【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
まずは、前世の話をしよう。
昭和の時代、前世の僕は作曲家として飯を食っていた。
物哀しいバラードが得意として、発表した曲は十を超えている。
世間でもそれなりの評価を得ていて、喫茶店に入ると僕の曲が流れてくることもしばしばあった。
ただ僕は、時代を代表するレベルの音楽家とは言えなかった。
人生で最も売れたレコードは、一万二千枚を打った『悲哀のメルケー』。
保険会社のCMに使ってもらったおかげで知名度は高く、僕の最高傑作と言われていた。
だが、それでも一万枚止まり。
十万枚以上売り上げるヒットソングを、生み出せたことはない。
それどころか、出した新曲が千本も売れないことすら多々あった。
それでも僕には、色んな所から仕事が舞い込んできた。
なぜなら僕はちゃんと身の程を知り、相場より安く依頼を引き受けたからだ。
そもそも僕は、たいした人間ではなかった。
就職するのに嫌気が差したから、働かずに済む音楽に没頭したような男。
同級生が就職して出世していく中、僕はずっとギターを弾き続けていた。
しかし僕は声量も、表現力も、体力も、気迫も、僕は持っていなかった。
スターと呼ばれる人が持っていた『輝き』は、僕にはなかった。
そのためミュージシャンとして、僕が大成することはなかった。
ただ僕は一つだけ、秀でた才能を持っていた。
歌う才能はない。踊る才能も、演奏する才能もない。
……しかし曲を作る才能だけは、僅かに持っていた。
別に時代でトップクラスの才能というわけでもない。
名曲は作れないが、良曲をたまに作れる音楽家だ。
依頼料を下げれば、途切れず仕事が舞い込んでくる程度の才能。
作曲家であることを許される程度のセンスがあっただけ。
業界で僕の曲は、安っぽいが聞きやすいと評判らしい。
安価で耳に残るメロディを生み出せるところに、僕の価値があった。
つまり、僕の生み出した曲はだいたいそんな評価だった。
ただ、一曲。僕は評価を聞く前に、この世を去った曲がある。
それは僕の遺作、十和田ヒカリのデビューシングル『望郷
そしてこの曲こそ、僕にとって最高傑作という手ごたえの曲だった。
十和田ヒカリは、昭和のソロアイドルだった。
僕は依頼事務所から、彼女は売り出し最中の新人アイドルだと聞いていた。
『初めまして、十和田ヒカリと言います! 作曲家さんなのにハンサムですね!』
なるほど確かに愛想がよく、ハキハキとモノを言う女の子だった。
年齢は十九歳。黒髪のセミロングで、水色のワンピースに橙色のガーリィなミニスカート。
『お仕事を受けて頂いて光栄です、よろしくお願いいたします!』
その子を見た瞬間、僕はビビっと何かを感じた。
売れる。この子は、今まで曲を卸してきた相手とは何かが違う。
人を惹き付ける、天性の魅力のようなものを持っている。
『貴方の曲を聞きました、どれもいい曲でした。あのコマーシャルで使ってた曲、鼻歌でよく歌うんですよ!』
『……それは、こっちこそ光栄だ』
そんな天才の卵、十和田ヒカリのデビューシングルを楽曲提供するのだ。
これは人生の転機となる大仕事だと、僕は身震いをした。
『私の好きな食べ物? そうですね、駄菓子のココアシガレットとかでしょうか』
さらに驚いたのが、向こうの事務所からの楽曲依頼の内容だった。
曰く十和田ヒカリは、清楚な美人アイドルで売るつもりだ。
年上をターゲットにし、セクシーさは抑え、清純なアイドル曲にしてほしい。
それは当時にしては、なかなか珍しい依頼だった。
『勉強はあんまり。ですが歌は得意でした、やる気とガッツはあります!』
当時のテレビは、アイドルは露出してナンボという常識があった。
新人アイドルはドラマや深夜番組で、胸を出すことも珍しくはない。
歌手ならともかく、アイドルならば水着やハイレグを着て踊るのが当たり前。
『どんな難しい曲でも、歌いこなして見せます。よろしくお願いいたします!』
