【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
「イオちゃん、曲は完成でいいのかな?」
「うん、自信作!」
母さんのMVがバスってから、一週間。
僕はひたすら、母さんの曲作りに励んでいた。
「母さんは優しくて、おおらかで、それでいて強いんだ」
「うんうん、ママは強いわよ~」
「その圧の強さが、母さんの一番の武器だと思う」
「今、圧が強いって言った?」
僕なりの母さんを分析し、輝く部分に焦点を当てた。
母さんが魅力的に見えるよう、歌詞もよく練った。
「じゃ、パパに連絡しておくわ。
「ありがとう、母さん」
「あ、そうそう。それと、良かったらだけど─────」
この曲ならばきっと、母さんに勝てる。
次のMVの主役は母さんじゃなくて、僕の作った曲になるはず。
「次のスタジオ、土日もレコーディングやってくれるみたいで。イオちゃんもついて来る?」
「……っ! 行く!」
そんなこんなで次の収録、僕も付き添うことになった。
「イオちゃん、準備できた?」
「うん」
朝一番。僕は真っ赤なパーカーに、麦わら帽子を被って玄関に立っていた。
肩にかけた幼児用ポシェットには、水筒とメモ帳入っている。
「ママの格好はどうかな」
「うん、良いと思う」
母さんにはラフな普段着に、エプロンを用意して貰った。
僕が曲を作る時に、イメージした衣装がその姿だったからだ。
「じゃ、そろそろおでかけしましょ」
「わかった」
外出の準備は万端。僕は母さんに手を引かれ、後部座席のチャイルドシートに腰かけた。
車に揺られること、およそ三十分。
僕たちは、駅近くの大きなビルに足を踏み入れた。
「ここが、パパが予約してくれた収録場所よ」
「おお~」
数多のサラリーマンが行きかう都心に建った、高層ビルの一角。
今回の収録は、このレコーディングスタジオで行うそうだ。
「母さん、何かガチの雰囲気じゃない?」
「費用、いくらかかったんでしょうねぇ」
ただこのスタジオ、どう見てもプロ仕様である。
入り口には黒服を着た人が警備しているし、高級そうなカーペットが敷かれている。
「……人がいっぱい」
「癖の強そうな人ばっかりねぇ」
エレベーターを降りると、受付にたくさんの人が集っていた。
ギターらしき楽器袋を持っている人、奇抜な髪色のボーカルを囲む十数人のグループ。
どいつもこいつも、プロミュージシャンの香りがプンプンする。
「
「はーい」
一方で僕は幼稚園児コーデだし、母さんは普段通りの主婦姿。
道端を歩いても違和感がない、見た目も中身もド素人だ。
僕たちがこのスタジオの一室を借りるのかと思うと、申し訳ない気分になった。
「……母さん、想像していたより本格的なんだけど」
「奇遇ね、私もよイオちゃん」
いつもはホンワカな母親も、さすがに緊張しているらしい。
そのまま案内に従って廊下の奥まで進んで、二人で扉を開くと……。
部屋を開いた先には昭和と変わらぬ、大きなマイクとヘッドフォンがあった。
「
「よろしくお願いいたします!」
レコーディング室を借りると、エンジニアさんが挨拶をしてくれた。
母さんは緊張した面持ちで、元気よく挨拶を返した。
「あのすみません、そちらのお子様は……」
「私の娘です」
「ああ、娘さんなんですね。実に可愛らしい」
エンジニアさんは、レコーディングを行ってくれる技術者だ。
エンジニアの木村さんは三十代くらいの、小太りの男の人だった。
「殻吹イオです。よろしくお願いします」
「おお、これはご丁寧に。木村です」
気難しい人に当たると、なかなか面倒なのだが……。
幸い木村さんは人当たりが良さそうで、ニコニコと話しかけてくれた。
「イオちゃん、コントロール室で預かってもらえませんか」
「ええ、大丈夫ですよ。イオちゃん、機材に触らないでね」
「はい、わかりました」
収録室には余計な音が入らないよう、無関係な人は立ち入らない。
僕は木村さんの隣で、パイプ椅子に腰かけることになった。
「音源をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「はい、このメモリに入ってます」
近頃はパソコンに楽譜を打ち込むだけで、音源を作れるらしい。
今回は、事前に父さんが僕の楽譜から音源を作ってくれていた。
……父さん、何者なんだろう?
