【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが   作:あいどりゅ

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エピソード6「誕生日会」

 

「パパが何の仕事をしているか、ですって?」

 

 レコードスタジオで、新曲を収録した帰り道。

 

 僕は母さんに、その疑問をぶつけてみた。

 

「イオちゃんは、何だと思う?」

「多分、音楽関係の仕事じゃないかなって」

「まぁ、当たらずも遠からず、かな」

 

 母さんは、僕をからかうようにニマニマと笑った。

 

 音楽関係の仕事で、当たらずも遠からずか。

 

「意地悪しないで、教えてよ」

「大丈夫、すぐにわかるわ」

「すぐっていつ?」

「そうね、再来週くらいかな」

 

 母さんはそう言って、スマホのカレンダー画面を開いて見せた。

 

 日付は二週間後、九月十九日。赤字で強調されている、僕の誕生日だ。

 

「イオちゃんのお誕生日、パパがお休みを取ってくれてるの」

「そうなんだ」

「そこでパパに、どんな仕事か聞いてみたら?」

 

 父さんは忙しい人で、土日も家に帰ってこない。

 

 そんな彼が、僕の誕生日に休みを取ってくれたそうだ。

 

 ……なら、その時に本人に聞いてみるか。

 

「イオちゃんのお誕生日のころには、曲も完成してると思うわ」

「そんなに時間かかるんだ?」

「編曲って時間がかかるのよ。とくに木村さんは売れっ子らしいし」

 

 あのエンジニアさん、凄い人だったのか。

 

 というか幼稚園児の曲の収録に、プロ編曲家を雇ったの?

 

「そんなことして、お金とか大丈夫なの?」

「パパは回収する自信がある、と言ってたわ」

 

 その自信はいったいどこから来ているのか。

 

 というかそんな伝手がある時点で、音楽関係者じゃないの?

 

「それでMVは、イオちゃんの誕生日にアップしようと思ってるの」

「僕の誕生日に?」

「そしてイオちゃんのお誕生会で上映するのよ、良いでしょ?」

 

 なるほど、それはワクワクする。

 

 僕にとって、最高の誕生日プレゼントになる。

 

「うん、凄くうれしい。ありがとう、母さん」

「その代わり毎日、幼稚園に行くこと」

「うん、分かった」

 

 僕としては『望郷狂詩曲』以来の、渾身の一曲だった。

 

 MVが伸びさえすれば、きっと肯定的なコメントが来る。

 

「どうせなら幼稚園のお友達も招待して、盛大に祝いましょ!」

「う、うん」

「イオちゃんも、みんなに声をかけておいてね」

 

 の、伸びるよね? ちゃんとコメント貰えるよね?

 

 これでアップしてみて、大コケでしたなんてオチにはならないよね?

 

「ああ、早くイオちゃんのお誕生日にならないかなぁ」

 

 ここまでお金をかけたんだ、伸びてくれないと困る。

 

 曲の評判が悪ければ、お誕生日会の空気が死ぬ。

 

「……」

 

 僕は久方ぶりに、前世でよく感じた『作曲家のプレッシャー』を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

「イオちゃん、おきなさい! パパ、出発するわよ」

「ん~、むにゃ」

 

 朝一番。

 

「では、行ってくる」

「行ってらっしゃいね、パパ」

「ふわぁ。……ってらっしゃい」

 

 午前七時に起こされて、寝ぼけ眼で出勤する父さんを送り出す。

 

 僕の一日は、父さんへの『行ってらっしゃい』から始まる。

 

「さ、朝ご飯出来てるわよ!」

「いただきまーす」

 

 幼稚園児も、朝は忙しい。

 

 朝八時にお迎えのバスが来るので、それまでに朝食を取り、着替え、歯を磨く。

 

「母さん、動画の進捗は?」

「もうすぐ、完成版が送られてくるらしいわ」

「ふふ、楽しみ……」

 

 動画の編曲は、順調に進んでいるそうだ。

 

 あの曲の手ごたえは、十分だった。今はその手ごたえを信じよう。

 

「どれだけ伸びるかな?」

「投稿してからのお楽しみね」

 

 動画を投稿して貰う代わり、ちゃんと幼稚園に行くこと。

 

 僕はその約束を守って、サボらず幼稚園に通っている。

 

「じゃあイオちゃん、行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 

 今の僕は作曲家ではなく、ただの幼稚園児だ。

 

 母さんが投稿した動画も、仕事ではなく趣味の範疇。

 

 僕は今世で、音楽の道に進む気はない。プロデューサーになりたいんだ。

 

 だから、分別はつけるべきだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、イオ君」

「うん、ケイちゃん」

 

 僕の幼稚園生活は、入園した当初はかなり苦労した。

 

 精神年齢が違い過ぎて、友達との付き合いが難しかったのだ。

 

「あのね、きのうね。おうちでクッキー作ったの」

「ケイちゃんがクッキー作ったの? すごいじゃないか」

「えへへ」

 

 幼稚園児はイヤなことがあると、泣くし拗ねるし怒り出す。

 

 話し合いが、まったく通用しない。

 

「イオ君。わたしね、プリキュリーの人形を買ってもらうの」

「へぇ、よかったじゃないか」

「わたし、わたしもそれ持ってるよ!」

 

 正論を言うと泣かれるし、放っておくとハブられる。

 

 そんな場所で平和に過ごす方法とは、なんなのか。

 

