【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
『お久しぶりです、殻吹プロデューサー』
芸能事務所
『……もう、良くなったのか?』
『ええ、あの時は本当にごめんなさい。もう大丈夫です』
その面会者とは
快復した
『もう、二度とあんなことはしません』
『……』
『もう一度だけ、
彼女の背後には、笑顔の両親がいた。
少し年老いて皴が増えているが、奏を見る目は当時のままだ。
『プロデューサーさん、見ての通り奏は治りました』
『もう一度、チャンスをやってくれませんか』
当時、
遅めではあるが、アイドルを始められない年齢ではない。
『……分かりました。中で、お話を伺いましょう』
『よろしくお願いいたします!』
何より殻吹は、
彼女が復帰すれば、デビューできる公算は十分にある。
親友フランソワ・アンネの助力もあれば、スターになることさえ難しくない。
そう判断した殻吹は、彼女たちを面談室へと通した。
『ほら、まだ奏はやれるでしょう』
『確かに、動きのキレは素晴らしい』
久しぶりだというのに、歌も上手でダンスのキレも良い。
練習すれば、現役時代のパフォーマンスを取り戻せるだろう。
『どうか、どうか。奏にもう一度、羽ばたくチャンスを貰えませんか』
『奏はもう、大人です。今度は、へこたれません!』
両親は殻吹に、媚を売るように懇願した。
『……確認ですが、
『はい。間違いなく、私の本心です』
その言葉を聞いた殻吹は、彼女の瞳を覗き込んだ。
『私は、自分の足で社会を歩いていきたい』
『そうですか』
『父と母の助けを借りなくても、生活できるようになりたい』
その
両親に言わされている、という感じではない。
『だけど私は高校を中退したし、大学も行ってません』
『……』
『そんな私が働ける場所って考えたら、アイドル以外にないのかなと』
自分の意志で、アイドル復帰を望んだようだ。
『私たちも援助を惜しみません、送り迎えも何でもします』
『奏を、もう一度アイドルにしてくださいませんか。殻吹プロデューサー』
その考えは、間違っているとはいいがたい。
最終学歴が高校中退の時点で、就職先の選択肢は多くない。
『アイドルには寿命があります』
『はい』
『二十二歳というハンデは大きい、成功するとは限らない』
それが最も、就職先として妥当ですらある。
『分かってます、それでも私はアイドルになるしかないんです』
『お願いします、殻吹プロデューサー! 奏を、何とかアイドルに!』
また彼は
フランソワ・アンネの、『奏とユニットを組みたい』という願いもかなえることができる。
『では、
『二つの選択肢?』
だけど、殻吹は安易に首を縦に振らなかった。
彼はここで奏に、二つの道を示した。
『ええ。一つ目の選択肢は、
『候補生、ですか』
『申し訳ありませんが、デビューを確約する気はありません。しばらくレッスン代もかかりますし、失敗すれば収入はありません』
『……』
彼がかつて、
してあげられなかったこと。その後悔は、殻吹の胸にずっと刻まれていた。
『もう一つは事務所の、裏方として就職斡旋です』
『裏方?』
『収入面では、アイドルとして成功した場合より減ってしまいますが……』
だからこれは、贖罪だ。
『こちらには成功も失敗もない。仕事を続けてくださる限り、給与はお支払いします』
『……へ』
殻吹の提案を聞いた、
目を見開いて、驚いた顔で……。
『
そう、小さく呟いた。
『─────いや、アイドル候補生でお願いします』
両親は、即答だった。
『金なら大丈夫だ。俺が親戚中に土下座して回って、金は用意してみせる』
『奏、自信を持ちなさい。お前の才能なら、今からでもブレイクできるから』
『う、うん。そう、かな』
そんな二人の発言、
責任感と真面目さが、彼女の
『むしろ今更、事務員で妥協するなど許さないぞ。家を追い出すからな』
『アンタがヘコたれてる間、何のために支えてきたと思ってるの』
……変わっていない。
この家族は、
『じゃ、じゃあ。プロデューサー』
となれば、未来は明白だ。
これからどんなプロデュースをしようと、
『私をもう一度、アイドル候補生として─────』
『家を追い出されたなら、
殻吹は
そのまま、彼女の手を握り締めた。
『女子寮に空きがあります。すぐに使用許可を取りますよ』
『え、えっと?』
『家賃も光熱費も、俺が負担します。
殻吹の視線は、まったく両親に向いていない。
『
『……』
そんな殻吹の言葉に、
同時に、後ろに控えていた親は顔を真っ赤にして怒鳴った。
『な、何を変なことを言い出してるんだ! 奏はアイドル候補生になると言ってるだろう!』
