【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
「イオちゃん、朝よ~」
「ふぁい」
朝、母さんの呼び声で目が覚める。
布団から出て窓を見ると、真っ青な快晴の空が広がっていた。
「イオ、起きたか。お誕生日おめでとう」
「……父さん! ありがとう」
居間に降りると、父さんがテーブルに座っている。
起きたら父さんがいる状況は、とても珍しい。
「朝ごはん、出来てるわよ~」
「わ、美味しそう」
ホカホカのベーコンエッグに白ご飯、添えられたキャベツ。
香ばしいペッパーの薫りが、鼻孔をくすぐる。
「イオを待っていたんだ、一緒にご飯を食べよう」
「うん」
そんな母さんの手作り料理を、僕は夢中になって口へ運んだ。
六歳の誕生日は、家族三人で揃っての朝ご飯から始まった。
「お友達は昼に来てくれるから、準備をしましょう」
「うん、わかった」
朝ご飯の後、僕たちは誕生日会の準備を始めた。
父さんが注文したパーティグッズで、部屋を装飾していく。
「イオは、風船を膨らませてくれ。空気入れは足元にある」
「オッケー」
「母さんは親御さん用のテーブルの準備を」
「じゃあ、ワインにおつまみも添えておこうかしら」
お誕生日会というのは、親にとって社交の場でもあるらしい。
見るからに高そうなワインが、テーブルに配膳されていた。
「物置にいってくる。宅配便が来たら、受け取っておいてくれ」
「はーい♪」
お誕生日会の準備をして、ひとつ気づいたことがある。
それは父さんは仕事が早くて、効率的だということ。
「ねぇ、父さん」
「ん、どうした」
改めて、思った。
僕は父さんのことを、何も知らない。
「父さんって、いつも家にいないよね」
「一緒に居てやれなくてごめんな、イオ」
「いや、その。だから、何の仕事をしているのかなって」
僕は物置に向かう父さんに、そう聞いてみた。
木村さんも母さんも教えてくれなかった、父さんの仕事を。
「奏から聞いていないのか?」
「聞いたけど、教えてくれなかった」
「そうか」
木村さんも母さんも、教えてくれなかったこと。
だけど、それは意地悪をしているからではなく。
「でも、何となく予想はつくよ」
「ふむ。では言ってごらん」
思い返せば、父さんの職業のヒントはいくつかあった。
ウチは母さんが専業主婦なのに、裕福な生活ができていること。
折り紙に書いた楽譜から、音源を作成できたこと。
「最初は音楽関係って思ったんだけど、母さんは『当たらずも遠からず』だって」
「まぁ、確かに当たらずも遠からずだな」
父さんは、家に帰る暇がないほど多忙な仕事で。
さらに、昼休憩でレコーディングスタジオに顔が出せる職業。
「じゃあ、イオはどう思うんだい」
「つまり、お父さんは……」
そうなってくると、可能性はもう一つしかない。
ずっと気付かなかったけど、つまり僕の父さんは─────
「父さんはアイドルなんだね!」
「うーん……」
アイドルだ、と指摘したら微妙な顔をされた。
「父さん、これ何?」
「プロジェクターだ。イオの曲を大画面で映せるように借りた」
どうやら父さんがアイドルというのは、不正解らしい。
僕の答えに父さんは黙り込み、母さんは大爆笑した。
あの反応は、多分違うのだろう。
「この黒いカーテン、何?」
「イオが膨らませて風船を付けるのと、遮光用に借りた」
結局父さんは答えを言わぬまま、準備を進めた。
オヤツ用に紙皿を並べ、来客用の三角帽子を重ねる。
ハッピーバースデーと印刷された紙を、大きな段ボールに張り付けて飾る。
そんな作業すること、およそ二時間。
僕の家は、パーティ会場に早変わりしていた。
「マイクの電源はオッケー。スピーカーはここに設置して……と」
「延長コード、持ってきたよ」
「ありがとうイオ」
作業の都度、父さんはずっと僕に手伝いを求めた。
「あ、チャイムが鳴った」
そうこうしている間に、時間が経って。
時刻が正午を過ぎ、玄関の呼び鈴が音を鳴った。
「イオ~! ケイちゃんのご一家が来られたわよ~」
「はーい、すぐ行く!」
こうして、準備の時間は終わり。
いよいよ、僕の誕生日会が始まったのだった。
『本日は、イオの誕生日にお集まりいただきありがとうございます!』
「わー、イオ君のママだ」
『みんなジュースは持ったかな? じゃあ、乾杯しましょー!』
開始時刻になると、十人以上のお客さんが集まった。
彼らを前に母さんはマイクを握って、乾杯の挨拶をした。
『来てくれたみんなに、私たちからお菓子袋をプレゼント!』
「わーい!」
『またお楽しみとして、ビンゴ大会も行いまーす! みんな、ビンゴカードを貰ってね』