おそらく、露出しなくても売れるという自信を持っていたのだ。
事務所が十和田ヒカリに賭けている、という雰囲気はひしひし伝わってきた。
資金に余裕がなかったので、僕に依頼してきたにすぎない。
僕が彼女の楽曲を引き受けたのは、天のめぐりあわせだった。
─────十和田ヒカリは、金の卵だ。
僕の曲が孵化装置となるか、冷や水となるか。
責任は重大だ。十和田ヒカリは、これからきっと売れていく。
太陽のような笑顔、人を魅了する声、素直で真っすぐな性格、泥臭く粘り強い根性。
そのデビューシングルが駄曲であっていいはずがない。
きっとこの時、僕自身が十和田ヒカリの魅力に脳を焼かれていたように思う。
眩しすぎる光に目を焼かれ、彼女のことしか考えられない日が続いた。
二十四時間十和田ヒカリのことだけを考え、憑りつかれるように曲作りに没頭した。
「で、できた」
曲が出来たのは、一週間後のことだった。
コーヒーの汚れがついた紙に、至高のメロディの楽譜が記されている。
名前は、『望郷
ジャンルは、悲恋歌。戦時下、兵隊として出征した夫を想い、故郷の妻が嘆く歌。
傑作だ。書いた瞬間、この曲は売れるという手ごたえを感じた。
僕の作曲家人生の、最高傑作が更新された瞬間だった。
誰が歌っても、この曲はヒットするに違いない。
ましては十和田ヒカリが歌うのだ。売れないはずがない。
未来を妄想する興奮とやり遂げた達成感で、周囲がぐるぐると回っていた。
だから、浮かれていたのかもしれない。
あるいは、ひどく疲れていたのかもしれない。
私が自信満々に、その曲を十和田ヒカリの事務所に郵送した帰り道。
時刻は正午過ぎ、太陽光にクラクラとしながら路上を歩いていた私は……。
信号を無視した暴走族のバイクを避けきれず、吹っ飛ばされて命を落とした。
神様がいるとしたら、あまりにむごい仕打ちだ。
僕が全てを注ぎ込んだ曲なのに、歌ってもらった舞台を見ることすらなく死ぬ。
夢想し続けた十和田ヒカリの晴れ舞台が、永遠に僕の前から奪い去られる。
こんなのはあんまりじゃないかと、涙を零した。
ひき逃げで放置され、頭蓋から血を流し、道路を汚す僕の遺体は……。
無念の涙が、一筋の線を引いていた。
─────それが、僕の抱えた『前世の記憶』。
そんな最期だったからこそ、神様の同情を一欠片ほど買うことが出来たのかもしれない。
僕の意識は、そこで途切れたりはしなかった。
「……ダァヴ」
「あら、喋ったわ」
輪廻転生の輪を潜っても、僕の意識は僕のままだった。
僕は生まれ変わってなお、前世のの記憶が残っていた。
手を見ると、ブニブニの柔らかい手。
周囲を見渡せば、木でできたが格子ベッドを囲んでいる。
僕は、幼児になっていた。
「貴方の名前は、イオよ」
「イー?」
「そうそう、イオ」
若い茶髪の女性から、そう日本語で話しかけられた。
僕の新しい名前は、イオ。
そして生まれた国も、おそらく日本。
僕は転生し、生まれ変わったのだ。
「イ~オ~」
「見て、この子ってばもう喋ってるわ」
「おお、そんな風に聞こえるな」
名前を反芻すると、両親は見たこともない
シャッター音や電子音が鳴ったところを見るに、あの機械はカメラなのだろう。
「イ~オ~」
「ほら、間違いなくしゃべってるわ!」
「確かに、この子は天才かもな」
しかし、カメラと思しき
あの板のどこにフィルムが入っているのだろうかと、僕は訝しんだ。
「はい、アンアンマンですよ~」
「……!!」
暫くして、母親は
そこで僕はスマホがただのカメラではなく、テレビも兼ねていると気付いた。
「あら、凄く興奮してるわね」
「……!! ……!!」
「スマホがそんなに面白いのかしら」
何と近未来的なデバイスだろう。
僕が親ていた間に、技術はずいぶん進歩しているらしい。
スマホは鮮やかな映像が流れ、レコードより音質の良い曲が流れてくる。
現代ではレコードは必要なく、音楽もテレビもスマホで賄えるようだ。
これほどの進歩……。僕が死んでから、どれほどの月日がたったんだ?
