「決まりだね」
学園長はそういうが、全く決まってない。
俺の中では全然決まってない。
「いやいやいや、ちょっと待ってください」
俺は慌てて学園長の前に出た。
「俺、今日ここに来たばっかりですよ? そもそも学園っていうのがどういう場所なのかもよく分かってないんですけど」
「うん」
「なのにいきなり寮生活で、しかも首席と同室って、もうちょっとこう、段階とかないんですか?」
「あるよ」
「じゃあ踏んでください!」
「でもねえ」
学園長は顎髭を撫でながら、いかにも穏やかな顔で笑った。
「君の場合、普通の段階を踏む方が面倒だと思うんだよね」
「なんで!?」
「だって、異世界人でしょ?」
「そうですけど!」
「しかも魔法が効かない」
「……それは」
言われると、少しだけ口が止まった。
学園長の表情は相変わらず穏やかだった。
でも、その目だけは俺をじっと見ている。
さっきまでの決闘も、たぶんこの人は見ていたのだろう。
俺が魔法を無効化したところも。
ハスールがそれを見て、どう反応したのかも。
全部。
「君の能力はねえ」
学園長が言った。
「この世界では、かなり珍しいよね」
「……珍しいって、どのくらい?」
「前例がないくらい」
「それ、珍しいっていうか……」
「未知、だね。前代未聞だ。文字通り」
「笑って言うことじゃないですよね?」
学園長は楽しそうだった。
だけど、この人は多分、ヤバい。
ハスールとは別方向に、ヤバい。
それ以上に自分の語彙がねぇのが嫌になるんだが…ヤバい以上に、言い表せる気がしない。
見た目は完全に優しそうな爺さんなのだ。
白髪に立派な顎髭。
声も柔らかい。
喋り方もゆったりしている。
なのに、時々こちらを見る目が鋭い。
それこそ、ハスールとは別方向の怖さがある。
ハスールは分かりやすい。
こいつは性格が悪い。自分が違ってるとも思わねぇし、自分がやるって決めたらなんでもやるみてぇな、強情さがある。
それに、わかりやすく強い。魔法は使えるし、体力もある。
だが、学園長に関しては一切分からない。
今さっき会ったからとか、戦ってないとか、そういうことじゃない。
この人は多分、
だから怖い。
「それにね」
学園長が続ける。
「君の能力は、たぶん今後狙われる可能性がある」
「……狙われる?」
「うん」
その一言だけ、妙に軽くなかった。
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ」
学園長は俺を見る。
「魔法が効かないというのは、それだけで価値がある」
「価値って……」
「戦闘に使える。研究対象にもなる。防衛にも利用できる。場合によっては、魔法を無力化する技術として発展させられるかもしれない」
俺は黙った。
さっきまで自分の能力を、異世界チートみたいだと思っていた。
だが、言われてみればそういうことなのだ。
魔法が効かない。
魔法が当たり前に存在する世界で、それは確かに異常だ。
犯罪にも、研究にも。
悪にも善にも、何でも使える。
利用される。
「だから、君を学園で保護する」
「……保護」
「そう」
「それって、俺を閉じ込めるとかじゃないですよね?」
「そんなことしないよ」
学園長は笑う。
「この学園は、生徒の自主性をかなり尊重しているからね」
「かなり?」
「かなり」
妙に強調された。
俺は学園長を見た。
学園長も俺を見る。
「……本当に?」
「本当だよ」
「なんか信用できないな……」
「ひどいねえ」
学園長が笑った。
その横で。
「学園長」
ハスールが口を挟んだ。
「何かな?」
「こいつ……じゃない、カゴキの能力について、まだ確認していないことがあります」
「うん」
「さっき、ボクの設置型は効いた」
「そうだね」
「ならば、異能の発動条件をもう少し詳しく調べる必要がある」
「そうだねえ」
「それに、魔法が効かないというのが、魔素そのものに対して作用しているのか、それとも魔法として成立している現象に対して作用しているのかも不明です」
「うんうん」
「さらに、本人の意思によるものなのか、常時発動しているのかも」
「ハスール」
学園長が遮った。
「君、もう始める気満々だね?」
「当然です」
即答だった。
俺は思わずハスールを見る。
さっきまで決闘していた相手なのに。
もう完全に研究対象を見る目になっている。
はぁ……本当にマッドサイエンティストだな。
研究されるのから保護されるはずが、ここに研究したってるやつがいるんだが?
