【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
『はぁっ……、はぁっ……』
身体が、上手に動かない。
肌は痛み、声はかすれ、ダンスは亀のよう。
『これじゃ、ダメなのに……』
初めは、ちょっとした違和感だった。
声が出ない。足のターンが遅く、ポーズが決まらない。
『今日は午後から完全休養って言われてたけど……』
このままでは本番で失敗してしまう。
そんな焦りと恐怖で、食事が喉を通らなくなった。
『どんどん、どんどん、悪くなっていく』
疲労と栄養不足で、ますますパフォーマンスが落ちていく。
修正しようとすればするほど、動きは劣化していく。
『…う、ゥ』
信じられない。私はこんなにも、本番に弱かったのか。
貯金を切り崩してレッスンに通わせてくれた両親に申し訳が立たない。
センターを譲ってくれた桶狭間もアンネにも失望されるだろう。
だから、本番までに仕上げないと。
『オェ……』
焦りが、さらに
強引に取った食事は吐き出して、寝付くことも出来なくなった。
そして何も修正できないまま、本番の前夜を迎え。
『ああ、ぁ。アアアアアアアアッ!!!!』
気づけば、
狂ったように髪を掻きむしり、部屋の壁を引っ搔いていた。
『─────
殻吹は、なんとか言葉を絞り出した。
『精神面に不安のあるアイドルを、起用することはできません』
『そんな、どうして!』
『今回のようなドタキャンや、事故のリスクを考えたら不可能です』
殻吹の言葉を聞いて、両親は絶望を浮かべた。
虚空を見つめる
『奏は、ちょっと疲れただけなんです!』
『お願いします、どうか、娘にもう一度だけチャンスを!』
両親は、揃ってその場で土下座した。
救急の初療室であるにも関わらず、殻吹に頭を下げ続けた。
『二度と! 二度とこんなことはさせません!』
『娘はまだ若いんです! 一度の失敗くらい、目を瞑ってやってくれませんか!』
『……私はこれで。今回の件で、後始末がたくさんあるんです』
殻吹は敢えて、冷たい声でそう告げた。
まだ仕事のチャンスがあるといえば、この両親は死に物狂いで退院させるだろう。
だからこれが、
『今は、しっかり休養させてあげてください』
『そ、そんな』
『奏、どうしてなんだ。どうして今なんだ、奏……』
救命初療室に響く、呪詛のような両親の声。
その声を背に、家族ではない『部外者』である殻吹は病院を去った。
その後、
どうやら、アイドル業務にドクターストップがかかったらしい。
仕事を続ける限り、良くなることはないだろうとのこと。
そんな診断に、両親はとうとう娘のデビューを諦めた。
成果を出すことで、両親の喜ぶ顔が見たかっただけだ。
殻吹は、そこに気が付かなかった。
彼女ならどこまでも輝ける。名を知らぬ者はいないアイドルになれる。
そんな才能を意識しすぎて、
学校の友達と遊びに行くのが好きで、親に褒められたいだけ。
ただ真面目で責任感があり、何事にも一生懸命。
知らず知らずのうちに、その歪みは大きくなっていったのだ。
入院中の、
自分のスマホを叩き割り、TVには近づかなかった。
アイドルだったことを思い出す度、過呼吸に苛まれるからだ。
またフランソワ・アンネや桶狭間葵の名を聞くたびに、大声を上げて暴れた。
彼女らの幻覚が見えているかのように、虚空へ謝り続けた。
─────彼女はそのまま数年間、入院を要したという。
「そりゃ、戻ってこれるはずがないよね」
それが、十五年前に起きた悲劇の全容。
「プロデューサーから今の話を聞いた時、私は自分をブン殴りたくなった」
「……」
「どの面下げて、親友を名乗っていたんだって」
その話を聞いたアンネは、激しく後悔した。
他ならぬアンネも、
「私、君のことが見えてなかった。ごめん」
「謝るのはアンネじゃないでしょ。悪いのは私」
気づけば、二人のワイングラスは空になっていた。
当時の重たい感情を流そうと、気付けば飲み干していたのだ。
