【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
「で、どうかしら」
フランソワ・アンナ。
僕と同期でジュニアスクールに入学した、二世タレントの女の子。
「え~っと……」
「緊張しなくてもいいわ。イジめる気はないから」
帰り際、アンナは僕を引き留めて聞いた。
「で、どうなの?
「うん、そうだよ。
「やっぱり、そうだと思った」
その問いに、僕は迷わず肯定した。
むしろジュニアスクールに通わせる親なら、そういう仕事をしている方が自然だ。
「Mother sunlight、聞かせてもらったわ。素晴らしかった」
「あはは、ありがとう」
「歌詞に曲、編曲や演出、全てが完璧だった」
僕の「Mother sunlight」は、半年かけて
SNSのトレンドにも乗り、サブスクやカラオケで配信もされた。
おかげで
「まぁ、ただし。私のママの方が、歌上手いけどね」
「そりゃそうだ。僕の母さん、ド素人だもん」
「ド素人?」
ただ決して、
歌ってみた動画で百万再生した素人など、掃いて捨てるほどいる。
アンナと違って、僕には二世タレントとしての強みはない。
「ド素人、ね。ふーん」
「どうしたの、何か言いたそうな顔をして」
僕の言葉を聞いて、アンナは難しい顔をしたあと。
数秒ほど黙り込んで、ハァとため息を吐いた。
「まぁいいわ。
「ごめん、まだ持たせてもらってない」
「あら、連絡先を交換したかったのに」
残念なことに、僕はまだスマホを持たされていなかった。
多分、放っておいたら僕が動画サイトを見続けるのが原因だと思う。
「アイドル目指すならコネって大事よ、スマホくらい用意しておきなさい」
「む、そうだね」
「あと、いずれ自分のダンスを撮影する機会が来るわ。持っておいて損はないわよ」
「なるほど。じゃ、母さんにお願いしてみるよ」
確かに、早めにスマホは持っておいた方が良さそうだ。
コネはアイドルだけでなく、プロデューサーにも大事。
有名二世タレントであるアンナの連絡先は、ぜひ欲しい。
「じゃ、いったん私の名刺あげる。私のSNSアカウントも載ってるから」
「名刺にSNSアカウント……。アンナはもうそんなの作ってるの?」
「当たり前でしょ、アイドル志望なんだから」
アンナは八歳で名刺を用意して、自分のSNSアカウントまで持っているようだ。
相当に気合を入れて、アイドルを目指しているらしい。
「アイドルになるため、できることはやるべき。でしょ」
「その通りだ」
「まぁ全部、ママがやってくれたんだけどね」
「ま、そりゃあね」
あるいはアンナの母親が、本気で娘をアイドルに育てようとしているか。
いずれにせよ、フランソワ・アンナはこの教室で誰よりも
「
「僕の母さんは楽しく気楽にやってくれればいい、みたいなスタンスで」
「楽しく気楽にやって、アイドルになれたら苦労しないわ」
僕は改めて、フランソワ・アンナを正面から見つめた。
まだ幼稚園を卒業したばかりの、小学一年生。
だというのに目つきは鋭く、口調も凛々しい。
「そんなんじゃ
「うん。それはそれとして」
「もうちょっと、この私を見習って……」
「アンナって綺麗だね」
アンナの声には、惹きこまれる魅力があった。
見た目は透明感のあるフランス人形だが、性格は勝ち気で芯がある。
炉で熱された日本刀のような、熱くエキゾチックな雰囲気の少女だ。
「は?」
「ああ。君の外見や、立ち居振る舞いの話じゃない。在り方が魅力的だ」
八歳でこれだ。成人したら、どんなアイドルになってしまうのか。
アンナの輝く未来を想像し、僕は笑みを零した。
「
「僕はともかく、君は素晴らしいアイドルになるだろう」
「え、ええ、どうも?」
フランソワ・アンナは才能の原石だ。磨けば本物になる。
もし僕がプロデューサーなら、どんな戦略を立てるだろう。
「整った容姿に透き通る声、まさにアイドルになるために生まれたような人だ」
「ありがとう……」
「アンナには凛々しく、勇気が湧く歌が似合うだろうね。活舌も良いからラップも歌えそう」
「う、うん。そうかしら?」
熱く温かい、危ない香りがするアイドル。イメージカラーは赤だろうか。
彼女のブロンドの髪と、真っ赤なドレスはよく映えそう。
「君の一番の魅力は、吸い込まれそうな碧眼から覗く真っすぐな信念。応援したくなる、ついていきたくなる、そんなアイドル性─────」
「あのさ、も、もうやめてくれない? さすがに、照れるから……」
そんな妄想を滾らせていると、アンナは頬を染めて目を背けてしまった。
初対面で、ちょっと誉め過ぎたかな。
「もう、
「そんなつもりはないんだけど……」
「ライバル宣言するつもりだったのに、話が変な方向に行くし」
アンナはそう言い、ジトっとした目で僕を睨んだ。
……ライバル宣言、とは?