母さんがそう言うと、父さんが子供たちにお菓子袋をとカードを配った。
子供たちは嬉しそうに、貰ったお菓子を凝視している。
「いつもイオがお世話になってます」
「いえ、ウチの子こそイオ君に面倒を見てもらって……」
その後母さんは、親御さんの席で談笑を始めた。
ちらっと見たところ、母さんはコミュ力が高い。
僕と違って、話題を振って場を回すタイプみたいだ。
「……おじさん、おしっこしたい」
「そうか。じゃあ、トイレに案内しよう」
一方で父さんは席に座らず、裏方作業をしていた。
子供をトイレを案内したり、ビンゴカードを配ったり、コップを洗ったり、掃除をしたり。
やっていることがイベントスタッフである。せっかくの休日なのに、あれで楽しいんだろうか。
「イオ君、お誕生日おめでとー!」
「おめでとー! はい、これどーぞ」
僕は来てくれた友達から、たくさん声をかけてもらった。
人形やピアノのおもちゃなどを、プレゼントとして受け取った。
純粋な好意を向けられるのは、やはり心地いい。
「イオ君すきー! 結婚したい!」
「あははは、ありがと……」
遊びに来てくれた子はみんなとても楽しそうだ。
まさしく今日は、僕にとって最高の誕生日会だ。
だからこそ、気になった。
「……」
この場でただ一人、誰とも言葉を交わしていない人。
裏方に徹している父さんは、楽しいのだろうかと。
『じゃあ、ビンゴ大会を始めまーす!』
「わーい!!」
宴もたけなわ、メインイベントであるビンゴ大会が始まった。
司会の母さんが番号を読み上げて、子供たちが歓声を上げる。
「ねぇ、父さん」
「どうした、イオ」
その裏で僕は、ビンゴの景品を並べる父さんに話しかけた。
父さんはワインも飲まず、お菓子も食べていない。
「父さんはずっと働いてるけど、楽しいの?」
「ああ」
父さんの、ちゃんとした休日は久しぶりのはずだ。
だというのに、こんな過ごし方でいいのだろうか。
僕はそれが、不安だった。
「父さん、お休みは滅多に取れないんでしょ?」
「まぁな」
「だったら、もっと……」
「だけど、俺はこれで幸せなんだよ」
そう話しかけた僕を、父さんは抱き上げた。
そして皺が入った男の顔が、笑顔に変わる。
「イオはこの間、プロデューサーになりたいと言ったね?」
「うん」
「だったらイオにも、この気持ちが分かる筈さ」
そう語る父さんの口調は穏やかで、どこか誇らしげだった。
確かに僕は今世は、アイドルのプロデューサーになりたい。
だけどそれが、何の関係があるのだろう。
「イオ。プロデューサーとは影なんだ」
「……影?」
「影が濃いほど、光は強まる」
父さんは僕を肩に乗せ、にんまりと笑った。
そして誕生日会の全体が見えるように、振り返った。
「イオの目に、この光景はどう見える?」
「……あ」
遮光カーテンに付けられた、色鮮やかなバルーン。
彩り鮮やかな画用紙の飾りと、パーティグッズ。
ビンゴマシーンを回す司会の母さんを見て、一喜一憂する幼稚園の友人立ち。
この部屋に広がっていた光景は、輝きに満ちていた。
「ああっ!」
「イオ。この誕生日会を
この幸せな光景は、父さんの手によって作り出されていた。
ビンゴ大会の景品や、お菓子に招待状、部屋の飾りつけまで父さんが手配した。
─────この場の笑顔はみんな、父さんが創った。
「俺は影でいいんだよ」
「……」
「イオが笑顔で楽しんでくれたら、それが何よりの報酬だ」
自分は表舞台に立たず、誰かが輝くための裏方に徹する。
それは今世で僕が求めた、理想の在り方。
「イオ。プロデューサーとは、こういう仕事だ」
「そ、そうか。じゃあ父さんの職業って!」
気付かなかった。
僕の目標が、こんなに身近に存在していたなんて。
「すごい! 父さんはすごい!!」
「はっはっは、そう誉めるな」
つまり僕の父さんは、プロデューサーなんだ。
それも、滅多に家に帰ってこられないほど優秀な。
衝撃で、興奮で、僕の頬が上気する。
父さんは地味な作業に徹して、
「それにイオ、お前だってすごいんだぞ」
「へ」
僕が、父さんに感じている感情は何だろう。
尊敬、賞賛、憧憬。そのどれもが正しくて、少し違う気がする。
「さて、メインイベントだ」
「あっ……」
自分でもよくわからない、不思議な感情。
そんな僕の戸惑いを知ってか知らずか、父さんは僕を肩に乗せたまま─────
『はい、これでビンゴ大会は終了です! お疲れ様でした!』
「イオ君のママ、ありがと~!」
『ではいよいよ最後の締め、イオ君と私から、皆に歌をプレゼントしようと思いま~す!』
司会の母さんの出した合図に応え、父さんが部屋の電気を消した。
部屋は闇に包まれ、子供たちの黄色い悲鳴が上がる。
光源はパーティ用に買ったランタンと、遮光カーテンから洩れる太陽光のみ。
