【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが   作:あいどりゅ

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エピソード12「大根役者」

 

「……良い歌だったわ」

「アンナ」

 

 その日。

 

 僕とアンナが交わした言葉は、それだけ。

 

「……」

 

 帰り際、彼女は僕の方を見すらせずに立ち去った。

 

 初回のレッスンで発展クラスに昇格すること自体は、時折ある。

 

 ただそれは他のスクールでレッスンを受け、元から実力があったケースだ。

 

「アンナ……」

 

 ド素人の六歳児が、初回のレッスンで昇格することは……。

 

 ─────異例中の異例、という話らしかった。

 

 

 

 

 

 そして僕が、ボーカルレッスンを昇格して二日後。

 

「ねえ、歌沖(かおき)」

 

 フランソワ・アンナの碧眼が、潤んで揺れている。

 

 戸惑うような、意を決したような、そんな口ぶりだ。

 

「私ね。初めて会った時から……」

 

 碧眼から放たれるまっすぐな視線が、僕を射抜く。

 

 それがあまりに居心地が悪くて、思わず僕は顔を背ける。

 

「────貴方のことが好きだった」

 

 彼女の手はすがるように、僕の両腕を掴んだ。

 

 かすかに震えた声色に、零れる吐息。

 

「う、うるさいな」

 

 だけど僕は、そんなアンナの手を振り払った。

 

 僕は目つきを鋭くして、アンナを睨みつける。

 

「僕は君のことなんかなんとも思っていない」

「……」

 

 声を震わす僕と、息を飲むアンナ。

 

 そんな彼女に、僕は人差し指を突き付けて。

 

「君は全然、可愛くなんかーない!」

 

 ビシっと、そう言ってやった。

 

 

「ふふ、ダメでーす。失格、終了~!」

「……大根役者。なんでそんなに棒読みなのよ」

「ご、ごめんアンナ」

 

 日付が変わって、今日は演技の初回レッスンの日。

 

 演技のトレーナーさんは、まず僕らに二人組を作るように指示を出した。

 

 そして各自でお題を決め、即興劇(エチュード)をするよう指示された。

 

「はぁ~。歌沖(かおき)アンタ、演技はド素人ね」

「そう言ったじゃないか。いきなり告白の即興劇(エチュード)なんて難しすぎるよ」

「いや即興劇の定番でしょ、告白系。ドラマでも鉄板シーンだし」

 

 するとアンナは『僕と組みたい』と宣言し、ありがたくペアになったのだが。

 

 彼女の希望で『告白するアンナを振る僕』という何ともアレなお題になった。

 

「アンナは何で、そんなに演技が上手いのさ」

「そりゃ、コツコツ練習したからですけど?」

 

 やはりというか、アンナは今すぐ子役出来るレベルで演技が上手かった。

 

 演技だと前振りされていたのに、本当に告白されているようでドキドキした。

 

「歌沖(かおき)の演技、クラスでもドベの方よ」

「う、うるさいな。今から頑張るさ」

「そうして頂戴、張り合いがないから」

 

 そしてアンナ以外にも、演技が上手な子は割と多かった。

 

 休日のお父さんお母さん、ピクニックに行くカップルなどの演技を上手に披露していた。

 

 おそらくみんな、『おままごと』の延長で演技している。

 

 おままごとも、立派な即興劇(エチュード)。そう考えると、僕が下手なのも当然である。

 

「歌沖(かおき)さんは、まだ照れが目立ってましたね。自分と役柄を切り離し、なり切ってみる練習をしましょう」

「……はい」

 

 何せ僕は今まで、真面目におままごとをしてこなかった。

 

 友達付き合い程度で、流して役に応じていただけだった。

 

 今、その経験値の差を突き付けられているのだ。

 

「一方でアンナさんは素晴らしかった。まるで本当に告白してるような臨場感だったわ、発展クラスも近いでしょう」

「ありがとうございます!」

 

 演技トレーナーさんの言葉を聞いて、アンナはふふーんとドヤ顔で僕を見つめた。

 

 相手が八歳だと分かっていても、ちょっとだけ悔しい。

 

「ねぇ、アンナ」

「どうした歌沖(かおき)?」

「後でもう一回即興劇(エチュード)、付き合って貰える? あと、良かったら助言とかも……」

「しょうがないわねぇ。ま、良いわよ!」

 

 とはいえ、これは正当な評価だ。僕に演技力がないのが悪い。

 

