【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
「って感じで、録音してきたよ」
『証拠が取れたのか』
その夜、21時を過ぎたころ、僕は父さんに電話をかけた。
要件は、三浦木村ペアのイジメの証拠を渡すことだ。
「録音した音声、送っとくね」
『分かった。まさかこんなに早く、なぁ』
チャットアプリを通じて、僕は父さんにファイルを送った。
これで、事実が握りつぶされることはないだろう。
『……これ、声をかけられてるのはイオか?』
「うん。幸か不幸か、二人の
『なるほど』
父さんは向こうで、音声ファイルを聞いているのだろう。
しばらくの間、重苦しい沈黙が流れた後……
『これは……いかんな』
小さく、唸り声が聞こえて来て。
電話口から聞こえる父さんの声は、険しくなっていた。
『大丈夫だったかイオ。泣いたりはしていないか』
「うん、月壁さんが割って入ってくれたし」
『そうか』
実際、僕はたいして気にしていない。
英語が下手なのは事実だし、実力の伴わないパフォーマンスは笑われて当然だ。
前世で出来の悪い曲を作った際には、もっと激しい罵倒を受けたし。
『ありがとう、イオ。俺も時間を絞り出し、木村と三浦、月壁から聞き取りをしよう』
「あ、それだったらさ。来週のボーカルレッスンの後で、竹田さんが全員集めるって話だったよ」
『む、そうなのか。来週のイオのボーカルレッスンの後……、ふむ』
電話の向こうから、ペラペラと手帳を捲る音がした。
そして数秒ほどペンが走る音が聞こえて来て。
『ギリギリ行けそうだ。俺も参加させてもらおう』
「お、ホント?」
やがて父さんから、頼もしい返事が返ってきた。
来週の話し合い、父さんも参加してくれるようだ。
『来週、決着をつけようか』
「うん」
そこで、電話は切れた。父さんが参加してくれるなら安心だ。
僕は肩の荷が下りたような気分で、布団に入った。
「歌沖! 今日も私と即興劇、組みましょ」
「うん」
─────実際のところ。アイドル研修施設でのイジメ問題は珍しくない。
むしろ候補生同士、陰口を叩き合っている状態こそ『正常』ですらある。
同級生は、デビューの席を奪い合う敵。仲良しごっこでいられるハズがない。
だから中立な立場の大人に、監視してもらう必要がある。
「じゃあ、お題はどうする?」
「うーんと、そうねぇ」
本来であれば、竹田トレーナーがその役目を負うべきだった。
しかし彼女は、三浦と木村に完全に騙されている状況だ。
月壁さんが誤解されやすい性格だったのも一因だっただろう。
「告白はもう飽きちゃったしね。また、私がお題を決めていい?」
「うん。どんなお題で大丈夫だ、ばっちこい」
それに三浦も木村も、嘘をつくことは天才的に上手かった。
アイドルとして学んだ演技スキルを、上手に悪用しているらしい。
「私がイジメっ子をやるわ! 歌沖は、私の嫌味に毅然と言い返しなさい!」
「お、おお」
三浦さんたちは歌も演技も、他人より上手にできるのだろう。
決してアイドルとしての才能が、ないわけではない。
だけど僕は二人から、月壁瑠偉のような輝きは感じなかった。
「えーっと、えふん、えふん。おーっほっほっほ! 私がフランソワ・アンナ様よ!」
「うわ、悪そうな顔」
「私のママは有名アイドルなんだから! ひれ伏しなさい、おーっほほほほ!」
月壁瑠偉とは比べるべくもない、圧倒的な実力差がある。
きっと二人はそれに気が付いているから、イジめているのだ。
「貴方のような無作法者が、本気でアイドルになれると思ってるのかしら! 思い上がりも甚だしいわ!」
「……」
群れから『脅威となる相手』を追い出そうとするのは、生物の本能。
二人は実力で月壁瑠偉に勝つことを諦め、排斥する道を選んだ。
「なれるさ、なってみせるとも」
「まあ!」
「努力をしない君よりは、きっと輝く自信がある」
もしあの二人がイジメに割く時間を、真っ当な努力に当てていたら……。
あの二人はもう少し、僕の目にも輝いて見えたのだろうか。
フランソワ・アンナとの演技レッスンは、楽しい。
「うん、歌沖の演技もだいぶ見れるようになったわ」
「ありがと」
彼女は一生懸命で、自分を高めようと努力している。
その在り方も含めて、彼女は輝いて見える。
「ただ、決め台詞はもう少し溜めたほうが良いかもね」
「なるほど」
「それと、表情の作り方だけど……」
アンナは僕に、ズケズケと忌憚のない意見を言ってくれるのもありがたい。
トレーナーさんの言葉は誉めてばかりで、少し物足りない。
「コツは『ちょっとだけオーバーに』よ」
「ふむふむ」
「役に入り込むのは良いけど、ちゃんと表情を作るのも大事」
この三週間、アンナは基礎クラスでメキメキと頭角を現した。
トレーナーさんも『すぐ発展クラスに上がれるだろう』と太鼓判を押している。
「人間って思ったより、感情が顔に出ないもんなの」
「うん」
「だから、少しオーバーに顔を……」
そんなアンナとの自主練のおかげか、僕もダンスも演技もそれなりにできる。
恐らくダンスも演技も、アンナと一緒に発展クラスに上がれるんじゃなかろうか。
「じゃ、今日はこれで解散」
「うん、ありがとうアンナ」
