【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが   作:あいどりゅ

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エピソード9「アイドル養成スクール」

 

『一年生の皆さん、ご入学おめでとうございます。校長先生は、みんなと会えてとても嬉しいです』

 

 日差しが暖かく、桜が舞い散る季節になった。

 

 僕は幼稚園を卒業して、小学校に入学した。

 

『今日、皆さんは新しく学校のお友達になりました。きっと本校で良く学び、良く遊び、そして健やかに成長してくれることでしょう』

 

 とはいえ、まったく新しい環境というわけではない。

 

 同じ幼稚園からの入学者が、半分近くを占めていた。

 

『先生たちには、元気な声で挨拶してくれると嬉しいです。つらいことがあったら、先生に相談にきてください』

 

 小学校の校長先生は、初老の優しそうなおじさんだった。

 

 新入生たちは、新たな日々の始まりにソワソワと周囲を見渡している。

 

『校長先生は、君たちの入学を心からお祝いします。入学おめでとう、小学生おめでとう!』

 

 こうして僕は、晴れて小学生になった。

 

 

 

 

 

 

 

「イオ君、一緒に遊ぼ」

「いいよ、ケイちゃん」

 

 小学生になっても、幼稚園の頃からの友達は仲良くしてくれた。

 

 遊びのグループも大きく変化はしていない。

 

「おう殻吹! ドッジしようぜドッジ!」

「えー、ダメ! イオ君は私とおままごとするの!」

「でもドッジの方が楽しいぜ」

 

 ただ、男子から遊びのお誘いが増えた気がする。

 

 というのもクラスで、僕が男の子と思われている節があるらしい。

 

 一人称を『僕』としているのが原因だろうか。

 

「ごめん、ケイちゃんが先約なんだ」

「そっか、じゃあまたな殻吹」

 

 僕は、別に性別を隠す気はないんだけどね。

 

 聞かれたら女と答えてるし、女子トイレを使ってもいる。

 

「えへへ、じゃあおままごとね。イオ君がパパやって」

「仰せのままに」

 

 ただ実際、僕の性自認はどっちなのかは分からない。

 

 周囲に子供しかいないため、恋愛感情を覚えたことはないからだ。

 

 幸い令和の時代は先進的で、どっちを選んでも問題はないようだ。

 

 好きな相手ができてから、ゆっくり悩もう。

 

「それとね、家に帰ってからもあそぼ?」

「あー、ごめん。今日から習い事が始まるんだ」

「習い事?」

 

 それに今、そういうことにかまけている暇はない。

 

 僕にはもう、人生の目標があるのだ。

 

「ダンスとか、歌とかだよ」

「あー! イオ君、上手だもんね」

 

 誰かの輝きをサポートする、プロデューサーになること。

 

 そのために、父さんの芸能事務所が運営するジュニアスクールに入学する。

 

「そっかぁ、残念」

「また明日、遊ぼうか」

 

 正直に言って、不安がないと言えば嘘になる。

 

 アイドルのレッスンが、血反吐を吐くほど過酷だということも理解している。

 

 先輩からのパワハラ、同期との軋轢、ギスギスした人間関係。

 

 そんな地獄のような環境で、なお折れずに努力するのは大変なことだろう。

 

 でも僕は、それを知っておかねばならない。

 

「うん、明日遊ぼうね!」

「ああ、約束」

 

 プロデューサーというのは、アイドルの人生を左右する立場にある。

 

 重大な責任を伴う、過酷な労働だ。

 

「じゃあ、またねケイちゃん」

「レッスン頑張ってね、イオ君」

 

 だから、覚悟を済ませておいた。

 

 歌の音程があっていないと、鞭で打たれる僕。

 

 ダンスのキレが悪いと、グラウンドを走らされる僕。

 

 テメェの演技なんざ『おままごと』だと、口の悪いトレーナーに罵倒される僕。

 

「お迎えに来たわよ、イオ」

「母さん!」

 

 校門を出ると、母さんが車を停めて待っていてくれた。

 

 僕はふぅと深呼吸して、車に乗り込んだ。

 

「じゃ、レッスンに行きましょ」

「うん」

 

 先に辛いことを想像しておけば、本番で理不尽な目に遭っても耐えられる。

 

 この半年間、イメージトレーニングは欠かさなかった。

 

 予習として、母さんとカラオケしたりもした。

 

「ここよ。じゃあ、頑張ってねイオ」

「うん。行ってきます、母さん」

 

 今の僕なら、どんな苦難にも耐えられる。

 

 さぁ行くぞ、アイドル業界。僕の心を折れるものなら折ってみろ。

 

 僕の『覚悟』を見せてやる。

 

 

 

 

 

 

 

