「さっさと始めろ」
「急だな、おい」
言いながら、俺は杖を構える。
対するベックスは、両手を軽く握っただけだった。
武器なし。魔法なし。
条件だけ見れば、こっちが圧倒的に有利……なはずなんだが。
「……多分、いらない心配なんだけどよ。俺の杖に腕って、大丈夫なのか?」
「鉄入ってるとは言え、杖だからな。そんなやわな鍛え方してねぇよ」
「おっそろしいこと言うなぁ……」
「カゴキがはじかれないかが怖いぜ?俺は」
「はぁ……俺もそれが怖いよ」
ベックスが笑う。
自信にあふれているが、自信過剰ではない。
それぐらいは、わかる。
俺は一度、息を吐く。
目の前にはベックス。
その後ろにはリサとハルジート。
そして少し離れたところには、腕を組んでこちらを見るハスール。
なんなんだこの公開処刑。
「じゃあ、いくぞ」
ベックスが言った。
「おう」
その瞬間。
ベックスが地面を蹴った。
「速っ」
思わず声が出る。
ベックスが一気に距離を詰めてくる。
速い。
今まで訓練で何度も相手をしてきた。
けれど、こうして真正面から来られると、改めて分かる。
こいつ、本当に速い。
反射的に杖を横に振る。
半ば杖に引っ張られるように振った杖を、ベックスは身体を沈めて回避した。
「うおっ!?」
杖が空を切る。
そのまま懐に入られた。
「終わりだ」
「流石にいやだわ!」
俺は咄嗟に後ろへ飛ぶ。
身体が思った以上に動いた。
「……うん」
「おお」
ハスールが後ろの方で何か言ったのが聞こえる。
ベックスも少し驚いた顔をする。
「今の、結構避けたな」
「俺も今びっくりしてる」
「自分で言うかよ」
「いやマジで。俺ってこんな動きできんだな」
ハスールの声が飛んでくる。
「今の動き、もう一度やって」
「無茶言うなよ!」
「研究だから」
「便利な言葉にしやがって!」
「じゃあ続けろ」
「人の話聞け!」
ベックスが笑う。
「まあ、いいじゃねぇか。ほら、次来るぞ」
「ちょっと待てくれよ!」
今度は俺から踏み込む。
杖を振る。
ベックスは避ける。
もう一度。
避けられる。
三度目。
今度は杖を途中で止め、逆方向へ振る。
「おっ」
ベックスが腕で受ける。
鈍い音が響いた。
「痛ぇなこれ!」
「学園長を恨め!」
「嫌なセリフだなそれ!」
だが、ベックスは怯むことなく向かってくる。
こっちは怖くてしょうがないってのに、随分な差だ。
年季が、違う。
さっきまでみたいに、杖の重さに引っ張られつつ振った剣跡も、楽々避けられる。
その隙を見逃さず、ベックスは低めから拳を振り上げる。
わかりやすいアッパーカット。
「ちょっといてぇぞ」
「──っ!」
後ろに飛ぼうとして、今度は足が変な形に動く。
もつれた、のか。
どうにかこけないようにもがこうとした時だった。
時間が飛んだみたいに、俺はさっきまでの所より、後ろに立っていた。
いや、飛んだわけじゃない。そんな力に覚醒したわけじゃない。
「おいおい、こりゃすげぇな」
「え?ん?俺、なにした?」
自分で何をやったかわからない。
「……空中で、回転して逃げてたんだけど。──はっ?えっ、カゴキすごっ!」
「信じられない…向上魔法を使ってもできるかどうか……」
二人が言った言葉で、ようやくわかった。
いや、ぶっちゃけわかんないんだけど、なにをやったかは分かった。
空中で回転?まるでマンガじゃねぇか。
「あー…カゴキ、一旦その場でジャンプしてみろ。安心しろって。浮いてる隙に殴ったりしねぇから」
「怖いこと言うなよ!」
ツッコミつつ、言われたとおりに跳んでみる。
「せーのっ」
地面を蹴る。
──高い。
「……え?」
思わず声が漏れた。
別に、ものすごく高く跳んだわけじゃない。
宙に浮いたとかじゃない。
ただ。
「……こんな高かったっけ?」
自分の感覚より、明らかに身体が浮いている。
着地する。
砂が、ざり、と鳴った。
「もう一回」
ハスールが言う。
「なんで?」
「いいから」
「はいはい」
もう一度跳ぶ。
今度は意識して、自分の身体を見る。
膝を曲げる。
踏み込む。
身体が浮く。
そして、思ったよりもずっと長く空中にいる。
「……おかしくね?」
「おかしいな」
「だよな?」
「おかしい」
ハスールが即答した。
「普通の人間の跳躍じゃない」
「いや、そこまで言うか?たまに馬鹿みたいに跳んでる生徒見るけど」
「あれは馬鹿だから」
ヒドイ言い草だ。
でも、馬鹿みたいに跳んで馬鹿みたいに怪我してる生徒はたまに見るんだよな。
大体メンツがいっしょだし。
リサが後ろから口を挟む。
「でも、ほんとにすごいよ? カゴキ、前はちょっと走っただけで息切らしてたじゃん」
「うん」
ハルジートも頷く。
「身体強化の魔法を使っているわけでもないのに……」
「それが一番おかしいんだよな」
ベックスが腕を組む。
「さっきの動きも、剣の扱いに慣れてる動かし方じゃない。そのくせ、身体そのものは妙に動く」
「……凄いのか?凄くないのか?」
「凄くないに一票」
ハスールが口を開く。
「カゴキ、それ貸して」
言われて、杖をポイっとハスールに投げる。
……これをポイっと投げられるのもおかしいのか。
「ん」
ハスールが杖を受け取る。
その瞬間、消えた。
──え?
