【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが   作:あいどりゅ

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エピソード13「アンネの回想」

 

「あ、来たわね」

 

 翌朝、日曜日。

 

 僕は母さんを連れて朝一番、アンナと待ち合わせている公園に向かった。

 

「歌沖(かおき)~! こっちこっち!」

「おはよう、アンナ」

 

 公園の入り口には、僕にブンブンと手を振るアンナがいた。

 

 白銀のブロンド髪に映えるピンク色のワンピースが、とても可愛らしい。

 

「時間通りね」

「もちろん、君を待たせるわけにはいかないから」

「良い心がけよ」

 

 僕はアンナと出合い頭に、手を挙げてタッチを交わす。

 

 パシン、と小気味の良い音が立った。

 

「─────君が、歌沖(かおき)クンかしら?」

 

 彼女の背後では、マスクとサングラスをかけたブロンドの美女が微笑んでいた。

 

 すらりとした高身長。手入れの届いた、美しいブロンドヘア。

 

 ……現役時代と髪型が変わっているが、僕には分かる。

 

「おはようございます、歌沖(かおき)イオです」

「ええ、おはよう。ただ名乗りは返さないでおく、ここだと目立つからね」

「存じています。本日はお招きありがとうございます、アンナのお母さん」

「フフ、お行儀が良い子だ」

 

 間違いない。本物の、フランソワ・アンネがそこにいた。

 

 美しさは現役時代そのまま、妖艶さを増して僕の前に君臨している。

 

 変装していても、その圧倒的な存在感は隠せていない。

 

「それと奏(かなで)。また会えて嬉しいよ」

「……うん、久しぶり」

「えっ?」

 

 そんな有名アイドルは、母さんを見てこう言った。

 

 また会えて嬉しい、と。

 

「あれ、母さん。アンナの母さんと知り合いだったの?」

「う、うん。実はその、過去に、ね」

 

 話しかけられた母さんは、明らかに挙動不審だった。

 

 視線が左右に揺れて、モゴモゴと口を動かしている。

 

「奏(かなで)。まさか、イオ君に何も話していないのかい」

「う、うぅ」

 

 ブロンドヘアの長身美女が、まっすぐ母さんを見つめる。

 

 その視線には微かに、怒りが滲んでいた。

 

「ま、積もる話はあるけれど。まずは家に案内しようか」

「は、はい。よろしくお願いいたします」

「奏(かなで)も、来るよね?」

「う、うん。行かせてもらいます……」

 

 いつも圧の強い母さんが、まるで借りてきた猫の様だ。

 

 アンネさんの迫力を前にタジタジである。

 

「あのぉ、アンネ?」

「どうした奏? あと、外では名前を出さないでくれる?」

 

 やがて母さんは、蚊の鳴くような声で。

 

 アンネさんに、静かに問いかけた。

 

「……やっぱり、まだ怒ってる?」

「ふふ、奏はどう思う?」

「ご、ごめんなさい!」

 

 このやり取りで、僕は母さんとアンネさんの関係を何となく察した。

 

 

 

 

 

「ここが私の家だ」

「うわぁ……、立派」

 

 公園から数分歩いた場所に、アンナの自宅はあった。

 

 洋風でお洒落な彫刻が置かれた、庭にプールのついた一軒家だ。

 

 目の眩む額がつきそうな豪邸だけど、フランソワ・アンネの収入なら買えたのだろう。

 

「いらっしゃい、奏(かなで)にイオ君。歓迎するよ」

「お、お邪魔します。お招きいただき光栄です、アンネさん」

「気にしないで良いよ。私も、奏と話がしたかったんだ」

 

 家に入ると、フランソワ・アンネはサングラスを外した。

 

 動画で何度も見たトップアイドルが、その整った顔を現す。

 

 本物は、やはりオーラが違うな。

 

「子供たちは、好きに過ごしてくれたまえ。奏(かなで)、奥でゆっくり話そう」

「あ、あははは……」

 

 そんな元トップアイドルを前に、母さんが縋るような目で僕を見ている。

 

