雰囲気がほんわかとしていたころ。
ぐぅ、という俺の腹の音が空気を切り裂いた。
さんざめいた。
いや、嘘だけど。
「おなかすいた?」
リサさんが笑う。
「まあ、朝からずっと魔法の練習だったしな…」
「もう昼飯時だからな。…というか、俺らも飯に誘いに来たんだったわ」
インパクト強すぎて忘れてた、と豪快にベックスは笑う。
こういうところが、ベックスはとっつきやすい。
「食堂行きますか」
「俺も腹減った」
「じゃ、決まり!」
リサが踵を返す。
「食堂行こ!」
俺を含め四人がハスールの方を向く
「…なんでこっちを見る」
「いや、なんか反論するかなって」
「しない。ボクを何だと思ってるの?」
「じゃあ行こうぜ」
俺も立ち上がる。
耳かきを机に置く。
焦げた先端を見て、少しだけ笑う。
こいつには世話になった。
まさか異世界に来て、初めて魔法を使うために耳かきを握ることになるとは思わなかったけど。
◇◇◇
「しっかし、来て二日目で魔法使えるなんざすげぇな。カゴキ」
「実感ないけどな。使えたのはいいけど、凄いのかがわからん」
五人で席を囲み、食事をしながら話す。
昨日の夕飯もそうだったが、この五人でいるとかなり目立っている。
そもそもこいつらがAランク上位(総合何人かはしらない)であるうえ、突然転移だか転生だかしてきた俺もいる。
今まで話してた感じからして、ハスールは人とのかかわりがほぼなかったっぽく、それも目立ってる一因なんだろう。
「あたしらはちっちゃいころから使えて当たり前だしねー。途中から使える人の評価って意外とむずいかも?」
「子供で考えるなら早いけど…カゴキは私たちと同じ年、っていうのを考えると…確かに、難しい」
案外、深い話になってしまった。
日本に置き換えると何だろうか。第二言語習得とかか?
……俺、英語やれるようになるまで中高で…5年?かかってるな。
むしろそれでもできてないし。
そう考えるならすごいけど…魔法に置き換えていいモノか。
思考がこんがらがってきたので、スープをスプーン一杯口に入れる。
豆が入っていた。なんか、種類は分からないけど豆!って感じの豆が。
食堂のメニューは別に選べるとかはなく、今日のメニューみたいな感じだった。
昼飯はパンと肉とスープにサラダ。
量が少ないとかもない。
日本人としては米が食べたい、なんて異世界あるあるが発揮されつつあるが、まだ大丈夫。
というか、俺は別に米を作れるわけでもないし。
言ってもしょうがない悩みだな。
「つぅか、これ喰ったら何するんだ?ベッグラたちは授業だろ?」
俺が話すと、ベックスがいやいや、と口を開いた。
「Aランクは昼からは自由行動なんだよ。力あるものはその責任を自身に持て…だったか。うちの校訓」
へぇ、と相槌を打つ。
意外や意外…と思ったが、そういえば昨日俺が来た時もこいつらは授業とかは受けてなかった。
というか、聞いたことある言葉だな。
大いなる力には大いなる責任が伴う…だっけ?
