しばらくして、ようやく三人は動けるようになった。
……いや、正確には──
「ほら、行きますよ、リサ」
「待って、まだちょっと無理……」
「何がそんなに面白いんだよ……」
「いやだって……」
リサさんはほとんど動けてなかったが。
「カゴキ、なんかさぁ……」
「なんだよ」
「思ってたより普通じゃん」
「それ…褒めてるのか?」
「褒めてる褒めてる。もっとこう、異世界人って言うから、なんかすっごい変な奴かと思ってた」
「いやぁ…異世界人って言っても、そんな変なこともないと思うけど……」
「でも空から降ってきたじゃん」
「それは関係ねぇって」
思わずツッコむと、またリサさんが笑った。
……なんか、この人ずっと笑ってない?
ゲラなのか?それとも俺の何かがそんなに琴線に触れたのか。
笑わせてるならともかく、笑われてるんじゃ、あんまり気分良くはないんだけど……
「リサ、あまりカゴキさんをからかわないでください」
「えー、だって面白いじゃん」
「面白がるのは構いませんが、あまり困らせるのは……」
「…こいつはこんなことじゃ怒らない」
突然、ハスールがぶっこんで来た。
「なんでお前が俺のことを分かったように言ってんだよ」
「ん?」
「は?」
「……まあ、いいけど」
「ほらな」
「納得すんなよ」
俺がそう言うと、ハルジートさんまで少しだけ笑った。
さっきまでの妙に畏まった空気は、もうほとんど消えている。
……まあ、よかった。
ハスールの余計な一言も、たまには人を笑顔にするらしい。
もっとも、そこまで考えたわけじゃなさそうだけど。
だが、まあ……良かったよかった。
学園長にああも言われると、どうも不安だったが……こうして話していると、少なくともこの三人は俺を珍獣として眺めているわけではないらしい。
……まあ、リサさんは若干珍獣を見る目をしている気もするけど。
「ところで、カゴキ」
「ん?」
落ち着いて、またハスールが歩き始めてしばらくしてから。
ベックスが声をかけてきた。
「さっきの決闘、見ててどうだった?」
「どうって?」
「いや、ハスールと戦ってみてよ」
「……」
ぶっちゃければわからないっていうのが感想だ。
魔素の動きとか、魔法をどううまく使ってるかなんて初めて触れるのにわかるわけもねぇし。
俺の能力だって正直、使えるのか使えねぇのかもわかんねぇし。
「……正直、よく分かんねえ」
「分かんねぇ?」
「俺、魔法なんて使ったことなかったからな。お前らが何をしてたのかも、最初は全然分かんなかった」
「そりゃそうだよな」
ベックスは納得したように頷く。
「それでもハスールに勝ったんだから、すげぇよ」
「……いや」
俺は頭を掻いた。
「勝ったって言われても、俺が強かったって感じが全然しないんだよな。っつうか、勝ったってわけでもねぇし。学園長が止めに来て、ハイ終了。そんだけだろ?」
「それでも、一応勝ちは勝ちじゃねぇの?そりゃ、正式に勝負がついたってわけじゃねぇのは俺だって見てたさ。でも、魔法が効かないんじゃ、俺等魔術師にとっちゃ負けだな。ま、俺は鍛えてるし、マジの勝負ならともかくだけど。魔術師としちゃあ、大負けだ」
「うーん……でも俺、何もしてねぇし」
「そうでも、ないと思いますが……」
ハルジートさんが呟く。
そうは言われても。
「避けようとした。でも逃げきれなくて当たった。でもなんでか無効化された……それだけじゃん」
俺がそう言うと。
「……」
ベックスが黙った。
「……」
ハルジートさんも黙った。
「……」
リサさんまで黙った。
「え、何?」
三人が顔を見合わせる。
「いや……」
ベックスが妙な顔をした。
「それを普通みたいに言われてもなぁ」
「何が?」
「ハスールの魔法だぞ?」
「うん」
