【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
「って感じで、月壁さんから自主練に誘われたんだけど」
「カラオケパブ、かぁ」
その演技レッスン帰り道、車の中。
僕は母さんに、月壁さんからカラオケパブに誘われたことを話した。
「小学1年生をカラオケパブに行かせるのはなぁ」
「だよね……」
「普通のカラオケじゃあダメなの? それなら、ママが付き添ってあげるけど」
「分からない、聞いてみる」
母さんはやはり、カラオケパブと聞いて難色を示した。
僕も親だったら、子供をそういう店に行かせるのには抵抗があると思う。
「その月壁さんってどんな娘なの。不良さんじゃない?」
「えーっと。不良かどうかと聞かれたら違うような、でも素行はあまり良くないような」
「つまり、どっちなのよ」
「部分的にそうです」
悪い奴は誰かと言われたら、三浦木村ペアだとは思うんだけど……。
月壁さんが品行方正かと言われたら、それも違う気がする。
ああ、なんとも説明が難しい。
「ただ月壁さんの才能は凄いんだ。アンナに匹敵するか、それ以上で」
「才能があるからっていい人とは限らないわ」
そんな僕の歯切れの悪い言葉に、母さんは微妙な顔をした。だがそれも仕方ないだろう。
僕自身、まだ月壁さんという人間を測りかねているのだ。
「とりあえず、ママが一人でそのカラオケパブに行ってみる」
「分かった」
「それまで月壁さんに誘われても、勝手に行っちゃだめよ」
結局、月壁さんのカラオケパブに行く許可は下りなかった。
一度母さんがその店に行って、確かめてくるという。
「でも一人で行くのは怖いし……。パパは忙しいだろうし。アンネとか誘ってみようかなぁ」
「あんまり迷惑かけないようにね」
果たして僕は、月壁さんの店に行く日は来るのだろうか。
「課題曲の練習しよっかミウ!」
「いいよ、やろやろー!」
そんなこんなで、月壁さんとの自主練が危ぶまれている裏で。
僕はもう一つの課題だった『三浦・木村ペアのイジメ証拠集め』にも取り組まないといけない。
盗聴グッズは用意して貰えなかったので、証拠はスマホで録音する必要がある。
もう一度、そんな現場に出くわすだろうかと不安に思っていたのだが……。
「虹を登れ、そーりん おん しるヴぁー うぃんぐすぅ!」
「ぎゃははは! 似てる、マジで似てる!」
幸か不幸か、彼女たちの不快な言動はあっさり録音できた。
「さすがに、英語下手すぎない?」
「えー? 本気で歌ってるんだけどぉ」
「そんなんで、よく発展クラスに上がれたね~!」
レッスンの休憩時間、二人が僕の前にニヤニヤして現れたので何かと思ったら。
二人は僕の真似なのだろう、ヘタクソな英語の発音で歌い始めた。
「飛び立とう ぜア ラー のぅ えねみぃず うぇあ あいぶ ふろうん……」
「ぎゃーーははは!」
「……」
どうやら攻撃対象が月壁さんだけでなく、僕にも移ったらしい。
明確に込められた『悪意』を、確かに感じた。
「歌沖くんどうしたの、そんな仏頂面して~」
「ぎゃははは、顔固いよ?」
三浦と木村は、人を
おそらく今まで、こういうことを繰り返していたんだろう。
「……」
周囲の候補生はそんな二人の言動を、見て見ぬふりしている。
前に声をかけてくれた葛城君だけ、心配そうに僕を見つめている。
「どうしたの、何か言いなよ歌沖~」
「今の歌、どう思った? どう思った?」
イジメを見て見ぬふりをすることを、僕は臆病だと思わない。
何せ三浦さんにはプロデューサーの娘と言う、絶対的なコネがある。
みんな親が高いお金を払ってレッスンに通わせ、努力を続けてきた。
だからこそ、彼女たちを敵に回してデビューできなくなるのを恐れているのだ。
「黙ってないで何かいいなよ歌沖~」
「感想くれないかなぁ?」
