【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが   作:あいどりゅ

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エピソード7「プロデューサー」

 

「イオちゃん、朝よ~」

「ふぁい」

 

 朝、母さんの呼び声で目が覚める。

 

 布団から出て窓を見ると、真っ青な快晴の空が広がっていた。

 

「イオ、起きたか。お誕生日おめでとう」

「……父さん! ありがとう」

 

 居間に降りると、父さんがテーブルに座っている。

 

 起きたら父さんがいる状況は、とても珍しい。

 

「朝ごはん、出来てるわよ~」

「わ、美味しそう」

 

 ホカホカのベーコンエッグに白ご飯、添えられたキャベツ。

 

 香ばしいペッパーの薫りが、鼻孔をくすぐる。

 

「イオを待っていたんだ、一緒にご飯を食べよう」

「うん」

 

 そんな母さんの手作り料理を、僕は夢中になって口へ運んだ。

 

 六歳の誕生日は、家族三人で揃っての朝ご飯から始まった。

 

 

 

 

 

「お友達は昼に来てくれるから、準備をしましょう」

「うん、わかった」

 

 朝ご飯の後、僕たちは誕生日会の準備を始めた。

 

 父さんが注文したパーティグッズで、部屋を装飾していく。

 

「イオは、風船を膨らませてくれ。空気入れは足元にある」

「オッケー」

「母さんは親御さん用のテーブルの準備を」

「じゃあ、ワインにおつまみも添えておこうかしら」

 

 お誕生日会というのは、親にとって社交の場でもあるらしい。

 

 見るからに高そうなワインが、テーブルに配膳されていた。

 

「物置にいってくる。宅配便が来たら、受け取っておいてくれ」

「はーい♪」

 

 お誕生日会の準備をして、ひとつ気づいたことがある。

 

 それは父さんは仕事が早くて、効率的だということ。

 

「ねぇ、父さん」

「ん、どうした」

 

 改めて、思った。

 

 僕は父さんのことを、何も知らない。

 

「父さんって、いつも家にいないよね」

「一緒に居てやれなくてごめんな、イオ」

「いや、その。だから、何の仕事をしているのかなって」

 

 僕は物置に向かう父さんに、そう聞いてみた。

 

 木村さんも母さんも教えてくれなかった、父さんの仕事を。

 

「奏から聞いていないのか?」

「聞いたけど、教えてくれなかった」

「そうか」

 

 木村さんも母さんも、教えてくれなかったこと。

 

 だけど、それは意地悪をしているからではなく。

 

 僕(イオ)に気づいてほしい、という謎かけのように見えた。

 

「でも、何となく予想はつくよ」

「ふむ。では言ってごらん」

 

 思い返せば、父さんの職業のヒントはいくつかあった。

 

 ウチは母さんが専業主婦なのに、裕福な生活ができていること。

 

 折り紙に書いた楽譜から、音源を作成できたこと。

 

「最初は音楽関係って思ったんだけど、母さんは『当たらずも遠からず』だって」

「まぁ、確かに当たらずも遠からずだな」

 

 父さんは、家に帰る暇がないほど多忙な仕事で。

 

 さらに、昼休憩でレコーディングスタジオに顔が出せる職業。

 

「じゃあ、イオはどう思うんだい」

「つまり、お父さんは……」

 

 そうなってくると、可能性はもう一つしかない。

 

 ずっと気付かなかったけど、つまり僕の父さんは─────

 

「父さんはアイドルなんだね!」

「うーん……」

 

 アイドルだ、と指摘したら微妙な顔をされた。

 

 

 

 

 

 

「父さん、これ何?」

「プロジェクターだ。イオの曲を大画面で映せるように借りた」

 

 どうやら父さんがアイドルというのは、不正解らしい。

 

 僕の答えに父さんは黙り込み、母さんは大爆笑した。

 

 あの反応は、多分違うのだろう。

 

「この黒いカーテン、何?」

「イオが膨らませて風船を付けるのと、遮光用に借りた」

 

 結局父さんは答えを言わぬまま、準備を進めた。

 

 オヤツ用に紙皿を並べ、来客用の三角帽子を重ねる。

 

 ハッピーバースデーと印刷された紙を、大きな段ボールに張り付けて飾る。

 

 そんな作業すること、およそ二時間。

 

