【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
「あ、来たわね」
翌朝、日曜日。
僕は母さんを連れて朝一番、アンナと待ち合わせている公園に向かった。
「
「おはよう、アンナ」
公園の入り口には、僕にブンブンと手を振るアンナがいた。
白銀のブロンド髪に映えるピンク色のワンピースが、とても可愛らしい。
「時間通りね」
「もちろん、君を待たせるわけにはいかないから」
「良い心がけよ」
僕はアンナと出合い頭に、手を挙げてタッチを交わす。
パシン、と小気味の良い音が立った。
「─────君が、
彼女の背後では、マスクとサングラスをかけたブロンドの美女が微笑んでいた。
すらりとした高身長。手入れの届いた、美しいブロンドヘア。
……現役時代と髪型が変わっているが、僕には分かる。
「おはようございます、
「ええ、おはよう。ただ名乗りは返さないでおく、ここだと目立つからね」
「存じています。本日はお招きありがとうございます、アンナのお母さん」
「フフ、お行儀が良い子だ」
間違いない。本物の、フランソワ・アンネがそこにいた。
美しさは現役時代そのまま、妖艶さを増して僕の前に君臨している。
変装していても、その圧倒的な存在感は隠せていない。
「それと
「……うん、久しぶり」
「えっ?」
そんな有名アイドルは、母さんを見てこう言った。
また会えて嬉しい、と。
「あれ、母さん。アンナの母さんと知り合いだったの?」
「う、うん。実はその、過去に、ね」
話しかけられた母さんは、明らかに挙動不審だった。
視線が左右に揺れて、モゴモゴと口を動かしている。
「
「う、うぅ」
ブロンドヘアの長身美女が、まっすぐ母さんを見つめる。
その視線には微かに、怒りが滲んでいた。
「ま、積もる話はあるけれど。まずは家に案内しようか」
「は、はい。よろしくお願いいたします」
「
「う、うん。行かせてもらいます……」
いつも圧の強い母さんが、まるで借りてきた猫の様だ。
アンネさんの迫力を前にタジタジである。
「あのぉ、アンネ?」
「どうした奏? あと、外では名前を出さないでくれる?」
やがて母さんは、蚊の鳴くような声で。
アンネさんに、静かに問いかけた。
「……やっぱり、まだ怒ってる?」
「ふふ、奏はどう思う?」
「ご、ごめんなさい!」
このやり取りで、僕は母さんとアンネさんの関係を何となく察した。
「ここが私の家だ」
「うわぁ……、立派」
公園から数分歩いた場所に、アンナの自宅はあった。
洋風でお洒落な彫刻が置かれた、庭にプールのついた一軒家だ。
目の眩む額がつきそうな豪邸だけど、フランソワ・アンネの収入なら買えたのだろう。
「いらっしゃい、
「お、お邪魔します。お招きいただき光栄です、アンネさん」
「気にしないで良いよ。私も、奏と話がしたかったんだ」
家に入ると、フランソワ・アンネはサングラスを外した。
動画で何度も見たトップアイドルが、その整った顔を現す。
本物は、やはりオーラが違うな。
「子供たちは、好きに過ごしてくれたまえ。
「あ、あははは……」
そんな元トップアイドルを前に、母さんが縋るような目で僕を見ている。
トップアイドルと二人きりになれるなんて、普通は大喜びだが。
「私たちは部屋に荷物置いて、練習しましょ」
「う、うん」
僕とアンナは約束通り、二人で自主レッスンをする運びになった。
母さんとアンネさんの関係も気になるけど、後で聞こう。
「ますはボーカルからでいいかしら? 防音室に向かいましょ」
「防音室なんてあるの?」
「そりゃ、音が漏れたら近所迷惑だしね」
聞けばアンナの家には、最新のレッスン機材が揃っているそうで。
シアタールームにトレーニングルーム、防音室まであるらしい。
凄い家だと舌を巻いていたら……
「ほう、イオ君の歌か。私も聞きたいな」
「あ、ママも来る?」
何とアンネさんが、僕の歌を聞きたいと言い出した。
母さんと話し合いをするんじゃなかったの?