しかし僕は別に、三浦さんの父がプロデューサーだろうと怖くない。
たんたんと録音を続け、
今日の録音を聞けば、彼女たちが普段どんな言動をしていたか分かるだろう。
「あ、木村、そろそろトレーナー戻ってくるよ」
「本当だ。じゃあね、歌沖くーん」
そう言うと二人は、意地悪い笑みを浮かべて僕から離れた。
同時にピコンと音がして、僕のスマホ画面に『録音完了』の文字が浮かぶ。
ミッションコンプリート。後はこのデータを父さんに送信するだけだ。
「グゥエ!?」
「あら、失礼」
そう考えた、直後。
僕は慌てて、再び録音のボタンを押す。
「ちょ……」
「煩わしい羽虫が飛んでたさかいな。しばいたら当たってもうた」
月壁さんはそう言いながら手を放し、ギロりと三浦を睨みつけた。
視線だけで虎をも殺せそうな、鬼の形相だ。
三浦さんは「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、周囲がざわめき始めた。
「ちょ、月壁! アンタまた!」
「『また』やって? そう言いたいのはこっちやわ」
「暴力よ、竹田トレーナーに言うから!」
「ええよ? 私もイオ君にしとったこと、証言するさかい」
このままトラブルなく終われば、それで良かったのに。
僕を守ろうとしてくれたのだろうか、月壁さんが割り込んで二人に喧嘩を売ってしまった。
「言えるものなら言ってみなさいよ」
「誰もアンタのいうこととか信じないけどぉ?」
「はぁ、ホンマお二人はお上品ですなぁ」
二人と月壁さんが睨み合い始め、どんどんコトが大きくなっていく。
他の候補生たちは距離を取り、教室が静まり返った。
「あ、そうだ」
そこで、何か思いついたのかのだろう。
二人が突然に笑みを浮かべ、僕の方へと振り返った。
「ねぇ。私ら、歌沖に何もしないよね」
「歌を聞かせただけじゃんね。ねぇ、歌沖?」
三浦と木村は、脅迫の対象を年下の僕に切り替えたのだ。
二人は僕を睨みつけ、嘲笑的に凄んだ。
「言葉、ちゃんと選んだほうが良いよ。ミウちんのパパ、ここのプロデューサーやってるから」
「さ、歌沖はどうする? 親のお金、ドブに捨てる?」
なるほど、これが彼女らのやり口か。
親に無理を言って、レッスン代を出してもらっている家庭も多かろう。
だから『アイドルになれないかも』という脅迫に、重みがある。
「大丈夫、月壁さんは言わなくていいよ。自分で言える」
「は?」
「後で竹田トレーナーに報告するつもり。二人に意地悪くからかわれたって」
ただその脅しは、僕には全く通用しない。
コネで言うなら、僕の父さんは三浦プロデューサーの上司だし。
そもそも僕は、アイドル志望じゃないし。
「ふーん、後悔するなよ歌沖」
「月壁とつるむとか、バカなやつ」
僕の態度を見るや、二人は舌打ちして去っていった。
見下すような、『バカなやつ』という視線を向けて。
「あーらあら。優しい物言いですな、イオ君は」
「月壁さんも喧嘩売っちゃだめだよ? 立場が悪くなるだけだから」
「あんじょう、心に刻んどくわぁ」
まもなく、ダプンと背後から重みがのしかかった。
「それと、月壁さん。あんまり人に抱きつくのは」
「あらイオ君、もしかして照れてはる? かーわいい♪」
「……」
彼女は嬉しそうに、僕の頭に胸を乗せて鼻歌を歌い始めた。
月壁さんはあの二人に、無実の罪を着せられていそうだが……。
セクハラ疑惑については、本当かもしれないと思った。
「ほな、イオ君、高音パートは、任せるなぁ?」
「よろしく、月壁さん」
その日のレッスンも、前回と同じように後半は課題曲を歌った。
先週の月壁さんの宣言通り、僕はペアで歌うことになった。
「「飛び立とう
相変わらず月壁さんは圧倒的で、隣で声を聴くだけで陶酔しそうになる。
僕の英語はまだ拙いけど、月壁さんとデュエットしたお陰で先週より曲に入れた。