「みんな~! こんにちは~」

「「こんにちは~」」

「声が小さいゾ! みんな、もう一回!」

「「こんにちは~!!」」

 

 そんな風に、悲壮な覚悟でレッスンに乗り込んだ僕だったが。

 

 ジュニアスクールは想像と違って、和気あいあいとした空気だった。

 

「ダンストレーナーの、高田でーす! 高田お姉さんって呼んでね!」

「「は~い!」」

「じゃあ今日は、みんなに自己紹介することから始めようか!」

 

 レッスン教室は壁一面が鏡張りになっていて、パーテーションで仕切られていた。

 

 小学校低学年と、高学年のクラスで分けられているらしい。

 

「ほら、そこの君からみんなの前に出て」

「ぼ、僕ですか」

「そう! まずは人前でしゃべる練習だよ」

 

 そんな僕らの最初の課題は、『自己紹介』すること。

 

 前の方に座っていたからか、僕はトップバッターに指名された。

 

「年齢とお名前と、どうしてこのスクールに入学したのか話してほしいな」

「はい」

 

 トレーナーに手を引かれ、僕はみんなの前に立つ。

 

 子供たちの好奇的な視線が、僕に集まった。

 

「僕は……歌沖(かおき)イオです。年齢は六歳」

 

 僕の『芸名』は母さんの旧姓を借りて、歌沖(かおき)イオにした。

 

 殻吹と名乗ると、父さんとの関係がバレてしまうからだ。

 

「僕がこのスクールに入学した志望動機は、芸能界に興味があったからです」

 

 僕はアイドル養成スクールに通いはするが、アイドルになる気はない。

 

 だけど正直にそんな宣言すると、顰蹙を買う可能性が高い。

 

「非才の身ではありますが、よろしくお願いします」

 

 僕は多くを語らず、なるべく印象に残らない言葉を並べた。

 

 プロデューサーを目指す僕は影だ、目立つ必要はない。

 

「お、おぉ……。素敵な挨拶をありがとうね、歌沖(かおき)さん」

「恐縮です」

 

 僕はペコりと一礼して、その場を離れた。

 

 アイドルならば、自己紹介から目立っておくべきだろう。

 

 たくさんのアイドル候補から抜け出すには、強烈な個性が必要だからだ。

 

 しかし僕はむしろ、『目立ってはいけない』立場。

 

 プロデューサー志望としては、完璧な自己紹介だった。

 

「しゃ、社会人みたいな挨拶する子ね。昨日まで幼稚園児だったとは思えないわ」

「……ん?」

「いや、良いことなのよ? 大人っぽすぎてびっくりしちゃった」

 

 と、思っていたのだが。

 

 トレーナーの高田さんは、ちょっと引いた顔をしていた。

 

「みんなは、こんなにカッチリ挨拶しなくていいからね!」

「はーい」

 

 ……どうやら僕の自己紹介は、とても悪目立ちするものだったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「オレは、タツヤです!! 七歳です、仮面ヤイバーが好きです!」

「おお、元気いっぱいの自己紹介をありがとう!」

「仮面ヤイバーに会いたくてスクールに来ました!!」

 

 ここは小学校低学年向けの、ジュニアクラス。

 

 僕のような社会人然とした挨拶をする子は、一人もいなかった。

 

「私は虎吉夏奈です! 八歳です!! ティガースファンです!!」

「お、おお」

「野球選手と結婚するため、アイドルなりに来ました!」

 

 よく考えたら当たり前、小学生の自己紹介ってこんなもんだ。

 

 もっと子供らしく、元気に挨拶するべきだった。

 

「フランソワ・アンナよ! ママはフランソワ・アンネ」

「え、お母さんフランソワ・アンネなの!? あの有名な!?」

「今は八歳。お母さんみたいな立派なアイドルになりたくて、ここに来たわ!」

 

 ただ僕の他にも、自己紹介でインパクトを残した子はいた。

 

 フランソワ・アンナさんは、有名なアイドル『フランソワ・アンネ』の二世だそうだ。

 

 母親のアンネはイギリス人だったはず。つまり、娘のアンナはハーフということになる。

 

 なるほどアンナは他の子と一線を画す美形だ。

 

 髪色は明るいブロンド、目鼻立ちがクッキリとしていて、長い睫毛から碧眼が覗いている。

 

「ママのサインが欲しければ、特別にあげてもいいわよ!」

「ほしーい!」

 

 事務所提携のジュニアクラスに、二世が入学してくることは珍しくない。

 

 親がそもそも、子を芸能人にしたがるケースが多いのだ。

 

 また二世タレントは、『あの有名人の娘』というだけで既に付加価値がある。

 

 あとはフランソワ・アンナが、そのチャンスをものにできるかどうかだろう。

 

「……」

 