アンナのお陰で、僕のアイドル生活は何もかもうまく回っている。
彼女と巡り会えた幸運に対し、神様に感謝をしたい。
「今週も、私の家で自主練を─────」
「ほな、ここからは私がイオ君貰うなぁ」
だからこそ『イジメ問題』を、彼女が発展クラスに上がるまでにカタを付けておきたい。
そんなことを考えながら、僕がアンナと別れを告げたその瞬間。
背後からヌっと現れた『誰か』に、僕はいきなり抱きしめられた。
「……なな、なあっ! アンタ、確か」
「アンナちゃん、こんばんはぁ~」
半ばのしかかられるような形で、僕を抱きしめたのは月壁瑠偉だ。
既に小学校高学年の彼女は、僕より身長が一回り大きい。
「出たわね! 月壁瑠偉!」
「はいはい、出たらどしたん?」
「帰って欲しいわ!!」
先週と同じく、月壁さんは僕を待ち構えていたらしい。
頭髪ごしに乳房の膨らみを感じてしまい、僕は黙り込んでしまった。
「悲しいわぁ。イオ君は、そんなこと言わへんよなぁ?」
「あ、あの。重いんだけど、月壁さん」
「あらま。イオ君、女の子のそんなこと言うたら嫌われるで?」
僕の『重い』という言葉が、気に障ったのだろうか。
月壁さんは僕の胸に手を回すと、そのままギュっと抱き上げた。
「これで重くないやろ? すりすりー」
「わ、わぁ……」
「何してんのよ!」
身体が軽い僕は、抵抗できず月壁さんの頬ずりを受けた。
完全に人形扱いである。
彼女は僕を、テディベア人形と勘違いしているのかもしれない。
「イオ君を可愛がっとるんやけど?」
「やめなさいよ! 歌沖、イヤがってるじゃない!」
どうやら月壁さんに、気に入られてしまったらしい。
先週のレッスンの後から、ボディタッチが増えた気がする。
「ダメ~。イオ君は、私のや~」
「何なの、コイツ!」
「僕、誰かの所有物になった記憶はないよ……」
今まで、月壁さんはあの二人と孤立無援で戦っていたわけだ。
共に戦う仲間が出来て、うれしかったのだろうか。
「それでな、イオ君。今日こそ、私と課題曲の練習をしてほしいんやけど」
「あ、その。ごめん、相談したんだけど……。勝手にそういう店に行ったらだめって」
「そうよ、歌沖はアンタなんかと練習しないわ」
そんな月壁さんの事情を知らないアンナは、大声で食って掛かった。
ふしゅるるる、とアンナは鼻息荒く睨みつける。
「歌沖は私の家で! 私と二人で! レッスンするの!」
「えー?」
縄張りを犯された猫みたいである。
僕は月壁さんに抱き上げられ、プラプラ足を揺らせていると。
「それやったら大丈夫やで。なぁ、イオ君のお母さん?」
「えっ」
背後から、聞きなれた母さんの声がして。
振り返ってみると、迎えに来た母さんが僕に手を振っていた。
「お疲れ、イオ」
「母さん、もう来てたんだ」
母さんが、レッスン室まで迎えに来るなんて珍しい。
いつもは、車で待っているのに。
「うん。さっきまで、月壁さんの店で待ってたの」
「え、それって例のカラオケパブ?」
「そうよ」
聞けば母さんは、月壁さんのカラオケパブを偵察に行っていたらしい。
そこで月壁さんと話をつけていたようで、
「じゃあ、イオ君のお母さん。帰りに店で練習してもエエんよね?」
「私がいる時だけにしてね」
「は~い」
月壁さんは、どんな魔法を使ったのだろうか。
なんと帰りに、カラオケパブに寄って練習をする許可が下りてしまった。
「え、えええええ!!」
その言葉に、素っ頓狂な声をあげたのがアンナである。
彼女は僕の母さんを驚いた眼で見つめる。
「な、なんで!」
「発展クラスだと、課題曲をペアと練習するのは普通だしね」
母さんも、かつては
自主練で、ペアの子と歌い合わせる必要性は理解しているらしい。
「じゃ、じゃあ! 私もその店、寄って帰りたい!!」
「……え、えっと」
「歌沖のママさん、連れて行ってくれませんか!」
それを聞いたアンナは悔しそうな顔をした後、そう母さんにせがんだ。
しかし母さんは、アンナに困り顔で返す。
「それは、アンネに確認してからじゃないと」
「ママは、多分ダメって言うし……」
「じゃ、ダメでしょ。親の言うことは聞きなさい、アンナちゃん」
母さんに諭されて、ガーンとショックを受けるアンナ。
そりゃ
「じゃあ、なんで歌沖は……」
「イオは、ママの許可があるからね」
「え、えええ……」
むしろ僕が連れて行ってもらえることの方が驚きだ。
その母さんの判断を、意外に思っていたら……。
「─────見といたほうが良いわ、イオは」
母さんは
おそらく月壁さんの店で、何かを教えようとしているらしい。
「でもアンナちゃんは見る必要はないの。前に見た時は『出来ていた』し」
「出来ていた……?」
「ええ。ウチの子にだけ必要なモノ」
母さんは僕の『足りないもの』を、何かを感じたのだろう。
なら、ここは母さんを信じてみよう。
「じゃ、あんまり遅くなっても良くないから……行きましょうか」
「はーい。イオ君、ご入店おおきに~♪」
「え、あ、うん」
そんなわけで僕は、月壁さんに手を引かれ。
日が落ちたビル街を、歩いていくことになった。
「……浮気者」
「えっ」
アンナはそんな僕を……。
唇を曲げて、冷たい目で睨みつけていた。