【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
「……良い歌だったわ」
「アンナ」
その日。
僕とアンナが交わした言葉は、それだけ。
「……」
帰り際、彼女は僕の方を見すらせずに立ち去った。
初回のレッスンで発展クラスに昇格すること自体は、時折ある。
ただそれは他のスクールでレッスンを受け、元から実力があったケースだ。
「アンナ……」
ド素人の六歳児が、初回のレッスンで昇格することは……。
─────異例中の異例、という話らしかった。
そして僕が、ボーカルレッスンを昇格して二日後。
「ねえ、
フランソワ・アンナの碧眼が、潤んで揺れている。
戸惑うような、意を決したような、そんな口ぶりだ。
「私ね。初めて会った時から……」
碧眼から放たれるまっすぐな視線が、僕を射抜く。
それがあまりに居心地が悪くて、思わず僕は顔を背ける。
「────貴方のことが好きだった」
彼女の手はすがるように、僕の両腕を掴んだ。
かすかに震えた声色に、零れる吐息。
「う、うるさいな」
だけど僕は、そんなアンナの手を振り払った。
僕は目つきを鋭くして、アンナを睨みつける。
「僕は君のことなんかなんとも思っていない」
「……」
声を震わす僕と、息を飲むアンナ。
そんな彼女に、僕は人差し指を突き付けて。
「君は全然、可愛くなんかーない!」
ビシっと、そう言ってやった。
「ふふ、ダメでーす。失格、終了~!」
「……大根役者。なんでそんなに棒読みなのよ」
「ご、ごめんアンナ」
日付が変わって、今日は演技の初回レッスンの日。
演技のトレーナーさんは、まず僕らに二人組を作るように指示を出した。
そして各自でお題を決め、
「はぁ~。
「そう言ったじゃないか。いきなり告白の
「いや即興劇の定番でしょ、告白系。ドラマでも鉄板シーンだし」
するとアンナは『僕と組みたい』と宣言し、ありがたくペアになったのだが。
彼女の希望で『告白するアンナを振る僕』という何ともアレなお題になった。
「アンナは何で、そんなに演技が上手いのさ」
「そりゃ、コツコツ練習したからですけど?」
やはりというか、アンナは今すぐ子役出来るレベルで演技が上手かった。
演技だと前振りされていたのに、本当に告白されているようでドキドキした。
「
「う、うるさいな。今から頑張るさ」
「そうして頂戴、張り合いがないから」
そしてアンナ以外にも、演技が上手な子は割と多かった。
休日のお父さんお母さん、ピクニックに行くカップルなどの演技を上手に披露していた。
おそらくみんな、『おままごと』の延長で演技している。
おままごとも、立派な
「
「……はい」
何せ僕は今まで、真面目におままごとをしてこなかった。
友達付き合い程度で、流して役に応じていただけだった。
今、その経験値の差を突き付けられているのだ。
「一方でアンナさんは素晴らしかった。まるで本当に告白してるような臨場感だったわ、発展クラスも近いでしょう」
「ありがとうございます!」
演技トレーナーさんの言葉を聞いて、アンナはふふーんとドヤ顔で僕を見つめた。
相手が八歳だと分かっていても、ちょっとだけ悔しい。
「ねぇ、アンナ」
「どうした
「後でもう一回
「しょうがないわねぇ。ま、良いわよ!」
とはいえ、これは正当な評価だ。僕に演技力がないのが悪い。
アイドルを目指すと決めたからには、早急に改善が必要。
敗北感に苛まれながらも、僕はアンナに教えを請うた。
「
「そ、そう?」
「ちょっとコツを掴めば、人並みに出来ると思う」
レッスンが終わり、帰り際。
アンナは、機嫌良く僕に話しかけてきた。
「で、歌唱力はバカね。
「バカって……」
「小学校低学年クラスで、あんな歌声を披露するもんじゃないわ。悔しいけど発展クラスも納得」
前回ボーカルレッスンの帰りは、アンナの機嫌はとても悪かった。
僕がいきなり発展クラスに上がったのが、悔しかったらしい。
僕に一言も話さず、無言で帰っていった。
「でも演技はカスね。素人以下よ」
「そ、そこまで言う?」
「バランスが極端すぎて、逆に面白いわ」
それと対照的に、今日のアンナはご機嫌だ。
僕が大根役者だと分かってから、ニヤニヤとした笑顔が絶えない。
「ねぇ
「えっ? あ、えっと。僕は、そんなことはー!」
「くっ、くくく……。ほら、トレーナーに言われたことを思い出しなさい。照れが残ってるわよ!」
だが笑われても仕方ない。演技力不足は僕の課題だ。