 ただ彼女は自己紹介の後、意味ありげに僕の方を見つめた。

 

 アンナとは初対面のはずなのに、どうしたんだろう。

 

 

 

 

 

「じゃ、まずはストレッチから行くよ! 私と同じポーズしてね」

「はい!」

「まずは足を広げて、背筋を伸ばして─────」

 

 自己紹介の後、僕らは時間をかけて体の柔軟とストレッチを行った。

 

 これはルーティンだそうで、レッスンの初めと終わりにやるらしい。

 

「じゃあ次はダンスタイム! 曲を流すから、好きに踊ってみて!」

「え、いきなり?」

「うん。みんな思い思いに踊っていいよ!」

 

 その後トレーナーはスピーカーから、有名な曲をいくつか流した。

 

 子供向けのアニメソングや、特撮ヒーローの曲だ。

 

 ただ踊ってみたが、体も足もバラバラで見るに堪えない。

 

 僕は母さんに基礎の動きを習っていたので、まだマシだったが……。

 

 アンナさん以外、まともに踊れている子はいなかった。

 

「高田さん、すごい……」

 

 その中心で高田さんは、キレッキレのダンスを踊り続けた。

 

 僕や周囲の子供たちは勿論、アンナさんですら見惚れる体のキレだ。

 

 数曲も流し終わったころには、やがて高田さんに子供が群がり始めた。

 

「ねー! お姉さん、どうやって踊ってるの?」

「教えてよそのダンス!」

「んふー、知りたい? 知りたい?」

「知りたーい」

「じゃ、特別に教えちゃおう。まずは足の動きを見といてね」

 

 子供たちが踊り疲れた後に、高田さんは足さばきの解説を始めた。

 

 足の角度や動きの意識。どうすれば『カッコよく』踊れるか。

 

 僕たちはそんな彼女の動きを、食い入るように見つめた。

 

 

「じゃ、もう一回踊ろうか! みんな、位置について~!」

 

 初日のレッスンを通じて思った。高田さんは、やり手のトレーナーだ。

 

 まず好きに踊らせることで、子供たちに『どう踊ればいいか?』と考えさせる。

 

 同時に高田さんがキレキレのダンスを披露し、子供たちの興味を引く。

 

「歌沖(かおき)さん、上手じゃん!」

「ど、どうも」

「タツヤ君も元気いっぱい! もっと足を開いてごらん!」

「おー!」

 

 やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。

 

 有名な軍人が提唱した『人の育て方』だが、高田さんのレッスンはまさにこれだった。

 

「フランソワさんのダンスは見事ね! さすがよ!」

「でしょ、でしょ! ママに習ったんだもん!」

 

 自分でやって見せ、僕らにさせてみて、そして褒める。

 

 すると子供たちは、夢中になって高田さんの動きを真似していた。

 

 スクールの子供たちに、『レッスンさせられている』という感覚はない。

 

 高田さんに遊んでもらった、という楽しい記憶しか残ってなさそうだ。

 

「残念だけどそろそろおしまいかな~! みんな、クールダウンするよ」

「えぇ~」

「しっかりストレッチしないとケガするわよ」

 

 それでいて三時間、僕たちは夢中になってステップを踏んでいた。

 

 気が付けば、あっという間に日が沈んでいる時刻だった。

 

「じゃあ、今日のダンスレッスンはおしまい! みんな、お疲れ様!」

「高田先生、ありがと~!」

「高田お姉さんで良いわよ!」

 

 僕はダンスレッスンを受けながら、高田さんに感心してた。

 

 子供の相手が、上手い。どうすれば動かせるのか熟知している。

 

 さすがは父さんがチーフプロデューサーをやっている事務所だ。

 

 そんな風に、感心していると。

 

「……ねぇ、歌沖(かおき)」

「あれ、アンナさん?」

 

 レモンのような柑橘類の、フルーティな香りが漂い。

 

 僕の前で碧眼の少女が、ブロンドヘアを揺らす。

 

「帰る前に少し、お話ししたいんだけど」

「僕に? うん、別にいいけど」

 

 何とフランソワ・アンナが、僕に話しかけてきた。

 

 妖精のような透明感に、覇気を纏った存在感。

 

 近くで見るとやはり、彼女はとんでもない美形だと実感した。

 

「違ってたら、違うでいいわ」

「う、うん」

「もしかしてだけど、歌沖(かおき)のお母さんって」

 

 少女の顔には、敵意も笑顔もない。

 

 ただひたすら、真剣な目で僕を見つめるだけ。

 

「─────歌沖(かおき)奏(かなで)、だったりする?」

 

 アンナはそう言うと、グイっと僕の顎に手を当てて。

 

 吐息のかかる距離まで、顔を密着させた。

 

 

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