キイが俺のことを見るようになって、数週間後。
大体転移して一か月。その間キイが俺に話しかけることはなかったけど、飯時に視線を感じたり、午後の鍛錬の時にちらっとあの金髪が見える。
それでいて、話しかけようとすると逃げられる。 今日も、鍛錬中に見えたので話しかけようとちょっとダッシュして近寄ろうとしたら逃げられた。
逃げられたのにモヤッとしていたところに、ハスールに話しかけられる。
「お前、体力ついてきたな」
「お、やっぱり?」
俺から言っても褒めてはくれないが、結果を見せると褒めてくれる。
「普通、そんなスピードでつく量じゃないと思うけど。今なんか、二十週走った後にダッシュできてるし」
三十週にするか、なんてことを呟かれる。やめてほしい。
が、確かにものすごいスピードな感じはする。元々体力がない分つく、っていうのは本当かはわからないが。
「まあよぉ、こんな重りつけて走ってんだから、そりゃ体力も付くだろ」
そう言って、俺は自身の背中に背負った杖を指す。
「学園長の言ってることも、正しいらしいな。おかげで、ボクもそろそろ外に出れそうだ」
「外?」
「前に学園長が説明したろ。ボクは外からの依頼を受けてもいいことになってる。お前の安全のために、できてなかったけど」
その言葉で、ようやく思い出した。
「お前が強すぎるから、って奴か。俺の様子を見て許可が下りる…だったか?」
「そう。下手にお前のことを学園に出して誘拐でもされたら困るし」
「そんなに物騒な治安してんのかよ」
「お前の場合だけ」
「俺の場合だけ?」
「異世界から来て魔法が効かない。しかもこの学園が実質的にそれを証明してる。なんせ、追い出してないから」
ハスールが指を折りながら言う。
「小悪党から研究機関まで、欲しがる人間は選り取り見取り」
「選びも取りも見たくもねぇけどな」
「だから、もう少し鍛えておきたい」
「あー…まあ、魔法は効かねぇけど、物理には滅法弱いしな」
「その通り」
即答だった。
もうちょいやさしさが欲しい。
「今のお前なら、普通の生徒相手なら逃げるぐらいはできると思うけど。でも、相手が魔術師だったら話は別」
「魔術師だったら、か。筋肉モリモリのマッチョマンとかじゃなく?」
「魔術師の方が面倒。魔法だけで戦うわけじゃない奴等だから。ボク含め、ね」
そう言われると、確かにそうだ。
今まで俺が相手にしてきたのはハスールだけ。
なんなら、こいつは魔法を当てるとか勝つとかじゃなく、俺がどう魔素を扱うかを見ることを優先していた。
つまり、結局こいつとの戦闘は研究なんだ。
普通の魔術師が相手なら、そんな都合のいい戦い方をしてくれる保証はない。
「ちなみに、三人の戦い方とかはあるのか?なんかのためになるかもだし」
本当に今更だが、そういえば俺は初回以外で魔法の戦闘を見たことがない。
アニメ通りに戦うもんかどうかすら、さっぱりだった。
「ベックスは近接。体格差も使うから厄介。リサは中距離からが多い派手だけど雑。ハルジートは長距離だし、地味だけど正確」
ハスールはあっさり答えた。
「へぇ…そういわれると、結構イメージに合ってるな。リサとハルジートが逆なのも、なんかそんな感じする」
「そのイメージが危険って言ってる。あいつらもそれだけの奴らじゃない。魔法だけで戦わない。だからお前は保護されてるんだよ」
「……こぇえな。魔術師って」
「怖いよ。世界で一番」
あっけらかんと、ハスールはそう言った。
この学園の首席で、一番怖がられるはずのハスールが。
魔術師が怖いのだと。
「そういえばお前、あの二人のこと呼び捨てにしてる」
話題を変えるように、ハスールは口を開いた。
あの二人ってのは、リサとハルジートだろうか。
「ああ。別に、慣れてきただけ、なんだけどな。一か月ぐらい一緒に飯食ったりしたし、さん付けもちげぇかなーって」
「へぇ。まあ、どうでもいいけど」
「どうでもいいことなら聞くなよ」
そこまで言うと、ふと思い出したようにハスールが口を開いた。
「というか、ボクのことは最初から呼び捨てだったけど」
「第一印象が最悪なんだよ、お前は。あと、まあ…男だし」
「ふぅん。女子で長く一緒にいると呼び方変えるのか」
「別にそんな引っ掛かることか?友達とか、そういう感じだろ」
あんまり、本人に言える気はしないが。まあ二人はこの場にいないし、別にいいだろ。
本人たちの前で言って、そうだっけ?とか返されたら怖いけど。
メンブレしてしまう。
「友達、か。じゃあボクは?」
「え?いや、お前に言うと否定されそうだし」
こいつの性格から、普通にそういうこと言いそうだ。
友達とかの馴れ合いはしない、みたいな。
そう思ってハスールの返事を待っていると
「……」
無言でこっちを見つめてきた。
…なに?怖い。
「友達って言ってほしかった?」