『私たち、
呆然と、目を見開いて固まる
かたや両親は激怒し、今にも詰め寄ってきそうだ。
『改めて聞きます。
『……ぁ』
『もう一度、アイドルをやりたいんですか』
びくん、と
そんな騒がしい状況で、
『アイドルにならなくていいなら、なりたくなぃ……』
蚊の鳴くような、か細い声。
両親に束縛された中で放った、悲鳴に近いSOS。
『……分かりました。後は任せてください、
その悲鳴を聞いた殻吹は、真剣な顔で頷き返した。
真の意味で
『な、な、何て甘えたことを! アイドルやるって、昨日言ったじゃないか』
『この娘、全然治ってないじゃない! あの病院はヤブだったのね!』
『すみません、お父さんお母さん。事務所ではお静かに願います』
両親は半狂乱になって、
しかし、その間にプロデューサーが割って入る。
『これ以上騒ぐのであれば、警備員を呼びますよ』
『ああ、何て事務所だここは! 帰るぞ奏!』
『もっと大きな事務所……
顔面を蒼白に、ビクビクとスカートを握り締めている。
『帰宅は不要です。本日付で
『はぁ?』
そんな彼女を、背に守ったまま。
殻吹は、冷たい目で両親を睨みつけた。
『もちろん、そんな契約拒否だ。奏は連れて帰らせてもらう』
『雇用契約は本人と交わされます。ご両親が口出しすることはできません』
『奏は俺の娘だぞ!』
一度は失敗した。未成年の少女を、自殺にまで追い込んだ。
二度、失敗は繰り返さない。今度こそ守ってみせる。
『成人が相手の場合、本人の意志でのみ契約をいたします』
『子供の契約に、親の意志は反映されないとおかしいでしょ!!』
何としてでも
そんな決意の下、
『
『だってこの子は弱っちくて、守ってあげないと』
『いい加減に、解放してあげなさい』
ここで引いたら、
この両親の下にいる限り、
『親だったら! 我が子の進みたい道を、踏みにじるんじゃない!』
『……っ!!』
殻吹がそう言い返した直後。ぎゅっと、殻吹の背中に温かい感触が走る。
怯えた
『あんな思いをしたアイドル業を、
『で、でも奏には才能があって。ずっと、アイドルになるために……』
その奏の行動が、すべてを物語っていた。
アイドルをやらされることに、恐怖しか感じていなかった。
『ご両親は、
『アイドルになれたら、奏は幸せに決まっているでしょうが!!』
その親の醜い絶叫に、
そんな彼女の髪を、男の手が優しく撫でた。
『いいえ。アイドル業で、彼女を幸せになんかできません』
『何を─────』
ふと、
真っすぐな目をした男が、両親を鬼の目つきで見つめてこう宣言した。
『俺が、
『……』
当時のことを、
あれは、そういう意味で言ったんじゃない。
贖罪として、彼女が幸せに生きれるよう援助を惜しまないという意味だったと。
『まぁ、なんて男でしょう!!』
『信じられん! 週刊誌に垂れ込んでやる!』
『どうぞどうぞ。俺は、世間に恥じることなどしてはいません』
だけど発言には、言い方とタイミングがある。
自分が本心ではアイドルをやりたくないと思っていることを見抜き。
これから生活費も家賃も世話をしてくれると宣言した男が、『俺が、
『奏。どうだこの(雇用)契約、受けるか』
『……え、え、え』
数瞬ほど、
数年ぶりに再会して、いきなりそれはないだろう。
『ええええぇぇぇ……?』
しかし、
家から出るには、殻吹に従うほかない。
永い逡巡の末、奏は顔を真っ赤にして首を縦に振った。
『よろしく、お願いします……』
『分かりました。これからよろしくお願いします』
放心する
この瞬間、奏はついに両親と決別した。
『そういうことだ。ご両親には申し訳ありませんが、お引き取りを』
『こんな不埒な男がプロデューサーだなんて!』
『警察に駆け込んで、訴えてやるからな! 覚悟しろよ!』
父親と母親は、口々に殻吹を詰った。
しかし殻吹は毅然とした態度で、奏の手を握ったまま離さなかった。
奏の両親は帰り道に、『娘を誘拐された』と警察に駆け込んだそうだ。
娘を騙しただの、強引に契約しただの、あることないことを訴えたらしい。
しかし
二十二歳の成人女性が家を出たところで、何の事件にもならないのだ。
『……それでさ。籍とかどうする? 殻吹プロデューサー』
『ん、籍?』
事務所に残されたのは、いきなりプロポーズされたと思い込む元アイドルと。
ため息をついて、各種手続きの書類を作る朴念仁プロデューサーだけ。
『そうだな。(事務所の)籍を入れるなら早いほうが良いな』
『そ、そうだよね。うん、わかった』
『書類はこちらで用意しよう』
そして翌日、彼が作ってきた『
それがきっかけで、二人の交際が始まるのはまた別のお話。