「だからMVを見た時、私は不可解だった」
「不可解って、何が?」
「君が笑顔で、歌っているのが信じられなかった」
だが、過去を知っているアンネだからこそ不思議だった。
自殺するほど追い詰められた、アイドルの仕事。
「あんなに楽しそうに歌う
「ああ、それはそうでしょうね」
だというのに、MVに映る
「イオのため、だから」
「イオ君の?」
しかし、彼女から帰ってきた答えはシンプルだ。
「私がイオに歌ってあげたかったの」
「……」
「あの子の喜ぶ顔を想像したら、自然と笑顔になっちゃった」
あのMVは、誰かに依頼されて歌ったわけではない。
「ああ、そう言うこと」
「アンネ?」
「納得したよ」
その言葉を聞いて、アンネは腑に落ちた。
どうして今更、
「つまりあのMVは、イオ君への援護射撃ってわけだ」
「……援護射撃?」
「
あのMVは、
奏は娘のため、自分の過去を振り払って全力で歌ったのだと。
「あー、なるほど。普通は、そう思うわよね」
「……違うのかい?」
「違うわ。この曲を収録した時は、イオをアイドルにする気なんてなかったもの」
しかし奏は、遠い目をして否定した。
疑問符を浮かべるアンネの前に、奏は自身のスマホで音声ファイルを開いて見せる。
「これ、私の三曲目。近々、またレコーディングする予定なんだけど」
「あら、これもいい曲だね」
そこから流れてきた前奏は、何とも愉快な曲調だった。
どことなく昭和レトロな、懐かしい音程。
そして、
『晴れ晴れ、ウキウキ、虹を追い~』
前奏が終わって聴こえてきたのは、
ただし子供にしては妙に歌が上手く、感情が乗っている。
「……このデモ音声、何? 誰が歌ってるんだ?」
「イオ。あの子よ」
奏はフフフ、と自慢げにスマホを振った。
その言動に、フランソワ・アンネはますます首をかしげた。
「どういうこと? どうしてイオ君が、デモ音源を収録している」
「私のMV開いて、作詞作曲者を見てみなさい。それが答えだから」
まったく、意味が分からない。
フランソワ・アンネは促されるまま、動画を開いた。
「……」
そして、顔が引きった。
MVを見た時は
「あのさ、奏。悪ふざけをしているなら、そう言って欲しいんだが」
「そうなるわよねぇ」
「君のオリジナル楽曲、作詞作曲がイオって……」
歌:
それが「Mother sunlight」の動画にクレジットされた権利者名。
「悪ふざけじゃない。幼稚園児が折り紙に書いて作った曲が、Mother sunlightよ」
「……冗談だろう?」
フランソワ・アンネは芸能界で、たくさんの天才に出会ってきた。
歌の天才、演技の天才、トークの天才にコーデの天才。
「この曲……、イオ君が作ったの? プロに依頼したんじゃなくて!?」
「そうなのよ」
「歌詞も? 曲も? イオ君が、あの年で!?」
だけど、
幼稚園児の時点で、プロを唸らせる楽曲を作り上げるなど聞いたこともない。
天才という言葉すら生ぬるい、まさしく『鬼才』。
「じゃ、じゃあ話は大きく変わるじゃないか。どうしてあの子はアイドルを目指してる!?」
「本当にねぇ」
「それが出来るならシンガーソングライターだろう!」
アンネは思わず、そう叫んでしまった。
「イオちゃんが、興味なかったからよ」
「……え」
「音楽の道を勧めたら、別にいいって」
そのアンネの言葉に、
「……そうか」
「そうなの」
「それじゃ、君が正しい」
その答えを聞いたアンネは、額に手を当てた。
そのまま天を仰いで、呟くようにこう言った。
「は、ははは、私はとんだ空回りをしたわけか。イオ君はアイドルを強制されてるわけじゃないのか」
「あの子のこと、真剣に考えてくれてありがとアンネ」
「いや。そうだね、考えてみれば当然だ。あんな思いをした君が、子供に夢を強制するはずがない」
しかし
「あなたの娘、アンナちゃんには悪いんだけどさ。あの子の本当の夢、プロデューサーなの」
「……プロデューサー?」