「……」
ちょっとふざけたら、無言の圧が強くなった気がする。
どっちなんだよ。やっぱお前が一番こぇえよ。
経験したことない圧力をかけてくるな。正解を教えてくれ。
「……そういえばさ」
話題を変える。
この空気に耐えられる気がしない。
「ハスールの型ってなんなんだ?」
「……型?」
「さっきの、さ。近接とか中距離とか。そういうの」
「ああ」
無言を解き、圧もなくなる。
さっきのよくわからない感じについて俺が考えようとした瞬間、ハスールは答えた。
「全部」
「全部ぅ?お前、自分のこと話してるからってそんなこと言うなよ」
「必要なら全部やる。それだけ。全部鍛えたから」
戻った。いつものツンケンした感じ。
……というか、鍛えたって。
「天才、ってわけでもねぇのか?」
「勝手に考えて。ちょっと、話しすぎた」
それで、一旦会話が打ち切られた。
なんだよ。またか。
ただまあ、なんだか珍しかった。初日ならともかく、最近は会話を打ち切られることも少なったからか。
天才って言われたかったのか?──それも、違う気がするけど。
「とにかく、話しを戻すけど。お前はもうちょっと鍛えておかないと不安、ってこと。少なくとも、学園長はまだ許さない」
「おお…だいぶ戻ったな。ま、了解。──っつっても、どうするんだ?結構体力ついた気がするんだけど」
「まだつけておきたい、最悪、完全に逃げれるぐらい。それと、魔法ももうちょっと使わせて……」
「格闘技でもやってみたらどうだ?」
突然、後ろから声がした。
「うおっ!?」
振り返る。いつの間にやら、ベックスが俺の後ろに立っていた。
「……っくりしたぁ……いきなり背後に立たないでくれよ」
「悪い悪い。声かけるタイミングなくてな」
ベックスは笑いながら、俺の背中にある杖を指差した。
「でもよ、それだけ走れるようになったなら、次は身体の使い方を覚えてもいいんじゃねぇか?」
「身体の使い方?」
「格闘術だよ」
ベックスが拳を軽く握る。
「俺が教えてやろうか?」
「……ベックスが?」
「おう」
意外だった。
いや、考えてみればこいつは見るからにそういうのが得意そうではある。
筋肉もあるし、訓練場でも魔法より身体を動かしているところを見ることの方が多い。
「つっても…俺、そんな強くなれるか?」
「強くなるっていうより、死なないためだな」
「急に物騒になったな」
「さっき誘拐されるとか言ってただろ?」
「まあ、それはそうだけどよ」
「だったら、逃げるだけじゃ足りねぇだろ」
ベックスはそう言って、俺の肩をぽんと叩いた。
「逃げられない時に、自分で逃げ道を作れるぐらいにはなっといた方がいい」
「……なるほど」
「それに」
ベックスがニヤッと笑う。
「カゴキ、お前、結構いい身体の使い方しそうなんだよな」
「なんで?」
「走ってる時の足の運び方が変なんだよ」
「変!?」
「違う違う。悪い意味じゃねぇって。普通ならもっとバタバタするんだけどな。お前、最初は酷かったのに、最近はだいぶマシになってる」
「いや、別に……変な動きしたら余計疲れるってのが分かっただけで」
「自力でそれだけ気づけたなら十分だろ。それが身体の使い方がわかってるってことだからな。格闘技覚えんのも、そこまで苦じゃねぇと思うぜ?」
「……ハスール」
俺は隣を見る。
「どう思う?」
「いいんじゃない?」
あっさりだった。
「魔法だけ覚えても、身体が追いつかなかったら意味がない。ベックスなら適任」
「お前が言うならやるかぁ」
「じゃ、決まりだな!」
ベックスが笑う。
「明日から俺が教えるから、覚悟しとけ?」
「今日からじゃないのか?」
「お前、今二十周走ったばっかだろ」
「……」
「それでまだやるって言うなら、俺は止めねぇけど」
「……やめとく。」
「やらせろ」
俺とハスールの声が重なった。
「少しは俺を労わってくれ!」
冗談じゃない。
ちょっとは人の体力のことも考えてくれよ。
◇◇◇
それから、午後の鍛錬にはベックスとの格闘術も加わった。
といっても、毎日劇的に強くなるわけじゃない。
構え方を覚えて、足の動かし方を覚えて、転び方を覚えて。
たまにベックスに転がされて、ハスールに呆れられて。
「……やっぱり、おかしい成長速度だ」
一週間後あたりで、杖のないハスールを、試合形式とはいえ倒せるようになった。
しゃあ!と喜んでる俺を尻目に、ハスールとベックスは話し合う。
「……どう思う」
「技術じゃまだまだだ。ただ…それでもどうにかできる
「技術で負けてたまるか。今までの人生を数週間で追い上げられるなんて、信じたくもない」
その様子を見て、俺は首をかしげる。
今回ばかりは、マジで何かやった記憶がない。
漫画あるあるの、「俺、またなんかやっちゃいました?」なんて、そんなこともないはず……だよな?