「ママに言われたのよ、才能ありそうな子がいたら、ライバル宣言しておけと」
「はぁ。それはまた、どうして」
「高めあえる相手がいたほうが、実力が伸びやすいからね」
アンナは、切磋琢磨する相手を吟味していたらしい。
それで、最近バズった
なるほど、だからちょっと喧嘩腰だったのか。
「
「そうか、じゃあ……えっと、ん?」
「どっちが先に基礎クラスを卒業できるか、勝負よ
アンナの頬は紅潮し、目は爛々と輝いていた。
決め台詞を言ってやった! みたいな得意げさをも感じる。
「えっと、僕は……」
「受けて立つ度胸がないならいいわ。最初から、アンタなんか相手じゃなかったってだけ」
アンナは僕のことを、男と勘違いしているようだ。
娘なんだけど、ここで訂正したら空気が変になりそう。
「あー、……」
「それで、返事は?」
なので、肯定も否定もしなかった。
男女どっちだったとしても、大した問題はあるまい。
「分かった。受けて立つよ、アンナ」
「ふふ、いい度胸ね。かかってらっしゃい!」
僕は喜んで、アンナのライバル宣言を受け入れることにした。
有名二世タレントと交友関係を持てるのは、やはり大きい。
「ところで基礎クラスって?」
「ああ、えっとね」
それはそれとして、基礎クラスを卒業ってどういうことだろう。
僕はこのスクールのシステムを知らない。
彼女の言い方的に、上級クラスも存在するのだろうか。
「ここのレッスンって、基礎クラスと発展クラスに分かれてるの」
「あ、そうなんだ」
「実力をトレーナーに認められたら、発展クラスに移籍できる」
主教科であるダンス、ボ-カル、演技にはそれぞれ基礎と発展クラスがあるらしい。
入学したての子はまず、基礎クラスでレッスンを受ける。
基礎クラスのレッスンは、優しく簡単な内容だそうだ。
「ただ発展クラスに入るには、プロレベルの技量が必要よ」
「えぇ……?」
「数年経っても上がれずに、夢を諦める子の方が多い」
ただ昇格するには、並大抵の努力じゃ足りないらしい。
プロ級のパフォーマンスが出来てようやく、基礎を卒業できる。
「そしてアイドルとしてデビューするには、ダンス・ボーカル・演技の三つとも発展クラスに上がる必要があるわ」
「ふむふむ」
「発展クラスでプロデューサーの目に留まれば、スクールは卒業。やっとデビューが決まる」
そしてどれか一つ、発展クラスに昇格できれば良いというわけじゃない。
ダンス、ボーカル、演技を全てプロレベルに習得して、初めてデビューのチャンスが与えられる。
「へぇ、そんな仕組みだったんだ」
「私は半年以内に、全て発展クラスに上がるつもりだから。アンタもせいぜい頑張りなさい」
「ありがとう、僕も頑張るよ」
そう聞くと、やはりアイドルって狭い門なんだな。
僕が発展クラスに上がれるのは、いつになることやら。
「とりあえず、どっちが先に発展クラスに行くかで勝負よ」
「分かった、受けてたとう」
「ま、勝つのは私だろうけど。ママの名にかけて、全力で叩きのめしてあげる!」
「じゃあ、そうだね。こう言い返しておくよ、『やってみろ』」
「上等!」
だけど、弱音を吐くのは恰好が悪い。