今の年号が知りたいが、残念ながらこの家は新聞を取っていないらしい。
いや紙の新聞などというのは、もう古いのかもしれない。
「えっと天気は~。あ、もうすぐ降ってくるじゃない」
「うーぁっ」
観察したところ、スマホで天気を確認できるしニュースも見れるようだ。
スマホは図書館のようなもので、上手に使えば何でも調べられるのだという。
それはつまり、過去に起きた出来事やニュース見れるということ。
そこに思い至った瞬間、僕は居てもたってもいられなくなった。
つまり、スマホを使うことが出来れば……。
─────あの曲の評価や、十和田ヒカリのその後を知ることができる。
「……あぅ」
「あ、触ったらだめよ。壊れちゃうから」
「あー!」
だが母は、僕にスマホを預けてはしてくれなかった。
見せてはくれるが、画面を触らせてくれない。
「まだイオちゃんにスマホは早いわ~」
「うぅぅ」
問題はまだある。
よしんば触らせてもらえたとして、調べても良いものか。
いきなり乳児が昭和の楽曲を調べ始めたら、気味悪がられないだろうか。
僕ならビビる。
「はい、スマホはおしまい。じゃ、御夕飯作るから寝てて」
「うー」
調べたい。でも、調べられない。いや、だとしても知りたい。
ちょっとだけ、僕にスマホを預けてはくれないだろうか。
日本語を理解してい乳児だと、気味悪がられたって良い。
どうか、あの曲がどうなったか調べさせてくれ!!
長い葛藤の末、僕は意を決して母親に話しかけた。
「あぅあーああうう(その板、ちょうだい)」
「あら、かわいい」
日本語の知識はあっても、口が上手に発音してくれなかった。
「スマホ、ちょーだい」
生まれ変わって二年が経ち、僕はようやく言語能力を獲得した。
まだ長文を話せる活舌はないが、簡単な会話はできるようになった。
「イオちゃん、ほら。アンアンアンの玩具で遊びましょ」
「やだ。スマホ、ちょーだい」
性別は女の子。容姿は母親に似たのか、釣り目で美人系な顔立ちだ。
アンアンマンに興味を示さずスマホに熱中する、不気味な美幼女でもある。
「すっかりスマホっ子になっちゃったな」
「小さいころから見せたのは失敗だったかしらねぇ」
女に生まれ変わっているが、今は性別などどうでもいい。
それよりも僕は、あの曲のことを調べたかった。
あれから十和田ヒカリは、どうなったのか。
僕の曲は売れたのか。それとも、歴史の闇に埋もれたのか。
それを調べるには、スマホという板がいる。
「ほーら、このオモチャは面白いでしょ」
「スマホ、スマホ」
「だーめ。これは大人になってから」
しかし両親は、二歳になっても僕にスマホをなかなか預けなかった。
幼児がスマホを触りすぎないほうが良い、という偏見によるものだ。
「動画以外は駄目だからね」
「えー」
また貸して貰えても、動画サイト以外を見れないように制限されていた。
検索機能はロックされ、健全な動画しか見れないようになっていた。
子供用の利用制限なんてシステムがあるらしい。うざったいことこの上ない。
結果、僕はずっと過去を知れずにヤキモキしていた。
「イオちゃんは古い曲が好きなのね」
「レトロな感じが、ちょうどいいのかもな」
そんな僕の野望が叶ったのは、五歳になってからのことだった。
動画サイトを見続けて、僕はある一つの機能に目を付けた。
すなわち、『おすすめ機能』だ。
「あら、この曲何だっけ」
「聞いたことあるな」
これは見た動画に近い内容のものをお勧めしてくれる機能だ。
そこで僕はひたすら、『昭和の名曲』と称されるものをタップし続けた。
知っている曲もあったけど、知らない曲もあった。
それでもがむしゃらに、僕は昭和の曲を視聴し続けた。
そして─────
「えーっと、ほら、あれだ」
「十和田ヒカリだっけ?」
一年ほどかけて、僕はついにたどり着いた。
その動画のサムネイルを見た瞬間、心臓が跳ねた。
黒髪のセミロング、水色のワンピースに橙色のガーリィなミニスカート。
