【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが   作:あいどりゅ

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エピソード3「最初の楽曲」

 

 ……この歌詞は、砕けた台詞にする方がメロいな。

 

 後はフレーズを足して、ダイレクトに伝わるように。

 

 歌詞で風景を描写するんじゃない。歌い手の言葉で、風景を脳裏によぎらせる。

 

 これが、令和の作詞作曲……。

 

「イオ、ごはんよ」

「ぅー……、違うな」

 

 令和の曲は飽きさせない工夫が重要だ。

 

 昭和チックな、ジェットコースターを上る前のエスカレーターのようなAメロは弱い。

 

 サビで勝負するんじゃない、曲全てをサビにする。

 

 その為にはやはり、転調を上手く使わないといけないか。

 

「はい、イオちゃん。ごはんだからあーんして」

「あーん」

「美味しい? コロッケ作ったのよ」

 

 折り紙に書いた手作りの楽譜を見て、僕はウンウンと唸る。

 

 もう少しで、何かいいメロディが閃きそうなのだ。

 

「もぐもぐもぐもぐ」

「イオちゃん、ハムスターみたい」

 

 温かくもカリっと香ばしい、そんなメロディが欲しい。

 

 肉汁のしたたる、甘いモチャっとした食感。

 

「喉詰まらないよう、お水も飲みましょうねー」

「ごくごくごくごくごく」

「まぁ、ハムスターみたい」

 

 やがて、僕の中で何かがピーンと弾けた。

 

 そうだ、このメロディだ。

 

 パズルのピースにバシッと嵌る、素晴らしい楽譜だ。

 

「御飯とお味噌汁も食べなさーい」

「ハフッハフハフッハフ」

「イオちゃんはよく食べるわね~」

 

 思いついたメロディラインを、すぐ折り紙にインプットする。

 

 出来た。このメロディならきっと、令和でもついていける。

 

 となると歌詞も、現代風にアレンジして……。

 

「じゃ、片付けとくねー」

「…………」

 

 今世で僕は、音楽家を目指してはいない。

 

 だけど令和の音楽センスは、プロデューサーに必須だ。

 

「……できた!」

「へー。イオちゃん、歌を作ったんだ。聞かせて聞かせてー」

「うん」

 

 作曲を始めたら周りが見えなくなるのは、前世からの悪癖。

 

 今日はいい感じのセンテンスを思いつき、朝から作曲に没頭してしまった。

 

「滲(にじ)む空色を慰めて~♪ 虹は七色に染め上げる~♪」

「あら、良い曲ねぇ」

 

 前世から数えておよそ五年ぶりの新曲。

 

 令和にアップデートした僕の新曲を聞いた母の反応は、なかなか良かった。

 

「だけど、イオちゃん」

「何?」

「ママとしては、ちゃんと幼稚園に行ってほしかったかな」

 

 母親は困ったような顔で、窓を指さした。

 

 窓の外を見ると、赤焼けがビル街に差し込んでいた。

 

「……あれ、もうこんな時間?」

「イオちゃん、ずっと没頭してたよ~」

 

 どうやら僕は幼稚園を休み、黙々と作曲を続けたらしい。

 

 母親がカバンなど、準備してくれていたというのに。

 

 しまったな。

 

「……ごめんなさい」

「いいよ、いいよ。それがイオちゃんの個性だもんね」

 

 シュンとして謝罪すると、母親は僕の頭を撫でてくれた。

 

 今の僕は作曲家ではなく、ただの幼稚園児。もっと周囲に目を配らなくては。

 

 ……反省だ。

 

「でも、いい曲だったわ。イオちゃんは、音楽の才能があるのよ」

「そう? ありがと」

「ところで楽譜なんて、どこで覚えたの?」

 

 母親にそう問われ、僕は思わず口をつぐむ。

 

 そうだ。幼稚園児が楽譜を書くこと自体、普通じゃない。

 

「ど、動画で見たんだよ。解説動画」

「へぇ……、楽譜の書き方とか勉強できるんだ」

 

 前世の記憶がある、などと親に話したら気味悪がられる可能性が高い。

 

 僕はただの幼稚園児。これからは気をつけよう。

 

「動画より、ちゃんと音楽を習ってみない?」

「それは、いいかな」

 

 それに、今世で音楽家になるつもりはない。

 

 僕が目指すのはプロデューサー。音楽スキルは、あくまでその補助だ。

 

「ところで母さん」

「何、イオちゃん」

 

 幼稚園児が楽譜書き始めたら、親が期待してしまうのも無理はない。

 

 母親の期待の目を逸らそうと、僕は話題を変えることにした。

 

「今日のごはんは、まだ?」

「そのボケは八十年くらい早いわ」

 

 朝から作曲していた筈なのに、何故かお腹が空いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殻吹イオは、よく寝る娘だった。