「……」
「なんだよ」
ベックスは困ったように頭を掻いた。
「お前さ。自分がどんな奴に勝ったのか、分かってるか?」
「首席だろ?」
「そういうことじゃねぇんだよなぁ…」
その瞬間。
「分かっていないだろうね」
ずっと前を歩いていたハスールが、こちらを見ずに言った。
「お前は自分の異能がどれほど異常なのか、理解していない」
「……異常」
その言葉に、少しだけ胸がざわついた。
ハスールが足を止める。
俺たちも止まった。
振り返ったハスールの顔は、さっきまでより真剣だった。
「ボクが魔法を使って、お前はそれを受けた」
「そうだな」
「なのに、お前は無傷だった」
「……そうだな」
「ボクがどれほど魔力を込めても、だ」
ハスールの目が、俺を見る。
「それは、この学園の中でも異常なことだよ」
「……」
「さっきはちぐはぐで意味がないとは言ったけど、異常ではある。防御魔法でも、相殺でもない。つけあがらせるのも癪だけど、過剰に下に見ても面倒」
ハスールは淡々と説明する。
「お前は何もしていない。でも異常。…ま、鍛えなきゃ何にもならないけど」
その言い方はなんというか、滅茶苦茶に腹が立った。
何度目だ、それ。お前は何度俺に鍛えろっていうんだよ。
ジムに行ってももうちょっと放任してくれるぞ。言ったことないけど。
「……お前さぁ…それはちょっと言い方わりぃだろ」
「事実」
「事実だからって何回も言っていいわけじゃねぇんだぞ」
「伝えなきゃお前は何もしないだろ」
「それにしたって言い方があるじゃねぇの?心に傷を負っちまうじゃねぇか。深い傷をよぉ」
「じゃあ訂正する」
ハスールは少しだけ考える。
「お前は必死に何もしなかった」
「余計悪くなってんじゃねえか!」
後ろでリサさんが吹き出した。
「ハスール、カゴキ相手だとマジで口悪くなるじゃん」
「いつも通りだけど」
「いや、普段もっと喋らないじゃん」
「……」
ハスールが黙った。
図星らしい。
俺はなんとなく、ハスールの顔を見た。
確かに、俺と話しているときだけ、こいつはやたら喋る。
さっきだって、俺に何度も話しかけてきた。
俺を煽るためだったり、異能について聞くためだったりするけれど。
「……なあ、ハスール」
「何?」
「お前、俺のこと気に入ってる?」
「は?」
「いや、なんか結構話しかけてくるし」
「ふん。お前の研究ノートには、勘違いしがちと書いておく」
「はあ!?」
冗談じゃねぇ。そんなこと書かれてたまるかってんだ!
──っていうか、研究ノートなんてもんがつけられんのか!?
「あっはは!仲良しじゃん!」
「仲良しじゃない!」
「そんな意味で話してない」
俺とハスールの声が重なる。
重なったことで、俺とハスールは互いを睨みつけ…見つめ合う形になる。
どうも落ち着かなくて、すぐに離したが。
「かははっ。やっぱりお似合いだな。学園長の判断は結構正しかったんじゃねぇの?」
ベックスの言葉に、二人も同意する。
俺的にも、そしてハスール的にも納得いけるものではなかったが……
他人から見れば、そういうものらしかった。
◇◇◇
ハスールが再び歩き始める。
「…ほら、ついたぞ。寮だ」
「おお……でけぇな」
「だろうな。学園の生徒のほとんどが住んでるし」
「ハスールは例外だけどな」
「…へ?」
ベックスからの突然の告白に、変な声しかでなかった。
例外?なんだ?こいつは学園の外にでも部屋があんのか?
「言ってなかったっけ。ボク、主席っていうことで、特別室を用意してもらってるんだよ」
「へぇ…流石は主席様…っていうか、なんでここまで連れてきたんだ?」
「どうせ耐えきれなくなって別室になるだろうから。そしたらこっちに来るだろうし」
「性格悪っ!」
こいつ…マジか?
