【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
「ここで、地面を蹴ってターン! ……で、良いのかな」
「そうよ歌沖、良い感じ!」
母さんとフランソワ・アンネの意外な関係を知った日。
僕は日が暮れるまで、アンナと自主レッスンを行った。
「体の動きはあってるわ。ただ少し、軸足がブレてる」
「なるほど、軸足ね。……これ、難しいな」
彼女と一日練習して、改めて僕はアンナの凄さを知った。
ダンス、ボーカル、演技の三つがアイドルの基礎
「そのステップ、イオ君の体格じゃ難しいかも」
「あ、アンネさん」
「下半身の筋力がつくまでは、ターンを半回転にすると良いわ」
そして彼女の母親、フランソワ・アンネも現役時代は万能型のアイドルだった。
ペラペラの日本語で唄われる歌唱力と、西洋人の強い体幹から生み出される力強いダンス。
ドラマでも演技力を高く評価され、主演女優賞を取ったこともある。
「半回転で着地して、くるりと足首を返す。イオ君は、この動きを練習してみようか」
「はい、アンネさん!」
アンナはそんな母親の下で、幼少期から努力を重ねてきたのだ。
そりゃ、他のアイドル志望とは一線を画す実力で当然だろう。
「イオ君、本当にド素人ね……。
「いや、あははは。私って教えるの苦手でさ」
「そうだったね。
一方で僕の母さん、
フランソワ・アンネとは違って、偏ったバランスのアイドルだった。
「考えてみれば確かに、
「それは、どうしてですか?」
「歌沖奏の技術は、天才的すぎて真似できないからさ」
演技力は平凡で、即興劇でもうっかり地が出ることも多かった。
ダンスはそこそこ上手いが、彼女より踊れるアイドルは何人かいる。
ただ歌唱力だけは天下一品で、誰も歌沖奏には敵わないと言われた。
「私も研究したけど、奏の歌い方はどうやっても真似できなかった」
「こう、ガァーッて歌に入り込む感じで歌えばいいんだけど」
「こんな感じで、説明も意味不明だし」
歌だけで天下を取れると評された、元天才アイドル歌沖奏。
アンネさんは何とも言えない遠い目で、母さんを見つめていた。
「イオ君さえよければ、週末は私がアイドルを教えよう」
「良いんですか!」
「自主練するにも、ライバルがいた方がアンナも熱が入るだろうし」
そんな訳で僕は、今後もアンナの家に呼んでもらえることになった。
元トッププロが個人レッスンしてくれるなど、願ってもない。
「悪いわね、アンネ」
「なに。私は、
プロデューサーになるなら、アイドルデビューしておくに越したことはない。
仕事で成果を示せば、そこでコネを増やせる。
「よろしくお願いいたします!」
「ああ、よろしくイオ君」
そもそもフランソワ・アンネさんと知り合えたこと自体、強力なコネだ。
小学生から始める僕のプロデューサー生活は、最高のスタートとなった。
『アンネさん。発展クラスって、どんなレッスンなんですか?』
『ふむ。イオ君は来週から、ボーカルが発展クラスだったな』
そしてレッスンを終えた後。
僕はアンネさんに、発展クラスのレッスンについて聞いてみた。
『発展クラスは、雰囲気が変わるから覚悟しておくといい』
『そ、そうなんですか』
『メンバーはピリピリしてるし、トレーナーの指導も厳しくなる』
基礎クラスは素人に近い子と一緒に受ける、遊びを交えた楽しいレッスンだ。
どちらかというと『習い事』の側面が強い。
『ボーカルの発展クラスは、少人数で行う』
『ふむふむ』
『毎月課題曲を用意されて、月末にプレオーディションで歌うんだ。その歌をトレーナーに審査をされ、順位付けもされる』
しかし発展クラスは、プロの席を争う子供たちの『競争の場』。
歌の出来を点数化されて、部屋に順位表が張り出されるという。
『そこでしんどくなって、辞めてしまう子も多い』
