【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが   作:あいどりゅ

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エピソード5「レコーディング」

 

「イオちゃん、曲は完成でいいのかな?」

「うん、自信作!」

 

 母さんのMVがバズってから、一週間。

 

 僕はひたすら、母さんの曲作りに励んでいた。

 

「母さんは優しくて、おおらかで、それでいて強いんだ」

「うんうん、ママは強いわよ~」

「その圧の強さが、母さんの一番の武器だと思う」

「今、圧が強いって言った?」

 

 僕なりの母さんを分析し、輝く部分に焦点を当てた。

 

 母さんが魅力的に見えるよう、歌詞もよく練った。

 

「じゃ、パパに連絡しておくわ。収録(レコーディング)の予約、してくれるそうなの」

「ありがとう、母さん」

「あ、そうそう。それと、良かったらだけど─────」

 

 この曲ならばきっと、母さんに勝てる。

 

 次のMVの主役は母さんじゃなくて、僕の作った曲になるはず。

 

「次のスタジオ、土日もレコーディングやってくれるみたいで。イオちゃんもついて来る?」

「……っ! 行く!」

 

 そんなこんなで次の収録、僕も付き添うことになった。

 

 

 

 

「イオちゃん、準備できた?」

「うん」

 

 朝一番。僕は真っ赤なパーカーに、麦わら帽子を被って玄関に立っていた。

 

 肩にかけた幼児用ポシェットには、水筒とメモ帳が入っている。

 

「ママの格好はどうかな」

「うん、良いと思う」

 

 母さんにはラフな普段着に、エプロンを用意して貰った。

 

 僕が曲を作る時に、イメージした衣装がその姿だったからだ。

 

「じゃ、そろそろおでかけしましょ」

「わかった」

 

 外出の準備は万端。僕は母さんに手を引かれ、後部座席のチャイルドシートに腰かけた。

 

 

 

 

 車に揺られること、およそ三十分。

 

 僕たちは、駅近くの大きなビルに足を踏み入れた。

 

「ここが、パパが予約してくれた収録場所よ」

「おお~」

 

 数多のサラリーマンが行きかう都心に建った、高層ビルの一角。

 

 今回の収録は、このレコーディングスタジオで行うそうだ。

 

「母さん、何かガチの雰囲気じゃない?」

「費用、いくらかかったんでしょうねぇ」

 

 ただこのスタジオ、どう見てもプロ仕様である。

 

 入り口には黒服を着た人が警備しているし、高級そうなカーペットが敷かれている。

 

「……人がいっぱい」

「癖の強そうな人ばっかりねぇ」

 

 エレベーターを降りると、受付にたくさんの人が集っていた。

 

 ギターらしき楽器袋を持っている人、奇抜な髪色のボーカルを囲む十数人のグループ。

 

 どいつもこいつも、プロミュージシャンの香りがプンプンする。

 

「歌沖(かおき)奏(かなで)様ですね。こちら廊下を進んで奥の七番スタジオにお入りください」

「はーい」

 

 一方で僕は幼稚園児コーデだし、母さんは普段通りの主婦姿。

 

 道端を歩いても違和感がない、見た目も中身もド素人だ。

 

 僕たちがこのスタジオの一室を借りるのかと思うと、申し訳ない気分になった。

 

「……母さん、想像していたより本格的なんだけど」

「奇遇ね、私もよイオちゃん」

 

 いつもはホンワカな母親も、さすがに緊張しているらしい。

 

 そのまま案内に従って廊下の奥まで進んで、二人で扉を開くと……。

 

 部屋を開いた先には昭和と変わらぬ、大きなマイクとヘッドフォンがあった。

 

 

 

「歌沖(かおき)奏(かなで)様、どうも。担当させていただきますエンジニアの木村です」

「よろしくお願いいたします!」

 

 レコーディング室を借りると、エンジニアさんが挨拶をしてくれた。

 

 母さんは緊張した面持ちで、元気よく挨拶を返した。

 

