【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが   作:あいどりゅ

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番外編『俺が、奏を幸せにします』

 

『お久しぶりです、殻吹プロデューサー』

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)がアイドルをやめて五年経った日。

 

 芸能事務所Carol(キャロル)に、ある面会者が訪れた。

 

『……もう、良くなったのか?』

『ええ、あの時は本当にごめんなさい。もう大丈夫です』

 

 その面会者とは歌沖(かおき)奏(かなで)と、その両親である。

 

 快復した歌沖(かおき)奏(かなで)が、事務所に復帰を希望し訪れたのだ。

 

『もう、二度とあんなことはしません』

『……』

『もう一度だけ、Carol(キャロル)に所属させてもらえませんか』

 

 彼女の背後には、笑顔の両親がいた。

 

 少し年老いて皴が増えているが、奏を見る目は当時のままだ。

 

『プロデューサーさん、見ての通り奏は治りました』

『もう一度、チャンスをやってくれませんか』

 

 当時、歌沖(かおき)奏(かなで)は二十二歳。

 

 遅めではあるが、アイドルを始められない年齢ではない。

 

『……分かりました。中で、お話を伺いましょう』

『よろしくお願いいたします!』

 

 何より殻吹は、歌沖(かおき)奏(かなで)の実力を知っている。

 

 彼女が復帰すれば、デビューできる公算は十分にある。

 

 親友フランソワ・アンネの助力もあれば、スターになることさえ難しくない。

 

 そう判断した殻吹は、彼女たちを面談室へと通した。

 

 

 

 

 

『ほら、まだ奏はやれるでしょう』

『確かに、動きのキレは素晴らしい』

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)は、やはり天才だった。

 

 久しぶりだというのに、歌も上手でダンスのキレも良い。

 

 練習すれば、現役時代のパフォーマンスを取り戻せるだろう。

 

『どうか、どうか。奏にもう一度、羽ばたくチャンスを貰えませんか』

『奏はもう、大人です。今度は、へこたれません!』

 

 両親は殻吹に、媚を売るように懇願した。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)本人は、無表情なまま。

 

『……確認ですが、歌沖(かおき)さん。貴女は、本当にアイドルとして復帰したいのですね』

『はい。間違いなく、私の本心です』

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)は、迷いなくそう回答した。

 

 その言葉を聞いた殻吹は、彼女の瞳を覗き込んだ。

 

『私は、自分の足で社会を歩いていきたい』

『そうですか』

『父と母の助けを借りなくても、生活できるようになりたい』

 

 その歌沖(かおき)奏(かなで)の言葉に、嘘はなさそうだ。

 

 両親に言わされている、という感じではない。

 

『だけど私は高校を中退したし、大学も行ってません』

『……』

『そんな私が働ける場所って考えたら、アイドル以外にないのかなと』

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)は社会的な状況と、自分の才能を客観視した上で。

 

 自分の意志で、アイドル復帰を望んだようだ。

 

『私たちも援助を惜しみません、送り迎えも何でもします』

『奏を、もう一度アイドルにしてくださいませんか。殻吹プロデューサー』

 

 その考えは、間違っているとはいいがたい。

 

 最終学歴が高校中退の時点で、就職先の選択肢は多くない。

 

『アイドルには寿命があります』

『はい』

『二十二歳というハンデは大きい、成功するとは限らない』

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)なら、芸能界の門を叩くのは正解だ。

 

 それが最も、就職先として妥当ですらある。

 

『分かってます、それでも私はアイドルになるしかないんです』

『お願いします、殻吹プロデューサー! 奏を、何とかアイドルに!』

 

 また彼は歌沖(かおき)奏(かなで)をアイドルとして、成功させる自信はあった。

 

 フランソワ・アンネの、『奏とユニットを組みたい』という願いもかなえることができる。

 

『では、歌沖(かおき)さんに二つの選択肢をご用意しようと思います』

『二つの選択肢?』

 

 だけど、殻吹は安易に首を縦に振らなかった。

 

 彼はここで奏に、二つの道を示した。

 

『ええ。一つ目の選択肢は、アイドル(・・・・)候補生(・・・)として事務所と再契約すること』

『候補生、ですか』

『申し訳ありませんが、デビューを確約する気はありません。しばらくレッスン代もかかりますし、失敗すれば収入はありません』

『……』

 

 彼がかつて、歌沖(かおき)奏(かなで)にしてしまったこと。

 

 してあげられなかったこと。その後悔は、殻吹の胸にずっと刻まれていた。

 

『もう一つは事務所の、裏方として就職斡旋です』

『裏方?』

『収入面では、アイドルとして成功した場合より減ってしまいますが……』

 

 だからこれは、贖罪だ。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)を自殺にまで追い込んだ、殻吹なりの償いだ。

 

『こちらには成功も失敗もない。仕事を続けてくださる限り、給与はお支払いします』

『……へ』

 