 僕の家は、パーティ会場に早変わりしていた。

 

「マイクの電源はオッケー。スピーカーはここに設置して……と」

「延長コード、持ってきたよ」

「ありがとうイオ」

 

 作業の都度、父さんはずっと僕に手伝いを求めた。

 

 僕(むすめ)とのスキンシップに飢えているのかもしれない。

 

「あ、チャイムが鳴った」

 

 そうこうしている間に、時間が経って。

 

 時刻が正午を過ぎ、玄関の呼び鈴が音を鳴った。

 

「イオ~! ケイちゃんのご一家が来られたわよ~」

「はーい、すぐ行く!」

 

 こうして、準備の時間は終わり。

 

 いよいよ、僕の誕生日会が始まったのだった。

 

 

 

 

 

『本日は、イオの誕生日にお集まりいただきありがとうございます!』

「わー、イオ君のママだ」

『みんなジュースは持ったかな? じゃあ、乾杯しましょー!』

 

 開始時刻になると、十人以上のお客さんが集まった。

 

 彼らを前に母さんはマイクを握って、乾杯の挨拶をした。

 

『来てくれたみんなに、私たちからお菓子袋をプレゼント!』

「わーい!」

『またお楽しみとして、ビンゴ大会も行いまーす! みんな、ビンゴカードを貰ってね』

 

 母さんがそう言うと、父さんが子供たちにお菓子袋をとカードを配った。

 

 子供たちは嬉しそうに、貰ったお菓子を凝視している。

 

「いつもイオがお世話になってます」

「いえ、ウチの子こそイオ君に面倒を見てもらって……」

 

 その後母さんは、親御さんの席で談笑を始めた。

 

 ちらっと見たところ、母さんはコミュ力が高い。

 

 僕と違って、話題を振って場を回すタイプみたいだ。

 

「……おじさん、おしっこしたい」

「そうか。じゃあ、トイレに案内しよう」

 

 一方で父さんは席に座らず、裏方作業をしていた。

 

 子供をトイレを案内したり、ビンゴカードを配ったり、コップを洗ったり、掃除をしたり。

 

 やっていることがイベントスタッフである。せっかくの休日なのに、あれで楽しいんだろうか。

 

「イオ君、お誕生日おめでとー!」

「おめでとー! はい、これどーぞ」

 

 僕は来てくれた友達から、たくさん声をかけてもらった。

 

 人形やピアノのおもちゃなどを、プレゼントとして受け取った。

 

 純粋な好意を向けられるのは、やはり心地いい。

 

「イオ君すきー! 結婚したい!」

「あははは、ありがと……」

 

 遊びに来てくれた子はみんなとても楽しそうだ。

 

 まさしく今日は、僕にとって最高の誕生日会だ。

 

 だからこそ、気になった。

 

「……」

 

 この場でただ一人、誰とも言葉を交わしていない人。

 

 裏方に徹している父さんは、楽しいのだろうかと。

 

 

 

『じゃあ、ビンゴ大会を始めまーす!』

「わーい!!」

 

 宴もたけなわ、メインイベントであるビンゴ大会が始まった。

 

 司会の母さんが番号を読み上げて、子供たちが歓声を上げる。

 

「ねぇ、父さん」

「どうした、イオ」

 

 その裏で僕は、ビンゴの景品を並べる父さんに話しかけた。

 

 父さんはワインも飲まず、お菓子も食べていない。

 

「父さんはずっと働いてるけど、楽しいの?」

「ああ」

 

 父さんの、ちゃんとした休日は久しぶりのはずだ。

 

 だというのに、こんな過ごし方でいいのだろうか。

 

 僕はそれが、不安だった。

 

「父さん、お休みは滅多に取れないんでしょ?」

「まぁな」

「だったら、もっと……」

「だけど、俺はこれで幸せなんだよ」

 

 そう話しかけた僕を、父さんは抱き上げた。

 

 そして皺が入った男の顔が、笑顔に変わる。

 

「イオはこの間、プロデューサーになりたいと言ったね?」

「うん」

「だったらイオにも、この気持ちが分かる筈さ」

 

 そう語る父さんの口調は穏やかで、どこか誇らしげだった。

 

 確かに僕は今世は、アイドルのプロデューサーになりたい。

 

 だけどそれが、何の関係があるのだろう。

 