校訓は、あの学園長が付けたのだろうか。
「その分、予習復習しないと授業についてけないしー、ちょっとサボると順位もランクもすぐ下がるけどねー。まーじで実力主義、って感じ?あたしとしては助かるけどね」
「ふぅん…結構大変なんだな。……ちなみに、くだらないことかもだけど…下のランクは支配されるとか、そういうのはあるのか?」
その俺の一言には、四人とも引いた。
笑われるとかでもなく、引かれた。
というかハスールまで引くなよ。お前が一番してそうだぞ。
「そういうのはないよ。その…カゴキの元居た世界は知らないけど……」
「違う違う!俺の学校だってそんなことしねぇよ!っていうかランクもないし!」
必死の弁明により、なんとか俺はサイコパスの称号を賜ることは避けられた。
っぶねぇ……
「…で、昼からの予定だっけ。支配者」
「してねぇって言ってるだろ!」
なんだそのカッコよさげで最悪の称号は。
なんで俺を煽るために全力なんだよ。もっと優しくしろよ。
「優しくしろよ」
「優しくしてるじゃん」
「どこが!?」
「支配者って呼んでるだけでしょ?」
「それが嫌なんだよ!」
「じゃあ何て呼べばいい?」
「普通に名前で呼べ!」
「カゴキ?」
「それでいい!」
「支配者」
「だからそれをやめろって!」
リサさんがけらけら笑う。
ハルジートさんも口元を隠している。
笑ってる。もう確定で。
ベックスに至っては、もう完全に面白がっている。
「いいじゃねぇか、支配者。俺は結構気に入ったぜ」
「お前まで乗っかるな!」
「良いだろ、支配者」
「……お前はもう黙って飯食ってろ」
なんなんだこいつら。
昨日会ったばっかりだぞ、俺たち。
なのにもうこの扱いである。
……まあ、嫌ではないけど。
「で、結局どうすんだ?」
ベックスが話を戻す。
「昼からの予定。俺らは自由だけどよ」
「カゴキの研究がないならー、私は薬学室に行こうかな」
リサが手を挙げる。
「また?」
ハルジートが呆れたように言った。
「今度はちゃんと許可取ってよ」
「えー、面倒くさい」
「取らない方が面倒くさいの。…あ、私は図書室に行く予定です。研究がないなら」
ハルジートが続ける。
「昨日の件で少し調べたいこともありますし」
「俺は訓練場かな。午後も軽く体動かしたいし。研究がないなら」
「へぇ」
俺は三人を順番に見る。
それぞれやることがあるらしい。
じゃあなんで俺の研究がないならがつくんだよ。
興味津々すぎるだろ。俺の研究に。
…まあ、半分ぐらいは冗談とかなんだろう。
というかそうであってくれ。
「じゃあ、ハスールは?」
「ボク?」
「お前も午後は自由なんだろ?」
「そうだね」
ハスールはスープを一口飲んでから答えた。
「ボクはお前の訓練。お前の研究がないなら」
「基本研究してんのはお前だろうが」
「……」
「……」
「……」
一瞬、全員が黙った。
「なんで全員こっち見るんだよ」
「いやぁ」
ベックスがニヤニヤしている。
「愛されてんなぁ、カゴキ」
「どこがだよ!」
「朝からずっと付きっきりなんでしょ?」
リサも楽しそうに言う。
「ハスールがここまで誰かに構ってるの、珍しいよ?」
「……そうなのか?」
俺がハスールを見る。
「知らない」
「お前のことだろ」
「ボクは普通にしてるだけ」
「…普通の人間は人に劫火ぶつけ続けないと思うぞ」
「必要な訓練だった」
「ほんとかぁ?」
「本当」
即答。
こいつ、こういうところだけ妙に信用できるんだよな。
信用はしてるけど信頼できないっていうか。
普通に俺のこと煽るし、無駄なことさせるし、面倒くさがりだし。
「……まあいいや」
俺はパンをちぎる。
「じゃあ俺は午後は訓練ってことか」
「そうなるね」
「魔法のか」
「体力のだけど。脚、遅いし」
「……クソが」
「盾にしかなれないのでいいならやめてやるけど」
「わざわざ嫌な言い方すんなよ。やりゃあいいんだろやりゃあ」
「別にいいよ。ボクの盾として生涯を終えても」
「俺がよかねぇんだよ。せっかく異世界来てそんなことに人生費やしてたまるか」
「光栄だろ」
「どこがだよ」
またハスールが少しだけ笑った。
やっぱり、ほんの一瞬。
でも、こいつは楽しんでる。
昨日までは、こいつが何を考えてるのかなんて全然分からなかった。
何を言っても皮肉。
何をしても面倒くさそう。
なのに。
今はなんとなく分かる。
……いや。分かるようになってきた、だけか。
そこまで考えて、三人がこそこそ話してるのが見えた。
内緒の話でもしてるのか?