 トップアイドルと二人きりになれるなんて、普通は大喜びだが。

 

「私たちは部屋に荷物置いて、練習しましょ」

「う、うん」

 

 僕とアンナは約束通り、二人で自主レッスンをする運びになった。

 

 母さんとアンネさんの関係も気になるけど、後で聞こう。

 

「まずはボーカルからでいいかしら? 防音室に向かいましょ」

「防音室なんてあるの?」

「そりゃ、音が漏れたら近所迷惑だしね」

 

 聞けばアンナの家には、最新のレッスン機材が揃っているそうで。

 

 シアタールームにトレーニングルーム、防音室まであるらしい。

 

 凄い家だと舌を巻いていたら……

 

「ほう、イオ君の歌か。私も聞きたいな」

「あ、ママも来る?」

 

 何とアンネさんが、僕の歌を聞きたいと言い出した。 

 

 母さんと話し合いをするんじゃなかったの?

 

「ぼ、僕の歌でアンネさんの耳を汚すわけには」

「畏まらなくていいさ。娘のライバルの実力を、確認したいだけだ」

「で、ではよろしくお願いいたします」

 

 だけどこれは、元トップアイドルにボーカルを評価してもらうチャンスでもある。

 

 緊張はするけど、頑張ってみるべきだ。

 

「何を自信なさげな顔してるのよ、もっと堂々としなさい」

「そ、そうは言っても」

「私のライバルでしょ。卑屈になられると迷惑だわ」

 

 そうかもしれないけどフランソワ・アンネは、トップアイドルの一人なんだよ。

 

 緊張するくらい許してくれ。アンナからしたら母親かもしれないけどさ。

 

「このやりとり、懐かしいね奏(かなで)」

「え、えへへへ。そうだね、懐かしいね?」

「昔の私と君を見ているみたいだ」

 

 そんな僕らを見て、母さんとアンネさんは微笑んでいた。

 

 どこか懐かしむように、頬に手を当てて。

 

「昔の母さんと、アンネさん?」

「ああ。奏とは昔、『親友(ライバル)』だったんだ」

「ええっ!?」

 

 そんな、爆弾発言を落としたのだった。

 

 

「……母さん? どういうこと?」

「え、え~っとぉ」

 

 母さんが、フランソワ・アンネのライバルだった。

 

 そんな話は、今まで聞いたことがない。

 

「歌沖(かおき)奏(かなで)と私は、アイドル候補生の頃から切磋琢磨したもんさ」

「そ、そうだったの? 母さん」

「ま、まぁね~。そんなに有名にはなれてないんだけどね」

 

 ジトーっと、アンネさんが母さんを見つめる。

 

 その視線には、非難が籠っていた。

 

「奏(かなで)。余計なお世話かもしれないけど」

「う、うん」

「過去を隠して、イオ君をアイドルにしようだなんて……」

「分かってる、分かってるって。アンネは正しいと思う」

 

 母さんとアンネさんの過去に、何があったのか。

 

 二人は、どんな関係だったのか。

 

 その真実は─────

 

「でも子供に知られるのは、ちょっと格好が悪くってさ」

「……奏(かなで)」

「アイドルやるのが辛く(・・)なっ(・・)て逃(・・)げた(・・)だなんて」

 

 母さんは、アイドルから逃げ出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『なかなかやるじゃない、フランソワ・アンネ』

 

 二人が出会ったのは、十八年前にさかのぼる。

 

 当時十五歳だった母さんは、フランソワ・アンネに向かってこう言った。

 

『気に入ったわ。今日から貴女を……』

 

 凛として燃える覇気。

 

 無性に人を惹き付ける、天性の美貌。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)は、間違いなく誰よりもアイドルだった。

 

『私の親友(ライバル)にしてあげる』

 

 フランソワ・アンネは芸能事務所『Carol(キャロル)』のアイドル養成スクールで。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)に、ライバルと認められた。

 

 

 

『違うわ、アンネ。もっと、歌に入り込むの』

『こ、こうかい?』

『違うわ。何よそのへっぴり腰、それでも私のライバルなの?』

 

