【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが   作:あいどりゅ

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エピソード14「歌沖奏の過去」

 

「奏(かなで)とは、それっきり。今日で十六年ぶりの再会」

「……そんな、過去が」

 

 母さんが、元アイドル候補生だったことは聞いていた。

 

 フランソワ・アンネが、当初ユニットでデビューしたことも知っていた。

 

 しかし母さんがフランソワ・アンネを差しおいて、センターだったことは聞いてない。

 

「私に合わせる顔がなかったのは分かる。だけど、立ち直ったなら連絡して欲しかったな」

「ごめん、本当に……」

「もう二度と、奏に会えないと思っていた」

 

 アンネさんと桶狭間(おけはざま)葵(あおい)が怒るのは当然だ。

 

 自分のデビューを台無しにされて、謝りにも来なかったんだから。

 

「なのにある日、動画巡りしてたらオススメに見覚えのある顔が出てきたワケ」

「……」

「いやまさか、と思って開いてみたら奏(かなで)本人だし」

 

 そんなブツ切りのような別れ方をした、かつての親友が。

 

 笑顔でMVに出てきたときは、さすがのアンネも動揺したそうだ。

 

「あのMV、どういうつもりだったの?」

「あ、あれはその、深い事情が」

 

 思い出の彼方で消え去ろうとしてたかつての親友の姿。

 

 その現在の姿を唐突に、動画として見せられたわけである。

 

「休日の真昼間(まっぴるま)、君の全盛期さながらの歌唱力を見せつけられた私が、どんな気持ちになったと思う?」

「ごめん。本当ごめん」

 

 ……そりゃあ怒る。誰だって怒る。

 

 申し開きもないのか、母さんはペコペコと頭を下げ続けた。

 

「しかも君の子供が、Carol(キャロル)のスクールに入学するときた」

「あー、それは」

「そして母親譲りの歌唱力で、いきなり発展クラスだって?」

 

 アンネさんはそう言うと、僕の方を見た。

 

 その視線に宿るのは、優しさと不安。

 

「つまりイオ君は、アイドルの才能があるんだろう」

「そ、それはまだ、分からないですけど」

「だからこそ『歌沖(かおき)奏(かなで)』の話は聞いておくべきなんだ」

 

 アンネさんはそう言って、僕の頭を撫でた。

 

 その撫で方は母さんとはまた違う、優しく包み込むような手つき。

 

「そのうえで、アイドルを続けるかどうか決めなさい」

「アンネさん?」

「そしてもし辛くなったら、ウチに逃げ込んできなさい」

 

 その言葉に嘘はない。彼女は、心の底から僕を心配している。

 

 それで僕は、アンネさんの人柄を悟った。

 

「イオ君を呼んだ理由は、これを伝えたかったからさ」

「……ありがとうございます」

 

 アンネさんはあれだけ迷惑をかけた、母さんの息子にそんなことを言える人。

 

 TVで見たままの、心優しい人(アイドル)なのだ。

 

「でも、僕は無理なんかしてません」

「そうか」

「父さんにも母さんにも、辛くなったらいつでもやめろと言って貰ってます」

 

 夢を追い続け、その重圧に押しつぶされた母さんの過去。

 

 だから父さんも母さんも、僕に夢を無理強いしなかった。

 

「君の父親は、殻吹さんだったね。彼なら、同じミスは繰り返さないか」

「母さんと父さんの関係も知ってるんですね」

「ああ、それもだいぶ前に聞いた」

 

 アンネさんはそう言うと、小さくため息を吐いて。

 

 母さんを指で、クイクイと呼び寄せた。

 

「その話もしとこうか、奏。ここから先は部屋で話そう」

「う、うん。あ、それも怒ってる?」

「アンナとイオ君は、防音室でウォームアップしてて」

「あ、はい。分かりました」

 

 ここから先は、大人同士の話らしい。

 

 母さんは処刑台に登る死刑囚のような面持ちで、アンネさんについていった。

 

「アンナは、この話を知ってたの?」

「勿論、ママから貴方の母さんの話をよくされたわ。だから、ライバル宣言しようとしたの」

「そりゃ納得だ」

 

 なるほど、アンナは動画で母さんのことを知ったんじゃなかった。

 

 アンネさんから、歌沖(かおき)奏(かなで)という天才について聞いていたのだ。

 

「こんな重たい過去は、聞いてなかったけど」

「……だよね」

 

 アンナはそう言うと、私室に消えた大人二人を指さした。

 

 そして、何か決意した顔になって言葉を続けた。

 

「よし、決めた。イオ、あんた弱音は私に吐きなさい」

「アンナ?」

 

 フン、と大きな鼻息。

 

 アンナは自信満々に、僕を指さしてそう言った。

 

「私が受け止めてあげるって言ってんの。私の方がお姉さんだしね」

「……じゃあ、アンナこそ。弱気になったら、僕に言ってね」

「そーね。ま、私は大丈夫と思うけど」

 