 

 夜の八時には目がトロンとして、自分から布団に入ってしまう。

 

 父親の照玄(しょうげん)が帰るころには、熟睡しているのが常だった。

 

「……と、言うことがあったのよ」

「イオが、作曲を?」

 

 照玄(しょうげん)は娘と話せないのを寂しがったが、仕事が多いため仕方ない。

 

 平日は母親から、娘の話を聞くだけである。

 

「折り紙に楽譜を書いて、ずっと睨めっこ」

「それで、幼稚園を休ませたのか」

「鬼気迫る雰囲気だったから、邪魔できなくって……」

 

 そこで母親は、娘が幼稚園をズル休みしたことを相談した。

 

 それ自体は、どの家庭でも見られる普通の話だ。

 

 ただし、

 

「……これ、これ。あの娘ったら、楽譜を書いたのよ」

「楽譜を? お前が教えたのか?」

「いや、動画で調べたって。要は独学なのよ」

 

 奇妙なのが、イオの描いた楽譜であった。

 

 折り紙の裏にビッシリと、多種多様なメロディが刻まれ。

 

 そして乱雑に、破り捨てられていた。

 

「で、これが完成版」

「……聞かせてくれ」

「ええ」

 

 母親は娘の作曲した歌を、父親に歌って聞かせた。

 

 一日中、曲作りに没頭した彼女が作り上げたメロディを。

 

「─────おいおい」

「貴方、あの娘ヤバいわよ。本物の天才よ」

 

 替え歌や模倣ではない、ちゃんとしたオリジナル曲。

 

 それも、商業で十分に通用するレベルのクオリティだ。

 

「この曲を、五歳の女の子が? 君が作ったんじゃなくて?」

「貴方も知ってるでしょ、私に音楽の才能がないこと」

 

 確かに父親は、母親をアイドルとしてプロデュースしたから知っていた。

 

 母親には歌唱力はあれど、音楽を生み出す才能はないことを。

 

「だから、イオちゃんは天才なんだって」

「ううむ、確かに」

「曲作りに没頭する様子とかも、本物っぽかったもん。きっと大物になるわ!」

 

 そう父親に詰め寄る母は、頬が赤く上気していた。

 

 娘の異常とも言える才能に、舞い上がっているようだ。

 

「でも、イオは乗り気じゃないんだろう?」

「そうなのよ。今から勉強させれば、大成すると思うんだけど」

「じゃ、放っておこう。イヤなことをさせるのはよくない」

「でも、もったいないわ。パパからも言ってみてくれない?」

 

 そんな母親とは対照的に、父の反応は冷めていた。

 

 彼の淡白な反応に、母親は不満げに唇を尖らせる。

 

「母さん、前に言ったよな。イオには嫌がる習い事をさせないと」

「……まぁ、言ったけど」

「才能があっても、イオが望まない道は歩ませない」

 

 彼は険しい顔で、妻の顔を見た。

 

 それは怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。

 

「君はそれを重々に理解しているだろ、奏(かなで)」

「……」

「最高のアイドルになりえた君ならば」

 

 その言葉を聞いた母親(カナデ)は、息を飲んだ。

 

 芸能事務所の敏腕プロデューサー、殻吹(からぶき)照玄(しょうげん)。

 

 彼が見た中で、最もアイドルの才能にあふれた女性は誰かと問われれば……。

 

 迷わずに十年前の妻、歌沖(かおき)奏(かなで)だと断言するだろう。

 

「君がアイドルを続けていたら、今頃はお茶の間のヒロインだったさ」

「……」

「だけど奏(かなで)は、アイドルを続けたかったか?」

 

 かつての彼女は、人を引き付ける才能の原石だった。

 

 愛嬌、歌唱力、トーク力、ビジュアル、全てを兼ね備えた金の卵。

 

 正しくプロデュースされれば、きっと国民的アイドルになっていただろう。

 

「そっか、ごめん。ショウちゃんの言うとおりだ」

「分かってくれればそれでいい」

 

 だけど彼女は、ブレイクすることなく芸能界から姿を消した。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)本人が、アイドルになることを望んでいなかったから。

 

「確かに私、レッスン地獄はイヤだった」

 

 奏の才能に気づいた両親は、幼少期から多くのレッスンを課した。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)がアイドルになるための協力を惜しまなかった。

 

 だけど歌沖(かおき)奏(かなで)が本当に望んでいたのは─────

 

「私は普通に学校で遊んでる同級生が羨ましかった」

「ああ」

「アイドル事務所になんか、所属したくなかったんだ」

 

 華やかな芸能界の栄光ではなく、普遍的な一般家庭の幸せ。

 

 そう気付いた彼女はアイドルを辞め、気付かせてくれたプロデューサーに嫁いだ。

 