数刻遅れて砂が舞い、ようやくわかった。
消えたんじゃない。
跳んだんだ。
スタっ、とハスールが地面に戻ってくる。
また砂が舞い、砂埃の中から杖が伸びてきた。
「返す」
「サンキュ。……というか、あっさりとやるなよ」
「なんとなく、こんな気はしてた」
まあ、つまり。
「杖がすごいってことかよ……」
「学園長も粋なことするね」
全員が、はー…と、息を漏らした。
なんと、俺はすごくありませんでした、というわけで。
「残念だったね」
「なんだよこれ。俺が頑張った意味は?」
「あるよ」
「あるの?」
「もらった次の日、十周でバテてた。向上魔法にも際限はある」
「なるほど。じゃあ努力してた意味はあったと」
「お前だけの実力じゃなかったってだけ」
「もうちょっと温情をくれよ!」
リサがけらけら笑う。
「でもよかったじゃん。すごい杖もらえて」
「いや、よくねぇよ。俺の実力だと思ってたのに」
「実力はあるだろ」
ベックスが口を挟む。
「一か月前のお前なら、その杖を背負って二十周も走れねぇ」
「……それはそうだけど」
「それに、さっきの動きだって杖を持ってりゃ勝手にできるってわけじゃねぇだろ」
俺は背中の杖を見る。
木刀みたいな杖。
鉄まで仕込まれた、やたら重たい杖。
学園長は、最初からこれを使わせるつもりだったのだろうか。
「……あの人、どこまで考えてんだ?」
「学園長だからね」
ハルジートが苦笑する。
「考えていないように見えて、妙なところだけ考えている人だから」
「妙なところだけって酷くない?」
「事実だから」
「否定しないんだ……」
そんな会話をしている間も、ハスールは黙って杖を見ていた。
「……ハスール?」
「ん?」
「どうした?」
「いや」
ハスールは杖を俺に返す。
「なんでもない」
「なんでもない顔じゃないだろ」
「いつもこの顔だけど」
「それはそうだけども」
そう言われると何も言えない。
ハスールは俺から目を逸らし、杖へ視線を落とした。
「……まあ、いいか」
「何が?」
「学園長に深くかかわりたくない」
「ひっでぇ言い草。悪いヒトじゃないだろ」
「悪いヒトじゃなくても嫌だ」
三人も同意見らしかった。
でもまあ、本心じゃあ俺もそうは思うけどさ。
あの訳のわからなさは関わりたい感じではない。
◇◇◇
「ちなみに、こういう……なに?エンチャント?みたいな杖って多いのか?」
「少ない。かなり」
「そのうちの一本を、俺が持ってると」
「そういうこと」
一旦の結論が出た俺らは、訓練場から移動していた。
今はハルジートの提案で図書館に向かっている。
「そうそう見れないどころか、一般人で見れたら一生分の運を使い果たした、と言っても過言じゃない杖、かな」
「……なんでそんな杖を作れる技術を学園長は持ってるんだよ」
「さあ?」
四人の声が重なった。
丁度、その時図書室の扉に着いた。
「……でか」
最初に出た感想が、それだった。
扉だけでも俺の身長より高く、両開きになっている。
木製ではあるものの、ただの木ではないらしく、表面には細かな模様が彫られていた。
植物の蔓みたいなものが扉の端から端まで伸びていて、その合間に見たことのない文字が刻まれている。
「これ、何て書いてあるんだ?」
「図書室」
「そのまんまかよ」
「古い文字だから、正確には少し違うけどね」
ハスールがどうでもよさそうに答える。
ハルジートが扉に手をかけると、重そうに見えた扉は、意外なほどあっさりと開いた。
中へ入る。
そして、思わず足が止まった。
「……うわ」
天井が高い。
三階、いや、下手したら四階建ての建物ぐらいあるんじゃないか。
吹き抜けになった中央部分を囲むように、何層もの本棚が並んでいる。
壁際だけじゃない。
部屋の中央にも本棚。
その間にも本棚。
そのさらに奥にも本棚。
どこを見ても本、本、本。
上の方にある本を取るためなのか、壁際には梯子がいくつも掛けられている。
中には床から天井近くまで伸びているものまであった。
「……これ、全部本?」
「そうだよ」
リサが答える。
「すごいでしょー?」
「すごいっていうか……」
俺は首を上に向ける。
高すぎて首が痛くなりそうだ。
「多すぎない?」
「学園の図書室だからね」
ハルジートは当然のように言った。