 スクールに入学した当時から、歌沖(かおき)奏(かなで)の存在は浮いていた。

 

 誰もが一目で、彼女を見てモノが違うと理解した。

 

『こうやって歌うのよ! ラ~ラ~』

『……か、奏は凄いね』

 

 常人を卓越した、異常なまでの歌唱力。

 

 音程を外さず、感情だけをいっぱいに乗せ、曲の魅力を引き出せた。

 

『クルってして、ターン! ここで腰を止める!』

『ぐ、キツいよコレ』

『でもこうした方が見栄えいいでしょ』

 

 ダンスのキレは精密機械。

 

 決められた通りに動くんじゃなく、『いかに魅せるか』まで計算して踊れた。

 

『おお、ジュリエット! どうしてあなたはジュリエットにゃの!?』

『奏、最後ちょっと嚙んでない?』

『噛んでにゃい』

 

 演技力は歌沖(かおき)奏(かなで)の唯一の弱点。

 

 しかし躓きはしたものの、たゆまぬ努力で一流の演技力を習得できた。

 

 そしてスクール入学から二年経ったその日、

 

『歌沖(かおき)奏(かなで)、フランソワ・アンネ。面談室に来てくれ』

 

 二人は同時に、面談室に呼び出されて。 

 

 顔を見合わせて部屋に向かうと、

 

『君たちに、俺のプロデュースするユニットに入ってもらいたいと思ってる』

『そ、それはつまり』

『おめでとう。受けて貰えるならデビューだ』

『受けます! ぜひ、お願いします』

 

 二人は殻吹(からぶき)照玄(しょうげん)から、プロデュースを打診された。

 

 殻吹(からぶき)は何人もトップアイドルを手掛け、実力は折り紙付き。

 

 断る理由は、どこにもなかった。

 

『持ち歌も用意しよう。作曲家のスケジュールは確保してある』

『ありがとうございます!』

『半年後の「アイドル発掘☆歌番組」で、地上波デビューだ。忙しくなるぞ』

『いきなりTVですか!? 出られるんですか!?』

 

 殻吹(からぶき)はこの二人が、売れると確信していたらしい。

 

 すでに持ち歌を依頼し、地上波の番組出演まで取ってきていた。

 

『ユニットは、私とアンネだけで組むんですか』

『いや、三人組だ。もう一人、Carol(キャロル)関西校から実力派を呼んでいる』

『どんな人でしょうか』

『桶狭間(おけはざま)葵(あおい)、昨年の高校生ダンスコンテストの覇者だ。踊りはさることながら、トークも抜群に上手く、バラエティ適性も高い。君たちともすぐ仲良くなる』

 

 この二人と組むのはCarol(キャロル)関西校で最優秀と名高い、実力派アイドル候補生桶狭間(おけはざま)葵(あおい)。

 

 アンネも名前を聞いたことがある、これまたビッグネームだった。

 

『そんな凄いメンバーで、ユニットを?』

『ああ。間違いなく当たるだろう』

 

 アイドルデビューは歌沖(かおき)奏(かなで)にとっても、フランソワ・アンネにとっても悲願。

 

 それも世代で最高峰のアイドル三人で組む、ヒットが約束されたユニットだ。

 

 血の滲むような努力が実を結んだと、アンネは感涙に咽んだ。

 

『アンネ君には申し訳ないが、センターは歌沖(かおき)奏(かなで)で行きたい』

『いえ、当然です。私も奏(かなで)がセンターで良いと思います』

『ありがとう』

 

 残念ながら、一番目立つセンターは歌沖(かおき)奏(かなで)の役目だった。

 

 だけどアンネは、それでも良かった。

 

『これから頑張らないとね、奏(かなで)』

『そう、だね。アンネ』

 

 むしろ、親友(ライバル)と一緒にデビューできることがうれしかった。

 

 これからもずっと、歌沖(かおき)奏(かなで)と親友でいられるのだと信じていた。

 

 しかし、不思議なことに……。

 