アイドルという職業の性質上、テレビの前で常にキャラクターを演じる必要がある。
いかに歌が上手くても、演技が出来ないのはあまりに致命的。
だからだろうか。アンナは、鬼の首を取ったように僕をからかい続けた。
「
「え、えっと。それは……」
「
「あ、それはその通りかも。アンナの魅力は素晴らしいし、まだまだ輝くと思ってる」
「……その台詞は照れないで言えるのね」
実際、アンナが魅力的だという点に関しては疑いようがない。
将来プロデューサーになったら、彼女みたいな子をプロデュースしたい。
「からかい甲斐がないヤツね。まぁいいわ、一つ提案があるんだけど」
「提案? 何だろう」
「
そんな魅力的なアンナからの提案とは……。
家で一緒に練習しないかという、素敵なお誘いだった。
「え、いいの?」
「うん。
「ほ、本当? もちろん行く!」
アンナのママからお誘いということは……、つまり。
元大人気アイドル『フランソワ・アンネ』からの招待ということになる。
行かないわけがない。生でトップアイドルに会える
「
「分かった、母さんに伝えとく。ありがとうアンナ」
「気にしないで。私も、練習相手がいる方が捗るもの」
僕は何と幸せな子なんだろう。
出会って一週間で、アイドルの実家に呼んでもらえるとは思わなかった。
僕は前世でそこまでの徳を積んだ記憶はないんだけど。
「演技指導もしてあげるわ。次は、貴方から告白して貰おうかしら」
「う……今度は僕から告白?」
「そうよ。告白する側も出来なくちゃダメでしょ」
別れ際、アンナはご機嫌にウインクしながらそう言うと。
悪戯っぽくニヤりと笑って、
「素敵な口説き文句を考えておいてね、
そう言って、肩を叩いて立ち去った。
「……という感じだった」
『そうか、頑張ったなイオ』
その日の夜。
僕は電話で父さんに、一週間での出来事を話した。
『初日で発展クラスに編入された六歳児がいる、と俺にも報告が来た。正直、驚いたぞ』
「そ、そうなんだ」
『
「母さんに、ずっとカラオケ付き合って貰ったから」
いきなり僕が昇格したことは、プロデューサーの中でも話題になったらしい。
とんでもない才能が現れたと、噂して貰っているそうだ。
『フランソワ・アンネの娘のポテンシャルも、すごいと聞いた』
「うん、僕の目から見てもアンナは傑出していると思う」
『トレーナーも同じことを言っていたよ。お前とアンナが、今期の注目株だとさ』
そしてアンナも、父さんに報告が行くレベルの注目株らしい。
すぐに発展クラスに行くだろうと、トレーナーからお墨付きが出ているそうだ。
「それでね。明日、アンナの家に誘われたの」
『ほう、もうそんなに仲良くなったのか』
僕の目から見ても、彼女はアイドルとして完成度が高い。
今後も、彼女とのライバル関係は維持していきたい。
「フランソワ・アンネに会えるのが楽しみだ。父さんは会ったことある?」
『ああ、元担当だ。最近も、事務所で会ったぞ』
「え、そうだったんだ」
『
フランソワ・アンネは、父さんがプロデュースしたアイドルの一人らしい。
とても温厚な性格で、事務所でも好かれていたアイドルだそうだ。
というか父さん、有名アイドルが菓子折り持って挨拶にくる立場なのか。
『それで、どうだ。レッスンは、辛くないか』
「今のところは楽しいよ。アンナと出会えたことは大きな収穫だったし」
『なら良かった。そのまま励みなさい』
実際、まだレッスンは苦ではない。
むしろ当初の想定より手ぬるすぎて、肩透かしを食らった気分だ。
発展クラスに上がったら、キツくなるのかもしれないけど。
『無理をする必要はないからな。プロデューサーの経験になるからレッスンさせているだけだ』
「でも、父さん。僕、今はちゃんとアイドルを本気で目指そうと思う。その方がいい経験になりそうだし」
『そうか。なら、頑張ってみなさい』
「うん!」
将来、キツ過ぎてギブアップすることはあるかもしれない。
だけど根性が持つ限り、本気でアイドルを目指しておくべきだ。
「あ、そうだ。父さん、僕はどうやら演技が苦手らしくてね」
『演技が苦手? ほう、続けなさい』
「どうしても照れが入っちゃうんだ。何かいい練習方法、知らない?」
というわけで、直近の課題をチーフプロデューサーに相談してみる。
アンナ曰く、僕の歌とダンスは何とかなる。問題は大根演技だ。
演技が上手くなる自主練があるなら、教えてください。
『ふむ、娘がそういう方向で頼ってくれるのはうれしいな』
「知らなかったら良いんだけど。何か、いい方法はあるかな」
『ある。父さんを誰だと思ってるんだ』
