【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
「竹田さん、竹田さん」
「また月壁が突っかかってきて……」
十分ほどして、竹田トレーナーが教室に戻ってくると。
先ほどの二人組が、さっそくトレーナーさんに話しかけにいった。
「いつものニヤニヤした顔で、『歌がとてもお上手で』とか煽ってきて」
「……また
二人はそんな竹田さんの言葉を聞き、ニヤニヤと嬉しそうに笑っている。
しかし月壁さんは、意に介さずスマホに没頭していた。
「あいつ、辞めさせられないんですか?」
「もう一度、議題に上げようと思います」
確かに月壁さんも煽ったが、先に葛城君を煽っていたのはあの二人だ。
そう告げようと、竹田さんの方に向かったら……。
「他に、何か挑発的なことを言われませんでしたか」
「私らにさ、『才能あると思ってるん?』みたいなこと言われた」
「あー、それ言われた!」
教室の隅では葛城君が二人組から目を背け、怯えた顔をしているのが見えた。
あの二人のイジメが、エスカレートするのが怖いのだろう。
「……分かりました。全体会議で、改めて報告します」
「お願い!」
父さんはアイドル候補生同士のイジメに、手を回しきれていないと言っていた。
おそらく、あの二人の悪行は上に届いていない。
月壁さんの印象が悪すぎて、他の生徒に目が届いてないのだ。
「では、レッスンを再開します。各員、集合してください」
「「はい!」」
「一組ずつ、通しで歌っていただきます。まずは佐藤・森下ペア」
レッスンが再開されても、葛城君も月壁さんも黙ったままだった。
トレーナーは二人組を庇う様に、月壁さんを睨みつけている。
……竹田トレーナー、あの二人組が『イジメられている側』と認識してそうだな。
「じゃ、音源流します」
「「よろしくお願いいたします!」」
トレーナーに庇われて、二人組はニヤニヤと笑うのをやめない。
なぜ、あの二人組は糾弾されていないんだろう。何かからくりがありそうな気がする。
「「─────虹を登れ、
「はい、いいですね!」
とりあえず隙を見て、証拠を録音できないか狙ってみよう。
今は、父さんに報告するだけで良い気がする。
「佐藤さんはバランスよく歌えていました。一方で森下さんが、佐藤さんに引っ張られ気味でしたね。自分の音程を見失わないようにしてください」
「「はい、ご指導ありがとうございます」」
「では次、葛城・加賀ペア」
「「お願いします!」」
何せ証拠がないので、騒いでもトレーナーさんに信じてもらえなさそうだ。
完全にあの二人の言うことを、信じ切ってそうだし。
「「飛び立とう
「良いですよ!」
よし。二人組はいったん忘れて、レッスンに集中しよう。
課題曲『銀翼の昇華』は、空を翔けるのがテーマの解放感あふれる曲。
「「さぁ さ 翔け上がれ! 高くまで 風を受け! 雲を抜き去り 大空が 青く染まるまで!」」
何度か聞いたことはあるが、やはりいい曲だ。
ついスキップしてしまいたくなる、小気味の良いリズム感。
「よろしい。では、木村・三浦ペア」
「「よろでーす!」」
そうこうしていると、例の二人組の出番がやってきた。
彼女たちは三浦さん、木村さんというらしい。
二人は愛想よくトレーナーに笑いかけ、一礼して歌い始めた。
「「……虹を登れ、
彼女たちの歌声は、聞いてすぐに上手と分かった。
発展クラスの時点で、下手くそなわけはないんだが……。
「「飛び立とう
あの二人組は、ただ音程を取っているだけではない。
ちゃんと感情を乗せて、上手に歌詞を『表現』している。
今まで歌った候補生の中では、一番じゃなかろうか。
「今日も素晴らしいですね、木村さんに三浦さん」
「ありがとうございます!!」
気になって先月の順位表を見ると、三浦さんと木村さんが二位と三位だった。
あの二人組は発展クラスの中で、さらに上澄みの生徒だということ。
それで、調子に乗っているのかもしれない。
「じゃあ、えっと……。月壁さんね」
「え、私も歌うん?」
そしてトリは、先月一位の月壁瑠偉。
しかし彼女はデュエットなのに、一人しか名前を呼ばれなかった。
その理由は……
「見ての通り、私は誰も組んでくれへんで」
「ペアができなかった人は私と組みたいと申請するか、三人組を作れと言ったはずですよ」
「どっちもやってない場合はぁ?」
どうやら彼女は、誰ともペアを組んでもらえなかったらしい。
普段の言動がああいう感じなら、それも仕方ないかもしれない。
「もちろん採点除外ですが、歌っては貰います」
「えぇぇ~? 除外しはるのに歌わせて貰えますの?」
ただ
むしろそれをいいことに、サボるつもりだったようだ。
「しゃーないなぁ」
面倒くさい、早く終わってほしいと言いたげに。
……マイクの前に立って、大きく息を吸い込んだ。
─────天使の、歌声。
ビリビリ、と。
「……え、ぁ」
それが鼓動なのか、溜息なのか、痙攣なのかは分からない。
ただ事実として、
うまく言葉では言い表せない。だが、間違いなく僕は彼女の歌に『取り込まれた』。
