?」
「俺に魔法教えるの」
「研究対象が予想以上に面白い動きをしているからね」
「やっぱり俺、実験動物じゃねぇか」
「人間扱いはしてるでしょ」
「その言い方がもう駄目なんだよ!」
俺が叫ぶと、ハスールは肩をすくめる。
「それより続けて」
「はいはい」
再び水を見る。
今度は、ただ増やすだけじゃなく、動かす。
ハスールが作った水の一部と、俺の作った水を、自分の魔素で変える。
そう意識する。
水が細く伸びた。
耳かきの先端から、糸のように水が伸びる。
「……おお」
さっきまでとは違う。
明らかに違う。
魔素が光っただけじゃない。
水そのものが動いている。
「これ……」
「水属性」
ハスールが答える。
「正確には、ネア系統の最も初歩的な操作。まだ魔法としては成立していないけど」
「でも、水を作った」
「そう」
「俺が?」
「お前が」
その一言が、妙に嬉しかった。
「……やっぱり俺、魔法使えるんだな。使えないのかと思ってた」
「まだ使えるとは言ってない」
「細かいなぁ」
「重要なところだよ」
「でもさ」
俺は伸びた水を眺める。
「一歩目は踏めたんだろ?」
ハスールは少し黙った。
そして──
「……そうだね」
短く答えた。
「とりあえず、全部の属性に慣れさせる。ネア系統だけに慣れたら、他の属性に支障をきたすから」
「本格的に使うのは、今度ってか」
◇◇◇
これが、俺が訓練場で劫火を一身に浴びることになったわけだ。
──え?
じゃあなんで腕だけに炎を浴びないかって?
水と違って動かすのが難しいからだってよ。
…本当か?
俺の苦しむ姿を見たいだけじゃないか?
ハスールならそれぐらい意外とできるんじゃないか?
「なぁ!ハスール!これ炎が増えてるか俺目線わかんねぇんだけど!作ってる感覚はあるけど!なぁ!」
「増えてないぞー。もっとやれー」
「適当に返事してねぇかお前!?」
その時、ガチャリと音がした。
その方向を見れば──
「ボバッ!?」
気を抜いたのがいけなかったのか、俺は劫火に包まれた。
と言っても、俺の周りだけ火がないので、熱いとかはないけど。
「おーおー……予想以上だったなぁ…」
「というか、カゴキも案外やる気?…これ誰の勝利?」
「……引き分け、でいいんじゃない」
「何の話だ」
相変わらず火のせいで外が見えないんだが、多分ハスールが話し始めた。
そのくせして俺の周りの奴は解かねぇんだから、性格の悪さが露呈してやがる。
「はぁ……俺、絶対成功してたろ」
炎をかき分けてみると、触ったところが抵抗なく消え、四人の姿が見える。
ちょっとカッコいい気がするけど…もっといいシーンでやりたかったなぁ。
「八点」
「そのよくわからない採点やめろって」
言いつつ、手に持っている耳かきを見る。
先端が焼け焦げて、もはや役割は果たしてくれないだろう。
別にいいけど。
「というか、何やってたんだよ。昨日の続きか?」
「こいつが魔法使えるかの実験」
ハスールのその言葉が出た瞬間、三人の目が光った。
ああ……やっぱりこいつらも研究者気質だ。あるいは好奇心旺盛。
「え、使えんの!?」
真っ先に食いついたのはリサだった。
「いや、まだ完全には」
「今、火出してたじゃん!」
「出してたっつーか、出されたっつーか……」
「でもカゴキが魔法使ってたんでしょ?」
「まあ」
ハスールが頷く。
「まだ魔素操作の延長だけど、属性魔法の形にはなってきてる」
「へぇー!」
リサが俺の方へ近づいてくる。
「見せて!」
「いや、今耳かき壊れたんだけど」
「じゃあハスールの杖借りれば?」
「無理」
「なんで?」
「魔術師にとって杖は命と同じものだ」
「……そうなのか?」
一応他の三人にも聞いてみる
「いや、別に」
「そんなことないんじゃない?」
「ハスールだけ、ですかね。あるいは嘘か」
「……おい?」
ハスールの方を見ると、すました顔だった。
何を言ってるんだ?みたいな。
「……」
諦め。
諦めよう。
諦めが肝心だ。
「まあ、それはいいとして」
リサさんは俺の手元を見る。
「……それ、耳かき?」
「そう」
「なんで?」
「他に杖がないから」
「ぷっ」
「笑わないでくれよ……」
「いや、ごめん。だって……」
リサさんは口元を押さえながら肩を震わせている。
