【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
「じゃあね、イオ君! 楽しかった!」
「みんな、来てくれてありがとう」
祭りの終わりは、哀愁が漂う。
空が夕焼けに染まる頃、最高の誕生日はお開きになった。
「ありがとう父さん。すごく、楽しい誕生日会だった」
「なら、俺も頑張った甲斐があった」
友達を見送った後、僕は父さんに向き直った。
この素晴らしい時間をくれた父さんに、感謝を込めて。
「じゃあ後片付け、していくか」
「うん、父さん」
そして夢のような時間は、もう終わり。
明日からまた、日常が戻ってくる。
─────はずだったのだが。
「…………」
「どうした、母さん。さっきから黙り込んで」
僕の新曲がアップロードされてから、母さんの口数が減っていた。
みんなが帰ってからは、ずっと無言だった。
「い、いやだってこれ」
「ああ、イオの新曲か?」
スマホを見つめる母さんは、興奮しているというより……。
混乱と動揺で、青ざめているようにも見える。
「どれどれ? ふむ」
「わ、もう一万再生に届きそう」
どうやら
まだ一時間ほどしか経っていないのに、一万再生を達成していた。
「ちょっとこれ、伸びすぎじゃない……?」
「わ、もう前曲のコメント数を越えてる」
素人目にも、この伸び方が異常なのは分かる。
三日で一万再生という、前作『虹のスムージー』の百倍近い速度だ。
「む、そんなことか」
「そんなことって」
この凄まじい数字を見て、父さんはすまし顔だった。
驚いている様子はまったくない。むしろ、
「そっちの手続きもやらないとな。イオ、この曲を音楽配信代行サービスにも登録していいか?」
「え、あ、うん」
「歌手は奏、作詞作曲はイオ、編曲は木村さんだ」
彼は淡々とした口調で、PC画面の契約書らしきものを見せた。
僕が頷くと、そのままカタカタと高速で何かを打ち込んでいく。
「もう、木村さんの了解は得ている。申請用のファイルも、もう作ってて……」
「あの、パパ。まさかとは思うんだけどぉ」
「お、予測より再生数が5%上振れてる。無事、トレンドにも載りそうだ」
仕事人の顔で、書類の作成を続けていく父さん。
そんな彼に、ニッコリと微笑みを向ける母さん。
「最初から、めっちゃ伸びる前提で動いてた?」
「当たり前だ。このMV見て伸びないと予測する奴は、プロデューサー失格だ」
「だったら教えておいてよォ!!!」
母さんはそう叫ぶと、頬を膨らませて父に抱き着いた。
『神曲です。鼻の奥がツンと暖かくなりました』
『元気を貰えました。気づけば、何度もリピートしています』
『なんちゅう曲を聞かせたんや。母と過ごした少年時代を思い出し、涙が止まらん』
新曲のMVについた、コメントを見ると。
大半が曲に対する、好意的な応援コメントだった。
『さりげなく歌詞が韻を踏んでいて、覚えやすい』
『歌いやすいよう、歌詞がコンパクトに洗練されてる』
『すぐ歌えそう。カラオケで母さんに聞かせたい』
僕がこだわった、歌いやすさについても言及があった。
令和チックではない、思わず口ずさめる曲に仕上げた。
それを分かってくれるコメントがあって、うれしかった。
『なんだこの素人!? こんな逸材がどこに眠ってた!?』
『
『商業デビューはまだですか?』
一方で変わらず、母さんへの応援コメントもたくさん来ていた。
今回も、母さんの歌唱力が素晴らしかったからしょうがない。
『素人の歌で感動したのは久しぶり』
『作詞作曲のイオって誰? 検索しても過去曲が出てこない』
『イオって何者だよ、素人じゃねーだろ』
このコメント欄を見て、僕は大変に満足である。
それが受けたということは、僕のクリエイター性が時代を超えて受け入れられたといいこと。
「……イオちゃん、すっごく嬉しそう」
「笑っている姿は、年相応の娘なんだがな」
それが、嬉しくないはずがない。
両親は何とも言えぬ顔で、コメント欄を見てニマニマする僕を見ていた。
「それで、イオ。お前の才能は示されたわけだが」
「父さん?」
「改めて、どうするか聞きたい」
僕が、大量の応援コメントに浸っていると。
やがて父さんが、真剣な顔で話しかけてきた。
「どうするか、って?」
「イオが、
父さんのその言葉に、僕は少しだけ考え込んだ。
今世も音楽家として、生きるかどうか。
