【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
「
「……そんな、過去が」
母さんが、元アイドル候補生だったことは聞いていた。
フランソワ・アンネが、当初ユニットでデビューしたことも知っていた。
しかし母さんがフランソワ・アンネを差しおいて、センターだったことは聞いてない。
「私に合わせる顔がなかったのは分かる。だけど、立ち直ったなら連絡して欲しかったな」
「ごめん、本当に……」
「もう二度と、奏に会えないと思っていた」
アンネさんと
自分のデビューを台無しにされて、謝りにも来なかったんだから。
「なのにある日、動画巡りしてたらオススメに見覚えのある顔が出てきたワケ」
「……」
「いやまさか、と思って開いてみたら
そんなブツ切りのような別れ方をした、かつての親友が。
笑顔でMVに出てきたときは、さすがのアンネも動揺したそうだ。
「あのMV、どういうつもりだったの?」
「あ、あれはその、深い事情が」
思い出の彼方で消え去ろうとしてたかつての親友の姿。
その現在の姿を唐突に、動画として見せられたわけである。
「休日の
「ごめん。本当ごめん」
……そりゃあ怒る。誰だって怒る。
申し開きもないのか、母さんはペコペコと頭を下げ続けた。
「しかも君の子供が、
「あー、それは」
「そして母親譲りの歌唱力で、いきなり発展クラスだって?」
アンネさんはそう言うと、僕の方を見た。
その視線に宿るのは、優しさと不安。
「つまりイオ君は、アイドルの才能があるんだろう」
「そ、それはまだ、分からないですけど」
「だからこそ『
アンネさんはそう言って、僕の頭を撫でた。
その撫で方は母さんとはまた違う、優しく包み込むような手つき。
「そのうえで、アイドルを続けるかどうか決めなさい」
「アンネさん?」
「そしてもし辛くなったら、ウチに逃げ込んできなさい」
その言葉に嘘はない。彼女は、心の底から僕を心配している。
それで僕は、アンネさんの人柄を悟った。
「イオ君を呼んだ理由は、これを伝えたかったからさ」
「……ありがとうございます」
アンネさんはあれだけ迷惑をかけた、母さんの息子にそんなことを言える人。
TVで見たままの、心優しい
「でも、僕は無理なんかしてません」
「そうか」
「父さんにも母さんにも、辛くなったらいつでもやめろと言って貰ってます」
夢を追い続け、その重圧に押しつぶされた母さんの過去。
だから父さんも母さんも、僕に夢を無理強いしなかった。
「君の父親は、殻吹さんだったね。彼なら、同じミスは繰り返さないか」
「母さんと父さんの関係も知ってるんですね」
「ああ、それもだいぶ前に聞いた」
アンネさんはそう言うと、小さくため息を吐いて。
母さんを指で、クイクイと呼び寄せた。
「その話もしとこうか、奏。ここから先は部屋で話そう」
「う、うん。あ、それも怒ってる?」
「アンナとイオ君は、防音室でウォームアップしてて」
「あ、はい。分かりました」
ここから先は、大人同士の話らしい。
母さんは処刑台に登る死刑囚のような面持ちで、アンネさんについていった。
「アンナは、この話を知ってたの?」
「勿論、ママから貴方の母さんの話をよくされたわ。だから、ライバル宣言しようとしたの」
「そりゃ納得だ」
なるほど、アンナは動画で母さんのことを知ったんじゃなかった。
アンネさんから、
「こんな重たい過去は、聞いてなかったけど」
「……だよね」
アンナはそう言うと、私室に消えた大人二人を指さした。
そして、何か決意した顔になって言葉を続けた。
「よし、決めた。イオ、あんた弱音は私に吐きなさい」
「アンナ?」
フン、と大きな鼻息。
アンナは自信満々に、僕を指さしてそう言った。
「私が受け止めてあげるって言ってんの。私の方がお姉さんだしね」
「……じゃあ、アンナこそ。弱気になったら、僕に言ってね」
「そーね。ま、私は大丈夫と思うけど」
やはりアンナも、母親アンネさんに似て実に心優しい。
あれだけのことをした母さんとその子供に、そんなことが言えるのは聖人だ。
「じゃ、ママが来る前にウォームアップしておきましょ」
「ああ、分かった」
スクールに入学して早々、僕は素晴らしい友人を得た。
僕の手を引いて歩くアンナを見て、改めてそう感じた。
「─────悪いとは思ったけど。
子供を部屋の外に置いて、親友同士が向かい合って座る。
アンネはワインボトルを取り出し、
「あの時、どうして君がスタジオに来れなかったのか」
「……聞いちゃったんだ?」
「ごめん」
洒落たグラスに、高品質のワインがゆっくり注がれる。
「殻吹プロデューサー、言ってた。あの日ほど、背筋が凍ったことはないって」
「でしょうね」
アンネと
これが親友二人が交わした、人生で最初の乾杯であった。
「実は、奏が辛そうにレッスンしてたことに気づいてた」
「アンネ?」
「周囲の期待に応えるのが、重圧になったんだろ?」
チビリ、とワインに口をつける。
心地よい渋みが、舌に響いた。
「なら、言って欲しかったな。親友の私に」
「……うん」
「あんなことに、なる前に」
十五年前、
実は、その時には何もかもが壊れていた。
その連絡を受けた