「異世界から来た勇者が最初に持つ魔法の杖が耳かきって……」
「勇者じゃねぇし…別に……」
「でも似たようなもんじゃん」
「似てねェ」
「まあまあ」
ベックスが割って入る。
「しょうがねぇんじゃねぇの?杖も持ってねぇんだし」
「そうだよな、しょうがねぇよな!」
ハルジートさんも俺の手元を覗き込む。
やっぱり、耳かきで魔法を使うのはおかしいんだろう。
そりゃそうか。俺も見たことないもん。
「それより、本当にそれで魔法を?」
「まあ、さっきまでは。使ったっていうより、延長?らしいけど」
「では、もう一度できますか?」
「できると思う」
「思う?」
「多分」
「……」
ハルジートが微妙な顔をする。
「…なに?」
「いえ。もっと自信満々なのかと」
「ここ来て二日目だし。あとハスール相手だと基準がわからん」
「……それもそうですね」
ハスールが少し苦い顔をしたが、放っておく。
お前がいちいち変な採点をするからだ。
「まあ、やってみればいいんじゃねぇか?」
ベックスがそう言う。
「俺も見たいしな」
「私も!」
「私も少し興味があります」
三人の視線が一斉に俺へ集まる。
……なんだこの圧。
さっきまでハスールと二人だったから気づかなかったけど、見られながらやるのって結構緊張するな。
「……ハスール」
「何?」
「これ、失敗したら?」
「別に」
「別にって」
「失敗したら、またやればいい」
「……」
なんだろう。
こいつにしては、随分とまともなことを言う。
「それに」
ハスールが俺を見る。
「もう一度できると思うよ」
「なんで?」
「さっきできたから」
「それだけ?」
「それだけ」
ハスールはそれ以上言わない。
でも、なんとなく分かった。
こいつは俺ができると思ってる。
……だったら。
「じゃあ、やってみるか」
俺は壊れかけの耳かきを構える。
壊れかけの耳かきって初めて言った単語だなぁ…
…じゃなくて。
「おー!」
リサが嬉しそうに声を上げる。
「静かに」
ハスールが言う。
「集中するから」
「はーい」
俺は目を閉じた。
もう、魔素を探す必要はなかった。
身体の中のどこにあるのか分かる。
流れている。
そして、外の耳かきの先。
そこにもある。
集める。
形を作る。
今まで何度もやった。
一通り、属性は試した。
ハスールの魔法に重ねる形で。
だけど、その中で形を一番掴めたのは、水だった。
一番整えられてて、わかりやすい。
だったら、水を使う。
水の形を思い浮かべる。
ハスールがさっき作ったもの。
透明で、流れていて、掴めない。
それを魔素で作る。
「……」
何も起きない。
「やっぱり……」
「焦らない」
ハスールの声。
「形を思い出して」
そう言われて、もう一度集中する。
あの形。お手本はもうないけど。
整頓された形を思い出す。
そして――
ぽた、と。
耳かきの先から、水滴が落ちた。
「お」
「おお!」
リサが声を上げる。
「できたじゃん!」
「静かにって」
「ごめん!」
水滴はもう一つ落ちる。
ぽた。
ぽた。
さっきより小さい。
けれど確かに、俺の意思で出ている。
「……これ」
俺は目を開けた。
「水だよな?」
「水だね」
ハスールが答える。
「正真正銘」
「──うしっ!」
思わず拳を握る。
「俺、魔法使った!」
「おおー!」
リサが拍手する。
ベックスも笑いながら拍手している。
ハルジートまで、少し驚いた顔をしながら拍手していた。
……なんだこれ。
たかが水滴。
それなのに。
昨日まで何も分からなかった俺にとっては、たった一滴でも十分すぎるくらい大きな一歩だった。
「すごいじゃん、カゴキ!」
「だろ?」
「ハスールよりすごい?」
「なんでそこでボクと比べるの?」
「いや、お前だし」
「意味が分からない」
「でも、ハスールが教えてたんだろ?」
ベックスが聞く。
「まあ」
「じゃあハスールもすげぇじゃん」
「……」
ハスールが黙る。
「なんだ?」
「いや」
少しだけ目を逸らして。
「教えた通りにやっただけだから」
「それができるように教えたのがお前だろ」
「……そうかな」
「そうだろ」
ベックスが笑う。
ハスールは返事をしなかった。
ただ。
ほんの少しだけ、嬉しそうだった。