「あのすみません、そちらのお子様は……」

「私の娘です」

「ああ、娘さんなんですね。実に可愛らしい」

 

 エンジニアさんは、レコーディングを行ってくれる技術者だ。

 

 エンジニアの木村さんは三十代くらいの、小太りの男の人だった。 

 

「殻吹イオです。よろしくお願いします」

「おお、これはご丁寧に。木村です」

 

 気難しい人に当たると、なかなか面倒なのだが……。

 

 幸い木村さんは人当たりが良さそうで、ニコニコと話しかけてくれた。

 

「イオちゃん、コントロール室で預かってもらえませんか」

「ええ、大丈夫ですよ。イオちゃん、機材に触らないでね」

「はい、わかりました」

 

 収録室には余計な音が入らないよう、無関係な人は立ち入らない。

 

 僕は木村さんの隣で、パイプ椅子に腰かけることになった。

 

「音源をお預かりしてもよろしいでしょうか?」

「はい、このメモリに入ってます」

 

 近頃はパソコンに楽譜を打ち込むだけで、音源を作れるらしい。

 

 今回は、事前に父さんが僕の楽譜から音源を作ってくれていた。

 

 ……父さん、何者なんだろう?

 

「じゃあ、リハで音源流します。気楽に歌ってください」

「はい、よろしくお願いいたします!」

 

 僕は昭和のころ、レコーディングに立ち会ったことは何度もあった。

 

 しかし令和の、コントロール室の機器は大きく変化していた。

 

 見たことのない機械に、無数のボタン。

 

 僕には、木村さんが何をしているのか理解できない。

 

「……これは! なるほど、良い曲じゃないですか」

「そうですか? そうですよね?」

「これイケますよ! 十年ここでエンジニアやってる俺が太鼓判を押します」

 

 だけど母さんの立つ場所、収録現場は昭和と何も変わらなかった。

 

 歌い手が魂を込めて曲を歌い、その声を拾うだけ。

 

「じゃあ早速、収録開始しますね。テイク1から……」

「お願いします!」

 

 令和になっても、収録は昭和の時のままだ。

 

 音質は良くなっていると思うし、音程を調整する技術も進化している。

 

「待って、これ、マジでいいッス。この歌収録できたの、周りに自慢できるな」

「そ、そんなに良いですかぁ~?」

「奏さんの魅力を百パー引き出している、最高の曲ですよ」

 

 だけど結局レコーディングとは、人の輝きを記録(レコーディング)するものだ。

 

 歌い手(アイドル)が輝く様子を、より刻銘に記録できるようになっただけ。

 

 大事なのは、その人の持つ輝きである。

 

「今のテイク良いです、感情がこもってました!」

「ありがとうございます、だけど……」

「音程外したのは気にしないでください、別のテイクを採用すればいいので」

 

 昔のレコーディングは不便だった。

 

 伴奏のためボーカルだけでなく、いちいち音楽団を手配していた。

 

 一パートでも音が外れていたら、全曲撮り直しになっていた。

 

「この節の歌い方、テイク3とかテイク5みたいに声が裏返る方が良いと思うんですけど」

「あーなるほど……」

 

 だけど現代は、より細かく『良い部分』を繋ぎ合わせることができる。

 

 通しで最高のパフォーマンスを出せなくても、部分部分で良いパフォーマンスを出せればいい。

 

「ねぇイオちゃん。イオちゃんは今の節、声が裏返るほうが良いと思う?」

「えっと、うん。その方が母さんの良さが出てると思う」

「じゃあ次から、そういう感じで歌うわね」

 

 声が裏返るのも、昔は歌い手のミスとされがちだったけど……。

 

 現代では演出の一環として、裏返ったテイクを採用することも多いらしい。

 

「Lalalala~」

「お、いいね、凄く良い。さすがは殻吹さんトコの依頼だよ、ハズレがない」

 

 母さんはとても楽しそうに、曲を収録していた。

 

 笑顔で、楽しそうに、高らかにバラードを歌い上げている。

 

 少なくとも僕の目には、母さんからかつてない輝きが見えた。

 

 

