【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
……この歌詞は、砕けた台詞にする方がメロいな。
後はフレーズを足して、ダイレクトに伝わるように。
歌詞で風景を描写するんじゃない。歌い手の言葉で、風景を脳裏によぎらせる。
これが、令和の作詞作曲……。
「イオ、ごはんよ」
「ぅー……、違うな」
令和の曲は飽きさせない工夫が重要だ。
昭和チックな、ジェットコースターを上る前のエスカレーターのようなAメロは弱い。
サビで勝負するんじゃない、曲全てをサビにする。
その為にはやはり、転調を上手く使わないといけないか。
「はい、イオちゃん。ごはんだからあーんして」
「あーん」
「美味しい? コロッケ作ったのよ」
折り紙に書いた手作りの楽譜を見て、僕はウンウンと唸る。
もう少しで、何かいいメロディが閃きそうなのだ。
「もぐもぐもぐもぐ」
「イオちゃん、ハムスターみたい」
温かくもカリっと香ばしい、そんなメロディが欲しい。
肉汁のしたたる、甘いモチャっとした食感。
「喉詰まらないよう、お水も飲みましょうねー」
「ごくごくごくごくごく」
「まぁ、ハムスターみたい」
やがて、僕の中で何かがピーンと弾けた。
そうだ、このメロディだ。
パズルのピースにバシッと嵌る、素晴らしい楽譜だ。
「御飯とお味噌汁も食べなさーい」
「ハフッハフハフッハフ」
「イオちゃんはよく食べるわね~」
思いついたメロディラインを、すぐ折り紙にインプットする。
出来た。このメロディならきっと、令和でもついていける。
となると歌詞も、現代風にアレンジして……。
「じゃ、片付けとくねー」
「…………」
今世で僕は、音楽家を目指してはいない。
だけど令和の音楽センスは、プロデューサーに必須だ。
「……できた!」
「へー。イオちゃん、歌を作ったんだ。聞かせて聞かせてー」
「うん」
作曲を始めたら周りが見えなくなるのは、前世からの悪癖。
今日はいい感じのセンテンスを思いつき、朝から作曲に没頭してしまった。
「
「あら、良い曲ねぇ」
前世から数えておよそ五年ぶりの新曲。
令和にアップデートした僕の新曲を聞いた母の反応は、なかなか良かった。
「だけど、イオちゃん」
「何?」
「ママとしては、ちゃんと幼稚園に行ってほしかったかな」
母親は困ったような顔で、窓を指さした。
窓の外を見ると、赤焼けがビル街に差し込んでいた。
「……あれ、もうこんな時間?」
「イオちゃん、ずっと没頭してたよ~」
どうやら僕は幼稚園を休み、黙々と作曲を続けたらしい。
母親がカバンなど、準備してくれていたというのに。
しまったな。
「……ごめんなさい」
「いいよ、いいよ。それがイオちゃんの個性だもんね」
シュンとして謝罪すると、母親は僕の頭を撫でてくれた。
今の僕は作曲家ではなく、ただの幼稚園児。もっと周囲に目を配らなくては。
……反省だ。
「でも、いい曲だったわ。イオちゃんは、音楽の才能があるのよ」
「そう? ありがと」
「ところで楽譜なんて、どこで覚えたの?」
母親にそう問われ、僕は思わず口をつぐむ。
そうだ。幼稚園児が楽譜を書くこと自体、普通じゃない。
「ど、動画で見たんだよ。解説動画」
「へぇ……、楽譜の書き方とか勉強できるんだ」
前世の記憶がある、などと親に話したら気味悪がられる可能性が高い。
僕はただの幼稚園児。これからは気をつけよう。
「動画より、ちゃんと音楽を習ってみない?」
「それは、いいかな」
それに、今世で音楽家になるつもりはない。
僕が目指すのはプロデューサー。音楽スキルは、あくまでその補助だ。
「ところで母さん」
「何、イオちゃん」