 殻吹の提案を聞いた、歌沖(かおき)奏(かなで)の瞳が揺れた。

 

 目を見開いて、驚いた顔で……。

 

『アイ(・・)ドル(・・)、しな(・・)くて(・・)いい(・・)の?(・・)』

 

 そう、小さく呟いた。

 

 

『─────いや、アイドル候補生でお願いします』

 

 両親は、即答だった。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)のアイドル復帰を熱望した。

 

『金なら大丈夫だ。俺が親戚中に土下座して回って、金は用意してみせる』

『奏、自信を持ちなさい。お前の才能なら、今からでもブレイクできるから』

『う、うん。そう、かな』

 

 そんな二人の発言、歌沖(かおき)奏(かなで)の顔が強張った。

 

 責任感と真面目さが、彼女の精神(こころ)を圧迫する。

 

『むしろ今更、事務員で妥協するなど許さないぞ。家を追い出すからな』

『アンタがヘコたれてる間、何のために支えてきたと思ってるの』

 

 ……変わっていない。

 

 この家族は、歌沖(かおき)奏(かなで)が首を吊ったあの日から変化していない。

 

『じゃ、じゃあ。プロデューサー』

 

 となれば、未来は明白だ。

 

 これからどんなプロデュースをしようと、歌沖(かおき)奏(かなで)は再び心を病む。

 

『私をもう一度、アイドル候補生として─────』

『家を追い出されたなら、歌沖(かおき)さんの住む部屋は俺が用意しましょうか』

 

 殻吹は歌沖(かおき)奏(かなで)の言葉を遮って。

 

 そのまま、彼女の手を握り締めた。

 

『女子寮に空きがあります。すぐに使用許可を取りますよ』

『え、えっと?』

『家賃も光熱費も、俺が負担します。歌沖(かおき)さんは、身一つで契約してもらって構いません』

 

 殻吹の視線は、まったく両親に向いていない。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)だけを、ただ見つめている。

 

『歌沖(かおき)さんは、自由に生きていいんです』

『……』

 

 そんな殻吹の言葉に、歌沖(かおき)奏(かなで)は動揺した。

 

 同時に、後ろに控えていた親は顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

『な、何を変なことを言い出してるんだ! 奏はアイドル候補生になると言ってるだろう!』

『私たち、奏(かなで)にはアイドルになってもらわないと困るんです!』

 

 呆然と、目を見開いて固まる歌沖(かおき)奏(かなで)。

 

 かたや両親は激怒し、今にも詰め寄ってきそうだ。

 

『改めて聞きます。歌沖(かおき)さん』

『……ぁ』

『もう一度、アイドルをやりたいんですか』

 

 びくん、と歌沖(かおき)奏(かなで)の肩が跳ねる。

 

 そんな騒がしい状況で、歌沖(かおき)奏(かなで)の発した言葉は。

 

『アイドルにならなくていいなら、なりたくなぃ……』

 

 蚊の鳴くような、か細い声。

 

 両親に束縛された中で放った、悲鳴に近いSOS。

 

『……分かりました。後は任せてください、歌沖(かおき)さん』

 

 その悲鳴を聞いた殻吹は、真剣な顔で頷き返した。

 

 真の意味で歌沖(かおき)奏(かなで)の力になれると、拳を握り締めた。

 

『な、な、何て甘えたことを! アイドルやるって、昨日言ったじゃないか』

『この娘、全然治ってないじゃない! あの病院はヤブだったのね!』

『すみません、お父さんお母さん。事務所ではお静かに願います』

 

 両親は半狂乱になって、歌沖(かおき)奏(かなで)に詰め寄った。

 

 しかし、その間にプロデューサーが割って入る。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)の前に、大きな男の背中がそびえたつ。

 

『これ以上騒ぐのであれば、警備員を呼びますよ』

『ああ、何て事務所だここは! 帰るぞ奏!』

『もっと大きな事務所……Too(トゥー)プロに売り込みましょう』

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)は、親の怒声に怯えていた。

 

 顔面を蒼白に、ビクビクとスカートを握り締めている。

 

『帰宅は不要です。本日付で歌沖(かおき)奏(かなで)さんと雇用契約を結ばせていただきます』

『はぁ?』

 

 そんな彼女を、背に守ったまま。

 

 殻吹は、冷たい目で両親を睨みつけた。

 

『もちろん、そんな契約拒否だ。奏は連れて帰らせてもらう』

『雇用契約は本人と交わされます。ご両親が口出しすることはできません』

『奏は俺の娘だぞ!』

 

 一度は失敗した。未成年の少女を、自殺にまで追い込んだ。

 

 二度、失敗は繰り返さない。今度こそ守ってみせる。

 

『成人が相手の場合、本人の意志でのみ契約をいたします』

『子供の契約に、親の意志は反映されないとおかしいでしょ!!』

 