 アイドルを目指すと決めたからには、早急に改善が必要。

 

 敗北感に苛まれながらも、僕はアンナに教えを請うた。

 

 

 

「歌沖(かおき)のダンスは、まぁ筋が良かったわ」

「そ、そう?」

「ちょっとコツを掴めば、人並みに出来ると思う」

 

 レッスンが終わり、帰り際。

 

 アンナは、機嫌良く僕に話しかけてきた。

 

「で、歌唱力はバカね。歌沖(かおき)奏(かなで)の血かしら」

「バカって……」

「小学校低学年クラスで、あんな歌声を披露するもんじゃないわ。悔しいけど発展クラスも納得」

 

 前回ボーカルレッスンの帰りは、アンナの機嫌はとても悪かった。

 

 僕がいきなり発展クラスに上がったのが、悔しかったらしい。

 

 僕に一言も話さず、無言で帰っていった。

 

「でも演技はカスね。素人以下よ」

「そ、そこまで言う?」

「バランスが極端すぎて、逆に面白いわ」

 

 それと対照的に、今日のアンナはご機嫌だ。

 

 僕が大根役者だと分かってから、ニヤニヤとした笑顔が絶えない。

 

「ねぇ歌沖(かおき)。私、アナタのことが好き……」

「えっ? あ、えっと。僕は、そんなことはー!」

「くっ、くくく……。ほら、トレーナーに言われたことを思い出しなさい。照れが残ってるわよ!」

 

 だが笑われても仕方ない。演技力不足は僕の課題だ。

 

 アイドルという職業の性質上、テレビの前で常にキャラクターを演じる必要がある。

 

 いかに歌が上手くても、演技が出来ないのはあまりに致命的。

 

 だからだろうか。アンナは、鬼の首を取ったように僕をからかい続けた。

 

「歌沖(かおき)は演技に照れてるのかな? それとも、私に照れてるのかな?」

「え、えっと。それは……」

「歌沖(かおき)って、私のこと好きだったりする?」

「あ、それはその通りかも。アンナの魅力は素晴らしいし、まだまだ輝くと思ってる」

「……その台詞は照れないで言えるのね」

 

 実際、アンナが魅力的だという点に関しては疑いようがない。

 

 将来プロデューサーになったら、彼女みたいな子をプロデュースしたい。

 

「からかい甲斐がないヤツね。まぁいいわ、一つ提案があるんだけど」

「提案? 何だろう」

「歌沖(かおき)さ。明日の日曜日、ウチで自主練しない?」

 

 そんな魅力的なアンナからの提案とは……。

 

 家で一緒に練習しないかという、素敵なお誘いだった。

 

「え、いいの?」

「うん。歌沖(かおき)のことママに話したらさ、一度ウチに招待しなさいって」

「ほ、本当? もちろん行く!」

 

 アンナのママからお誘いということは……、つまり。

 

 元大人気アイドル『フランソワ・アンネ』からの招待ということになる。

 

 行かないわけがない。生でトップアイドルに会える好機(チャンス)など滅多にない。

 

「歌沖(かおき)のママにも、絶対来てくれって言ってたわ」

「分かった、母さんに伝えとく。ありがとうアンナ」

「気にしないで。私も、練習相手がいる方が捗るもの」

 

 僕は何と幸せな子なんだろう。

 

 出会って一週間で、アイドルの実家に呼んでもらえるとは思わなかった。

 

 僕は前世でそこまでの徳を積んだ記憶はないんだけど。

 

「演技指導もしてあげるわ。次は、貴方から告白して貰おうかしら」

「う……今度は僕から告白?」

「そうよ。告白する側も出来なくちゃダメでしょ」

 

 別れ際、アンナはご機嫌にウインクしながらそう言うと。

 

 悪戯っぽくニヤりと笑って、

 

「素敵な口説き文句を考えておいてね、歌沖(かおき)」

 

 そう言って、肩を叩いて立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

「……という感じだった」

『そうか、頑張ったなイオ』

 

 その日の夜。

 

 僕は電話で父さんに、一週間での出来事を話した。

 

『初日で発展クラスに編入された六歳児がいる、と俺にも報告が来た。正直、驚いたぞ』

「そ、そうなんだ」

『奏(かなで)の娘だ、才能がないとは思っていなかったが……。ここまでとはな』

「母さんに、ずっとカラオケ付き合って貰ったから」

 