幼稚園児が楽譜書き始めたら、親が期待してしまうのも無理はない。
母親の期待の目を逸らそうと、僕は話題を変えることにした。
「今日のごはんは、まだ?」
「そのボケは八十年くらい早いわ」
朝から作曲していた筈なのに、何故かお腹が空いていなかった。
殻吹イオは、よく寝る娘だった。
夜の八時には目がトロンとして、自分から布団に入ってしまう。
父親の
「……と、言うことがあったのよ」
「イオが、作曲を?」
平日は母親から、娘の話を聞くだけである。
「折り紙に楽譜を書いて、ずっと睨めっこ」
「それで、幼稚園を休ませたのか」
「鬼気迫る雰囲気だったから、邪魔できなくって……」
そこで母親は、娘が幼稚園をズル休みしたことを相談した。
それ自体は、どの家庭でも見られる普通の話だ。
ただし、
「……これ、これ。あの娘ったら、楽譜を書いたのよ」
「楽譜を? お前が教えたのか?」
「いや、動画で調べたって。要は独学なのよ」
奇妙なのが、イオの描いた楽譜であった。
折り紙の裏にビッシリと、多種多様なメロディが刻まれ。
そして乱雑に、破り捨てられていた。
「で、これが完成版」
「……聞かせてくれ」
「ええ」
母親は娘の作曲した歌を、父親に歌って聞かせた。
一日中、曲作りに没頭した彼女が作り上げたメロディを。
「─────おいおい」
「貴方、あの娘ヤバいわよ。本物の天才よ」
替え歌や模倣ではない、ちゃんとしたオリジナル曲。
それも、商業で十分に通用するレベルのクオリティだ。
「この曲を、五歳の女の子が? 君が作ったんじゃなくて?」
「貴方も知ってるでしょ、私に音楽の才能がないこと」
確かに父親は、母親をアイドルとしてプロデュースしたから知っていた。
母親には歌唱力はあれど、音楽を生み出す才能はないことを。
「だから、イオちゃんは天才なんだって」
「ううむ、確かに」
「曲作りに没頭する様子とかも、本物っぽかったもん。きっと大物になるわ!」
そう父親に詰め寄る母は、頬が赤く上気していた。
娘の異常とも言える才能に、舞い上がっているようだ。
「でも、イオは乗り気じゃないんだろう?」
「そうなのよ。今から勉強させれば、大成すると思うんだけど」
「じゃ、放っておこう。イヤなことをさせるのはよくない」
「でも、もったいないわ。パパからも言ってみてくれない?」
そんな母親とは対照的に、父の反応は冷めていた。
彼の淡白な反応に、母親は不満げに唇を尖らせる。
「母さん、前に言ったよな。イオには嫌がる習い事をさせないと」
「……まぁ、言ったけど」
「才能があっても、イオが望まない道は歩ませない」
彼は険しい顔で、妻の顔を見た。
それは怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。
「君はそれを重々に理解しているだろ、
「……」
「最高のアイドルになりえた君ならば」
その言葉を聞いた
芸能事務所の敏腕ピロデューサー、
彼が見た中で、最もアイドルの才能にあふれた女性は誰かと問われれば……。
迷わずに十年前の妻、
「君がアイドルを続けていたら、今頃はお茶の間のヒロインだったさ」
「……」
「だけど
かつての彼女は、人を引き付ける才能の原石だった。
愛嬌、歌唱力、トーク力、ビジュアル、全てを兼ね備えた金の卵。
正しくプロデュースされれば、きっと国民的アイドルになっていただろう。
「そっか、ごめん。ショウちゃんの言うとおりだ」
「分かってくれればそれでいい」
だけど彼女は、ブレイクすることなく芸能界から姿を消した。
「確かに私、レッスン地獄はイヤだった」
奏の才能に気づいた両親は、幼少期から多くのレッスンを課した。
だけど