「イオの才能はすさまじい」
「そんな、言いすぎだよ」
「そして父さんなら、お前を
瞳は、真剣そのものだ。今の言葉は、父親としてじゃない。
一人のプロとして、僕の
「その才能を、もっと輝かせてみないか」
「……」
そんな父さんの言葉は、とても嬉しかった。
前世で培った作曲家としての技能を、令和のプロに認められたのだから。
だけど、
「いや、いい」
「そうか」
僕は父さんの誘いを、首を振って断った。
「え、イオちゃん。音楽の道に進まないの?」
「僕が、音楽好きなことは認めるよ母さん」
「だったらどうして」
確かに僕は音楽が好きだ。僕の曲が、誰かの心を揺さぶれたら嬉しい。
今回のMVの成功も、大きな自信になった。
─────だけど、
「母さん、ごめん。今日の誕生日会で、父さんをかっこいいと思っちゃった」
「……パパが?」
「地味な仕事をこなし、輝きを演出してくれた父さんに、敬意を覚えた」
父さんの仕事を見て、僕は改めて自覚した。
僕は影で働き、誰かを輝かせることに喜びを感じる人間だ。
「確かにMVに映る母さんは、とても魅力的だった」
「イオちゃん……」
「画面越しに、母さんの輝きに見惚れたよ」
どこかから依頼を受けて、曲を作るスタイルじゃない。
僕が惚れ込んだ誰かのために、曲を作れる立場でありたい。
「だけどあのMVを制作したのは父さんで、編曲したのは木村さんだ」
ただ、曲作りだけじゃ物足りない。
衣装もイベントも演出も何もかも、僕の手で演出したい。
「父さん。僕、やっぱりプロデューサーになりたい」
「……そうか」
「誰かを輝かせる瞬間に、立ち合いたいんだ」
僕は
主役のために土台となって、輝きを際立たせる立場でありたい。
それが何も取り繕っていない、僕の本だった音。
「イオの気持ちは分かった」
「ごめんね、母さん。ここまでしてもらったのに」
「……いや、いいの」
僕の答えを聞いて、父さんは柔和な笑みを浮かべた。
まるで僕が、そう答えると分かっていたかのような表情だ。
「音楽家を目指すなら、音楽教室に申し込むつもりだったが」
「ははは、音楽は趣味でやっていくつもり」
それに、音楽教室など冗談じゃない。これでも前世でプロだったんだぞ。
その辺の音楽家よりは、知識があるつもりだ。
「勿体ない……勿体ないけど。イオちゃんがそう言うなら仕方ないぃぃぃ」
「か、母さん」
「この才能が……、いや才能で縛られる人生なんて……うぅぅぅ」
一方で母さんは、苦渋に満ちた顔をしていた。
僕を音楽の道に進ませたかったのは伝わっていたけど……。
「イオ、先に言っておく。プロデューサーの道は険しいぞ」
「うん、覚悟はできてる」
「音楽家になるほうが、ずっと楽だった。そう思う日が来るかもしれない」
「そ、そんなにキツいんだ?」
父さんは真顔で、そんな怖いことを言った。
まぁ確かに、父さん滅多に家にいないもんな。
プロデュース業がものすごく過酷だと、想像がつく。
「地獄を見る覚悟があるなら、俺がイオをプロデューサーにしてやる」
「覚悟はある、つもりだ。父さん」
「いい返事だ、イオ」
だけど、現役プロデューサーたる父さんが僕を鍛えてくれるというのだ。
こんなに都合の良い話は、めったにない。
「分かった。じゃあイオのレッスンの手続きも進めておこう」
「はい、父さん!」
どうすれば人を輝かせられるのか、学びたい。
どうすればアイドルをプロデュースする立場になれるのか、聞きたい。
そのためなら、どんなレッスンでも受けてやる。
「パパ、レッスンって……。イオちゃんに何させるの?」
「そうだな。ダンスとボーカル、演技指導から始めるか」
「分かりました!」
僕の父さんがプロデューサーだという幸運を、最大限に生かすんだ。
そして僕は、誰かの輝きを演出するプロデューサーに……!!!
「って、ダンスと、ボーカル?」
「おう。それと演技指導、週三回の習いごとだな」
父さんは表情を変えないまま、カレンダーに僕の予定を書き加えた。
来年から週に三回、ダンス・ボーカル・演技指導のレッスンと。
「どこで、そんなの習わせるの?」
「芸能事務所
「……アイドル養成ジュニアスクール?」
父さんの言葉が、よく理解できない。
え、何で僕がアイドル養成スクールに入らないといけないの?
プロデューサーにしてくれるって話じゃ、なかったの?