「ぼ、僕の歌でアンネさんの耳を汚すわけには」
「畏まらなくていいさ。娘のライバルの実力を、確認したいだけだ」
「で、ではよろしくお願いいたします」
だけどこれは、元トップアイドルにボーカルを評価してもらうチャンスでもある。
緊張はするけど、頑張ってみるべきだ。
「何を自信なさげな顔してるのよ、もっと堂々としなさい」
「そ、そうは言っても」
「私のライバルでしょ。卑屈になられると迷惑だわ」
そうかもしれないけどフランソワ・アンネは、トップアイドルの一人なんだよ。
緊張するくらい許してくれ。アンナからしたら母親かもしれないけどさ。
「このやりとり、懐かしいね
「え、えへへへ。そうだね、懐かしいね?」
「昔の私と君を見ているみたいだ」
そんな僕らを見て、母さんとアンネさんは微笑んでいた。
どこか懐かしむように、頬に手を当てて。
「昔の母さんと、アンネさん?」
「ああ。奏とは昔、『
「ええっ!?」
そんな、爆弾発言を落としたのだった。
「……母さん? どういうこと?」
「え、え~っとぉ」
母さんが、フランソワ・アンネのライバルだった。
そんな話は、今まで聞いたことがない。
「
「そ、そうだったの? 母さん」
「ま、まぁね~。そんなに有名にはなれてないんだけどね」
ジトーっと、アンネさんが母さんを見つめる。
その視線には、非難が籠っていた。
「
「う、うん」
「過去を隠して、イオ君をアイドルにしようだなんて……」
「分かってる、分かってるって。アンネは正しいと思う」
母さんとアンネさんの過去に、何があったのか。
二人は、どんな関係だったのか。
その真実は─────
「でも子供に知られるのは、ちょっと格好が悪くってさ」
「……
「アイドルやるのが
母さんは、アイドルから逃げ出したのだ。
『なかなかやるじゃない、フランソワ・アンネ』
二人が出会ったのは、十八年前にさかのぼる。
当時十五歳だった母さんは、フランソワ・アンネに向かってこう言った。
『気に入ったわ。今日から貴女を……』
凛として燃える覇気。
無性に人を惹き付ける、天性の美貌。
『私の
フランソワ・アンネは芸能事務所『
『違うわ、アンネ。もっと、歌に入り込むの』
『こ、こうかい?』
『違うわ。何よそのへっぴり腰、それでも私のライバルなの?』
スクールに入学した当時から、
誰もが一目で、彼女を見てモノが違うと理解した。
『こうやって歌うのよ! ラ~ラ~』
『……か、奏は凄いね』
常人を卓越した、異常なまでの歌唱力。
音程を外さず、感情だけをいっぱいに乗せ、曲の魅力を引き出せた。
『クルってして、ターン! ここで腰を止める!』
『ぐ、キツいよコレ』
『でもこうした方が見栄えいいでしょ』
ダンスのキレは精密機械。
決められた通りに動くんじゃなく、『いかに魅せるか』まで計算して踊れた。
『おお、ジュリエット! どうしてあなたはジュリエットにゃの!?』
『奏、最後ちょっと嚙んでない?』
『噛んでにゃい』
演技力は
しかし躓きはしたものの、たゆまぬ努力で一流の演技力を習得できた。
そしてスクール入学から二年経ったその日、
『
二人は同時に、面談室に呼び出されて。
顔を見合わせて部屋に向かうと、
『君たちに、俺のプロデュースするユニットに入ってもらいたいと思ってる』
『そ、それはつまり』
『おめでとう。受けて貰えるならデビューだ』
『受けます! ぜひ、お願いします』
二人は
断る理由は、どこにもなかった。
『持ち歌も用意しよう。作曲家のスケジュールは確保してある』
『ありがとうございます!』
『半年後の「アイドル発掘☆歌番組」で、地上波デビューだ。忙しくなるぞ』
『いきなりTVですか!? 出られるんですか!?』
すでに持ち歌を依頼し、地上波の番組出演まで取ってきていた。
『ユニットは、私とアンネだけで組むんですか』
『いや、三人組だ。もう一人、
『どんな人でしょうか』
『
この二人と組むのは
アンネも名前を聞いたことがある、これまたビッグネームだった。
『そんな凄いメンバーで、ユニットを?』
『ああ。間違いなく当たるだろう』
アイドルデビューは
それも世代で最高峰のアイドル三人で組む、ヒットが約束されたユニットだ。
血の滲むような努力が実を結んだと、アンネは感涙に咽んだ。
『アンネ君には申し訳ないが、センターは
『いえ、当然です。私も
『ありがとう』
残念ながら、一番目立つセンターは
だけどアンネは、それでも良かった。
『これから頑張らないとね、
『そう、だね。アンネ』
むしろ、
これからもずっと、
しかし、不思議なことに……。
『頑張らないと、ね』
デビューが決まった時、
『ウチが
『よろしく、
その実力派ユニットは、無事に結成された。
関西から来た
『さて、アン・ドゥー! アン・ドゥー!』
『アン・ドゥー! アン・ドゥー!』
それから半年間。三人は事務所の支援を受けて、レッスンを重ねた。
営業の仕事も回してもらい、各地でファンも作り始めた。
それは今まで以上に過酷で、厳しい日々だった。
『もうへばったのか! もう立てないか!』
『いえ、もう一本お願いします!』
だけどフランソワ・アンネは、幸せいっぱいだった。
体力が尽きるまで働き、泥のように眠る日々。
だけど指折り数えて、笑顔でデビューの日を待った。
『いいぞ、フランソワ・アンネ。歌声が乗ってきている!』
『ありがとうございます!』
自分がテレビに出られる。
素晴らしい親友と共に、世界に羽ばたける。
幼いころから追い続けてきた夢が、とうとう現実になるのだ。
そんな夢の実現を前に、無我夢中で走り続けた。
『は?