 いきなり僕が昇格したことは、プロデューサーの中でも話題になったらしい。

 

 とんでもない才能が現れたと、噂して貰っているそうだ。

 

『フランソワ・アンネの娘のポテンシャルも、すごいと聞いた』

「うん、僕の目から見てもアンナは傑出していると思う」

『トレーナーも同じことを言っていたよ。お前とアンナが、今期の注目株だとさ』

 

 そしてアンナも、父さんに報告が行くレベルの注目株らしい。

 

 すぐに発展クラスに行くだろうと、トレーナーからお墨付きが出ているそうだ。

 

「それでね。明日、アンナの家に誘われたの」

『ほう、もうそんなに仲良くなったのか』 

 

 僕の目から見ても、彼女はアイドルとして完成度が高い。

 

 今後も、彼女とのライバル関係は維持していきたい。

 

「フランソワ・アンネに会えるのが楽しみだ。父さんは会ったことある?」

『ああ、元担当だ。最近も、事務所で会ったぞ』

「え、そうだったんだ」

『娘(アンナ)をよろしくって、菓子折り持って来た。相変わらず、律儀なヤツだ』

 

 フランソワ・アンネは、父さんがプロデュースしたアイドルの一人らしい。

 

 とても温厚な性格で、事務所でも好かれていたアイドルだそうだ。

 

 というか父さん、有名アイドルが菓子折り持って挨拶にくる立場なのか。

 

『それで、どうだ。レッスンは、辛くないか』

「今のところは楽しいよ。アンナと出会えたことは大きな収穫だったし」

『なら良かった。そのまま励みなさい』

 

 実際、まだレッスンは苦ではない。

 

 むしろ当初の想定より手ぬるすぎて、肩透かしを食らった気分だ。

 

 発展クラスに上がったら、キツくなるのかもしれないけど。

 

『無理をする必要はないからな。プロデューサーの経験になるからレッスンさせているだけだ』

「でも、父さん。僕、今はちゃんとアイドルを本気で目指そうと思う。その方がいい経験になりそうだし」

『そうか。なら、頑張ってみなさい』

「うん!」

 

 将来、キツ過ぎてギブアップすることはあるかもしれない。

 

 だけど根性が持つ限り、本気でアイドルを目指しておくべきだ。

 

「あ、そうだ。父さん、僕はどうやら演技が苦手らしくてね」

『演技が苦手? ほう、続けなさい』

「どうしても照れが入っちゃうんだ。何かいい練習方法、知らない?」

 

 というわけで、直近の課題をチーフプロデューサーに相談してみる。

 

 アンナ曰く、僕の歌とダンスは何とかなる。問題は大根演技だ。

 

 演技が上手くなる自主練があるなら、教えてください。

 

『ふむ、娘がそういう方向で頼ってくれるのはうれしいな』

「知らなかったら良いんだけど。何か、いい方法はあるかな」

『ある。父さんを誰だと思ってるんだ』

 

 父さんは電話越しに、自信満々にそう言った。

 

 アイドル関係の悩みなら、何でも解決してくれそうな頼もしさだ。

 

『イオはミュージカルって知っているか』

「ミュージカルって、歌と劇を合わせたやつだよね」

『ああ、その通り。あれは演技(・・)であり(・・・)、歌だ(・・)』

 

 ミュージカルは、演技であり歌。

 

 父さんのその言葉に、僕はハっと息を飲んだ。

 

『イオは歌に入り込む癖がある。恍惚として歌う姿は、とても可愛い』

「え、えっと……」

『演技も歌と同じだ、イオ。曲じゃなく、役柄に入り込んでみなさい』

 

 確かに僕は歌う時、曲に入り込む。

 

 そうか、あの感覚を演技に応用すれば─────

 

『イオのすべき練習は、ミュージカル動画を見て台詞を歌うことだ』

「お、おおぉ。台詞を、歌う……」

『それで曲に入り込むのと同じように、台詞に入り込めるようになるだろう』

 

 確かにその方法なら、演技のコツが掴めそうだ。

 

 さすがは父さん、一瞬で僕の悩みを解決してくれた。

 

『参考になったか?』

「うん、とっても。やっぱりプロデューサーって凄いんだね」

『舐めるな。こちとら、二十年以上アイドルの悩みと向き合ってきた男だぞ』

 

 逆に言うと、プロデューサーになるならこれくらいできないといけないということ。

 