「なんだ、なんだ?」
「映画みたーい」
『は~い、では上映スタート!』
母さんの、そんな掛け声とともに。
僕の新曲のMVが、プロジェクターから映し出された。
それは僕なりに分析し、母さんの輝きを表現した歌だ。
「わ……」
「え、スゴ……」
MVは、マイクの前で母さんが優雅に一礼するところから始まった。
彼女はカメラを一瞬見つめた後、太陽のような微笑みを浮かべ。
『
瞼を閉じて、胸いっぱいに息を吸い込み。
水鳥のように高らかに、両腕を広げて声高に謳った。
僕の鼓動が、跳ね上がる。
それは確かに、僕が曲を作った時に思い浮かべた母さんのイメージであり……。
そして僕が想像した以上に、ダイナミックで美しかった。
「
「凄い。……なんて、綺麗」
画面に映っているのは、いつもの母さんのはずだ。
優しくて、料理が上手くて、ちょっと抜けていて、少しうるさい母さんだ。
彼女の顔など見慣れている。生まれてずっと、母さんに愛されて生きてきたのだから。
なのに、
「どうして、目が離せない─────」
画面に映っている母さんは、母さんじゃないみたい。
まるで映画やドラマを見せられているように、視線が画面に吸いついて離れない。
ああ、それは例えるべくもない
「これも、父さんが……?」
「違うぞ」
誕生会に来た子供たちも、親御さんも息を呑んで画面を見ている。
問答無用で人を魅入らせ、息を吐かせるその輝きは。
「あの奏の輝きをプロデュースしたのはお前だ、イオ」
僕が思い描いて、表現しようとした輝きだ。
「俺は奏を担当した時、輝かせてやれなかった。彼女の『普通に在りたい』という希望に沿った」
「……」
「奏をその気にさせたのはお前だ、イオ。俺にはできなかったことを、お前はやった」
母さんは、昔、アイドル候補生だった。
しかしアイドルという仕事に辟易として、自ら引退し父に嫁いだ。
そんな
『はい! というわけで、ご視聴ありがとうございました!』
「すごかった!」
「イオ君のママ、歌じょうず!」
四分ほどのMVが終わり、母さんはドヤ顔で僕を見た。
父さんに肩車されて、画面を凝視していた僕を。
『じゃあ最後に改めて。イオ、お誕生日おめでとう!』
ポロり、と熱い雫が頬を伝う。
こんなことは前世から数えても、初めての経験だ。
まさか、自分の曲に感動して心を揺らされるなんて─────
「「イオ君、お誕生日、おめでとう!」」
みんなから祝福の声が向けられ、僕はガラにもなく涙していた。
母さんの歌に魅せられ、父さんの
「ありが、とう」
僕は絞り出すような声で、何とか感謝を伝える。
今まで自分が作った曲を聞いたことなど、何度もあった。
十和田ヒカリの『望郷狂騒曲』を初めて聞いた時だって、感涙した。
だけど、
「……最高の、誕生日プレゼントを、ありがとう。父さん、母さん」
僕の作った曲に、ここまで愛を込めて貰えた経験はない。
だからきっと、僕はここまで心が震えているんだ。
「どういたしまして、イオ」
「うん」
そう自覚した直後、僕は恥ずかしくなって。
父さんの背中にずり下がり、静かに顔を埋めた。
『あ、それとですね。実はこの曲、動画サイトにもアップしちゃいました』
「おー、すごーい」
『良かったら、お気に入り登録してくださいね』
「する、するー!」
不覚だ。実に不覚である。
これでも僕は、大人びた幼女としてアイデンティティを持っていたのだ。
誕生日に歌をプレゼントされて泣くなど、まるで子供ではないか。
『あ、さっそくお気に入りの通知が来ました! 登録してくれたみたいでありがとうございます』
「んー、まだ登録してないよ」
『あれー?』
そんな僕に父さんは、ポケットからサっとハンカチを取り出してくれた。
準備が良すぎて腹が立つが、おとなしく借りて顔を拭く。
「殻吹さん、すっごく良かったよ! プロみたい!」
『あ、ありがとうございまーす』
「すごい、もうコメントついてる!」
『ん、あれ? ちょっと、これ何?』
そうこうしていると、何やら母さんにトラブルがあったようだ。
先ほどまでの笑顔はどこやら、青い顔でスマホを見つめている。
『パパ、ちょっと来て。これ、ヤバいかも』
「む、どうした母さん」
『さ、さっきから、動画を投稿してから……』
一体どうしたんだろうかと、すかさず父さんか駆け寄った。
背負われていた僕は、肩越しに母さんのスマホ画面が見えた。
『動画を投稿してから、通知が止まらない。すごい勢いでコメントが─────』
「……」
見れば
数秒おきに、凄まじい勢いで膨れ上がり始めていた。
※ストックが尽きましたので不定期になります。申し訳ありません。
なるべく日を空けないよう続ける所存です。