【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
スマホを触る
竹田トレーナーが気づけば、僕の前に立っていた。
「歌沖イオ。どうぞ。こちらが今月の課題曲『銀翼の昇華』です」
「あ、どうもありがとうございます」
トレーナーはそう言って、僕に楽譜を渡してくれた。
『銀翼の昇華』は僕も聞いたことがある、アレクシャスガールズのヒット曲だ。
「本来は月末にプレオーディションで歌ってもらうのですが、今月は採点を免除します」
「免除ですか?」
「成績に関わりますからね。準備期間が少ないのは、公平と言えませんから」
プレオーディションは、言ってみればテストのようなものらしい。
オーディションでの順位が、アイドルとしての評価になるそうだ。
「それに『銀翼の昇華』はデュエット曲で、もうペアは決まってるんです」
「なるほど、デュエットの課題もあるんですね」
「ええ、音程を引っ張られない
課題曲はただ一人で曲を歌えたらいい、というわけではない。
アイドルは、ユニットを組んでデビューすることが多いからだ。
なのでデュエットも、課題曲に組み込まれている。
「前半は音程・リズム・表現のレッスンを行います。後半に課題曲の歌唱を行います」
「はい」
「歌沖イオは、まず他の候補生が課題曲をどんな風に歌うかを観察してください」
課題はソロ曲、デュエット曲、多人数曲と月ごとに替わる。
そして歌いぶりと順位次第で、プロデューサーに声をかけてもらえるらしい。
「ただ順位は付けませんが、歌ってはもらうつもりです。家でも練習しておいてください」
「分かりました」
「楽譜に添付してるQRコードのリンク先を開いていただけば、音源データもダウンロードできます」
発展クラスは聞いていた通り、デビュー目前の候補生のためのレッスンだった。
順位がデビューに直結するので、皆真面目にレッスンを受ける。
このシステムなら、候補生同士でピリピリするのも無理はない。
「では、発声レッスンを行います。全員、一列に並んでください」
「「はい!」」
発展クラスの候補生たちは、みんな目が血走っていた。
お互いけん制し合う、張り詰めた糸のような緊張が漂っている。
「ピアノに合わせて、声をあげましょう。アーアー、アーアーア~」
「「アーアー、アーアーア~」」
基礎クラスの楽しいお遊戯とは、大違いだ。
母さんはこんな環境で、候補生として戦い続けてきたのか。
確かにこれは、病んでしまう人も出てくるかもしれない。
「ふわぁ~。あ、SSRが出たわぁ♪」
だからこそ、僕には理解できない。
みんなが真剣な表情で、レッスンに臨んでいるその後ろで。
「ツイとるわぁ。やっぱり、日頃の行いかなぁ」
欠伸をしながらスマホを触る、
「はい、前半終了です。休憩を挟みますので、水分補給を行ってください」
「「ありがとうございました!」」
発展クラスのレッスンの前半は、ひたすら音声トレーニングだった。
歌いなれているつもりだったが、後半は声がかすれそうだった。
「私は機材を持ってきますので、君たちは騒がないように」
「「はい、竹田トレーナー」」
休憩時間になると、竹田トレーナーは教室から出ていった。
後半の練習機材を取りに行ったらしい。
「よし。竹田ちゃん、行ったよ~」
「ちゃんと課題、練習してきてる? どう?」
「今回の歌詞、ムズくない? 英語多すぎない?」
トレーナーさんが出ていった直後、ざわざわと雑談が始まった。
浮かれた話をする子はおらず、話題は課題やレッスンについてばかり。
ただ、月壁瑠偉に話しかける子は一人もいなかった。
「……ふぅ」
僕は母さんが用意してくれた、薄めた常温のスポーツドリンクを口に含んだ。
医学的根拠はないらしいが、喉を冷やさないよう冷たい飲み物は避けた方がいいらしい。
「こんにちは。えっとお前、歌沖だっけ?」
「へ? あ、どうも、こんにちは」
壁際で一息をついていると、いきなり肩を叩かれた。
目を向けるとそこには、髪をツンツンに固めた男の子が立っていた。
「緊張しなくていいよ、挨拶したかっただけ」
「あ、これはどうも。僕、歌沖イオです」
「おれは
彼は新しく昇格した僕に、挨拶しに来てくれたようだ。
どうやら性別は、勘違いをされているっぽいけど。
「見ての通りこのクラス、女ばっかでさぁ」
「えーっと。いや、僕は実は……」
「男の候補生は少なくて、肩身が狭かったんだ。来てくれて嬉しい」
完全に男だと思われて話が進んでいる。
勘違いは、早めに正しておこう。そう思って、口を開こうとしたら……。
「歌沖が良かったらさ、連絡先の交換とかも─────」
「あ、葛城がさっそく新人に絡んでるゥ!」
話しかけてきてくれた葛城くんが、ドンと突き飛ばされた。
振り返ると、意地の悪そうな女の子二人がニヤニヤ笑っていた。
「男子が入ってきてうれしいの? 本当に?」
「自分より下の奴が来てくれてうれしい、じゃないのぉ?」