『……』
『だからトレーナーは、発展クラスに上げるのに慎重になる』
楽しいお遊戯だったレッスンが、過酷な競争社会に早変わり。
確かに、それはしんどくなってしまう子も出てきそうだ。
『だから君は特例なんだよイオ君。普通、初回のレッスンで昇格なんてありえない』
『特例……、そんなに珍しいんですか』
『ああ。だけど君ならばそれも仕方ない』
つまり、僕のいきなり昇格はとても珍しいということ。
そしてアンネさんは羨ましそうな顔で、こう話を続けた。
『イオ君。君は、
『……母さんと?』
『私がどんなに研究しても、真似できなかった歌い方だ』
僕の歌は、天才と呼ばれた母さん譲りらしい。
それが今世における、大きな僕の長所。
『その才能を、君がどう生かすのか。引退した元アイドルとして、君の活躍を見届けさせてもらう』
フランソワ・アンネさんはそう言うと、不敵な笑みを浮かべ。
優しく、僕の髪を撫でてくれた。
そんなアンネさんの忠告を胸に刻み。
プロ目前のアイドル候補生が在籍するという、発展クラスへと足を運んだ。
「……発展レッスン、か」
緊張をしていない、と言えば嘘になる。
僕は軽く深呼吸をした後、意を決して
「えっと、ここ……だよね?」
ボーカルの発展クラスは、基礎クラスとは曜日と場所が違う。
基礎クラスは広い多目的室に、多人数が集まってのレッスンだった。
「母さんがいた収録室に似てる」
しかし発展クラスは、
収録室に近い環境を用意することで、本番でも緊張しないようにしているらしい。
「あ、そうだ。スマホをサイレントにしておかないと」
そしてレッスンを受ける際、スマホは音が鳴らないよう設定するよう注意を受けた。
レッスンの集中を乱さないよう、音が出るものは持ち込みNGなのである。
僕はスマホをサイレントモードにして、カバンに入れてレッスン開始を待った。
「……」
十分ほど、教室で待ってみる。しかし集合場所には、誰も集まっていない。
そろそろ、開始時間の筈だ。渡されたプリントで、レッスン場所と時間を確認する。
「ここのはず、なんだけど」
集合場所を間違えていないか、もう一度確認した。
やっぱり、ここだ。日付も時間も、階も部屋の番号も、間違いなく正しい。
「……どういうことだ?」
レッスンは、あと五分で始まる。
こんな時間まで、生徒が誰も集まらないなんておかしい。
直前になれば、揃うのだろうか。それとも、何か僕が勘違いしているのだろうか?
「あ、いはった」
少し不安になりながら、レッスン室でじっと待っていると。
セーラー服を着た長い髪の女性が、ひょいと顔を覗かせた。
「ねぇ、貴方って
「あ、はい。その通りです」
「やっぱり~! 連絡行ってなかったんやね」
彼女は僕を見て、パっと笑顔になって。
パタパタと小走りで、僕の方に駆け寄ってきた。
「この部屋の機材、トラブルで調子悪かったんよ。そんでさっき、レッスンの場所が変わったんや」
「あ、そうだったんですか」
「グループラインで流れてきたんやけど、イオ君はグループ入ってないんとちゃうかって」
その女の子は小学校高学年~中学生くらいだろうか、純和風の黒髪ロングで可愛らしい。
間伸びした京都なまりの、独特の喋り方をする子だった。
「声掛けに来てよかったわ~」
「ありがとうございます。助かりました」
「ええよ、ええよ~。そんなかしこまらんで」
そんな彼女を近くで見て、改めてその可愛さに驚く。
スラリとした高身長なのに、顔が小さく肌がきめ細かい。
「……」
「どしたの、私の顔なんか見て」
睫毛の長さや髪の艶、健康的な肌色にがっしりとした腰つき。
まだ子供なのに、和風美人の風格を感じる美貌。
「いえ、奇麗な方だなと」
「いややわぁ! その年で口説くのは早いでぇ」
なるほど、これがアイドル養成スクール。
