俺がその視線に気づきだしたのは、この世界にきて1,2週間ぐらいたった日だった。
この1,2週間、永遠と同じよーな日々を過ごしていたわけだ。
朝飯、魔法、昼飯、鍛錬、夕食、寝る。
スマホもなければ、娯楽という娯楽もない。
もはや、教科書が漫画替わりだったので、偉人なんかはその要領で覚えかけていた。
「なあ、俺もちったぁ強くなったくねぇか?」
「思わない」
「即答すんなよ!」
そんな中でも、会話は良かった。暇もつぶれるし、面白いし。
こいつの煽り癖には飽き飽きするが……それも、楽しく感じ始めていた。
ちょっと重症かもしれない。
現在、俺らは食堂で、夕食を食べているところだった。
初日のころは一瞬で飯を食ってたハスールも、意外と話にはノってくれる。
「事実だから」
「いやいや、初日なんてお前に十周で死にかけたろ?今はまだましになってきてるじゃねぇか」
「マシって言ってる時点で駄目だろ」
「マシになってるのはマシになってるだろ?俺にしては成果出てる方なんだよ」
「誤差」
「……せめて、多少は褒めてくれ。いや、褒めなくてもいいから努力は認めてくれ」
「じゃあ努力」
「悪い、不思議とそう言われてもうれしくねぇわ」
「でもカゴキ、最初よりは速くなったよ」
横からリサさんが口を挟む。
すっかり、五人で食べるのが習慣だった。
「ほら!」
「最初が遅すぎただけだけど」
「それは言うな。自覚してるから」
「私は、ちゃんと成長してると思いますよ」
ハルジートさんまで援護してくれる。
というか、この流れが流れになりつつあった。
「魔法もそうですし。最初は魔素を感じることすらできなかったのに、今では簡単な属性魔法なら使えるようになってますし」
「だろ?」
「まあ、簡単なやつだけだけどな」
ベックスがパンをかじりながら言う。
「それでも大したもんだろ。まあ、俺は初めて魔法使ったとき、もっと派手だったけど」
「……なんで張り合うんだ?」
「張り合ってねぇよ」
「じゃあなんで言ったんだよ」
「なんとなく」
「なんとなくって……なんか、ベックスもハスールっぽくなってきたな」
「冗談じゃねえ。撤回してくれよ、すぐに」
「失礼なんだけど、お前ら」
そんなくだらない話をしているときだった。
ふと、誰かに見られている気がした。
気のせいかと思って、周囲を見渡す。
生徒がいる。
教師もいる。
いつもの学園の風景だ。
その中に、一人。
こちらを見ている奴がいた。
だが、目が合った瞬間にフッ目をそらされ、逃げられる。
人ごみに紛れ、結局見えなくなった。
「ん?どうしたよカゴキ。変なもんでも見たか?」
「いや……なんか、こっち見てたやつがいたから」
「カゴキのファンなんじゃなーい?」
「それはねぇだろ……」
リサさんが適当に言うが、そんなことは絶対ない。
というか、それを本気にしてたら相当やばい奴な気がする。
「どんな人だった?」
ハルジートさんが聞いてきた。
「えーっと、男で…金色の髪。あと、俺よりちょい小柄…かな?多分」
「ああ、あいつか」
ハスールがふとつぶやいた。
というか、それは珍しいのでは?
こいつ、二位のベックスすら覚えてるか怪しいラインらしいし……
「ちょっと前まで毎日懲りずに決闘を仕掛けてきてたから。嫌でも覚える」
「はぁん…っていうか、それなら強いのか?勝負が成り立つぐらいには」
「別に。名前も知らない」
可哀そう。毎日挑んでるのに。
「あー……Bランク一位のキイ、ってやつだよ」
「…ベッグラは知ってるのな」
「俺等だって嫌でも覚えるっての。
「あー!あの子ね。名前言われて思い出した。なんだっけ?魔神?が宿ってるんだっけ?」
「そんなやばい奴なん!?」
びっくりした。突然異世界要素が出てきた。
いや、魔法の時点で異世界なんだが……そういうことじゃなくてさ。
「いや、自分で言ってるだけのはず。実際に宿ってるのは聞いたことないし」
ハルジートさんが補足を入れてくれた。
…というか、それって。
「…つまり、キイ?ってやつは、自分に魔神が宿ってるって思ってハスールに挑んでるってこと?」
「まあ……」
「それはそうなんだがなぁ……」
「言語化されると、ちょっと……」
なんか、空気がちょっと寒くなった。
いや、そうだよね?キイって人、おもっくそ厨二病だよね?