「何話してる」
こういうのをすぐさま聞けるのはハスールの利点だろうな。
欠点でもあると思うけど。
「いやぁ?別にな」
「そうそう、別になんにもないよー?」
「ええ、なにもないです」
とりつく島もなかった。
よくわからないが、まあ多分そんな悪いことではなさそうだった。
そんなやり取りをしていると、ハスールが食器を置いた。
「ごちそうさま」
「早っ」
「もう食べ終わったのか?」
「食べることに時間を使う必要がないから」
「いや、食事ってそういうもんじゃねぇだろ」
「じゃあお前はゆっくり食べてれば?」
「……」
こいつ、本当に食事に興味ないんだな。
僕は残っているパンを口に押し込んだ。
◇◇◇
ハスールに連れられて、訓練所に連れてかれる。
といっても、さっきまで俺らがいた場所じゃなく、もっと大きな、生徒全員が使える場所に。
簡素な景色が広がる…どころか、ほとんど何にもおいてない。
ハスールの部屋の訓練場はもっと的だのなんだのが置いてあったんだが、こっちはただ地面に砂が敷かれただけの場所だった。
「…なあ、人が少なくねぇか?他の奴らはどこだよ」
「
「はぁん……でも、Aランクの奴らが来ないのはどういうことだよ」
周囲を見渡すが、誰もいない。俺等以外には人っ子一人。そのせいで簡素な風景が余計寂しく見える。
こいつがわざわざ占拠したのか?
……そんな面倒なことするだろうか。
そう考えていたところで、後ろから声を掛けられた。
「そりゃ、Aランクの子はわざわざ鍛える必要もないからね」
振り返る。だが、すでに正体はわかっている。
学園長。相変わらずの底の見えない笑顔と、白い顎髭を蓄えた老人が、そこに立っていた。
「…こんにちは。なんでわざわざここに?」
この人には伝えてない。なんなら、昨日からあってない。
なのに、どうしてここにいる?偶然?…そんな風には、見えないが。
「警戒されちゃったかな?別に、たまたまだよ。たまたま」
「……たまたま訓練場来たボクたちに、たまたま学園長が会ったと?」
「そう。そして、たまたま僕は籠喜君に渡すための杖も持ってきてる。とんだたまたまもあったものだねぇ」
それはこっちのセリフ──
「──って、俺の杖!?」
「そー。籠喜君も魔法、使えるようになってきたでしょ?」
「──え?なんでそれを」
「偶然だね。カマかけともいえる」
…わけがわからない。
この人は俺らのことをずっと監視してるんじゃないか?
まあ、杖はもらいたいけど。
そう思っていたところで、学園長はどこからか持ちだした杖を俺の方に投げた。
ハスールのよりもだいぶ長く太いように見えたそれを両手で受け取る。
「─って重!?」
ずっしり来た。
何とか落とすことはなかったものの、だいぶ腕に来る。
「真ん中に鉄ぶち込んでるからね。でも、その分強いよ」
「魔法ってそういうのじゃないだろ……」
「魔法はね」
そうやって言われた言葉に疑問が浮かび、受け取ったそれを見る。
もはや杖というには重すぎるし長すぎる。
というかこれさぁ……
「木刀じゃん」
まんまそれなのだ。修学旅行でおふざけもの(俺のような)が買って後悔するやつ。
家にあった奴と大体質感も一緒で、唯一違うのは重さだろう。
すこし、ブンブンと振ってみる。
当たり前だがものすごく重い。両手じゃなきゃ使えないわけでもないけど…片手で振ると、体が引っ張られる。
「……もしかして、俺に物理で殴れって言ってます?」
「いやいや、籠喜君の能力的に、離れてた方が魔法は扱いやすいだろう?半端な長さの杖にするよりも、思いっきり長くした方が、変な事故も起きにくいし。あと殴れるし」
「だとしても中に鉄を入れる意味はないじゃないですか」
「磁属性が活きるからね。持ち運びも便利」
案外考えられた木刀…杖…木刀…杖……
「やっぱ木刀だな。杖じゃないだろこれ」
俺のつぶやきは封殺された。杖じゃねぇよ絶対。
「とりあえず、それ背負ったまま運動しとくといいよ。鍛わるし、重さに慣れといたほうがいいだろうから」