「じゃあ、リハで音源流します。気楽に歌ってください」
「はい、よろしくお願いいたします!」
僕は昭和のころ、レコーディングに立ち会ったことは何度もあった。
しかし令和の、コントロール室の機器は大きく変化していた。
見たことのない機械に、無数のボタン。
僕には、木村さんが何をしているのか理解できない。
「……これは! なるほど、良い曲じゃないですか」
「そうですか? そうですよね?」
「これイケますよ! 十年ここでエンジニアやってる俺が太鼓判を押します」
だけど母さんの立つ場所、収録現場は昭和と何も変わらなかった。
歌い手が魂を込めて曲を歌い、その声を拾うだけ。
「じゃあ早速、収録開始しますね。テイク1から……」
「お願いします!」
令和になっても、収録は何も変わっていなかった。
音質は良くなっていると思うし、音程を調整する技術も進化している。
「待って、これ、マジでいいッス。この歌収録できたの、周りに自慢できるな」
「そ、そんなに良いですかぁ~?」
「奏さんの魅力を百パー引き出している、最高の曲ですよ」
だけど結局レコーディングとは、人の輝きを
大事なのは、その人の持つ輝きである。
「今のテイク良いです、感情がこもってました!」
「ありがとうございます、だけど……」
「音程外したのは気にしないでください、別のテイクを採用すればいいので」
昔のレコーディングは不便だった。
伴奏のためボーカルだけでなく、いちいち音楽団を手配していた。
一パートでも音が外れていたら、全曲撮り直しになっていた。
「この節の歌い方、テイク3とかテイク5みたいに声が裏返る方が良いと思うんですけど」
「あーなるほど……」
だけど現代は、より細かく『良い部分』を繋ぎ合わせることができる。
通しで最高のパフォーマンスを出せなくても、部分部分で良いパフォーマンスを出せればいい。
「ねぇイオちゃん。イオちゃんは今の節、声が裏返るほうが良いと思う?」
「えっと、うん。その方が母さんの良さが出てると思う」
「じゃあ次から、そういう感じで歌うわね」
声が裏返るのも、昔は歌い手のミスとされがちだったけど……。
現代では演出の一環として、裏返ったテイクを採用することも多いらしい。
「Lalalala~」
「お、いいね、凄く良い。さすがは殻吹さんトコの依頼だよ、ハズレがない」
母さんはとても楽しそうに、曲を収録していた。
笑顔で、楽しそうに、高らかにバラードを歌い上げている。
少なくとも僕の目には、母さんからかつてない輝きが見えた。
「お邪魔します」
「あ、父さん」
収録して二時間ほど経った頃、父さんが様子を見にやってきた。
ドリンクやサンドウィッチが入ったコンビニ袋を手に、にこやかな表情で。
「おお、殻吹さん。これはどうも」
「木村さん、これよければ。差し入れです」
「助かります、ありがとうございます」
平日の昼間から、父さんに会うのは珍しいな。
笑顔全開なのも気味が悪い、家だと寡黙なのに。
「奏、調子はどうだ?」
「バッチリよ! 凄い曲になりそうだわ」
「それは良かった」
父さんはそう言って、母さんをねぎらった。
そして人目に憚らず、思いっきり抱きしめ合った。
恥ずかしいからやめて欲しい。
「イオ、収録現場はどうだ?」
「母さん、大変そうだけど」
そのまま父さんは、僕の前に歩いてきた。
そして僕を抱き上げ(?)、肩に乗せた(?)。
「今日の母さん、とっても魅力的」
「だとしたら、お前の曲のおかげだ」
父さんはそう言って、僕の頬を優しく撫でた。
そして収録室で一休みしている母さんを見つめた。
「俺は、あんなに楽しそうに収録に取り込む奏を見たことがない」
「え……」
「イオの作った歌が母さんを、奏を輝かせた」
父さんの言葉には、深い感慨が乗っていた。
それは安堵だろうか、それとも後悔だろうか。
「あの、殻吹さん? さっきから何言ってるんです?」
「いや、別に。俺も少し、親馬鹿だということさ」
木村さんは、父さんの言葉を怪訝そうな顔をした。
しかし父さんは意に介さず、腕時計を見て、
「む、そろそろ時間だ。もう離れなければ」
「父さん、行っちゃうの?」
「まだ仕事中だからな、昼休憩で抜けてきただけだ」
そう言って名残惜しそうに、俺を地面に下ろした。
「では木村さん、午後もよろしくお願いします」
「え、ええ。お任せください」
父さんはビシっと木村さんにお辞儀をして、スタジオを後にした。
ビジネスマンモードになった父さんは、いつもより顔が凛々しかった。
「……あの、木村さん」
「はい、何でしょうイオちゃん」
「パパって、何のお仕事してるの?」
父さんは、一体何の仕事をしているんだろう。
昼休憩でスタジオに顔を出せるって事は、もしかしてこのスタジオの社員さんとか?
気になったので聞いてみたが、
「あー。それは俺じゃなく、殻吹さんに聞いてちょうだい」
「おしえてくれない?」
「ご両親が言ってないことを、俺が勝手に告げたらマズいでしょうよ」
木村さんは良識があるようで、教えてくれなかった。
……仕方ない、帰ってから母さんに聞いてみよう。
「それよりもさ。今収録している曲、作詞作曲がイオって書いてあるんだけど」
「うん」
「まさかとは思うけどね? この曲作ったのって」
「僕だよ」
そう答えると、木村さんは固まって僕を見つめた。
オッサンと幼女、目と目が合う。別に恋は芽生えない。
「それはあれかな。イオちゃんがメロディを口ずさんで……みたいな」
「折り紙に楽譜書いただけだよ」
「か、書けるんだ。折り紙に、楽譜……?」
折り紙に楽譜に書いただけで、父さんは音源を作ってしまった。
昭和の時代、デジタルで演奏できるなんてあり得ない。
ギタリストやピアニストをスタジオに呼んで、いちいち収録していた。
「す、すごいなぁ。さすがは殻吹さんだ」
「すごいよね。楽譜を打ち込むだけで音源になるなんて」
そんな風に、技術の進歩に感嘆する僕を見て……。
木村さんの顔は、少し引きつっていた。