マジだろうな、こいつならやりかねない。
同室で教えろって学園長は言ってたけど……俺が音を上げたら、流石に変えてもらえるだろうさ。
こいつ、そこまで考えてここに連れてきたのか?ヤバ。激ヤバ。
「…半分冗談。まあ、知っといて損はないでしょ。」
「半分は本気なのかよ……」
◇◇◇
それから、食堂や訓練場など大体の施設を教えてもらった。
いちいちハスールは鼻につくことを話し、俺がそれにツッコミ、リサさんがツボにハマっていた。
最初に補助する、と言ってた三人もいろいろと教えてくれたおかげで、初めての場所だが、意外と感覚はつかめていった。
多分、学園ということもあって、わかりやすいように作られているのもあっただろう。
最後、ハスールが用意してもらった、そして俺がこれから住むことになるらしい部屋に行こうかという時。
そこで、俺は重大なことを思い出した。
「……なあ」
「何?」
「俺、金とか持ってないんだけど」
四人の動きが止まった。
「……」
「……」
「……」
「……」
誰も喋らない。
「え?」
俺は四人を見る。
「俺、異世界から来たんだぞ? 財布もないし、こっちの金なんて一枚も持ってない」
「……」
「服だってこれしかないし、そもそも身分証とかもないし」
「……」
「俺、これからどうすんの?」
全員がハスールを見た。
「なんでボクを見るの?」
「学園長に頼まれたの、お前だろ」
ベックスが言った。
「そうそう」
リサさんが頷く。
「ハスール、カゴキの面倒見てあげなよ」
「……」
ハスールが額を押さえた。
「……あの老人、本当に余計な仕事を」
「聞こえてるぞー」
遠くから声がした。
「……」
ハスールが固まる。
俺たち全員が声のした方を見る。
だが、廊下の向こう。
そこには誰もいない。
「……空耳?」
俺が言う。
「……たぶんな」
ベックスが答える。
「学園長って、どこにいるんだ?」
「知らない」
ハスールが即答した。
「知らないのかよ」
「学園長がどこにいるかなど、いちいち把握していない」
「いや、まあ……そうか」
俺だって小中高通して校長がどこにいるかなんて考えたこともない。
なんなら、一度小学校の時に行ったっきり、校長室なんて行ってないんじゃないだろうか。
「……なあ、俺、もしかして」
「何?」
「この世界で完全に無一文?」
「そうなる…でしょうね」
ハルジートさんが申し訳なさそうに言った。
「……」
異世界に来ました。魔法が使える世界です。
そんでもって、魔法学園に入学した。
さらに言えば性格の悪い首席と同室で?
魔法が効かない異能持ち。
ここまでなら、まだいい。
むしろ俺が夢見ていた異世界生活そのものだ。
最高じゃないか。…まあ、どうせなら性格のいい方がよかったけど。
だが。
それはともかく。
「……金がない」
「ハスール」
「何?」
「俺、働いた方がいいかな」
「学生だろ。学業の方が本分だ」
「いや、だって金ないし」
「学園が最低限の生活費を出すだろ」
「……マジ?」
「知らないけど」
「知らねえのかよ!」
「ボクはお前の保護者じゃない」
「学園長に任されたんだろ!」
「だから何でボクが――」
「まあまあ」
ベックスが割り込んだ。
「その辺は学園長に聞けばいいだろ」
「……そうだな」
俺は頷いた。
まだ何も分からない。
この世界の金も。
この学園の仕組みも。
俺の異能も。
そして──
自分がこれからどうなるのかも。
「……まあ」
俺は周りを見る。
ベックス。
リサさん。
ハルジートさん。
そしてハスール。
さっきまでなら、全員知らない人だった。
今だって、知り合ったばかりだ。
それでも。
「なんとかなるか」
そんな気がした。
「何、その顔」
ハスールが俺を見る。
「別に」
「何か考えているだろ」
「なんでもねえよ」
「……そう」
ハスールはそれ以上追及しなかった。
俺たちは再び歩き始める。
異世界に来てから、まだ一日も経っていない。
なのに俺の人生は、もう随分と騒がしくなっていた。