昭和の時代を風靡した、伝説のアイドル『十和田ヒカリ』の満面の笑顔だ。
「そう。十和田ヒカリの、望郷
「あー、それそれ」
僕が前世で、人生の全てを込めて作り上げた楽曲。
死の間際まで妄想した、十和田ヒカリのライブ。
それが、動画サイトに映像として残されていた。
「あら」
ドームを埋め尽くす、満員の観客が映った。
熱狂的な歓声、揺れる会場に迸る熱気。
昭和を風靡したアイドル十和田ヒカリが、ネオンの光を浴びて輝いていた。
「うああ、ぁ、あ」
夜空に映える、花火とスモーク。
曲調の寂しさに合う、藍と青のフリルドレス。
『みんな、ありがと!!』
歌い終わった十和田ヒカリは、笑顔だった。
僕の歌を鮮やかに歌い上げ、笑顔で観客に手を振っていた。
地割れが起きそうなほどの熱狂が、ドームを包み込む。
「ああああああぁぁぁ!!!」
完璧だ。何もかもが完璧な、僕の描いた理想のライブだ。
そんな夢の舞台を前に、僕は耐えることが出来なかった。
「イオちゃん、泣いちゃった」
「よしよし。レトロな曲調が怖かったのか?」
僕は大声をあげて、号泣した。
ただボロボロと、大泣きをした。
感極まって、呂律も十分に回らなかった。
「怖くないですよ~、よしよし」
「ああああぁぁぁ……」
前世の僕の集大成が、そこにあった。
ずっと知りたかった
「何が怖かったんだろう」
「良い曲なんだけどな、これ」
望郷
何十万回も再生され、コメント欄は賞賛の嵐だった。
僕の最高傑作は、十和田ヒカリの歌声で脚光を浴びていた。
こんなにうれしいことがあるか。こんなに誇らしいことがあるか。
心配した両親に抱きかかえられても、僕の涙が引くことはなかった。
「いや、昭和なメロディよねぇ」
望郷
昭和のヒットソングメドレーに必ず入る、十和田ヒカリをトップアイドルに導いた名曲。
それが、僕の人生を注ぎ込んだ曲『望郷
「また、望郷
「うん」
「その曲が好きなのね、イオは」
この曲を作るのに、どれほど精魂をかけただろう。
それを伝説のアイドルが、しっとり美しく歌い上げている。
何度見返しても、感動と興奮で脳がはち切れそうになった。
「十和田ヒカリ、すきだから」
「……渋い趣味ね、アンタ」
望郷
その後、いろんな作曲家から何本も楽曲を提供されて、どれも大ヒットを飛ばしていた。
少し妬けるが、いい曲だったのでそっちも聞いた。
「……」
だがなぁ。やっぱり十和田ヒカリの最高傑作は望郷
明らかに僕の曲の方が、十和田ヒカリの清楚で健気な雰囲気とマッチしている。
むしろ他の作曲家は、ちゃんと十和田ヒカリのために曲を書き下ろしたのか?
たとえばこの曲、売れてはいるけど歌詞がヒカリには合ってないんじゃない?
ハイカラが受ける時代とは言え、ここのテンポはちょっと伸ばすべきだろう。
僕が曲を作るなら、ここはこうして……。
「……ぅ~、あ~♪」
うん、こうだ。
この方が十和田ヒカリの魅力を、より引き出せる。
「あ~ぁ~ぁ~ぁ~♪」
「イオちゃん、ちょっと音程外してるわね」
昭和の名曲の動画を聞き、楽し気に歌う幼女を見て。
母親は微笑ましくも、困ったような顔をしていた。
「音痴なのかしら? カラオケとか大丈夫かしら」
「音感は鍛えられるし、何とでもなるだろう」
しかし本人は気持ちよさそうに歌っているので、母は何も指摘しなかった。
「……いや。もしかしてアレンジじゃないか?」
「そんな、偶然でしょ」
そんな歌声を、母親は音痴と決めつけたが。
父親はむしろ娘の『音の外し方のセンスの良さ』に気が付いた。
音の外し方は、奇想天外などではない。
むしろ心地よさとリズムを兼ね備えた、別の曲に聞こえる。
「ぁ~♪」
幼女の歌声は音程こそ外しているが、メロディを外していない。
しかし常識的に、二歳の幼女がアレンジして歌うなど考え難い。
「まさか、な」
ただの音痴か、凄まじい天才か。
─────そんな親の視線を意に介さず、幼女は今日も元気に歌う。