アンナは挑戦的なライバル宣言に、僕は毅然と言い返した。
こういう気持ちがいいライバル宣言なら、こちらも歓迎だ。
彼女とは、いい友人になりそうである。
「ところで
「フランソワ・アンネさんの動画?」
「うん」
これでアンナの用事は済んだ、かと思いきや……。
彼女は少し陰りのある顔で、そんなことを聞いてきた。
「もちろん、見たことあるけど」
「そう。じゃあママのこと、どう思った?」
「そうだね……」
フランソワ・アンナの動画は、もちろん見たことがある。
彼女の全盛期は今から十年前、平成の後期あたり。
洋楽系ポップスを得意として、有名ドラマの主題歌を歌ったこともあった。
そんな彼女の何よりの特徴は……。
「歌を聞くと元気になるアイドルだったよね。曲に感情を乗せるのが得意で、アップテンポでも活舌良く歌えるのが強み」
「うん。本当にママのこと知ってるんだね」
「十五年前の『アイドル発掘☆歌番組』で、ユニットを組んでのデビュー。ただしすぐ解散し、ほどなくしてソロに転向。ドラマ『破天荒な兎たち』でメインヒロインを演じたことをきっかけに大ブレイク。性格は温厚、受け答えは理知的でバラエティにも呼ばれるように」
「な、なによ。思ったより詳しいじゃない」
「アイドル歌手として息の長い活躍をした後、一般男性との婚約を発表。印象的なのは彼女の婚約に対し、ファンの反応が比較的温かかったこと。八年前の引退ライブではドームをファンで埋めて、結婚おめでとうコールを前に泣きながら代表曲フランシスレイクを熱唱したのはあまりにも有名で─────」
「ちょっと待って、最後のエピソードはむしろ私が知らない」
僕がフランソワ・アンネについて知る限りの情報を並べると、アンナは一歩引いた。
舐めないでほしい。僕はアイドルをプロデュースしようと志している人間だ。
古今東西のブレイクしたアイドルの情報くらい、全てインプットしている。
「引退ライブの話、検索したらマジで出て来たわ。
「そうとも言えるね。僕は、すべてのアイドルのファンだから」
「私、思ったよりヤバい奴をライバルにしちゃった?」
フランソワ・アンナは僕からさらに一歩、後ずさった。
そんな不審者を見るような目で、見られる筋合いはないんだが。
「……まぁ、そうなの。ママは本当にすごいのよ」
「うん。フランソワ・アンネのアイドルとしての実力は、疑いようがない」
「だから、負けたくない」
アンナはそう言って、自分のスマホに映る
そこに浮かぶのは憧れか、それとも。
「アンナ?」
「ママには、負けたくないの」
そんなアンナの言葉は、何故か……。
昏い感情が、隠れているように思えた。
「いえ、何でもないわ。じゃ、これからよろしく
「うん。こちらこそ、よろしく」
「次は明後日の、ボーカルレッスンで会いましょう」
しかしアンナは、すぐに笑顔に戻った後。
僕に手を握って、優雅に踵を返した。
「先にアイドルになるのは、私なんだから!」
「うん、お互い頑張ろう」
去り際にアンナは、僕にそう告げた。
意志の強さを感じる、碧眼の瞳を向けて。
そんな彼女の姿を見て、改めて僕は確信する。
─────彼女は良いアイドルになる、と。