全く練習をしていないのだろう、音程は時折外れていた。
表情は気だるげで、飛翔をテーマにした曲を歌っているようには見えない。
だというのに、
「……す、ごぃ」
プロの中でも上澄み、トッププロと比肩して遜色がない。
どこまでも伸び跳ねる声色が、聞いていて心地よい。
目を閉じれば、無限に広がる青空が浮かんでくる。
気づけば僕の肩は揺れ、小さく鼻歌を刻んでいた。
─────天才だ。
これが今、
フランソワ・アンナが、無限に輝く宝石の原石だとするならば……。
彼女はこんな声で歌っておいて、どの口で皆を『お上手』だと褒め称えていたんだ。
「ふぅ~。こんなもんでどうやろか」
「……お見事、です。月壁さん」
人は蟻を見て、その大きさを比べようとはしない。
彼女の歌を聞き終わった僕は恍惚として、息が荒くなっていた。
「で、では最後に歌沖イオ。……歌沖イオ?」
「は、はい!」
トレーナーさんの声掛けに気づかず、ボーっとしてしまっていた。
「う、歌います」
「緊張しなくていいですからね」
慌てて前に出ると、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
さっきの二人組なんかは僕を、嘲るような顔で見つめていた。
「では、始めます」
「はい!」
落ち着け。僕は今、初めてこの曲を歌うんだ。
下手くそだったとしても仕方ないし、問題はない。
「─────に、虹を登れ、そーりん おん しるヴぁー うぃんぐす」
僕の口から出てきたのは、たどたどしい英語の発音だった。
今世で僕はまだ、英語を話したことがない。
なので英語歌詞の活舌が悪いのは、当たり前である。
「くっ……ククククク!!」
僕のグダグダ発音を聞いて、二人組が爆笑していた。
月壁瑠偉はスマホを見ていて、葛城君は心配そうに僕を見つめている。
「飛び立とう ぜア ラー のぅ えねみぃず うぇあ あいぶ ふろうん……」
英語の歌詞に共感できず、なかなか歌に入り込めない。
これじゃ、その辺の幼稚園児の歌と大差はない。
思い出せ。
どんな風に、この歌を表現していた?
……目の前に無限に広がる青空を、自由自在に。
……どこまでも飛んでいく解放感を、歌っていたんじゃなかったか?
空想の、羽を広げろ。大丈夫、サビに英語の歌詞はない。
好きなだけ、どこまでも、リリックに入り込んでも構わない。
眼を閉じて広がる大空を意識した瞬間、カチリと僕の中で何かが切り替わった。
「─────さぁ、さ。翔け上がれ」
目を閉じる。リズムに乗って、肩を揺らす。
僕は鳥だ。白銀の翼を得た、大空を自由に羽ばたく渡り鳥。
「─────高くまで、風を受け」
ふわり、と。力強く羽ばたく、風圧を感じた。
身体が天高く舞い上がるような、上昇気流に乗った気がした。
「─────雲を抜き去り、大空が」
ああ、楽しい。面白い。気持ちがいい。
なんて爽快な曲なんだ。僕には作れない、駆け抜けるようなテンポ。
最初から完璧に歌えていたら、どれほど気持ちよかっただろう。
「─────青く染まるまで」
僕は小さく手を広げ。
地平線の彼方まで飛ぶように、曲の余韻を楽しんだ。
「お疲れさまでした」
ぜぇぜぇ、と肩で息をする。
発展クラスの課題曲だけあって、とても難しい曲だ。
「英語が苦手ですか、歌沖イオは」
「うぅ……。はい、苦手で」
「では、要練習ですね」
竹田トレーナーさんは、僕の英語歌詞の拙さを指摘してきた。
確かにアイドルを目指すなら英語くらい、練習しておくべきだった。
「ただ、サビは素晴らしかった。来月から、あなたの参戦が楽しみです」
「あ、はい! ありがとうございます」
しかし竹田さんは、笑顔を僕に向けていた。
サビだけは上手だったと、言ってくれているんだろう。
僕はペコリと、竹田さんに頭を下げた。
「……」
しかし竹田さん以外はみんな、無表情な目で僕を見ていた。
あれは、失望だろうか。あるいは、嘲りだろうか。
「それじゃ、今日のレッスンはここまで。解散しましょう」
だがそれも、無理はないだろう。僕は英語歌詞のパートを、音程すら取れていなかった。
サビだけは何とか曲に乗れたが、AメロやBメロは無茶苦茶だ。
初週で発展クラス入りしたとはいえ、僕の実力はまだまだ下の下。
これからしっかりレッスンを受け、成長していかなければ。
「─────歌沖君、
「ふわぁ!?」
そう考えて、ちょっと落ち込んでいると……。
いきなり背後から誰かが、僕に抱き着いてきた。
「発展クラスで、あないな歌を聞いたのは久しぶりやぁ」
「え、あ、えっと」
「練習してないもん、当然かもしれんけどぉ」
恐る恐る、振り返ってみると。
そこには目を輝かせ、満面の笑みを浮かべる
「いやもう、そんなんでよくアイドル目指そうと思ったなぁ。ええ度胸過ぎて笑ってまうわぁ」
「え、いや、すみません」
「歌沖君の美徳は、身の程を知っておることだけやなぁ」
彼女は罵詈雑言を発しながらも、僕を掴んで離そうとしない。
何、何なのこの人。僕にどういうアプローチをしようとしてるの?