しかし、残念なことに。
アンネの夢が、叶うことはなかった。
『おかしいやん、何でセンターが病気くらいで休むんや』
『とは言われても、動けなくなったと連絡が来まして。後で様子を見に行きます』
『確かにおかしいね。
待ちに待ったデビュー本番、収録の日。
『どうすんねん! ウチら、三人組の振付しか練習してないけど』
『……辞退する、とか?』
『アホか。これ逃したらテレビの出演機会、何年後になることか』
センターを欠いた状態での、テレビ出演。
しかし、放送枠に穴をあけることはできない。
『仕方ない、二人で出るで。振付、ちょっと弄るか』
『え、今から!?』
『そうするしかないやろ!』
結局アンネは、
三人組の振り付けを、本番前の二時間で急遽二人用に変更した。
『はぁ、信じられへん』
しかし当然ながら、二人の歌を聞いた視聴者の反応は散々なものだった。
完成度が低い、ミスが多い、動きが合ってない。センターの穴を無理やり埋めたので、当然である。
『すみません、
『ごめんやけど、謝ってもらわんでいいプロデューサー』
このテレビ出演の後。
『新人にいきなりゴールデンの番組持ってきたんは凄いけど、もうちょい段階踏んだ方が良かったんちゃうか。新人には荷が重すぎたんや』
『……はい』
『そもそも
『……それは』
『それで案の定、ウチのデビューにケチついた。悪いけど、こんな事務所とやっていかれへん』
彼女は、
関西校ナンバーワンの自負があった彼女は、最後まで
それを必死で宥め、諭していたのは
しかしセンターを譲ったヤツは本番をドタキャンし、迷惑をこうむった。
『別の事務所行きます。実は、誘い貰ってるんで』
『そこを、そこを何とか。もう一回、ウチでやってくれませんか』
『いやや。じゃ、またどこかで』
彼女の不満は、推し量るべくもない。
この一件で、
『奏が……帰ってこない?』
フランソワ・アンネの不幸は、まだ終わらない。
『ああ。
『そんな、そんなバカな!』
驚いたアンネは
『どうして、どうして!!』
大切な親友。頼れる仲間。アイドルとしてのプロデビュー。
フランソワ・アンネは、夢を実現する目前で全てを失った。
『あの、
『フランソワ・アンネ。君は……。君も、事務所を変えたいと思うか』
『……いや』
絶望に打ちひしがれたアンネは、へたり込んだ。
失ったものが大きすぎて、呆然とするしかなかったのだ。
『こうなったのは俺の責任だ。俺が未熟で、考えなしだったから』
『
『俺が才能ばかりを見て、人に寄り添ってこなかったから……!!』
独りぼっちになったアンネの前で、
後悔と絶望で、歯を食いしばって泣いていた。
『俺にはもう、君しか残っていない。せめて君の努力には報いたい……』
『プロデューサーは、私を捨てないの?』
『そんなこと、するはずがない……! もう一度だけ、俺を信じてくれないか』
自分は
だから、全てを諦めかけた。
『私はまだ、プロデューサーを信じていいんだね?』
『アンネ……』
しかし、プロデューサーは必死にアンネを食い止めた。
どうかもう一度チャンスをくれと、許しを請うような懇願だった。
『もし。あと一回だけ、君が俺を信じてくれるなら』
しかし
その瞳を見据え、真っすぐに気持ちをぶつけた。
『君だけを輝かせてみせる。どこの誰よりも』
『……』
『
フランソワ・アンネは、その陳腐な言葉で立ち直った訳ではない。
ただ、プロデューサーに見捨てられていない事実に安堵した。
『あの、プロデューサー』
『何だ』
『私は、奏より輝きたいなんて思っていません』
フランソワ・アンネは
彼女が、殻吹プロデューサーを信頼していたのもある。
『だけど、もしですよ? 奏がアイドルに復帰した、その時は』
『……ああ』
アンネはTVの仕事を貰った事も、
何故なら彼女は、きっとこの世界の誰よりも、
『奏と二人ユニットで、プロデュースしてくれませんか?』
『……分かった』
いつかきっと、芸能界に戻ってきてくれると信じたのだ。
『次こそは、二人で』
─────しかし、
親友とユニットを組むという、アンネの願いも叶うことはなかった。