「そうだ。イオ、まずお前はアイドルになれ」
「え、いやいやいや! 僕がアイドルとか無理!」
「何だ? もう夢を諦めるのか?」
「そうじゃなくて、僕はプロデューサー志望で、アイドルになる必要は……!」
どこからアイドルなんて話が出てきた。冗談ではない。
ぼくはアイドルになる気はない。父さんに、慌ててそう言い返すと。
「イオ。お前はプロデューサーがどんな仕事をしているか知りたくないのか」
「え? その、知りたい……けど」
「じゃあ、プロデューサーが働いているところを見学しないとな?」
そう、プロデューサーの仕事内容を僕は知りたいんだ。
アイドルなんてやっている暇は……。
「うん、だから父さんの仕事を見学をしたいんだけど」
「芸能事務所
ま、まぁそうだよな。アイドルが所属する事務所だもんな。
セキュリティ的に、社員の家族であっても入れてもらえるわけがない。
「じゃあお前がプロデューサーの仕事を見学するには、どうすればいい?」
「そ、それで僕がアイドルになるってこと?」
「ああ、絶対に損はしない」
なので父さんは、僕をアイドルにするつもりらしい。
それがプロデューサーになるための、第一歩だそうだ。
「お前の歳から、レッスンしてるアイドル候補生はたくさんいる」
「……」
「どんな気持ちでオーディションを受けるのか。どんな気分で仕事に行くのか。プロデューサーになる気なら、アイドル側の気持ちを知っとけ」
……なるほど。それは確かにその通りだ。
アイドル業を経験をしておくことが、将来のプロデュースに生きるのか。
「それともう一つ、アイドルを経由するのはプロデューサーになる最短ルートだ」
「え、そうなの?」
「芸能事務所は、業界に詳しい人でを欲しがるからな。元アイドルの事務員もゴロゴロいるぞ」
そう言われてみれば、確かに業界人を優遇するイメージがある。
一般人よりかは、元アイドルの方が雇ってもらいやすいのかも。
「納得したか?」
「う、うん。じゃあ僕、養成スクールに入る」
そうだ、何を疑う必要があったんだ。父さんは敏腕のプロデューサーだ。
僕を、素晴らしいプロデューサーに
今は素直に信じて、父さんが敷いたレールに乗っかろう。
「それともう一つ、俺の娘であることは隠しておけ」
「え、どうして?」
「俺は
最後に父さんは、僕に『父さんとの関係を隠す』よう助言した。
その理由は、
「
「……」
「くだらん輩がお前にすり寄ってくるし、実力で仕事を勝ち取ってもコネ扱いされる」
確かのチーフプロデューサーの娘となれば、邪推は避けられないな。
父さんのことは黙っておいた方がよさそうだ。
「俺はイオを優遇する気はない。コネも忖度もなしだ」
「うん」
「ろくに評価されず、引退するかもしれない」
僕にそう告げる父さんの顔は、冷徹そのもの。
父さんはプロとして、私情を挟まず話をしている。
「イオ、お前に音楽の才能があるのは分かった。だが、アイドルの素質があるとは限らない」
「……」
「辛くなったら言いなさい。その時はやめていい」
「うん」
「ただ、プロデュースされる側の気持ちも知っておいてほしい」
父さんに抱きしめられる僕を、母さんは何とも言えない目で見つめていた。
あれはどういう顔だろう。ちょっと、表情が読めない。
「アイドルの気持ちが分かっていないヤツは、プロデューサー失格だ」
「わ、わかったよ父さん」
だけど、父さんの言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
なのでコクコクと、僕は素直にうなずいた。
「いい子だ、イオ。母さんも、それでいいな?」
「いいと思うわ。イオちゃんがレッスンに通うのかぁ」
優しい笑みを浮かべる父さんと対照的に、母さんは複雑そうな顔だ。
母さんの性格なら、アイドルと聞いて喜びそうな気がしたけど。
「……うん。応援するわ、イオちゃん!」
「ありがと、母さん」
「分からないことがあれば母さんに聞きなさい!」
だけど結局、母さんも僕を応援してくれて。
僕は、アイドル養成スクールに通うことになった。
「あ、それと趣味で作曲は続けなさい。プロデューサー自身が作曲できるのは強い」
「うん、そのつもり」
正直なところ、戸惑いの気持ちの方が大きい。
だけど父さんの言う通り、『輝かせる側』の気持ちを知るのは大事だ。
それに何より、
「しっかり、御友達を作るんだよ」
「うん!」
未来のアイドル候補生とお友達になれるかもしれない。
そのことには少しだけ、ワクワクした。