「……クーリングオフとかは」
「おかけになった電話番号は、電源が入っていないか、電波が届かない場所にあるため……」
ああだめだ。自動音声になっちゃった。
てかそうじゃねぇよ。なんで異世界でそのネタが通じるんだ。
「よくわかんないけど、とりあえずそれでいいだろ。合理的に考えられてるし」
そこで、今まで話しに入ってこなかったハスールが口を開いた。
こいつ、意外と学園長が話してる時には会話に入ろうとしない。苦手意識でもあるのだろうか。
自動音声に切り替わった瞬間に話に入ってきたもんな。ハスールは首をかしげてるけど。
「そういうもんかぁ…?杖にしてはでかいし太いだろ。あと重い」
「文句を言うなよ。もらったくせに」
「……珍しく正論だな。…まあ、そりゃそうか。我儘だった」
学園長が気安い感じなんでちょっと言いすぎたかもしれない。
「いつもボクは正しいことしか言ってない。……学園長、それで、杖入れは?」
「ピーという音の後に…って、ああ。杖入れね。はいこれ」
そう言って、またもやどこから出したのか、学園長は杖入れとやらを渡す。
ハスールなんかは、腰についていたが、俺のに関しては背中に背負うタイプらしい。
その杖入れも剣道部のやつっぽく……より、木刀感が増した。
「えーっと、ありがとうございます。その、すいません。文句言っちゃって」
「いいよいいよ。異世界から来てしょっぱなの杖が耳かきで、自分用手にいてたと思ったら木刀だもん。文句も言いたくなるよ」
耳かきに木刀。
これだけ聞いたら誰も魔法の杖の履歴とは思わないだろう。
俺だってこれに関連があるとは思えない。
「それじゃあ、僕はそろそろ失礼するよ」
「え、もう?」
「うん。僕も暇じゃないからね」
「そうですか。…大変ですね」
心にもないことを言った気がする。
この人が大変な思いをしている様子がわからない。
その俺の一言には学園長は答えず、くるりと踵を返した。
そして、二、三歩進んだところで振り返る。
「そうそう、籠喜君」
「ん?」
「その杖、まだ使いこなそうとしなくていいよ」
「……?」
「まずは、振り回されないことから始めるといい」
そう言って、学園長は今度こそ歩いていった。
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味じゃない?」
ハスールが答える。
「いや、意味わかんねぇんだけど」
「筋力が足りないって意味」
「…否定はできねぇけどよ」
二人で学園長の背中を見る。
老人は何事もなかったように、訓練場の出口へ向かっている。
やがて姿が見えなくなる。
「……変な人だな」
「学園長だからね」
「それ理由になってる?」
「ボクにはなってる。あの人は一生あの感じだよ」
相変わらずよく分からない。
俺はため息をついて、背中の杖入れを確認する。
その中には、さっき渡された木刀。
いや、杖。
……杖。
無理やりそう呼ぶことにする。
「まあ、いいか」
俺は木刀……杖を背負い直す。
ずしり、と重みが肩に乗った。
「で?」
ハスールを見る。
「俺はこれ背負って何すればいいんだ?」
「走る」
「……」
「まず十周」
「魔法の訓練とかは…?」
「今日みたいに、朝にしよう」
「昼からずっと体力訓練か!?」
「昨日言ったでしょ。脚、遅いって」
「わざわざ言うな!」
「言う」
ハスールは当然のように言う。
「魔法を使うためにも、逃げるためにも、体力は必要だから」
「……逃げる?」
「ボクから」
「お前からかよ!」
ハスールが歩き出す。
俺も仕方なく、その後を追う。
背中には木刀。
手には何もない。
異世界に来て二日目。
魔法を覚えた。
新しい杖も手に入れた。
そしてその最初の仕事は、十周走ることらしい。
……魔法使いへの道って、思ってたより体育会系なんだな。
そう思いながら、俺は砂を蹴った。
あーあ。チートっぽい能力より運動神経が欲しい。