 何としてでも歌沖(かおき)奏(かなで)を守る。

 

 そんな決意の下、殻吹(からぶき)照玄(しょうげん)は両親と対峙した。

 

『歌沖(かおき)さんは、もう二十二年も子供をやってきたんです』

『だってこの子は弱っちくて、守ってあげないと』

『いい加減に、解放してあげなさい』

 

 ここで引いたら、歌沖(かおき)奏(かなで)は助けられない。

 

 この両親の下にいる限り、歌沖(かおき)奏(かなで)は救われない。

 

『親だったら! 我が子の進みたい道を、踏みにじるんじゃない!』

『……っ!!』

 

 殻吹がそう言い返した直後。ぎゅっと、殻吹の背中に温かい感触が走る。

 

 怯えた歌沖(かおき)奏(かなで)が、背中から抱き着いたのだ。

 

『あんな思いをしたアイドル業を、歌沖(かおき)さんがもう一度やりたいわけがないでしょう』

『で、でも奏には才能があって。ずっと、アイドルになるために……』

 

 その奏の行動が、すべてを物語っていた。

 

 アイドルをやらされることに、恐怖しか感じていなかった。

 

『ご両親は、歌沖(かおき)さんを幸せにしたいのですか。それとも、アイドルにしたいんですか』

『アイドルになれたら、奏は幸せに決まっているでしょうが!!』

 

 その親の醜い絶叫に、歌沖(かおき)奏(かなで)は耳を塞いだ。

 

 そんな彼女の髪を、男の手が優しく撫でた。

 

『いいえ。アイドル業で、彼女を幸せになんかできません』

『何を─────』

 

 ふと、歌沖(かおき)奏(かなで)が視線を上げると。

 

 真っすぐな目をした男が、両親を鬼の目つきで見つめてこう宣言した。

 

『俺が、奏(かなで)を幸せにします』

『……』 

 

 

 

 当時のことを、殻吹(からぶき)照玄(しょうげん)はこう振り返った。

 

 あれは、そういう意味で言ったんじゃない。

 

 贖罪として、彼女が幸せに生きれるよう援助を惜しまないという意味だったと。

 

『まぁ、なんて男でしょう!!』

『信じられん! 週刊誌に垂れ込んでやる!』

『どうぞどうぞ。俺は、世間に恥じることなどしてはいません』

 

 だけど発言には、言い方とタイミングがある。

 

 自分が本心ではアイドルをやりたくないと思っていることを見抜き。

 

 これから生活費も家賃も世話をしてくれると宣言した男が、『俺が、奏(かなで)を幸せにします』である。

 

『奏。どうだこの(雇用)契約、受けるか』

『……え、え、え』

 

 数瞬ほど、歌沖(かおき)奏(かなで)に躊躇いはあった。

 

 数年ぶりに再会して、いきなりそれはないだろう。

 

『ええええぇぇぇ……?』

 

 しかし、歌沖(かおき)奏(かなで)に他の選択肢はない。

 

 家から出るには、殻吹に従うほかない。

 

 永い逡巡の末、奏は顔を真っ赤にして首を縦に振った。

 

『よろしく、お願いします……』

『分かりました。これからよろしくお願いします』

 

 放心する歌沖(かおき)奏(かなで)を、庇って立つ殻吹(からぶき)照玄(しょうげん)。

 

 この瞬間、奏はついに両親と決別した。

 

『そういうことだ。ご両親には申し訳ありませんが、お引き取りを』

『こんな不埒な男がプロデューサーだなんて!』

『警察に駆け込んで、訴えてやるからな! 覚悟しろよ!』

 

 父親と母親は、口々に殻吹を詰った。

 

 しかし殻吹は毅然とした態度で、奏の手を握ったまま離さなかった。

 

 

 

 

 奏の両親は帰り道に、『娘を誘拐された』と警察に駆け込んだそうだ。

 

 娘を騙しただの、強引に契約しただの、あることないことを訴えたらしい。

 

 しかし歌沖(かおき)奏(かなで)本人が事情聴取を受け、事件性はないと判断された。

 

 二十二歳の成人女性が家を出たところで、何の事件にもならないのだ。

 

『……それでさ。籍とかどうする? 殻吹プロデューサー』

『ん、籍?』

 

 事務所に残されたのは、いきなりプロポーズされたと思い込む元アイドルと。

 

 ため息をついて、各種手続きの書類を作る朴念仁プロデューサーだけ。

 

『そうだな。(事務所の)籍を入れるなら早いほうが良いな』

『そ、そうだよね。うん、わかった』

『書類はこちらで用意しよう』

 

 そして翌日、彼が作ってきた『雇用契約書(事務員)(籍を入れる書類)』を見てオバカな誤解が解け、トラブルになるのだが……。

 

 それがきっかけで、二人の交際が始まるのはまた別のお話。

 

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