「俺たちはイオを偉人にしたいんじゃない。幸せな人生を送らせてやりたいんだ」

「パパの言う通り。……ごめん、私、ちょっとどうかしてた」

 

 そして子供を作る時、二人で話し合った。

 

 何よりも、その子の幸せを最優先に考えようと。

 

 それを思い出した母親は、舌を出して頭を掻いた。

 

「でもそれはそれとして、良い曲でしょ」

「まぁ、それは確かにな」

「でさ、ちょっと考えがあるんだけど」

 

 その後、母親はちょっと悪い笑顔を浮かべて。

 

「イヤがることはさせないけど、イヤがらないよう説得はしてもいいでしょ?」

「しつこくしなければ、な」

 

 折り紙に描かれた楽譜を手に。

 

 プロデューサーたる父親に、ある『計画』を耳打ちした。

 

 

 

 

 

 国民的アイドルになれる才能があったアイドル候補生。そんな話は、珍しくもなんともない。

 

 千人のアイドル候補がいれば、何十人かトップアイドルになりうる才能(もの)を持っている。

 

 ただしその才能をカメラの前で発揮する機会が訪れるかは、運次第。

 

 凄まじい演技力を持っていたとして、一度もオーディションに受からなければ。

 

 卓越したトーク力を持っていたとして、番組内でフリートークする時間を貰えなければ。

 

 聴衆は彼女の真価に気付かれぬまま、アイドルとしての旬が過ぎ、芸能界から落伍していく。

 

 トップアイドルになりえた素人など、この世に掃いて捨てるほどいるのだ。

 

「イオちゃ~ん! ちょっとお願いがあるんだけど~」

「どうしたの、母さん」

 

 だけど、芸能界で成功することだけが幸せとは限らない。

 

 たとえば歌沖(かおき)奏(かなで)はアイドルとして大成することよりも、夫とデートで他愛ない時間を過ごす方が幸せだった。

 

「イオちゃんが作った歌、投稿していい?」

「投稿……?」

「ママが歌って投稿するの。そういうの流行ってるのよ」

 

 国民的アイドルの才能があった歌沖(かおき)奏(かなで)が、テレビに映ったことはない。

 

 今も彼女の名を覚えているのは、イベントで握手した数人のファンだけだろう。

 

 だけどそれでも、歌沖(かおき)奏(かなで)は断言する。自分は、間違いなく幸せな人間であると。

 

「はぁ。別にいいけど」

「ありがとぉ~」

 

 厳しくも理解のある、高収入でイケメンの夫と結婚し。

 

 音楽の才能あふれる、可愛い娘イオを授かった。

 

 彼女の人生は、今が絶頂期と言っても差し支えない。

 

「だけどそのサビ、あとでちょっと弄りたい」

「え、良い感じと思うけど」

「さっき作ったBメロに合わせて、歌詞弄(いじ)るの」

 

 かつて才能あふれるアイドルだった歌沖(かおき)奏(かなで)は。

 

 どこにでもいる母親、殻吹(からふき)奏(かなで)として今日も楽しく生きていた。

 

 

 

 

 

 ─────生きていた、のだが。

 

 

 

 

 

「……ぉー」

「どうしたの、母さん」

 

 殻吹(からふき)奏(かなで)(33)は、とても頑張った。

 

 五歳の幼女が作り上げたオリジナル楽曲を、母親はノリノリで歌った。

 

 ボイストレーニングを再開し、わざわざスタジオを借り、万全の状況で収録に臨んだ。

 

「イオちゃん。もしかしてママって、まだイケるのかしら」

「何、寝ぼけたこと言ってるの?」

 

 彼女が頑張った理由は、娘の才能を諦めていなかったからだ。

 

 嫌がることをさせる気はない。じゃあ、嫌がらせなければいい。

 

 イオの作った曲を動画にして、音楽の楽しさを教えたかった。

 

 どうせなら動画が伸びて、イオの才能が知れ渡ったら嬉しいなとも思った。

 

 

 だが動画を伸ばすためには、歌い手のクオリティは必要不可欠。

 

 そのため奏(かなで)は人生で初めて自発的に、全力で楽曲を歌った。

 

 ─────国民的アイドルになる才能を持った、歌沖(かおき)奏(かなで)が。

 

「……ほら、これ♪」

「どうしたの母さん」

 

 母親は、歌沖(かおき)奏(かなで)名義でそのMVを投稿した。

 

 歌っているところを撮影し、下部に歌詞を追加しただけの動画だ。

 

 アイコンは現役時代の宣材写真で、作詞作曲者は『イオ』名義。

 

 そんなテキトーな動画ではあったが……。

 

「……母さん。これまさか」

「テヘ」

 

 殻吹イオの最初の楽曲『虹のスムージー』は、三日で一万再生というプチバズりを達成していた。

 

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