【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
「お疲れ~、よく頑張ったね、イオ!」
「あ、母さん」
アンナと別れ外に出ると、母さんが迎えに来てくれていた。
彼女は車の窓越しに、僕にタオルを手渡してくれた。
「レッスンはどうだった?」
「楽しかったよ」
「そう」
僕にそう聞く母さんの瞳は、どこか不安そうに見えた。
こんな時間まで習い事をしたのが、初めてだからかもしれない。
「いっぱい汗かいたね。体を冷やさないよう拭きなさい」
「うん」
僕を車に招き入れる母さんは、どうしてだろうか。
少しだけ、複雑そうな顔をしていた。
「……へ、へぇ。あのフランソワ・アンネの娘さんがいたんだ」
「うん、僕びっくりしちゃった」
帰りの車内、僕は今日の出来事について母さんに話した。
高田さんは、素晴らしいトレーナーだったこと。
フランソワ・アンネの娘、アンナと友達になったこと。
「母さんは、フワンソワ・アンネを知ってる?」
「まぁ、そこそこ……」
「凄いアイドルだよね。その娘と知り合えるなんて、本当にラッキーだ」
フランソワ・アンネと聞いて、母さんは顔がこわばっていた。
……もしかして、あんまり好きじゃないアイドルなのだろうか。
「アンナちゃんだっけ? その娘は何て言ったの?」
「えっとね。いきなり僕に近づいてきて、お前は
「お、おお……。そうなんだ」
「どうやらMother sunlightを見たみたい。動画のこと、誉めてたよ」
だとしても僕は今日、フワンソワ・アンナに好感を持った。
彼女から曲を誉められたのも、やはり嬉しかった。
「それで?」
「色々あって、ライバル宣言されちゃった。どっちが先に基礎クラスを卒業するか、勝負することになったの」
「ふぅん。青春って感じがして、いい関係ね」
そんな僕に母さんは、苦笑いしてそう言った。
アンナはちょっと高圧的だけど、悪い子ではなさそうだし。
「でも現状、アンナとは実力差が結構ありそうで」
「小さい頃から頑張ってたんでしょうね」
何よりアンナとの出会いは、大きな刺激になった。
僕がまだ甘えていた、ということに気付かされた。
「アンナは、あまりに本気だった。僕とはモチベーションが違った」
「仕方ないわよ。イオちゃんは、アイドルになるつもりはないんでしょ」
「……うん、確かにないんだけど」
僕は、本気でアイドルを目指していない。
アイドルの気持ちを知れれば、それでいい。
だからレッスンも、ほどほどに流して受けるつもりだった。
「こんな意識では、ダメだと思った」
「イオちゃん?」
「今のままじゃ『本気でアイドルを目指している子』の気持ちが分からない」
だけど、それは甘えだ。どうせなら、本気でアイドルを目指す方がいい。
僕が将来プロデュースするのは、『本気でアイドルを目指している』子たちなのだから。
「プロデューサーになる人間が自分をアイドルに導けないなんて、笑い種にもなりはしない」
「そ、そうかしら?」
「そのことを、アンナに教えてもらった気がする」
アンナを見て、分かった。みんな、アイドルになりたくてレッスンを受けに来ているんだ。
僕みたいに『アイドルになれなくていい』と考えて、レッスンを受ける子はいない。
「だから僕、子供のうちは本気でアイドルを目指すよ」
「……そっか。それがイオちゃんの決断なんだね」
「うん。プロデューサーになるのは、アイドルを経験してからでいい」
僕は『プロデューサーになる覚悟』はできていたが『アイドルを目指す覚悟』はできていなかった。
この傲慢な思い違いを、初回レッスンで叩きつけて貰えたのはありがたい。
本気を出して上を目指さないと、皆に失礼なんだ。
「イオちゃんは、すごいわね」
「母さん?」
「私じゃなくて、パパに似たのかな」
そんな僕の言葉を、母さんは否定も肯定もせずに聞いていた。
車を運転する横顔は、どこか寂しそうに見えた。
「そうだ。母さん、スマホ買ってよ」
「あら、スマホが欲しいの?」
「アンナと連絡先、交換したいんだ」
「あ、そっか。そういうのに必要よね」
そのお礼に、僕は精一杯アンナのライバルになろう。
彼女と比べたら実力は足りないけど、精一杯に食らいついていこう。
「その代わり、動画ばっかり見ちゃだめよ」
「うん」
そして、できれば
プロデューサーではなく、同期の友人として。
「みなさま初めまして。ボイストレーニングを担当しております竹田です」
「「はじめましてー」」
「ダンスの時に、自己紹介は済ませていますね? ではさっそく、レッスンを始めますよ」
そんな風に始まった、アンナと僕のライバル関係だったが。
僕とアンナのライバル勝負は、あまりにも早く、そしてあっさりと決着した。
「まずは好きな曲を歌ってもらいますの。フランソワ・アンナさん! 前へ!」
「はい!」
ダンスレッスンから二日後。
僕はアンナと共に、ボイストレーニングを受けることになった。
「何か一曲、好きな曲を歌ってみなさい」
「では、フランシスレイクを歌います」