「…なんか、俺変なことしてたか?」
「変なことはしてない。だから話し合ってる」
「あー…カゴキ、腹見せろ」
「え、エッチ」
「馬鹿言ってねぇでよ。俺にンな趣味はねぇ」
仕方がないので、制服をめくる。
まあ、多分腹筋とかだろうか。といっても、腹筋はあんまりやってないからそんなについてねぇんだけどな……
「っぱ、そんなに付くわけもねぇ……これも、異能か?」
「え?無効化だけじゃなくて?」
俺の腕も見つつ、ベックスは呟く。
身体向上魔法は、そもそも俺に触った時点で解けるから使ってない、って言ってたのに。
「えっと、魔法を使ってない状態の動きに慣れてなかったとか、そういう感じじゃねぇの?」
「いやー…ハスールに至って、そんなこたぁねぇだろ」
ハスールの方を見ると、そっぽをむいていた。
なんか、考えてんのか?
だがまあ、とにかく。
慣れてないから俺に負けた、とかじゃないわけだ。いや、普通に体格差のこともあると思うんだがなぁ。
「別に、ハスールが物理勝負で負けるのは分かんだよ。俺だって体格差で勝つ。魔法が使えない、なんてなったら尚更な」
「じゃあなんで」
パサッと俺が制服を下ろし、聞く。
その疑問には、ハスールが返した。
「速度がおかしい。体格差勝負にならないよう、ボクも鍛錬してきた。それでも埋められない差があるにしても、この速度はおかしい」
「いや、いや……それが本当だとしても、無効化とは被らなくないか?」
「だから悩んでんだよ。異常が今までの異常と被ってねぇ」
ものすごい言われようだ。
「こりゃまた……」
「研究の時間だ」
「おいおい、マジで?」
そしてなんでこいつらは滅茶苦茶にノリ気なんだ。
◇◇◇
翌日のこと。
今日は昼の鍛錬はナシになり、そしてハスールと俺の部屋に備え付けの、例の訓練場にいつもの五人が集まった。
「で、なにすんだよ」
さっきの飯の時も、やるときになったら話すとか言って、なにも内容がわかってない。
そのせいで、リサもハルジートも、ただ連れられただけになっていた。
いや、自分たちからついてきたけども。
「実戦含め、ちょっとした観察、って感じ。ベックスと戦う」
「おいおい…そりゃちょっと無茶だろ。一回も勝てたことねぇんだぞ」
女子二人の前で恥でもかけっていうのか。
地獄の時間過ぎるだろ。
「安心しろって。お前は杖アリ。俺はナシ。あと、双方魔法禁止」
「杖ありぃ?まあほぼこれ鈍器だけども」
言われて、背中につけていた杖入れからほとんど木刀のこれを取り出す。
うん。何度見ても木刀だ。それも、中に鉄が入ってるらしい木刀。
「そういやさ、研究って言われたからついてきたけど、何の研究なの?無効化の研究っぽくないけど」
「カゴキの身体能力に関してだな。なんか、異常に力が強い」
「新しい異能、かな?」
「それ含め、だ。さっさと始めろ」
その言葉に、俺は木刀を構えた。