「じゃあ、今度そのお人形で遊ぼうか」

「うん、イオちゃん」

 

 それは「話を聞くこと」である。

 

 幼稚園児のコミュニケーションは、だいたい『私の話を聞いて!』だ。

 

 だから僕は話を聞いて、テンポよく相手を誉めるようにした。

 

「ああ、そうだ。皆にお願いがあってね」

「どうしたの、イオ君」

 

 幼稚園を平和に過ごす秘訣は『聞き上手』であること。

 

 そう気づいて、僕の幼稚園生活はぐっと平和になった。

 

「実はもうすぐ、僕の誕生日会をするから来てほしい」

「うん! いいよ! ママに聞いてみる」

「わたしもいきたいー!」

 

 今では、クラスメイトとはだいたい良好な関係を築いている。

 

 声をかければ、それなりの人数が来てくれることだろう。

 

「じゃあね、じゃあね! わたしイオ君にプレゼント、持っていくね!」

「ありがと、ケイちゃん」

「私も、私も持ってく!」

 

 幸いにして誕生日会には、それなりの人数が集まってくれそうだった。

 

 二度目の人生で、幼稚園児としてお誕生日会を開催してもらえるとは。

 

 嬉しいような面映ゆいような、不思議な気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜のダイニングルーム。

 

「パパ、まだ仕事してるの?」

「いや。今は、仕事じゃない」

 

 父親はカタカタとブルーライトの光を浴びて。

 

 妻の作ったおにぎりを齧り、一心不乱にモニターを見つめていた。

 

「お、それって私の……」

「MVのデモ版だ。奏も見るか?」

 

 彼のノートパソコンのモニターには、笑顔で歌う妻(かなで)の姿が映っていた。

 

 イオの新曲『Mother sunlight』のMVデモ版のである。

 

「……すごい」

 

 その映像は母親がフリーソフトで編集した、前の動画とは比べ物にならない出来だった。

 

 現役アイドルのMVに負けず劣らず、高画質で美麗なMVである。

 

 その完成度の高さに、奏は感嘆を漏らしたが……。

 

「いや、ダメだな。全然ダメ」

「え、凄いクオリティと思うけど……」

「1:02、字幕歌詞のフォント揺れ。1:33、エフェクトの透過ミス。2:47、字幕フォント揺れ。3:31、歌詞の誤字……」

 

 その映像ファイルに、父親は容赦なく追記コメントを打ち込んでいく。

 

 言われてみれば、確かにミスが散見された。

 

 動画には、まだ粗い部分が残っているようだ。

 

「一回見ただけで、そんなに指摘できるんだ」

「こう見えて、俺もプロだからな」

 

 MVを見る父親の表情は、真剣そのもの。

 

 一切の妥協も許さない、そんな険しさを感じる。

 

「奏。俺はここのエフェクトがうるさく感じる。エフェクト入れない方が、歌詞と歌に没入できると思う」

「確かに、そうかも」

 

 改善点や批評を細かく書き加え、編集会社に送り返す。

 

 父親はMVを繰り返し再生して、十か所以上の改善点を洗い出した。

 

「この地味なキャッチボールを繰り返すことで、MVのクオリティは上がっていく。娘(イオ)の飛躍の一歩に、ケチをつけたくない」

「ふふ、子煩悩ね」

「俺は娘(イオ)を愛している」

 

 殻吹(からぶき)照玄(しょうげん)は、不器用な仕事人間だ。

 

 仕事の手を抜けないから、なかなか時間を作れない。

 

 その結果、愛する妻や娘と過ごす時間が減っていく。

 

 彼はそんな自分に嫌気がさしていたが─────

 

「だけど俺のプロデュースに、人生を賭けている娘が何人もいる。手を抜くわけにはいかない」

「ええ、そうね」

 

 彼がプロデュース業に誇りを持っているのもまた、事実。

 

 仕事の仕方で、担当アイドルの人生は大きく変わるから手は抜けない。

 

 本当は、一日だって休む余裕はないのだ。

 

「だから俺はイオに、こんなことしかしてやれない」

「貴方は十分、頑張ってるわ」

 

 イオの誕生日に休暇を取るのも、実はかなり無理をしていた。

 

 残業を重ね仕事を前倒しして、何とか捻りだした一日だ。

 

「ああ、そうだ。奏(かなで)、確認しておくが」

「どうしたのパパ」

 

 そして、父親は画面を見つめたまま。

 

 隣に座る母親に、静かに声をかけた。

 

「事務所復帰は、考えてないんだな?」

「ええ、ないわ」

「ならいい」

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)が、再びマイクを握ったのは……。

 

 あくまで娘(イオ)の才能を示すためだけだ。

 

「私の才能を世に示す必要はないよ、元プロデューサー」

「分かってる、だが確認は大事だからな」

「変わらないね」

 

 どれだけ才能があったとしても、望まない道を進ませるべきではない。

 

 歌沖(かおき)奏(かなで)にその気がない以上、このMVはただの素人動画にすぎない。

 

「じゃこの曲の収益は、イオの貯金に回すってことで良いか?」

「良いよ。元からそのつもり」

 

 娘が作詞作曲し、母親が歌い、父親が収録や編集を担当した。

 

 そんな家族の愛がたっぷり込められた、最高のMV(ミュージックビデオ)。

 

 

 

 ─────投稿の予定日は九月十九日(イオのたんじょうび)。

 

 

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