 これは父さんの言う通り、アイドルになるより難しいかもしれない。

 

『ああ、そうだイオ。もう一つ、注意しておこう』

「忠告?」

『発展クラスに行くと、我が強い子が多くなるんだが』

 

 父さんは思い出したように、僕にそんなことを言った。

 

 まぁそれは、想定の範囲内だ。個性がないと、アイドルとして輝けないからな。

 

『時折、苛めや無視などのトラブルが報告される』

「……うん」

『俺も都度対応しているが、なかなか根絶は難しい』

 

 それも、覚悟はしている。アイドルの虐めは過酷と相場が決まっているのだ。

 

 ビンタをされたり、雑巾を投げつけられたり、陰湿ないじめを受けたり。

 

『だから月壁(つきかべ)瑠偉(るい)には、近づかないように』

「……月壁(つきかべ)瑠偉(るい)?」

『発展クラスで最も、とくにヤバい娘だ』

 

 月壁(つきかべ)瑠偉(るい)に近づくな。

 

 僕に、そんな忠告を言って聞かせた。

 

『彼女は、すさまじい才能がある子なんだが……』

「うん」

『ちょっと、素行面の問題が激しくてな』

 

 聞けば月壁(つきかべ)瑠偉(るい)はダンスもボーカルも演技も、入学して半年で発展クラス入りした怪物。

 

 その実力は誰が見ても十分で、父さんもすぐデビューさせようと考えたようだが……。

 

『月壁(つきかべ)瑠偉(るい)は遅刻早退は当たり前。他人の物を盗ったり、同級生にセクハラしたり、トレーナーに暴言を吐くなどやりたい放題』

「お、おお」

『注意しても『私は凄いから許される』と聞きやしない。今はもう、退学も検討している』

 

 とまぁ、素行が悪すぎてアイドルをさせられないそうだ。

 

 誰が言ったか、付けられた渾名(あだな)は性悪猫。

 

『絡まれて何を言われても、喧嘩に乗るなよ』

「分かった。気を付ける」

『ま、お前はそういうタイプではないか』

 

 父さんはそう言うと、電話越しにため息を吐いた。

 

 月壁(つきかべ)瑠偉(るい)に、よほど苦労しているようだ。

 

『む、もうこんな時間か。悪いがもう切る』

「そっか」

『もっと話したいんだが、仕事が山積みでな……』

 

 時計を見れば、もう夜の九時を回っていた。

 

 こんな時間でも、まだ仕事が残っているらしい。

 

『イオの声が聞けて元気が出たよ』

「忙しいのに、電話してくれてありがとう」

 

 忙しくて、父さんはしばらく帰ってこれないそうだ。

 

 繁忙期だそうで、今から大きなイベントが目白押しらしい。

 

『休暇が取れたら、一緒に食事に行こう。おやすみ、イオ』

「うん、父さんもお仕事頑張ってね」

 

 その言葉を最後に、父さんとの通話が途切れた。

 

 スマートフォンから、ツーツーと通話音が響く。

 

「お話、終わったよ母さん。たくさん話せた」

「そう、良かったわね」

 

 九時を過ぎたら寝る時間、それが今世のルーティン。

 

 生まれ変わってから、夜になると眠くなって仕方がないのだ。

 

 これも大人と、体の違いなんだろうか。

 

「それじゃあ僕、もう寝るね」

「う、うん。おやすみイオちゃん」

 

 母さんにお休みの挨拶を済ませ、ベッドに行こうとしたら。

 

 ……なぜか母さんは、少し困った顔をしていた。

 

「どうしたの? 顔色悪いけど」

「その。アンナちゃんからのお誘い、ママも来てねって言ってたの?」

 

 さっき、アンナに誘われたことを伝えてから、様子が変だ。

 

 こんなに覇気のない母さんは見たことがない。

 

「うん。母さんも連れてくるようにって」

「あ、あはは~。そうか、そうよね~」

 

 宣告を受けた死刑囚のような、死んだ魚のような目をしている。

 

 ……もしかして、都合が悪かったのだろうか。

 

「母さん? もしかして、フランソワ・アンネと何かあった?」

「うぅ……。で、でもイオちゃんが友達にお呼ばれしたんだもんね、行かなきゃだよね」

「母さ~ん?」

 

 アンナの家に行くのが楽しみで仕方ない僕とは、対照的に。

 

 母さんは一人、悶々と頭を抱えて苦しんでいた。

 

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