「……お前さ」
「何?」
「俺のこと、珍しい実験動物か何かだと思ってない?」
「思っていない」
「本当か?」
「人間だと思っているよ」
「そこを疑ってんじゃねえんだよ」
「なら何?」
「……もういい」
こいつと話すと疲れる。
いや、たぶんこいつが一言一言を必要最低限しか言わないせいだ。
俺が十言ったら、ハスールは三くらいしか返さない。
その三の中に煽りが一つか二つ混ざる。
効率が悪すぎる。最悪と言ってもいい。
「じゃあ、決まりだね」
学園長が手を叩いた。
「いや、だから何が」
「籠喜くんは今日からこの学園──ハスキストン学園の生徒」
「……は?」
「そしてハスールと同室ね」
「…………」
俺は数秒黙った。
「俺、入学手続きとかしてないですよね?」
「僕が許可したから大丈夫」
「そういう問題なんですか?」
「この学園ではそういう問題だね」
「雑!」
異世界に来て一日も経っていない。
それなのに、俺はもう異世界の学校に転入していた。
しかも首席の部屋に住むことまで決定している。
俺の人生。
こんなに勝手に進んでいいのか…?
駄目じゃないか?某水の柱も生殺与奪の権を握らせるなって言ってたじゃないか。
「それと」
学園長が何かを思い出したように言った。
「ハスール」
「はい」
「罰の話だけどね」
「……はい」
「君、今回の決闘で校則に抵触したから、何か一つくらい仕事をしてもらおうかなと思ってるんだ」
「分かりました」
「籠喜くんの案内」
「……」
「それから、学園生活の説明」
「……」
「ついでに必要なものの調達」
「……」
「あと、生活面で困ったことがあれば対応してあげて」
ハスールが黙った。
俺も黙った。
一方で、学園長は笑っている。
「……学園長」
「何かな?」
「それは罰ではなく」
ハスールが俺を見る。
「奉仕活動では?」
「似たようなものだよ」
「全く違うと思いますが」
「まあまあ」
まあまあで済ませていいわけじゃないんじゃないか?
というか、それを罰にされるのは結構悲しいんだけど…?
俺のお守は罰なのかよ……
学園長は楽しそうに笑った。
この学園長は絶対楽しんでる。
俺がそう確信したところで、学園長はくるりと踵を返した。
「じゃあ、あとはよろしくね」
「えっ!?」
「僕は仕事があるから」
「俺は!?」
「ハスールがいるから大丈夫」
「その判断が一番不安なんですけど!」
「じゃあ、ハスール」
「はい」
「よろしく」
「分かりました」
「わかるなよ!?」
学園長は俺たちを置いて歩いていった。
俺はその背中を見送る。
小さくなっていく白髪。
立派な顎髭。
そして、最後まで穏やかな笑顔。
……なんだろう。
すごく嫌な予感がする。
俺は隣に立つハスールを見た。
ハスールも学園長の背中を見ていた。
「……なあ」
「何?」
「俺たち、嵌められてない?」
「お前と一緒にしないで」
「いや、お前もだろ。お前も押し付けられてんだから」
「ボクは罰を受けている側なんだから、文句を言う立場じゃない」
「俺は?」
「巻き込まれた側」
「だよな!」
少しだけ安心した。
そうだよな!あくまで巻き込まれた側だよな!
だって俺何にもしてねぇもん!こいつが勝手に決闘吹っ掛けてきた側だもんな!