「私は普通に学校で遊んでる同級生が羨ましかった」
「ああ」
「アイドル事務所になんか、所属したくなかったんだ」
華やかな芸能界の栄光ではなく、普遍的な一般家庭の幸せ。
そう気付いた彼女はアイドルを辞め、気付かせてくれたプロデューサーに嫁いだ。
「俺たちはイオを偉人にしたいんじゃない。幸せな人生を送らせてやりたいんだ」
「パパの言う通り。……ごめん、私、ちょっとどうかしてた」
そして子供を作る時、二人で話し合った。
何よりも、その子の幸せを最優先に考えようと。
それを思い出した母親は、舌を出して頭を掻いた。
「でもそれはそれとして、良い曲でしょ」
「まぁ、それは確かにな」
「でさ、ちょっと考えがあるんだけど」
その後、母親はちょっと悪い笑顔を浮かべて。
「イヤがることはさせないけど、イヤがらないよう説得はしてもいいでしょ?」
「しつこくしなければ、な」
折り紙に描かれた楽譜を手に。
プロデューサーたる父親に、ある『計画』を耳打ちした。
国民的アイドルになれる才能があったアイドル候補生。そんな話は、珍しくもなんともない。
千人のアイドル候補がいれば、何十人かトップアイドルになりうる
ただしその才能をカメラの前で発揮する機会が訪れるかは、運次第。
凄まじい演技力を持っていたとして、一度もオーディションに受からなければ。
卓越したトーク力を持っていたとして、番組内でフリートークする時間を貰えなければ。
聴衆は彼女の真価に気付かれぬまま、アイドルとしての旬が過ぎ、芸能界から落伍していく。
トップアイドルになりえた素人など、この世に吐いて捨てるほどいるのだ。
「イオちゃ~ん! ちょっとお願いがあるんだけど~」
「どうしたの、母さん」
だけど、芸能界で成功することだけが幸せとは限らない。
たとえば
「イオちゃんが作った歌、投稿していい?」
「投稿……?」
「ママが歌って投稿するの。そういうの流行ってるのよ」
国民的アイドルの才能があった
今も彼女の名を覚えているのは、イベントで握手した数人のファンだけだろう。
だけどそれでも、
「はぁ。別にいいけど」
「ありがとぉ~」
厳しくも理解のある、高収入でイケメンの夫と結婚し。
音楽の才能あふれる、可愛い娘イオを授かった。
彼女の人生は、今が絶頂期と言っても差し支えない。
「だけどそのサビ、あとでちょっと弄りたい」
「え、良い感じと思うけど」
「さっき作ったBメロに合わせて、歌詞
かつて才能あふれるアイドルだった
どこにでもいる母親、
─────生きていた、のだが。
「……ぉー」
「どうしたの、母さん」
五歳の幼女が作り上げたオリジナル楽曲を、母親はノリノリで歌った。
ボイストレーニングを再開し、わざわざスタジオを借り、万全の状況で収録に臨んだ。
「イオちゃん。もしかしてママって、まだイケるのかしら」
「何、寝ぼけたこと言ってるの?」
彼女が頑張った理由は、娘の才能を諦めていなかったからだ。
嫌がることをさせる気はない。じゃあ、嫌がらせなければいい。
イオの作った曲を動画にして、音楽の楽しさを教えたかった。
どうせなら動画が伸びて、イオの才能が知れ渡ったら嬉しいなとも思った。
だが動画を伸ばすためには、歌い手のクオリティは必要不可欠。
そのため
─────国民的アイドルになる才能を持った、
「……ほら、これ♪」
「どうしたの母さん」
母親は、
歌っているところを撮影し、下部に歌詞を追加しただけの動画だ。
アイコンは現役時代の宣材写真で、作詞作曲者は『イオ』名義。
そんなテキトーな動画ではあったが……。
「……母さん。これまさか」
「テヘ」
殻吹イオの最初の楽曲『虹のスムージー』は、三日で一万再生というプチバズりを達成していた。