「ダサいし、面倒」
「やめて、ちょっと俺にも効くから」
中二病罹患者かつ、今も異世界で盛り上がってる俺にとって、その言葉は凶器なんです。
いや、俺でも流石に他人に言ったことはないけどさぁ……
ごめん、やっぱつれぇわ。
「お前はいいだろ。実際無効化持ってるわけだし。体力ないけど」
「そうじゃ、そうじゃなくてぇ……」
やばい、一気に黒歴史が掘り起こされる音がする。
黒歴史ノートをまだ捨てきれてない俺にとって、ヤバいんだって、それ。
「……お前がここまで落ち込んでるの、初めて見た」
その後、ちょっとみんなが優しくなった気がする。
ハスールにまで気遣われたのは、意外だった。
◇◇◇
「いや、俺の黒歴史はいいから……キイの話、しようぜ」
おもっくそ話を転換させる。
インド人もびっくりのドリフトを決めた。
「ええー…?カゴキの様子が気になるけど……ま、いっか」
「と言っても、俺らがキイについて話せることなんかこれ以上にねぇぜ?」
「えっと…なんで、キイが俺らを見てたか、とか?」
さあ?と全員が首をひねる。
まあそりゃそうか。本人のことは本人にしかわからないわな。
そう思ってるところで、ハルジートさんが口を開いた。
「例えば…ハスールに近しいカゴキに、なにか思うところがあったとか?」
「思うところ?まあ、確かに俺が来てからキイのこと見てねぇし…そういう感じか」
邪魔もの、とでも思われてるかな。
否定はしない。そりゃ、邪魔だろうさ。
「と言っても、俺も別に好き好んで一緒にいるわけじゃねぇんだけどなぁ…」
「ボクだって学園長に任せられただけだし」
珍しく、意見が一致した。
いや、別に珍しくもないか?全部に反発してるわけでもないし。
「へぇ…じゃ、今日から離れろって言われたら離れるのか?」
ベックスが軽い調子でそう聞いてきた。
少し考え……口を開く。
「命令されたら。つっても、こいつといるのが一番いい気がするけどな。首席だし」
「同じく。まあ、研究対象として逃がす気はないけど」
「こわっ。マッドすぎるだろ」
「当たり前だろ。こんな面白い現象、逃がすと?」
「あー…だろうな。お前はそういうやつだよ」
「失礼だな。心の奥底ではお前にこんな態度を取ってて苦しく思ってるのに。本心では泣き叫んでるのに」
「嘘コケ。じゃあその思いを態度に出してくれよ、おい」
そんな会話をしていたら、ふと三人がコソコソ話してるのに気が付いた。
俺たちが会ってから、まあまあな回数話してる。俺らに内緒で。
毎回どう聞いてもはぐらかされるので、聞くのはあきらめた。
「そういう所だと思うな―。二人とも」
「そういう所ってどういう所だ」
「そういう所はそういう所」
ほら。結局こういう所に行きつく。
俺はあきらめた。ハスールは律儀に毎回聞いてる。
◇◇◇
結局、キイに関しての話はそれで終わって、その後はちょっと雑談をして解散の時間になった。
しょうがない。キイとは誰もランクが同じじゃないし、俺に至っては初対面…どころか、対面もしてないし。
ハスールに聞いても「覚えてない」と「知らない」しか言わないし。
ハスールが他人に興味がないのがより分かっただけで終わってしまった。
「んー…でも、気になるんだよなぁ」
ハスールの、というか俺たちの?部屋に戻る道で、独り言をつぶやく。
返答はないと思っていたが、意外に返してくれた。
「キイ?別に、ボクに関してしか気になってないでしょ」
「その根拠は?」
「ないけど」
「ないのかよ」
そんなこったろうとは思ったけどさ。
「わざわざお前に手を出すこともないだろうし…それに、お前は魔法が効かないからな」
「まあ、そこの安全性は高いだろうな…俺は。集団でいじめられたらどうしようもないけど」
「だったら、ボクの名前でも呼べば?興が乗ったら助けてあげる」
「いつでも助けてくれ」
「そんな。ボクなりの歩み寄りだったのに」
「お前なりはもっと寄らなきゃ歩み寄りじゃねぇんだよ」
そんな軽口をたたいていると、もう見慣れた小屋が見えてくる。
ったく……こいつはいつまで経っても煽りが止まない。
それにも、もう慣れた俺がいるのも恐ろしい。慣れってのはすごいもんだ。
ガチャリとハスールがドアを開け、俺もそれに続いて入る。
こいつはめっちゃ就寝時間が早いから、俺も準備を急がないと、勝手に明かりを消される。
四日目ぐらいに普通にやられた。