 やはりアンナも、母親アンネさんに似て実に心優しい。

 

 あれだけのことをした母さんとその子供に、そんなことが言えるのは聖人だ。

 

「じゃ、ママが来る前にウォームアップしておきましょ」

「ああ、分かった」

 

 スクールに入学して早々、僕は素晴らしい友人を得た。

 

 僕の手を引いて歩くアンナを見て、改めてそう感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────悪いとは思ったけど。奏(かなで)の話、プロデューサーから聞いたよ」

 

 子供を部屋の外に置いて、親友同士が向かい合って座る。

 

 アンネはワインボトルを取り出し、歌沖(かおき)奏(かなで)のグラスを置いた。

 

「あの時、どうして君がスタジオに来れなかったのか」

「……聞いちゃったんだ?」

「ごめん」

 

 洒落たグラスに、高品質のワインがゆっくり注がれる。

 

 葡萄(ぶどう)色の水面が、静かに波打って揺れる。

 

「殻吹プロデューサー、言ってた。あの日ほど、背筋が凍ったことはないって」

「でしょうね」

 

 アンネと奏(かなで)は、静かにグラスを交わした。

 

 これが親友二人が交わした、人生で最初の乾杯であった。

 

「実は、奏が辛そうにレッスンしてたことに気づいてた」

「アンネ?」

「周囲の期待に応えるのが、重圧になったんだろ?」

 

 チビリ、とワインに口をつける。

 

 心地よい渋みが、舌に響いた。

 

「なら、言って欲しかったな。親友の私に」

「……うん」

「あんなことに、なる前に」

 

 十五年前、歌沖(かおき)奏(かなで)が病欠を連絡したその日。

 

 実は、その時には何もかもが壊れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)が動けない。

 

 その連絡を受けた殻吹(からぶき)照玄(しょうげん)は、すぐ彼女の寮へ向かっていた。

 

『あのさ、男が女子寮に入るのは……』

『歌沖(かおき)さんから返信がなくなって、心配で』

 

 詳しい状況を知らせるよう、連絡を送ったが既読が付かない。

 

 心配になった殻吹は、寮長と歌沖(かおき)奏(かなで)の部屋に向かった。

 

『歌沖(かおき)さんはいつも、十分以内に連絡を返します。こんな長い時間、連絡が取れないなんておかしい』

『寝てるだけじゃないの?』

『それに歌沖(かおき)奏(かなで)が、風邪を引いたくらいで仕事を休むはずがないんです』

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)は、責任感の塊のようなアイドルだ。

 

 そんな彼女が動けないなんて、相当なことがあったに違いない。

 

 よほどの重病か、はたまた事故か。

 

『もしもーし』

『……』

 

 何か、不味いことが起きている。

 

 そんな言い知れぬ不安を抱え、殻吹プロデューサーは彼女の部屋の前に立った。

 

『……だめだね、呼び鈴を鳴らしても反応がない』

『歌沖(かおき)さん、いますか!?』

 

 彼が部屋の外から声をかけたその時、わずかな振動音が響いた。

 

 続いて、か細く詰まるような悲鳴が響く。カランコロン、と何かが転がる金属音。

 

 その音を、殻吹は聞き逃さなかった。

 

『けど、物音がしたね。歌沖(かおき)さん、中には居るみたいよ』

『─────開けて下さい、鍵を』

『え、いや。これ、本人が出たくないってことじゃないかい』

『今すぐ鍵を開けてください!! 合鍵で、早く!』

 

 それは、直感だった。

 

 致命的な何かが、零れ落ちたという直感。

 

『え、いやそう言うわけには』

『いいから、寄越せっ!!』

『あ、こら!!』

 

 殻吹は寮長から、強引にマスターキーを奪う。

 

 そして、アイドル歌沖(かおき)奏(かなで)の部屋のドアを強引に開け放った。

 

『なんてことを、こりゃ、犯罪だよ!』

『……あ、あ、ぁ』

 

 部屋の中を確認した、殻吹は絶句して。

 

 その場でガタンと、膝をつく。

 

『一人暮らしの女の部屋を開けるもんじゃ─────』

 

 真っ暗な部屋に、ドアから太陽光が差し込んだ。

 

 玄関には生ごみとチラシが混ざり、バッサリと抜けた長髪が散乱している。

 

 部屋一面にひっかき傷があり、爪が剥がれたのかところどころ血が滲んででいる。

 

 腐った卵のような刺激臭が、ツンと殻吹の鼻孔を突いた。

 

『……はやく』

 

 刺激臭の正体は吐物。ところどころ、生臭い吐物が散乱している。

 

 部屋にはゴミと衣類がごっちゃになり、無造作に放り捨てられている。

 

 布団らしきものはズタズタに切り裂かれ、黒ずんだ綿が零れていた。

 