『あのさ、男が女子寮に入るのは……』
『
詳しい状況を知らせるよう、連絡を送ったが既読が付かない。
心配になった殻吹は、寮長と
『
『寝てるだけじゃないの?』
『それに
そんな彼女が動けないなんて、相当なことがあったに違いない。
よほどの重病か、はたまた事故か。
『もしもーし』
『……』
何か、不味いことが起きている。
そんな言い知れぬ不安を抱え、殻吹プロデューサーは彼女の部屋の前に立った。
『……だめだね、呼び鈴を鳴らしても反応がない』
『
彼が部屋の外から声をかけたその時、わずかな振動音が響いた。
続いて、か細く詰まるような悲鳴が響く。カランコロン、と何かが転がる金属音。
その音を、殻吹は聞き逃さなかった。
『けど、物音がしたね。
『─────開けて下さい、鍵を』
『え、いや。これ、本人が出たくないってことじゃないかい』
『今すぐ鍵を開けてください!! 合鍵で、早く!』
それは、直感だった。
致命的な何かが、零れ落ちたという直感。
『え、いやそう言うわけには』
『いいから、寄越せっ!!』
『あ、こら!!』
殻吹は寮長から、強引にマスターキーを奪う。
そして、アイドル
『なんてことを、こりゃ、犯罪だよ!』
『……あ、あ、ぁ』
部屋の中を確認した、殻吹は絶句して。
その場でガタンと、膝をつく。
『一人暮らしの女の部屋を開けるもんじゃ─────』
真っ暗な部屋に、ドアから太陽光が差し込んだ。
玄関には生ごみとチラシが混ざり、バッサリと抜けた長髪が散乱している。
部屋一面にひっかき傷があり、爪が剥がれたのかところどころ血が滲んででいる。
腐った卵のような刺激臭が、ツンと殻吹の鼻孔を突いた。
『……はやく』
刺激臭の正体は吐物。ところどころ、生臭い吐物が散乱している。
部屋にはゴミと衣類がごっちゃになり、無造作に放り捨てられている。
布団らしきものはズタズタに切り裂かれ、黒ずんだ綿が零れていた。
そして部屋の中央には、木椅子が倒れていて……。
『早く、救急車を!! 早くっ!!!』
『あ、ああ、分かったっ!』
─────ぷらん、ぷらんと。
首を吊った
『首を吊ってから、救助が早かったのが幸いでした』
すぐさま、彼女は近くの救急病院に搬送された。
『一命はとりとめています、後遺症もないでしょう』
『それは、良かった……』
『ですが、先ほどから一言も話しません。意識はあるようなのですが』
肌は傷だらけ、目は窪み、唇は渇いている。
どうやら、数日ほど何も食べていなかったらしい。
『
『分かり、ました』
彼女をここまで追い詰めた原因は、なんなのか。
練習量は適切だったはずだ。本番前は、むしろ猶予を持たせていた。
対人関係も、大きな問題はなかったはず。
アンネとの関係は良好で、トラブルの報告は上がっていない。
どうすれば、この事態を防げたんだ?
殻吹はそう、ずっと自問自答していた。
『プロデューサー! 奏が首を吊ったって本当ですか!!』
まもなくして、
彼らは血相を変えて、ベッドで寝ている奏に詰めよった。
『落ち着いてください、命に別状はないです』
『ああ、ああ。良かった。奏が無事で……』
両親がベッドの傍に来ても、
ずっと、虚空を見つめるのみ。
『まったく、なんてバカなことを』
『やっと夢を掴めるって時に、どうして』
両親は、動かぬ
念願がかなう瞬間だったのに、どうしてと。
『ドクター、奏はもう帰れるんですか? 大きなケガはないんですよね?』
『いえ、見ての通り
『どれくらい? 一週間かしら?』
両親は必死の形相で、医師に詰め寄って食い下がった。
そんな両親の様子を見て、殻吹は気が付いてしまった。
『この子は今、大切な時期なんです。あまり、入院している余裕はないの』
『今入院したら、
『そう言われても、私たちは入院を要する状態ですとしか』
何が、
『殻吹プロデューサー、まだチャンスはありますよね。復帰すれば、奏はアイドルに戻れますよね』
『え、えっと』
『奏には、全てを賭けているんです。老後の資金も全部切り崩して、レッスン代に当ててるんです』
何かにつけて、キッチリ約束は守らないと気が済まない女だった。
『そうね、三日。できれば三日以内に、その
『うちは救命科でして。それは、精神科の方で交渉していただければ』
『だから言ってるだろ、ウチの奏はのんびり入院してる暇がないんだ』
そんな彼女だから、TV出演をドタキャンしたのが信じられなくて。
心配のあまり、わざわざ寮まで殻吹は押し掛けたわけで。
『この子は私たちに、立派なアイドルになるって約束したの!』
『今、立ち止まっちゃダメなんだ。家では俺たちが支えるから、奏を返してくれ』
背筋が凍るような、推測が脳裏をよぎる。
もしかして
『本番前で緊張して、ちょっとナイーブになっただけだ。入院なんて大げさだ』
『家に帰ったらまた、奏は元気にアイドルを目指してくれる!』
親からの期待に応えるという、責任感だけに支えられて。
あの厳しいレッスンを耐え、アイドルを目指し続けたんじゃないか?
『先生、奏を連れて帰らせてください!!』
その時に見た救命医の顔を、殻吹は生涯忘れないだろう。
一言も、言葉には出していない。だが、表情がすべてを物語っていた。
─────お前らが、原因だと。