なんならこいつが主犯だもんな!
ハスールがこちらを向く。
「じゃあ、行くよ」
「どこへ?」
「寮」
「……」
別にこいつは俺のことを巻き込んだことには罪悪感というものを抱いていないらしい。
なんなら、被害者面をしている。
こいつが主犯なのに。こいつが決闘なんて申し込まなきゃこんなことにはなってないのに。
俺は空を見上げた。
異世界の空。
知らない世界。
知らない学校。
知らない人たち。
そして──
知らない首席と、今日から同じ部屋。
「……マジかよ」
「今さらだろ」
「今だからだよ」
「ふぅん……」
ハスールは一瞬だけ黙った。
「……そう」
さっきまでより、ほんの少しだけ声音が柔らかかった気がした。
気のせいかもしれない。
「行くよ、カゴキ」
「はいはい、ハスール」
俺はハスールの横を歩き始めた。
◇◇◇
ハスキストン学園は、思っていたよりずっと広かった。
というか。
「広すぎねえか?」
「普通だよ」
「俺の知ってる学校にこんな城みたいな建物なかったぞ」
「城?」
「伝わらねぇのか……じゃあ、こっちの話だ」
目の前には巨大な校舎がある。
石造りの壁に高い塔。そして、広い中庭。
遠くには訓練場らしき場所まである。
建物そのものが歴史を感じさせる。
その様子は、日本の学校とは何もかもが違った。
俺は思わず足を止める。
ハスールが少し先で振り返った。
「何してるの?」
「いや……」
俺は校舎を見上げた。
「すげえなって」
「何が?」
「こういう学校、漫画でしか見たことなかったから」
「……」
「何だよ」
「また漫画?」
「悪いかよ」
「いや」
ハスールが少しだけ考え込んだ。
「お前、さっきから時々意味の分からないことを言うね」
「異世界人だからな」
「便利な言葉だね」
「……まあ、自分でもそう思うよ。」
異世界に漫画を知られてるかもわからない以上、そうやって突き通すしかないのだ。
異世界人、という概念は少なくともあるらしいけど……
そんなことを考えていると、ハスールはまた歩き出した。
俺もその後ろを追う。
しばらく歩いていると、すれ違う生徒がちらほら現れ始めた。
制服らしき服を着た奴。
杖を持っている奴。
貴族っぽい服装の奴。
男女も年齢も様々だ。
そして。
何人かが俺を見る。
「……」
俺を見る。
ハスールを見る。
もう一度俺を見る。
何か話している。
俺には聞こえない。だが、どう考えても俺の話だ。
「なあ」
「何?」
「俺、めっちゃ見られてない?」
「見られてるね」
「やっぱり?」
「異世界人だからな」
「やっぱそれか……」
俺は少し肩を落とす。
珍しい異世界人で、魔法が効かない。
突然庭に現れ……あまり思い出したくはないけど、叫んでいた。
まあな。
そりゃ話題にもなるか。
「気にする必要はない」
ハスールが言った。
「そうか?」
「他人を気にしすぎるな。面倒なだけだ」
「ふぅん……お前、ボッチだったりする?」
「違う。ボクのレベルに周りがついてこれないだけ」
そんなことを話していると。
「ねえ!」
後ろから声が聞こえる。それは、リサさんのものだった。
振り返ると、そこにはベックスと、もう一人、初めましての女子生徒がいた。
青みがかった黒髪を、短めに結んだ、しっかりとした印象の女子だった。
制服を着崩しているリサさんとは反対に、整えられた制服だったのも、その印象を強めている。
だが、挨拶をする前にリサさんが口を開いた。
「見てたよー!すごいじゃんあれ!」
「もう…リサ。落ち着きなよ。あ、初めまして…ですよね。私はハルジートです。ハルジート=メノン。ええっと…リサの友人、と言ったらわかりやすいですかね?」
「ハルジートってば固いなぁ。もっと軽く言ったってカゴキなら許してくれるって!ね?」