 そして部屋の中央には、木椅子が倒れていて……。

 

『早く、救急車を!! 早くっ!!!』

『あ、ああ、分かったっ!』

 

 

 

 ─────ぷらん、ぷらんと。

 

 首を吊った歌沖(かおき)奏(かなで)が、涎を垂らして揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

『首を吊ってから、救助が早かったのが幸いでした』

 

 すぐさま、彼女は近くの救急病院に搬送された。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)は無数の点滴を繋がれたまま、虚空をぼんやり見つめていた。

 

『一命はとりとめています、後遺症もないでしょう』

『それは、良かった……』

『ですが、先ほどから一言も話しません。意識はあるようなのですが』

 

 肌は傷だらけ、目は窪み、唇は渇いている。

 

 どうやら、数日ほど何も食べていなかったらしい。

 

『精神(メンタル)の精査を必要とする状態でしょう』

『分かり、ました』

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)は、心身共に衰弱しきっていた。

 

 彼女をここまで追い詰めた原因は、なんなのか。

 

 練習量は適切だったはずだ。本番前は、むしろ猶予を持たせていた。

 

 対人関係も、大きな問題はなかったはず。

 

 桶狭間(おけはざま)葵(あおい)と口論はしていたそうだが、彼女は強気に言い返していた。

 

 アンネとの関係は良好で、トラブルの報告は上がっていない。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)の夢がかなうその日、どうして彼女は首を吊った?

 

 どうすれば、この事態を防げたんだ?

 

 殻吹はそう、ずっと自問自答していた。

 

『プロデューサー! 奏が首を吊ったって本当ですか!!』

 

 まもなくして、歌沖(かおき)奏(かなで)の両親が病院に到着した。

 

 彼らは血相を変えて、ベッドで寝ている奏に詰めよった。

 

『落ち着いてください、命に別状はないです』

『ああ、ああ。良かった。奏が無事で……』

 

 両親がベッドの傍に来ても、歌沖(かおき)奏(かなで)は微動だにしない。

 

 ずっと、虚空を見つめるのみ。

 

『まったく、なんてバカなことを』

『やっと夢を掴めるって時に、どうして』

 

 両親は、動かぬ歌沖(かおき)奏(かなで)を前にして号泣した。

 

 念願がかなう瞬間だったのに、どうしてと。

 

『ドクター、奏はもう帰れるんですか? 大きなケガはないんですよね?』

『いえ、見ての通り精神(メンタル)の精査が必要なので入院が必要かと』

『どれくらい? 一週間かしら?』

 

 両親は必死の形相で、医師に詰め寄って食い下がった。

 

 そんな両親の様子を見て、殻吹は気が付いてしまった。

 

『この子は今、大切な時期なんです。あまり、入院している余裕はないの』

『今入院したら、奏(かなで)の人生が台無しになるかもしれない。あなた方は、その責任を取れるんですか』

『そう言われても、私たちは入院を要する状態ですとしか』

 

 何が、歌沖(かおき)奏(かなで)を追い詰めていたのか。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)が、なぜアイドルを目指していたのか。

 

『殻吹プロデューサー、まだチャンスはありますよね。復帰すれば、奏はアイドルに戻れますよね』

『え、えっと』

『奏には、全てを賭けているんです。老後の資金も全部切り崩して、レッスン代に当ててるんです』

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)は、責任感のあるアイドルだった。

 

 何かにつけて、キッチリ約束は守らないと気が済まない女だった。

 

『そうね、三日。できれば三日以内に、その精神(メンタル)の精査とやらをやってくれないですか』

『うちは救命科でして。それは、精神科の方で交渉していただければ』

『だから言ってるだろ、ウチの奏はのんびり入院してる暇がないんだ』

 

 そんな彼女だから、TV出演をドタキャンしたのが信じられなくて。

 

 心配のあまり、わざわざ寮まで殻吹は押し掛けたわけで。

 

『この子は私たちに、立派なアイドルになるって約束したの!』

『今、立ち止まっちゃダメなんだ。家では俺たちが支えるから、奏を返してくれ』

 

 背筋が凍るような、推測が脳裏をよぎる。

 

 もしかして歌沖(かおき)奏(かなで)は、アイドルになりたかったわけではなくて。

 

『本番前で緊張して、ちょっとナイーブになっただけだ。入院なんて大げさだ』

『家に帰ったらまた、奏は元気にアイドルを目指してくれる!』

 

 親からの期待に応えるという、責任感だけに支えられて。

 

 あの厳しいレッスンを耐え、アイドルを目指し続けたんじゃないか?

 

『先生、奏を連れて帰らせてください!!』

 

 その時に見た救命医の顔を、殻吹は生涯忘れないだろう。

 

 一言も、言葉には出していない。だが、表情がすべてを物語っていた。

 

 

 ─────お前らが、原因だと。

 

 

 

 

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