……今日の月壁さんは、『お姉さんが優しくリードしてくれる』ような歌い方だった。
「竹田さん! 歌沖のやつがね、月壁さんと一緒になって暴言吐いて来たよ」
「今日、ミウが月壁さんに首根っこ掴まれた! 本当にありえない!」
そしてレッスンが終わり、僕が竹田トレーナーに相談に行くタイミングで。
二人組が竹田さんに話しかけ、あることないこと吹き込み始めていた。
「月壁がマジでひどくて! 歌沖も乗っかるように、月壁に同調してさ」
「トレーナーからも、退学させるよう言って欲しい!」
僕より先に、竹田トレーナーの印象を操作しようとしているらしい。
おそらく言った言わないの、水掛け論にしようとしているのだ。
自分の立場の守り方を、よくわかっている。
「月壁さんはともかく、歌沖イオがそんなことを?」
「本当だよ、ウソじゃないもん」
「アイツ、喋ってみたら性格悪かった」
さて、そんな二人をどうしてやるべきだろう。
もう決定的な証拠を入手してるし、こっちが有利ではあるが。
「どうなのですか、歌沖イオ」
「……えっと」
二人から相談を聞いた竹田トレーナーは、困惑した顔で僕に話しかけてきた。
ここで録音した証拠を突き付ければ、簡単に論破できるのだが……。
「僕は、そんなことを言ってません。むしろ、二人に意地悪をされました」
「は? 罪を擦り付けんなし!」
「アンタが月壁さんと一緒になって、私らに暴力振るおうとしたでしょ~!」
僕は敢えてスマホをしまったまま、三浦さん達を『泳がせるため』。
敢えて水掛け論になるような主張を、言い返した。
「君たちが先にからかったんじゃないか」
「何? 私ら、何もからかってないし」
「変な嘘つかないでよ、歌沖!」
案の定、僕の水掛け論に二人は食いついてきた。
こうなれば主張は平行線で、証拠がない限り結論が出ない。
「僕の英語の下手さを揶揄ったでしょ」
「ちょっと歌沖、ひどいよその言い方」
僕は竹田トレーナーに、この光景を見せたかったのだ。
この二人がいかに、『嘘を吐くのが上手いか』を。
「
「そういう風に受けとられるのか、歌沖の被害妄想強すぎるよ」
三浦さんは英語を話題にしたのは認めるが、からかったというのは僕の被害妄想だと言い始めた。
真実の中に嘘を混ぜると、誤魔化しやすいというアレかもしれない。
「明らかに悪意が籠っていたけど?」
「歌沖、ひねくれ過ぎだし」
実際、あの録音を聞いたら悪意が籠っていたのは一目瞭然なんだけどな。
それを聞いた竹田トレーナーは、事情を察した顔になる。
きっと二人には悪意がなく、ただ誤解が生じたのだと思い込んだ。
「双方の主張は分かった、いったん持ち帰らせてくれ。後日、もう一度聞き取りをさせてもらう」
竹田さんは僕に微妙な顔を向けながら、話を切り上げた。
どこまでが被害妄想で、どこまで事実なのか、判断しかねているようだ。
「ただ、月壁。お前が三浦に手を挙げたのは、事実なんだな?」
「はて? 羽虫を叩いた記憶しかありまへんなぁ」
「……よくわかった」
ただ月壁さんだけは、はっきり睨みつけられていた。
今度こそ本当に、退学にされてしまうかもしれない。
「三浦、木村、歌沖、月壁。君たちは来週のレッスンの後に、時間を用意しておいてくれ」
「はーい」
「出来れば保護者も込みで話をしたい。事実確認と、今後のレッスンについて話し合おう」
その言葉を聞いて、三浦さんたちは嬉しそうに声をあげた。
月壁さんを退学に出来るチャンスだと思っているのかもしれない。
「私の保護者はお店やってるんで、多分来れへんと思います~」
「……じゃあ、月壁は一人で良い。後で決まったことを、親に電話連絡するがいいか」
「ええ」
さて、これで準備は整った。
今月のうちに、三浦木村ペアにとの決着をつけよう。
アンナが発展クラスに上がって、嫌な思いをする前に。