『頑張らないと、ね』

 

 デビューが決まった時、歌沖(かおき)奏(かなで)の顔は曇っていた。

 

 

 

 

『ウチが桶狭間(おけはざま)葵(あおい)。よろしく』

『よろしく、葵(あおい)ちゃん』

 

 その実力派ユニットは、無事に結成された。

 

 関西から来た桶狭間(おけはざま)葵(あおい)の実力は確かで、ダンスのキレは歌沖(かおき)奏(かなで)以上だった。

 

『さて、アン・ドゥー! アン・ドゥー!』

『アン・ドゥー! アン・ドゥー!』

 

 それから半年間。三人は事務所の支援を受けて、レッスンを重ねた。

 

 営業の仕事も回してもらい、各地でファンも作り始めた。

 

 それは今まで以上に過酷で、厳しい日々だった。

 

『もうへばったのか! もう立てないか!』

『いえ、もう一本お願いします!』

 

 だけどフランソワ・アンネは、幸せいっぱいだった。

 

 体力が尽きるまで働き、泥のように眠る日々。

 

 だけど指折り数えて、笑顔でデビューの日を待った。

 

『いいぞ、フランソワ・アンネ。歌声が乗ってきている!』

『ありがとうございます!』

 

 自分がテレビに出られる。

 

 素晴らしい親友と共に、世界に羽ばたける。

 

 幼いころから追い続けてきた夢が、とうとう現実になるのだ。

 

 そんな夢の実現を前に、無我夢中で走り続けた。

 

 

 

 

『は? 歌沖(かおき)奏(かなで)が病欠?』

 

 しかし、残念なことに。

 

 アンネの夢が、叶うことはなかった。

 

『おかしいやん、何でセンターが病気くらいで休むんや』

『とは言われても、動けなくなったと連絡が来まして。後で様子を見に行きます』

『確かにおかしいね。奏(かなで)なら四十度の熱が出ても、這ってここに来そうなのに』

 

 待ちに待ったデビュー本番、収録の日。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)が現れず、病欠の連絡が入った。

 

『どうすんねん! ウチら、三人組の振付しか練習してないけど』

『……辞退する、とか?』

『アホか。これ逃したらテレビの出演機会、何年後になることか』

 

 センターを欠いた状態での、テレビ出演。

 

 しかし、放送枠に穴をあけることはできない。

 

『仕方ない、二人で出るで。振付、ちょっと弄るか』

『え、今から!?』

『そうするしかないやろ!』

 

 結局アンネは、桶狭間(おけはざま)葵(あおい)と二人で収録に臨んだ。

 

 三人組の振り付けを、本番前の二時間で急遽二人用に変更した。

 

『はぁ、信じられへん』

 

 しかし当然ながら、二人の歌を聞いた視聴者の反応は散々なものだった。

 

 完成度が低い、ミスが多い、動きが合ってない。センターの穴を無理やり埋めたので、当然である。

 

『すみません、桶狭間(おけはざま)さん。こちらの不手際で』

『ごめんやけど、謝ってもらわんでいいプロデューサー』

 

 このテレビ出演の後。

 

 桶狭間(おけはざま)葵(あおい)は、殻吹(からぶき)照玄(しょうげん)への不満を爆発させた。

 

『新人にいきなりゴールデンの番組持ってきたんは凄いけど、もうちょい段階踏んだ方が良かったんちゃうか。新人には荷が重すぎたんや』

『……はい』

『そもそも歌沖(かおき)なんかにセンターやらしたのが間違いやろ。アイツにそんな器はない、ウチがセンターでよかった』

『……それは』

『それで案の定、ウチのデビューにケチついた。悪いけど、こんな事務所とやっていかれへん』

 

 彼女は、歌沖(かおき)奏(かなで)にセンターを譲ったのも不満だった。

 

 関西校ナンバーワンの自負があった彼女は、最後まで歌沖(かおき)奏(かなで)に食い下がった。

 

 それを必死で宥め、諭していたのは殻吹(からぶき)プロデューサー。

 