 

「お邪魔します」

「あ、父さん」

 

 収録して二時間ほど経った頃、父さんが様子を見にやってきた。

 

 ドリンクやサンドウィッチが入ったコンビニ袋を手に、にこやかな表情で。

 

「おお、殻吹さん。これはどうも」

「木村さん、これよければ。差し入れです」

「助かります、ありがとうございます」

 

 平日の昼間から、父さんに会うのは珍しいな。

 

 笑顔全開なのも気味が悪い、家だと寡黙なのに。

 

「奏、調子はどうだ?」

「バッチリよ! 凄い曲になりそうだわ」

「それは良かった」

 

 父さんはそう言って、母さんをねぎらった。

 

 そして人目に憚らず、思いっきり抱きしめ合った。

 

 恥ずかしいからやめて欲しい。

 

「イオ、収録現場はどうだ?」

「母さん、大変そうだけど」

 

 そのまま父さんは、僕の前に歩いてきた。

 

 そして僕を抱き上げ(?)、肩に乗せた(?)。

 

「今日の母さん、とっても魅力的」

「だとしたら、お前の曲のおかげだ」

 

 父さんはそう言って、僕の頬を優しく撫でた。

 

 そして収録室で一休みしている母さんを見つめた。

 

「俺は、あんなに楽しそうに収録に取り込む奏を見たことがない」

「え……」

「イオの作った歌が母さんを、奏を輝かせた」

 

 父さんの言葉には、深い感慨が乗っていた。

 

 それは安堵だろうか、それとも後悔だろうか。

 

「あの、殻吹さん? さっきから何言ってるんです?」

「いや、別に。俺も少し、親馬鹿だということさ」

 

 木村さんは、父さんの言葉を怪訝そうな顔をした。

 

 しかし父さんは意に介さず、腕時計を見て、

 

「む、そろそろ時間だ。もう離れなければ」

「父さん、行っちゃうの?」

「まだ仕事中だからな、昼休憩で抜けてきただけだ」

 

 そう言って名残惜しそうに、俺を地面に下ろした。

 

「では木村さん、午後もよろしくお願いします」

「え、ええ。お任せください」

 

 父さんはビシっと木村さんにお辞儀をして、スタジオを後にした。

 

 ビジネスマンモードになった父さんは、いつもより顔が凛々しかった。

 

「……あの、木村さん」

「はい、何でしょうイオちゃん」

「パパって、何のお仕事してるの?」

 

 父さんは、一体何の仕事をしているんだろう。

 

 昼休憩でスタジオに顔を出せるって事は、もしかしてこのスタジオの社員さんとか?

 

 気になったので聞いてみたが、

 

「あー。それは俺じゃなく、殻吹さんに聞いてちょうだい」

「おしえてくれない?」

「ご両親が言ってないことを、俺が勝手に告げたらマズいでしょうよ」

 

 木村さんは良識があるようで、教えてくれなかった。

 

 ……仕方ない、帰ってから母さんに聞いてみよう。

 

「それよりもさ。今収録している曲、作詞作曲がイオって書いてあるんだけど」

「うん」

「まさかとは思うけどね? この曲作ったのって」

「僕だよ」

 

 そう答えると、木村さんは固まって僕を見つめた。

 

 オッサンと幼女、目と目が合う。別に恋は芽生えない。

 

「それはあれかな。イオちゃんがメロディを口ずさんで……みたいな」

「折り紙に楽譜書いただけだよ」

「か、書けるんだ。折り紙に、楽譜……?」

 

 折り紙に楽譜に書いただけで、父さんは音源を作ってしまった。

 

 昭和の時代、デジタルで演奏できるなんてあり得ない。

 

 ギタリストやピアニストをスタジオに呼んで、いちいち収録していた。

 

「す、すごいなぁ。さすがは殻吹さんだ」

「すごいよね。楽譜を打ち込むだけで音源になるなんて」

 

 そんな風に、技術の進歩に感嘆する僕を見て……。

 

 木村さんの顔は、少し引きつっていた。

 

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