ボーカルレッスンも、ダンスレッスンと流れは同じだった。
最初にウォームアップを行った後、まずは好きな曲を歌う流れになった。
「ほう、母親フランソワ・アンネの代表曲ですね」
「……行きます。ラーラーラー♪」
アンナの歌は、やはり素晴らしかった。
他の子より明らかに、表現力も音程も高水準だ。
その証拠に、彼女が歌い終わった瞬間、レッスン教室に歓声と拍手が沸き上がった。
「素晴らしい、エクセレント! 素晴らしい歌唱力です、フランソワ・アンナ」
「ありがとうございます!」
「姿勢も発声も完璧ですね。すぐに発展クラスに上がれるでしょう」
実際アンナの歌は、僕から見ても素晴らしかった。
腹式呼吸や姿勢なども、教科書に載っているお手本通り。
やはりアンナは、この基礎教室で頭一つ抜けている実力者らしい。
「では次、
「はい」
今の僕では、逆立ちしても勝てない相手。
だけど、そう簡単に負けたくはない。僕にだって意地がある。
そして何より。大切なことを気づかせてくれたフランソワ・アンナに、恩返しがしたい。
「貴方は何を歌いますか?」
「望郷
「ほう、渋い選曲ですね」
僕の運動神経は、平凡だ。ダンスは決して得意ではない。
演技も自信がない。母さん曰く、僕は顔に出る
「……行きます」
だけど、歌だけは負けたくなかった。
音楽に関してだけは、譲りたくなかった。
「─────港町、揺れる真っ赤な紙テープ」
平凡でちっぽけな僕が、前世からたった一つだけ持っているもの。
これだけは自信をもって、才能があると誇れるもの。
それが歌であり、作曲であり、音楽だ。
「─────汽笛の残響が、かすか指を震わせて」
筋金入りの
そして、僕に許された唯一の
「─────想いと共に、紙テープは水面に沈む」
望郷
そして僕がプロデューサーを志すに至った、願いの原点でもある。
「─────あぁ君の別れの言葉は届いていない」
なから何度も、僕はこの曲をカラオケで母さんと練習した。
こうすれば、もっと音が安定する。こう歌えば、もっと感情をこめられる。
この半年間、毎週それだけは欠かさなかった。
「─────出港の汽笛、波風の飛沫が煩くて」
出征する夫を見送る、妻の悲嘆。それが、前世の僕が表現したかった悲哀。
曲に、入り込んでいく。歌に、のめり込んでいく。
僕は今、歌い手であると同時に、歌の主人公でもあるのだ。
「─────涙が溢れ漏れた私の嗚咽が、君の言葉をかき消した」
この曲は、あの輝かしいアイドルのために
脳裏に思い描くのは、全盛期の十和田ヒカリ。
彼女の幻影に身を任せ、歌い方を身に宿していく。
「─────大切な遺言は海の藻屑と消える」
ああ。何て、気持ちがいいんだろう。
僕があの伝説のアイドル十和田ヒカリと、一心同体になったような。
脳を焼かれた彼女を、当時の年齢のまま顕現させたような─────
「─────貴方はどんな言葉を残し、鉄船に乗ったの」
意識をしていないのに、気づけば涙をこぼしていた。
歌に入り込みすぎて、声が悲嘆で震えていた。
それは一種の、
「─────泣くべきではなかった、笑って送るべきだった」
眩しく輝かしい、僕の音楽の煌めき。
願わくばこの歌の時間が、永遠に続いて欲しい。
「─────出征の門出、涙した私に君は微笑む」
目に小粒の涙を浮かべ、僕は笑顔で曲を締めくくった。
望郷
拍手はない。誰も、言葉を発しない。
歌う自分に、酔い過ぎたかもしれない。でも、それでいい。
「歌は、終わりですか」
「あ、はい」
今の自分に出せる実力は、すべて出し切ったように思う。
これが否定されてしまうなら、それはもう仕方がない。
「ご清聴、ありがとうございました」
トレーナーさんに声をかけられ、僕は我に返った。
そして恍惚に飲まれながらも、僕は挨拶を絞り出した。
自分の歌に
痴態を見られた気分になり、頬が熱くなるのを感じた。
「ふむ。貴方は
「え? は、はい! そうです」
僕が挨拶を終えた後、トレーナーは思案する素振りを見せて。
そのまま何でもないことのように、言葉を続けた。
「では
「……え? ええ!?」
僕に告げられたのは、『もう来なくていい』宣告。
そのボイストレーナーの言葉を聞いて、僕はさすがに焦る。
何かやってしまったのかと、顔を真っ青にしたら……。
「
「へ?」
「話は通しておきます。分かりましたね?」
「は、はい!」
ボイストレーナーはそう言って、僕の頭を撫でてくれた。
発展クラス。それはつまり、僕が昇格したということ。
初回のレッスンで、たった一回の歌で。
「悪いですが、アナタがいると他の子が委縮しちゃうから」
「は、はあ」
そして、改めて教室を見渡すと。
僕の歌を聞いた皆が、驚いた顔で僕を見つめていた。
興奮したような顔、恍惚とした顔、気味悪そうな顔。
子供たちの表情は、千差万別だった。
その中で僕のライバル、フランソワ・アンナはというと。
彼女は最前列で、僕の歌をずっと聞いていたようで。
「……ッ!!」
悔しそうに、唇を噛みしめて。
親の仇でも見るような鋭い視線を、僕に向けていた。