「魔法学、薬学、魔獣学、歴史、地理、錬金術、それから各種の技術書。授業で使うものも多いですし、研究用の資料もありますから」
「研究用……」
その言葉を聞いて、本棚を眺める。
確かに、見覚えのある教科書みたいな本だけじゃない。
分厚い革張りの本。
薄い紙を束ねただけのような本。
何十年も使い込まれたのか、背表紙が擦り切れている本。
中には、本そのものに奇妙な装飾が施されているものまである。
「なんか、本棚によって雰囲気違わないか?」
「分類が違うから」
「分類?」
「魔法関連だけでも、属性、魔素理論、術式、魔道具、身体強化、治癒、召喚……かなり細かく分かれてる」
「……覚えるだけで一生終わりそうだな」
「実際、全部覚える必要はないよ」
ハスールが言う。
「必要なものだけ探せばいい」
「お前は探さなくても覚えてそうだけどな」
「覚えてるものもある」
「あるのかよ」
「ボクの専門分野なら」
「専門分野?」
「魔素理論」
……なるほど。
そういえばこいつ、魔法を使うより魔法を調べる方が好きだった。
ふと、棚の間を見る。
そこには何人かの生徒がいた。
机に向かって黙々と本を読んでいる奴。
何冊も本を積み上げて、何かを書き写している奴。
二人で一冊の本を覗き込んでいる奴。
訓練場とは、まるで別の空気だった。
声を潜める必要があるからか、誰も大きな声を出さない。
紙をめくる音。
ペン先が紙を擦る音。
遠くで梯子が動く音。
それだけが、広い室内に小さく響いている。
「……静かだな」
「図書室だから当たり前だろ」
「それはそうなんだけど」
俺は少し声を落とす。
「なんか、学校って感じするわ」
「今まで感じてなかったの?」
「訓練場で毎日死ぬほど走らされてたからな」
ハスールが呆れたように息を吐く。
その横で、ハルジートが小さく笑った。
「まあ、ここなら見つかると思うよ」
「杖のこと?」
「ええ」
ハルジートが、奥へ続く本棚を指差す。
「魔道具や付与技術についての資料なら、あっちにあるはず」
「……付与技術」
その言葉を聞いて、俺は背中の杖に触れた。
木刀みたいな、鉄まで仕込まれた、妙に重い杖。
そして。
俺の身体能力を、どうやら底上げしているらしい杖。
改めて考えると。
こいつ、一体なんなんだ?
「じゃ、行きましょうか」
「あ、ああ」
俺は杖から手を離し、本棚の奥へ歩き出した。
◇◇◇
「はぁ…久しぶりに長文を読んだ」
最近は読んでも教科書レベルだったし、図やら画やらが載ってたからわかりやすいんだが、付与技術とやらに関してはそんな分かりやすい本はなかった。
どれもこれも、論文かなんかみたいに、ややこしい文体と単語ばっかり。
「とにかくわかったのは…技術自体はまあまあ確立されてるってことと、素材が特殊、ってことぐらいかぁ……」
「意外と読むのが早いな。数日かかるかと思った」
一区切りがついたので、少し息をついてると、ハスールとベックスが話しかけてきた。
「え?もう読み終わったのか?……意外だ」
「俺のことなんだと思ってんだよ……高校生舐めんな」
勉強が得意な方でもないけどな。
ただ、唯一他の奴らに勝てそうな内容が勉強ってだけで。
んで下手にプライドも高いから勉強しただけで。
「いや、つってもお前異世界から来たんだろ?用語も知らねぇの多いだろ」
「そういうのは読み飛ばした。要点だけ掴めりゃいいやって感じで」
「それで分かったのが、技術自体は確立されてるってこと?」
いつの間にか隣に来ていたハルジートが確認する。
ハルジートも俺が呼んでたのに似た本を読んでたし、なんなら俺より読むスピードは速かった。
「あと、素材が特殊ってこと」
「うん。そこまで分かれば十分じゃない?」
「……まあ、それでいいんだよ。俺が技術に関して習得したいわけじゃない。ただ……」
俺は机の上に置かれた杖を見る。
「そんな珍しい素材を、どうやって学園長が手に入れたのかが疑問なんだよな」
「結局、そこに行きつくかー」
「まあ疑問ではあるから。あの人、どうやって手に入れたんだろう」
「本人に聞かないとじゃねぇか?」
「じゃあ意味ないじゃん」
どうしようもない。
結局最後の最後で、学園長について、だ。
「学園長についての本でも探してみる?」
「あったら驚きだな」