「イオ。プロデューサーとは影なんだ」

「……影?」

「影が濃いほど、光は強まる」

 

 父さんは僕を肩に乗せ、にんまりと笑った。

 

 そして誕生日会の全体が見えるように、振り返った。

 

 

「イオの目に、この光景はどう見える?」

「……あ」

 

 

 遮光カーテンに付けられた、色鮮やかなバルーン。

 

 彩り鮮やかな画用紙の飾りと、パーティグッズ。

 

 ビンゴマシーンを回す司会の母さんを見て、一喜一憂する幼稚園の友人たち。

 

 この部屋に広がっていた光景は、輝きに満ちていた。

 

「ああっ!」

「イオ。この誕生日会を企画(プロデュース)したのは、俺だ」

 

 この幸せな光景は、父さんの手によって作り出されていた。

 

 ビンゴ大会の景品や、お菓子に招待状、部屋の飾りつけまで父さんが手配した。

 

 ─────この場の笑顔はみんな、父さんが創った。

 

「俺は影でいいんだよ」

「……」

「イオが笑顔で楽しんでくれたら、それが何よりの報酬だ」

 

 自分は表舞台に立たず、誰かが輝くための裏方に徹する。

 

 それは今世で僕が求めた、理想の在り方。

 

「イオ。プロデューサーとは、こういう仕事だ」

「そ、そうか。じゃあ父さんの職業って!」

 

 気付かなかった。

 

 僕の目標が、こんなに身近に存在していたなんて。

 

「すごい! 父さんはすごい!!」

「はっはっは、そう誉めるな」

 

 つまり僕の父さんは、プロデューサーなんだ。

 

 それも、滅多に家に帰ってこられないほど優秀な。

 

 衝撃で、興奮で、僕の頬が上気する。

 

 父さんは地味な作業に徹して、主役(ぼく)を輝かせてくれたのだ。

 

「それにイオ、お前だってすごいんだぞ」

「へ」

 

 僕が、父さんに感じている感情は何だろう。

 

 尊敬、賞賛、憧憬。そのどれもが正しくて、少し違う気がする。

 

「さて、メインイベントだ」

「あっ……」

 

 自分でもよくわからない、不思議な感情。

 

 そんな僕の戸惑いを知ってか知らずか、父さんは僕を肩に乗せたまま─────

 

『はい、これでビンゴ大会は終了です! お疲れ様でした!』

「イオ君のママ、ありがと~!」

『ではいよいよ最後の締め、イオ君と私から、皆に歌をプレゼントしようと思いま~す!』

 

 司会の母さんの出した合図に応え、父さんが部屋の電気を消した。

 

 部屋は闇に包まれ、子供たちの黄色い悲鳴が上がる。

 

 光源はパーティ用に買ったランタンと、遮光カーテンから洩れる太陽光のみ。

 

「なんだ、なんだ?」

「映画みたーい」

『は~い、では上映スタート!』

 

 母さんの、そんな掛け声とともに。

 

 僕の新曲のMVが、プロジェクターから映し出された。

 

 

 

 

 

 

 Mother(マザー) sunlight(サンライト)。

 

 それは僕なりに分析し、母さんの輝きを表現した歌だ。

 

「わ……」

「え、スゴ……」

 

 MVは、マイクの前で母さんが優雅に一礼するところから始まった。

 

 彼女はカメラを一瞬見つめた後、太陽のような微笑みを浮かべ。

 

『Lalalala(ララララ)~』

 

 瞼を閉じて、胸いっぱいに息を吸い込み。

 

 水鳥のように高らかに、両腕を広げて声高に謳った。

 

 

 

 僕の鼓動が、跳ね上がる。

 

 それは確かに、僕が曲を作った時に思い浮かべた母さんのイメージであり……。

 

 そして僕が想像した以上に、ダイナミックで美しかった。

 

「奏(かなで)の奴、あんなに楽しそうに歌えたんだな」

「凄い。……なんて、綺麗」

 

 画面に映っているのは、いつもの母さんのはずだ。

 

 優しくて、料理が上手くて、ちょっと抜けていて、少しうるさい母さんだ。

 

 彼女の顔など見慣れている。生まれてずっと、母さんに愛されて生きてきたのだから。

 

 なのに、

 

「どうして、目が離せない─────」

 

 画面に映っている母さんは、母さんじゃないみたい。

 