父さんは電話越しに、自信満々にそう言った。
アイドル関係の悩みなら、何でも解決してくれそうな頼もしさだ。
『イオはミュージカルって知っているか』
「ミュージカルって、歌と劇を合わせたやつだよね」
『ああ、その通り。あれは
ミュージカルは、演技であり歌。
父さんのその言葉に、僕はハっと息を飲んだ。
『イオは歌に入り込む癖がある。恍惚として歌う姿は、とても可愛い』
「え、えっと……」
『演技も歌と同じだ、イオ。曲じゃなく、役柄に入り込んでみなさい』
確かに僕は歌う時、曲に入り込む。
そうか、あの感覚を演技に応用すれば─────
『イオのすべき練習は、ミュージカル動画を見て台詞を歌うことだ』
「お、おおぉ。台詞を、歌う……」
『それで曲に入り込むのと同じように、台詞に入り込めるようになるだろう』
確かにその方法なら、演技のコツが掴めそうだ。
さすがは父さん、一瞬で僕の悩みを解決してくれた。
『参考になったか?』
「うん、とっても。やっぱりプロデューサーって凄いんだね」
『舐めるな。こちとら、二十年以上アイドルの悩みと向き合ってきた男だぞ』
逆に言うと、プロデューサーになるならこれくらいできないといけないということ。
これは父さんの言う通り、アイドルになるより難しいかもしれない。
『ああ、そうだイオ。もう一つ、注意しておこう』
「忠告?」
『発展クラスに行くと、我が強い子が多くなるんだが』
父さんは思い出したように、僕にそんなことを言った。
まぁそれは、想定の範囲内だ。個性がないと、アイドルとして輝けないからな。
『時折、苛めや無視などのトラブルが報告される』
「……うん」
『俺も都度対応しているが、なかなか根絶は難しい』
それも、覚悟はしている。アイドルの虐めは過酷と相場が決まっているのだ。
ビンタをされたり、雑巾を投げつけられたり、陰湿ないじめを受けたり。
『だから
「……
『発展クラスで最も、とくにヤバい娘だ』
僕に、そんな忠告を言って聞かせた。
『彼女は、すさまじい才能がある子なんだが……』
「うん」
『ちょっと、素行面の問題が激しくてな』
聞けば
その実力は誰が見ても十分で、父さんもすぐデビューさせようと考えたようだが……。
『
「お、おお」
『注意しても『私は凄いから許される』と聞きやしない。今はもう、退学も検討している』
とまぁ、素行が悪すぎてアイドルをさせられないそうだ。
誰が言ったか、付けられた
『絡まれて何を言われても、喧嘩に乗るなよ』
「分かった。気を付ける」
『ま、お前はそういうタイプではないか』
父さんはそう言うと、電話越しにため息を吐いた。
『む、もうこんな時間か。悪いがもう切る』
「そっか」
『もっと話したいんだが、仕事が山積みでな……』
時計を見れば、もう夜の九時を回っていた。
こんな時間でも、まだ仕事が残っているらしい。
『イオの声が聞けて元気が出たよ』
「忙しいのに、電話してくれてありがとう」
忙しくて、父さんはしばらく帰ってこれないそうだ。
繁忙期だそうで、今から大きなイベントが目白押しらしい。
『休暇が取れたら、一緒に食事に行こう。おやすみ、イオ』
「うん、父さんもお仕事頑張ってね」
その言葉を最後に、父さんとの通話が途切れた。
スマートフォンから、ツーツーと通話音が響く。
「お話、終わったよ母さん。たくさん話せた」
「そう、良かったわね」
九時を過ぎたら寝る時間、それが今世のルーティン。
生まれ変わってから、夜になると眠くなって仕方がないのだ。
これも大人と、体の違いなんだろうか。
「それじゃあ僕、もう寝るね」
「う、うん。おやすみイオちゃん」
母さんにお休みの挨拶を済ませ、ベッドに行こうとしたら。
……なぜか母さんは、少し困った顔をしていた。
「どうしたの? 顔色悪いけど」
「その。アンナちゃんからのお誘い、ママも来てねって言ってたの?」
さっき、アンナに誘われたことを伝えてから、様子が変だ。
こんなに覇気のない母さんは見たことがない。
「うん。母さんも連れてくるようにって」
「あ、あはは~。そうか、そうよね~」
宣告を受けた死刑囚のような、死んだ魚のような目をしている。
……もしかして、都合が悪かったのだろうか。
「母さん? もしかして、フランソワ・アンネと何かあった?」
「うぅ……。で、でもイオちゃんが友達にお呼ばれしたんだもんね、行かなきゃだよね」
「母さ~ん?」
アンナの家に行くのが楽しみで仕方ない僕とは、対照的に。
母さんは一人、悶々と頭を抱えて苦しんでいた。