 しかしセンターを譲ったヤツは本番をドタキャンし、迷惑をこうむった。

 

『別の事務所行きます。実は、誘い貰ってるんで』

『そこを、そこを何とか。もう一回、ウチでやってくれませんか』

『いやや。じゃ、またどこかで』

 

 彼女の不満は、推し量るべくもない。

 

 この一件で、桶狭間(おけはざま)葵(あおい)は芸能事務所Carol(キャロル)を離れてしまった。

 

『奏が……帰ってこない?』

 

 フランソワ・アンネの不幸は、まだ終わらない。

 

 桶狭間(おけはざま)葵(あおい)が事務所を辞めた、その翌週のことである。

 

『ああ。歌沖(かおき)奏(かなで)は、このまま引退すると』

『そんな、そんなバカな!』

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)から、正式に『引退する』と連絡が来たのだ。

 

 驚いたアンネは歌沖(かおき)奏(かなで)にメッセージを送ったが、既読すらつかなかった。

 

『どうして、どうして!!』

 

 大切な親友。頼れる仲間。アイドルとしてのプロデビュー。

 

 フランソワ・アンネは、夢を実現する目前で全てを失った。

 

『あの、殻吹(からぶき)プロデューサー』

『フランソワ・アンネ。君は……。君も、事務所を変えたいと思うか』

『……いや』

 

 絶望に打ちひしがれたアンネは、へたり込んだ。

 

 失ったものが大きすぎて、呆然とするしかなかったのだ。

 

『こうなったのは俺の責任だ。俺が未熟で、考えなしだったから』

『殻吹(からぶき)プロデューサー……』

『俺が才能ばかりを見て、人に寄り添ってこなかったから……!!』

 

 独りぼっちになったアンネの前で、殻吹(からぶき)は泣いていた。

 

 後悔と絶望で、歯を食いしばって泣いていた。

 

『俺にはもう、君しか残っていない。せめて君の努力には報いたい……』

『プロデューサーは、私を捨てないの?』

『そんなこと、するはずがない……! もう一度だけ、俺を信じてくれないか』

 

 自分は歌沖(かおき)奏(かなで)の添え物だ。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)、桶狭間(おけはざま)葵(あおい)には劣るアイドル。

 

 だから、全てを諦めかけた。

 

『私はまだ、プロデューサーを信じていいんだね?』

『アンネ……』

 

 しかし、プロデューサーは必死にアンネを食い止めた。

 

 どうかもう一度チャンスをくれと、許しを請うような懇願だった。

 

『もし。あと一回だけ、君が俺を信じてくれるなら』

 

 しかし殻吹(からぶき)は、そんなアンネの手を握った。

 

 その瞳を見据え、真っすぐに気持ちをぶつけた。

 

『君だけを輝かせてみせる。どこの誰よりも』

『……』

『歌沖(かおき)奏(かなで)よりも』

 

 フランソワ・アンネは、その陳腐な言葉で立ち直った訳ではない。

 

 ただ、プロデューサーに見捨てられていない事実に安堵した。

 

『あの、プロデューサー』

『何だ』

『私は、奏より輝きたいなんて思っていません』

 

 フランソワ・アンネはCarol(キャロル)に残る決断をした。

 

 彼女が、殻吹プロデューサーを信頼していたのもある。

 

『だけど、もしですよ? 奏がアイドルに復帰した、その時は』

『……ああ』

 

 アンネはTVの仕事を貰った事も、歌沖(かおき)奏(かなで)をセンターにしたことも、不満に感じていなかった。

 

 何故なら彼女は、きっとこの世界の誰よりも、

 

『奏と二人ユニットで、プロデュースしてくれませんか?』

『……分かった』

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)に魅了され、脳を焼かれていたから。

 

 いつかきっと、芸能界に戻ってきてくれると信じたのだ。

 

『次こそは、二人で』

 

 ─────しかし、歌沖(かおき)奏(かなで)は、二度と事務所に復帰せず。

 

 親友とユニットを組むという、アンネの願いも叶うことはなかった。

 

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