デビュー前の一般生徒ですら、この美貌なのか。
「私より
「そ、そうなんですか?」
「そうなんよ。私なんか、スクールで一番の
彼女はうふふ、と口に手を当てて笑った。
その一挙一動がいちいち、絵になって目を奪われる。
「皆さん、私より歌も踊りも上手で敵わんわぁ」
「……そ、そうなんですか? 本当に?」
彼女のその言葉が、信じられなかった。
僕の目には、少なく見積もってもアンナクラスの輝きを持っているように見える。
今すぐデビューしてもおかしくない、人を惹き込む魅力を感じる。
─────
「ふふ、驚くのはええけど……もうレッスン始まるよ」
「あ、ああ。そうでした、ごめんなさい」
「はな、移動しよか。移動先は、向かいの三つ目の部屋」
僕は、井の中の蛙だったのかもしれない。
芸能事務所
「発展クラスは皆、別格に歌が上手いから。気ぃ落とさんようになぁ」
「は、はい……」
僕はこの娘に初対面で、頬を染めるほど魅了されたというのに。
こんなに魅力的な少女でも、アイドルには届いていないのだ。
今から向かう教室には、どんな人たちが待っているんだろう。
「はい、ここ。じゃ、一緒に入ろ?」
「ありがとうございます」
和風少女に笑いかけられて、頬が赤くなるのを感じた。
同性であっても、魅力的な相手だと照れてしまうらしい。
「トレーナーさん! 歌沖イオ君、連れてきました~」
「し、失礼します」
彼女の快活な声と共に、レッスン室の扉が開かれた。
中に居たのは数名の男女と、ボイストレーナーの竹田さん。
「あ、竹田トレーナー。今週もよろしくお願いします」
「え、ええ。
竹田さんはボーカルの基礎クラスでレッスンをしてくれた人なので、顔を覚えていた。
僕は挨拶しようと、彼女に近寄ると……。
「もー、ほんま竹田さんは連絡がお上手ですわなぁ。私ってばうっかり、
「……申し訳ありません」
僕と竹田さんの会話を遮って、和風少女が間に入り。
彼女は甘ったるい猫撫で声で、竹田トレーナーに笑いかけた。
「
「なるほど、ご両親に連絡したんですの?」
竹田さんの言葉を聞いて、サイレントにしたスマホを取り出してみる。
すると確かに、母さんから場所が変更になったとメッセージが届いていた。
僕が連絡を見落としていたらしい。
「私みたいな粗忽者は『移動前の教室に張り紙を残しておく』しか思いつきませんでしたわぁ」
「そ、そうですね」
「文明の利器を上手に活用なさって、さすがは竹田さんですなぁ」
その口調こそ慇懃だが、話の内容は言葉のナイフ。
チクチクと刺すような嫌味を、竹田さんにぶつけている。
「こ、こちらの不手際でした。申し訳ございません」
「ふふふ~? 何を謝ってはりますの?」
和風美人さんの雰囲気が、さっきまでと違う。
僕を迎えに来てくれた時は、あんなに快活で優しそうだったのに。
「さ、レッスン始めてくださいな。今日もあんじょう、トレーナーさんの素晴らしいご指導を受けたいわぁ」
「……分かりました、
その名を聞いて、鼓動が跳ねた。驚いて、彼女の方へ振り返る。
すると温厚そうな和風美人は口元を手で隠し、トレーナーに笑いかけていた。
「で、では、レッスンを始めましょう」
それは、父さんが僕に『近づくな』と警告していた危険人物の名前で。
アイドルとしての才能は十分でありながら、素行の問題でデビューさせられない女。
今や退学すら検討されている、事務所の厄介箱。
「ほな、よろしくお願いします~」
そんな彼女は竹田トレーナーにそう返事をすると、鼻歌交じりにワイヤレスイヤホンを耳に付け。
渋い目で彼女を見るトレーナーを尻目に、スマホゲームを始めてしまった。
「……」
……そして。
彼女のもたれた壁には、先月の順位表が張られている。
ボーカル発展クラス、三月の課題曲は「ルリリのハンバーガー」。
そして順位表の一番上、一位は