 まるで映画やドラマを見せられているように、視線が画面に吸いついて離れない。

 

 ああ、それは例えるべくもない輝き(アイドル)。

 

「これも、父さんが……?」

「違うぞ」

 

 誕生会に来た子供たちも、親御さんも息を呑んで画面を見ている。

 

 問答無用で人を魅入らせ、息を吐かせるその輝きは。

 

「あの奏の輝きをプロデュースしたのはお前だ、イオ」

 

 僕が思い描いて、表現しようとした輝きだ。

 

「俺は奏を担当した時、輝かせてやれなかった。彼女の『普通に在りたい』という希望に沿った」

「……」

「奏をその気にさせたのはお前だ、イオ。俺にはできなかったことを、お前はやった」

 

 母さんは、昔、アイドル候補生だった。

 

 しかしアイドルという仕事に辟易として、自ら引退し父に嫁いだ。

 

 そんな歌沖(かおき)奏(かなで)が人生で最も輝いたのは─────

 

 

 

『はい! というわけで、ご視聴ありがとうございました!』

「すごかった!」

「イオ君のママ、歌じょうず!」

 

 四分ほどのMVが終わり、母さんはドヤ顔で僕を見た。

 

 父さんに肩車されて、画面を凝視していた僕を。

 

『じゃあ最後に改めて。イオ、お誕生日おめでとう!』

 

 ポロり、と熱い雫が頬を伝う。

 

 こんなことは前世から数えても、初めての経験だ。

 

 まさか、自分の曲に感動して心を揺らされるなんて─────

 

「「イオ君、お誕生日、おめでとう!」」

 

 みんなから祝福の声が向けられ、僕はガラにもなく涙していた。

 

 母さんの歌に魅せられ、父さんの企画(プロデュース)に感嘆し、

 

「ありが、とう」

 

 僕は絞り出すような声で、何とか感謝を伝える。

 

 今まで自分が作った曲を聞いたことなど、何度もあった。

 

 十和田ヒカリの『望郷狂騒曲』を初めて聞いた時だって、感涙した。

 

 だけど、

 

「……最高の、誕生日プレゼントを、ありがとう。父さん、母さん」

 

 僕の作った曲に、ここまで愛を込めて貰えた経験はない。

 

 だからきっと、僕はここまで心が震えているんだ。

 

「どういたしまして、イオ」

「うん」

 

 そう自覚した直後、僕は恥ずかしくなって。

 

 父さんの背中にずり下がり、静かに顔を埋めた。

 

 

『あ、それとですね。実はこの曲、動画サイトにもアップしちゃいました』

「おー、すごーい」

『良かったら、お気に入り登録してくださいね』

「する、するー!」

 

 不覚だ。実に不覚である。

 

 これでも僕は、大人びた幼女としてアイデンティティを持っていたのだ。

 

 誕生日に歌をプレゼントされて泣くなど、まるで子供ではないか。

 

『あ、さっそくお気に入りの通知が来ました! 登録してくれたみたいでありがとうございます』

「んー、まだ登録してないよ」

『あれー?』

 

 そんな僕に父さんは、ポケットからサっとハンカチを取り出してくれた。

 

 準備が良すぎて腹が立つが、おとなしく借りて顔を拭く。

 

「殻吹さん、すっごく良かったよ! プロみたい!」

『あ、ありがとうございまーす』

「すごい、もうコメントついてる!」

『ん、あれ? ちょっと、これ何?』

 

 そうこうしていると、何やら母さんにトラブルがあったようだ。

 

 先ほどまでの笑顔はどこやら、青い顔でスマホを見つめている。

 

『パパ、ちょっと来て。これ、ヤバいかも』

「む、どうした母さん」

『さ、さっきから、動画を投稿してから……』

 

 一体どうしたんだろうかと、すかさず父さんか駆け寄った。

 

 背負われていた僕は、肩越しに母さんのスマホ画面が見えた。

 

『動画を投稿してから、通知が止まらない。すごい勢いでコメントが─────』

「……」

 

 見ればMother(マザー) sunlight(サンライト)の、MVの再生数とお気に入り数が……。

 

 数秒おきに、凄まじい勢いで膨れ上がり始めていた。

 

 




※ストックが尽きましたので不定期になります。申し訳ありません。
なるべく日を空けないよう続ける所存です。
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