「アイドルを誰よりも近くで、輝かせるお手伝いがしたい。そんなことを言ってたわ」
奏はそう言うと、困ったような顔になった。
イオがプロデューサーになると言った時、やめたほうが良いという言葉が喉元まで出かかった。
アイドル業界が、華やかで美しいものではないと知っていたから。
「……変わってるね」
「本当。プロデューサーって人種は変わってる」
しかし
人を輝かせる礎になりたい、という気持ちは
「プロデューサーなら、作曲の才能を生かせなくもないし」
「いざとなれば担当の持ち歌を、自分で作曲できるってことね。じゃあ、何でアイドルやらせてるのさ」
ならば、なぜイオはアイドルをやっているのか。
その理由は、ただ一つ。
「
「……」
「私みたいなバカを、増やさないために」
それはどんな気持ちでオーディションを受けるのか。どんな気分で仕事に行くのか。
プロデューサーになる気なら、アイドル側の気持ちを知っておかねばならないから。
「イオはアイドルになれなくていい、いっそ才能がないほうが都合がいい、とまで言ってたわ」
「残念ながら、アイドルとしても天才みたいだけど?」
「ま、私の
しかし、イオはアイドルとしての才能を発揮し始めた。
本人もやる気を出しているので、しばらくはやらせるつもりだという。
「あーあ。アンナに良いライバルができたと思ったのに、プロデューサー志望かぁ」
「もしかしたらあの子が、将来アンナちゃんをプロデュースするかも」
「だったら奇妙な縁ね、私たち」
その話を聞いたアンネは、少しだけ残念だった。
歌沖イオは優秀かもしれないが、
将来、ほどほどのところでプロデューサーに転向する予定なのだから。
「じゃあさ。そこまで準備しておいて、もし将来イオ君がプロデューサーやりたくなくなったらどうする?」
「分かり切ったこと聞かないで」
その最後のアンネの問いに、
「─────好きにさせるわ」
子供に、夢を強制しない。
成功へのレールを引いて、やりたいようにやらせる。
それが、親となった奏と殻吹の矜持だった。
「でね、こうメラメラ~って曲が良いの!」
「ふむ、ふむ」
「サビの歌詞は、熱い感じで……」
その後、二人はグラスをしまって、防音室へと向かった。
扉を開けると、イオとアンナは楽し気に雑談していた。
「ごめんねアンナ、遅くなったわ」
「あ、ママ。遅いじゃない!」
二人に気づくと、アンナは待ちくたびれた顔で立ち上がった。
とっくにウォーミングアップが終わって、暇だったらしい。
「歌沖、練習を始めるわよ」
「ん……もうちょっと待って」
「もー、何スマホ弄ってるのよ」
そんなアンナの隣では、イオがスマホを触っていた。
何かを、メモしているようだ。
「二人とも、何の話をしてたの?」
「えっとね、歌沖が聞いてきたの。もし私のイメージソング作るなら、どんな曲かって」
「……」
「やっぱり私に相応しいのは、熱い曲よね!」
興奮した面持ちで夢を語るアンナ、
静かにスマホを弄るイオ。
二人の様子は、対照的だ。
「あー。私も持ち歌、欲しいなぁ……」
「そ、そうね?」
「カラオケで歌えたら、きっと最高でしょうね!」
アイドルになって、個人の持ち歌を歌いたい。
そんなアンナの夢は本来、遠く険しい『夢』である。
「って感じで、歌沖と話してたんだけど」
「……アップテンポ。サビで転調するバラード、熱血を意識するなら演歌風にしてみても……」
「歌沖が急に、変な世界に入り込んじゃって」
ユニットの持ち歌ならともかく、個人で持ち歌がもらえるのは一握り。
アイドルとして大きく成功するか、よほど歌唱力を認められないと与えられない特権。
「あー、アンナちゃん」
「どうしたの、
……なのだけど。
食い入るようにアンナを見つめ、スマホを弄る
「あなたの夢、もしかしたら近々に叶うかもね?」
「……?」
歌沖イオの調子さえ良ければ……。
フランソワ・アンナの持ち歌は、おそらく一カ月以内に仕上がるだろう。