「先月もドベだもんね、葛城ー!」
「……」
ケラケラと高い声で笑う、二人組の女の子。
彼女らは挑発するような口調で、葛城クンをあざ笑った。
サっと空気が冷たくなって、葛城君の表情が険しくなる。
「ほらほら、歌沖見てみ? 先月の順位表!」
「ドベのところに、誰かの名前があるよね? 読み上げてみ?」
……それは先ほどの、順位表。
見れば確かに、先月の最下位は『
「お前らには関係ないだろ、ほっといてくれ。男同士で話がしたいだけだ」
「忠告してるだけ~。歌沖くん、葛城とつるまないほうがいいよ~? 音痴がうつるから」
いやな気分にさせてくれるものである。トレーナーさんがいなくなった瞬間に、これか。
イジメや喧嘩のやり方は、昭和も令和も変わらないようだ。
「……場所変えようぜ、歌沖。こいつらがいると話が出来ん」
「あ、えっと。うん、そうだね」
できればこの娘たちと、関わりたくはないな。
そう思って葛城君についていこうとすると、
「ふーん。歌沖くんって『
「えー、やめときなよマジ。ソイツきもいよ?」
葛城君と仲よくしようものなら、標的にするぞと脅しているらしい。
この言動は、ちょっと看過できないな。
「……悪い、歌沖。やっぱいいわ」
「え、あ……」
「わすれてくれ。おれに話しかけなくていい」
言葉の意味を察したのか、葛城君はそう言って唇を噛んだ。
そして僕から目を離し、ツカツカと教室の隅に歩いて行った。
「ちょ、ちょっと待って葛城君。僕は、別に─────」
「……」
彼女たちの顔を覚えつつ、僕は葛城君の後を追った。
この二人は、普段からこういうことをしていると見た。あとで、父さんに報告しておこう。
「ほっときなって。アイツ、マジで歌へたくそだから」
「関わっても落ちこぼれるだけだよ~?」
その女子の二人組は、小学校高学年くらいだろうか。
見た目は整っているし声も良く、良い体格をしているが……。
「……」
「え、歌沖。何その目」
ダメだな。この娘たちは、あまり輝かないタイプだ。
いかに丁寧に磨こうと、どこかで光がくすんでしまう。
「ごめん、ちょっと葛城君のところに行ってくる」
「あー、歌沖くんに嫌われちゃった」
「やっぱ言い過ぎだって! 歌沖くん、真面目すぎて面白!」
フランソワ・アンナのような、将来が楽しみな原石にはとても見えない。
この子たちとは付き合うだけ、時間の無駄だ。
そう考えて、踵を返そうとした直後。
「─────あらまぁ、楽しそうやなぁ?」
その猫撫で声を聞いて、二人の顔色が変わった。
僕もゾクっと背筋が跳ね上がり、とっさに振り向いた。
「あの男の子。えーっと、か、
「……なに、月壁さん。私、アンタに話しかけてないけど」
「いややわぁ、意地悪なこと言い張ってたから」
見ればさっきまで、スマホを開いてニタニタ笑っていた
柔和な笑みを崩さないまま僕たちの背に立って、話しかけてきたのだ。
「私はとっても、歌がお上手屋と思うよ?
「……っ」
「私には、同じくらいに聞こえたわぁ」
スッと、
その瞳に浮かぶのは、『呆れ』の感情。
「何が言いたいのよ、月壁」
「あれぇ、怒ってはるん?」
彼女の言葉は、先ほどの竹田トレーナーさんに対するものと一緒だ。
今日、初対面であるはずの僕でもわかる。
「私はみんな、同じくらい歌がお上手やと言っただけやのにぃ?」
『アンタらも、同じくらい歌がヘタクソと言わなきゃわからん?』
─────そんな副音声が、聞こえてきた。
路傍に跋扈する
「は? 突っかかってくんなし、うざ」
「クスクスクス……」
もしかして彼女は、葛城君を庇おうとしたのだろうか。
いや、違う。だって彼女は、葛城君の名前すら憶えていななかった。
「私、怖いんよぉ。意地悪なこと言う人が」
『目障りなんよぉ。何か勘違いしてる人が』
ただ教室の中で、羽虫が不快な音を出して飛んでいた。
だから面倒くさそうに、手で振りはらっているのだ。
「自分に才能、お有りと思うんやったらさ。静かに過ごそ?」
『自分だって大した才能持ってないんだから、静かにしとき』
自分がこの世で最も優れていると信じ、疑っていない。
「は? こいつマジでさぁ……」
「ねー、面倒だし竹田にチクろ?」
「そ、そうね。関わるだけ無駄だわコイツ」
二人組はそう言うと、舌打ちしてその場から立ち去った。
場に残ったのは呆然とする僕と、ニコニコと微笑む月壁瑠偉だけ。
「ふふ。えっと、歌沖君やったよね」
「あ、その。どうも月壁さん」
彼女は微笑みを崩さないまま、ポンと手を叩き。
まるで釘をさすかのように、僕に向かってこう言った。
「歌沖君も、みんなと仲良うしたってな」
『お前も、勘違いしたことはすんなよ?』
言葉遣いこそ丁寧ではあるが、副音声がとても怖い。
上辺だけは好意的ではあるが、その真意は傲慢で自己中心的。
「う、うん。分かった」
「これから、よろしゅう♪」
少なくとも、凄く付き合いづらいタイプだと分かった。