「それでな、歌沖君」
「な、何でしょう」
「銀翼の昇華のサビやけどな? 最後の半音だけ、わざと音程を上げてみ?」
「音程を、わざと上げる?」
「楽譜から離れるんやけど……。その方がもっと『飛び立つ』で」
そう月壁さんに言われ、僕はその意味を考えた。
最後の歌詞『青く染まるまで』を、途中で半音上げろと。
「……」
そのまま歌うと、渡り鳥は地平線の彼方まで真っすぐ進むイメージになる。
しかし最終節を半音だけ上げると……。
「……あっ!」
「んふふふ~」
渡り鳥が空高く飛び去って、青空に消えていくイメージになった。
確かに、テーマを考えるとこっちの方が後味が良い。
「最後の、ほんのチョイとだけな」
「あ、ありがとうございます」
「そしたら歌沖君の
……で、何でアドバイスをくれたんだこの人。
そんなに『まだまだ』と連呼しながら、なんで笑顔なんだ。
「ああ、やる気が出て来たわぁ」
「えっと……?」
というか、さっきから彼女の言葉と表情があっていない。
彼女はむしろ、僕を愛おしい目で見つめている。
「ほな、ついてきてな歌沖君」
「え、どこにですか」
「ん、トレーナーさんのトコ」
……そこで、僕は気が付いた。
彼女は他の候補生には、『お上手』としか言っていない。
「おーい、竹田トレーナーさ~ん」
「えっ、な、何ですか月壁瑠偉」
「報告がありましてぇ」
なのに、僕には『まだまだ』だと言い切った。
これもしかして僕、褒められていたのか?
だとすればどんなコミュニケーションだと、衝撃を受けていると。
「今月、私は歌沖君とデュエット組みますわ~」
「……えっ?」
月壁さんはトレーナーさんの前でそう宣言した。
……え?
「え、いや、歌沖イオは今月は採点除外ですが」
「でも歌うんやろ? どうせなら、歌沖君もデュエットした方が練習になるやろ」
ちょっと待って、何で、聞いていない。
どうして、僕が
「ぼ、僕、なんで?」
「歌沖君は
信じられないものを見た、とでも言いたげな顔で僕たちを見ている。
「ま、私も人のことは言えへんけどなぁ。歌沖君より下手っぴなんは私くらいやし」
「……」
周囲の表情が固まったのを、知ってか知らずか。
彼女は挑発するような口ぶりで、周囲にこう宣言した。
「私を除いたら、歌沖君が一番下手っぴやろ?」
『私を除いたら、歌沖君が一番上手かったで?』
なんでそんな、トラブルにしかならないようなことを言うの?
もしかして
「何それ。人を馬鹿にするのも、いい加減にしなよ月壁」
「おやおや、怒ってはるん? あんじょう心当たり有りますの?」
「お、おい。二人とも、口論はやめなさい」
その言葉を聞いた二人組は案の定、激怒した。
親の仇でも見るような顔で、月壁さんと
……え、僕?
「つかさ、歌沖も調子乗り過ぎじゃない?」
「今日上がってきたばっかの癖にさ」
「えっ」
なんで、どうして。僕、何も言ってないですけど。
「二人とも落ち着いて。月壁、お前はまたそんな─────」
「まぁまぁ、そんな難しく考えんでもええやん」
こんなことはおかしい。
僕は平和的に、レッスンを受けたかっただけなのに。
「月末のプレオーディション、私と歌沖君が組むんやからさ」
「だったら何だっての」
周囲の子供たちが僕に向ける視線は、とっても攻撃的で。
好意的なのは、性格の歪んだ天才
「竹田トレーナーさんに聞いたらええんよ」
「え、私?」
僕は今、父さんの忠告を聞かなかったことを後悔していた。
安易に
「イオ君がもし参戦してたら『何位』やったか」
「……っ!! 上等じゃない!」
どきどきワクワクだった、発展レッスンの初日。
僕は、(月壁瑠偉以外の)クラス全員にケンカを吹っ掛けたことになっていた。