突然こちらに投げかけられても困る…が、まあ、別に異を唱えるつもりもない。
リサさんとか、ベックスぐらいの感じで十分なのだ。
仰々しくされても、逆に困ってしまう。
「あはは…そうですね。別にタメ口でもなんでも気にしませんよ」
「そうですか……じゃあ、それで。それと、それを言うなら、カゴキさんも。敬語じゃなくてかまいません」
言われてしまった。
もっとも、別に意識して敬語っていうわけでもないし、なんなら女子相手にはこんな感じってだけなんだが……
「……ふん」
そんな会話をしていたら、ハスールが明後日の方向を向き始めた。
どうもこいつは、友達とかが気に食わないらしい。
そんな空気を読んだのか、今度はベックスが口を開いた。
「で、まあ俺らが来たのも、茶化しに来たわけじゃなくてな?少しばかり、案内でも手伝ってやろうと思ったんだよ」
「必要ない。一人で十分だろ」
ベックスの申し出をバッサリと断るハスール。
俺としては来てくれてありがたいって感じなんだが……
「まあまあ、そう言うなって。カゴキに興味持ってるのはお前だけじゃねぇんだからさ」
「……邪魔はするなよ」
ハスールの言葉に、三者三様と言った様子で同意を示す。
結局、ハスール主導で、三人はそれの補助、という感じで落ち着いたらしい。
「行くぞ」
ハスールが進み、俺らがついていく。
三人が来たことで、ハスールはとうとう説明すら放棄したらしい。
そうやって少し進むと、ベックスが俺に話しかけてきた。
ハスールに聞こえないように小声で。
「わりぃな、お前のこと実験体みたいに言っちまって。こうでも言わねぇと、あいつ納得しなさそうだからよ」
「え…?ああ、別に気にしてねぇって。ぶっちゃけ、そういうもんかとも思ってるし……」
「そうでも、ないでしょう」
ハルジートさんが会話に加わってきた。
「確かに、君の能力に興味があるのはそうですが。だからと言って、あなたを実験体扱いまではしません。」
「ま、ハルジートの言う通りだわな。そこまで俺らも冷徹じゃねぇ。…まあ、ハスールはわかんねぇけど」
ハスールがひどい言われようだったが、その冷徹さみたいなものを一身に受けた身としては、否定もできないし、する気もなかった。
「ええっと……ありがとう。これから仲良くしてくれると、うれしい」
俺のたどたどしい言葉を聞いた二人、そしていつの間にやら近くに来ていたリサさんは、思わずと言った様子で噴き出した。
「く、くく……」
「あっははっ。カゴキおもしろ…!」
「ふふ……そんな風に畏まらなくていいんですよ…?」
「そ、そんな変だったかぁ…?」
後ろの異変に気づいたのか、ハスールも振り返った。
ぽかんとする俺と、笑いをこらえている三人が不思議だったのか、首をひねっている。
「……なんだ?またカゴキが変なことでも言ったか?…聞かせろ」
「…やっぱお前、性格悪いな」
そのやり取りが余計に面白かったのか、三人はとうとうむせ始めた。
「ごほっ、ごほっ……あー…お前ら、面白すぎるだろ」
「あー…マジでカゴキに話しかけてよかったって思ってる」
いち早く復帰したハルジートさんは、リサさんの背中をポンポンとたたいていた。
ツボが浅いのかなんなのか。
……そんなに面白かったかなぁ…?
思わず、ハスールと目を合わせて、ほぼ同時に首をひねる。
それがさらに笑いを誘う、なんて変な悪循環にはまってしまい、さらに三人はツボに入っていた。
なんだか変な感じだったが…ともかく、俺はこの学園に受け入れられたらしい。
その場から動かない…というか動けない三人と、その三人に戸惑いと苛立ちが半々ぐらいのハスールをみて、そんな風に思った。
この学園に来て、初めての感覚だった。