「ボクが先入ってるから」
「へーへー」
ほらな。帰ってきて一瞬で風呂に行く。
ちなみに、風呂場がついてるのもこの部屋だけらしい。他は共用の所に行く……と言っても、それも学園内にあるわけだけど。
その大浴場の話を聞いたときに驚いたが、なんと大浴場と言ってもただ椅子と石鹸が置いてあるだけらしく、水自体は魔法で出すらしい。
俺には多分到底無理な話だが、魔法鍛錬の一環だそうで。
この学園だけの特殊なルールらしく、リサさんは文句を言っていた。髪質が荒れるとかなんとか。俺には到底わからん内容だ。ドライヤーも使ったことない俺には。
「次入れよ」
「ほいほい」
この会話も習慣化してきた。まあ、なんでか同棲してるからな。
……嫌な言い方だった。でも、もっといい言い方が思いつかん。
共同生活?それはそれで嫌。じゃあ何かっつったら……同室、か。最初っから言われた通りに。
で、脱衣所に行って学園の制服を脱ぐ。
ただまあ、風呂場付きとはいえ自分で水を出すかそうじゃないかぐらいの差なので、特殊なこともなく。
フツーに髪を洗って体洗って、体拭いて、終わり。
「相変わらず早いな」
「これぐらいだろ。男なんざ」
「清潔にしといたほうがいいぞ」
「ちゃんと洗ったわ」
「髪とか、洗い方ちゃんとしないと痛むし」
「お前に言われるとは思わなかったわ。一番面倒とか思ってそうだし」
ポスン、と自分のベッドに座る。どうせ朝からはここで魔法の特訓だし、わざわざ準備するものもない。
しいて言えば、ベッドの横に杖を置いとくぐらいだろう。このおもっくるしい杖を。
「面倒だけどね。父親がうるさいんだ。貴族の品性がどうとか言って」
「……え、お前貴族だったん?」
そんな感じはちょっとしてたけど、言われてみると意外だ。
というか、現代日本に住んでて貴族に会ったことなんかないし、そう意味でも。
「ああ、そうか……お前はそこから知らないのか」
「わりぃな。無学で」
「……そうでもない。セルライン。この名前に見覚えは?」
「セルライン…?ああ、教科書にすぐ出てくる名前。……もしかして、そこのご子息様?」
「その呼び方やめて。次男だから、後を継ぐわけでもないし」
わお、マジもんの貴族。どこにでも出てくるからうざいと思ってた名前が、目の前の苗字とは。
もう藤原とか、そういう感じですぐに出てくるんだよ。日本史で嘆いてたやつのトレースしてるかと思うぐらい。
「というか、直系?それとも分家?」
「そこなんだ。というか、食いつくね。意外に」
「あー、まあ、野次馬精神。そんな奴に会うのも珍しいから」
「……グラニック、アルベーク、メノン」
急に、まあまあな数の教科書に絶対乗ってる苗字を挙げるハスール。
三つ?三つ……え、もしかして
「ベックス、リサ、ハルジートの苗字」
「Oh my goodness」
すごい人たちに囲まれてたんだなぁ…俺。
というか、貴族感ゼロだったんですけど?嘘言ってる?
「嘘言ってる?」
「こんなしょうもない嘘はつかない。…ま、あいつらも全員跡継ぎじゃないけど」
「ああ、そう……そうだとしても変わんねぇけど…」
俺がちょっと放心している間につぶやいた言葉に、ハスールの目が一瞬細まり、すぐに柔らかくなる。
このことに、俺は気づいてなかったけれど。
「貴族かぁ……憧れるな……」
「そんないいもんじゃない。くだらない慣習ばっかり」
「俺からすると貴族は贅沢の象徴みたいなもんなんだよ…実情はどうあれ」
ふーん、と興味なさそうに返される。
まあ、本物からしたら色々思う所もあるんだろう。結局、ないものねだりだし。
「というか、何の話だったっけか」
「お前の髪が傷んでる話」
「ああ……別に、傷んでるとは確定してないけど」
「はげるぞ」
「はっきり言うな馬鹿」
お前が貴族だからって言っても俺はツッコミ続けるからな。
捕まってもツッコミ続けてやる。まあ、こいつは牢屋の外から俺のことを笑ってきそうだが。
「……まあ、お前はそれでいいよ。突然恭しくされても嫌だし」
「そりゃどうも」
嫌なんだ。まあ、こいつも貴族の強権を振るう、みたいなこともしないしな。
まあ、その前に実力で相手のこと黙らせるからかもしれないが。
何度か、絡んできてるやつを魔法で黙らせるときあったし。
と、まあそんな感じで話が終わり、明かりが消えて。
あんまり代わり映えのしない一日は、今日も幕を閉じた。