【TS転生】僕はプロデューサー志望なんですが 作:あいどりゅ
『一年生の皆さん、ご入学おめでとうございます。校長先生は、みんなと会えてとても嬉しいです』
日差しが暖かく、桜が舞い散る季節になった。
僕は幼稚園を卒業して、小学校に入学した。
『今日、皆さんは新しく学校のお友達になりました。きっと本校で良く学び、良く遊び、そして健やかに成長してくれることでしょう』
とはいえ、まったく新しい環境というわけではない。
同じ幼稚園からの入学者が、半分近くを占めていた。
『先生たちには、元気な声で挨拶してくれると嬉しいです。つらいことがあったら、先生に相談にきてください』
小学校の校長先生は、初老の優しそうなおじさんだった。
新入生たちは、新たな日々の始まりにソワソワと周囲を見渡している。
『校長先生は、君たちの入学を心からお祝いします。入学おめでとう、小学生おめでとう!』
こうして僕は、晴れて小学生になった。
「イオ君、一緒に遊ぼ」
「いいよ、ケイちゃん」
小学生になっても、幼稚園の頃からの友達は仲良くしてくれた。
遊びのグループも大きく変化はしていない。
「おう殻吹! ドッジしようぜドッジ!」
「えー、ダメ! イオ君は私とおままごとするの!」
「でもドッジの方が楽しいぜ」
ただ、男子から遊びのお誘いが増えた気がする。
というのもクラスで、僕が男の子と思われている節があるらしい。
一人称を『僕』としているのが原因だろうか。
「ごめん、ケイちゃんが先約なんだ」
「そっか、じゃあまたな殻吹」
僕は、別に性別を隠す気はないんだけどね。
聞かれたら女と答えてるし、女子トイレを使ってもいる。
「えへへ、じゃあおままごとね。イオ君がパパやって」
「仰せのままに」
ただ実際、僕の性自認はどっちなのかは分からない。
周囲に子供しかいないため、恋愛感情を覚えたことはないからだ。
幸い令和の時代は先進的で、どっちを選んでも問題はないようだ。
好きな相手ができてから、ゆっくり悩もう。
「それとね、家に帰ってからもあそぼ?」
「あー、ごめん。今日から習い事が始まるんだ」
「習い事?」
それに今、そういうことにかまけている暇はない。
僕にはもう、人生の目標があるのだ。
「ダンスとか、歌とかだよ」
「あー! イオ君、上手だもんね」
誰かの輝きをサポートする、プロデューサーになること。
そのために、父さんの芸能事務所が運営するジュニアスクールに入学する。
「そっかぁ、残念」
「また明日、遊ぼうか」
正直に言って、不安がないと言えば嘘になる。
アイドルのレッスンが、血反吐を吐くほど過酷だということも理解している。
先輩からのパワハラ、同期との軋轢、ギスギスした人間関係。
そんな地獄のような環境で、なお折れずに努力するのは大変なことだろう。
でも僕は、それを知っておかねばならない。
「うん、明日遊ぼうね!」
「ああ、約束」
プロデューサーというのは、アイドルの人生を左右する立場にある。
重大な責任を伴う、過酷な労働だ。
「じゃあ、またねケイちゃん」
「レッスン頑張ってね、イオ君」
だから、覚悟を済ませておいた。
歌の音程があっていないと、鞭で打たれる僕。
ダンスのキレが悪いと、グラウンドを走らされる僕。
テメェの演技なんざ『おままごと』だと、口の悪いトレーナーに罵倒される僕。
「お迎えに来たわよ、イオ」
「母さん!」
校門を出ると、母さんが車を停めて待っていてくれた。
僕はふぅと深呼吸して、車に乗り込んだ。
「じゃ、レッスンに行きましょ」
「うん」
先に辛いことを想像しておけば、本番で理不尽な目に遭っても耐えられる。
この半年間、イメージトレーニングは欠かさなかった。
予習として、母さんとカラオケしたりもした。
「ここよ。じゃあ、頑張ってねイオ」
「うん。言ってきます、母さん」
今の僕なら、どんな苦難にも耐えられる。
さぁ行くぞ、アイドル業界。僕の心を折れるものなら折ってみろ。
僕の『覚悟』を見せてやる。
「みんな~! こんにちは~」
「「こんにちは~」」
「声が小さいゾ! みんな、もう一回!」
「「こんにちは~!!」」
そんな風に、悲壮な覚悟でレッスンに乗り込んだ僕だったが。
ジュニアスクールは想像と違って、和気あいあいとした空気だった。
「ダンストレーナーの、高田でーす! 高田お姉さんって呼んでね!」
「「は~い!」」
「じゃあ今日は、みんなに自己紹介することから始めようか!」
レッスン教室は壁一面が鏡張りになっていて、パーテーションで仕切られていた。
小学校低学年と、高学年のクラスで分けられているらしい。
「ほら、そこの君からみんなの前に出て」
「ぼ、僕ですか」
「そう! まずは人前でしゃべる練習だよ」
そんな僕らの最初の課題は、『自己紹介』すること。
前の方に座っていたからか、僕はトップバッターに指名された。
「年齢とお名前と、どうしてこのスクールに入学したのか話してほしいな」
「はい」
トレーナーに手を引かれ、僕はみんなの前に立つ。
子供たちの好奇的な視線が、僕に集まった。
「僕は……
僕の『芸名』は母さんの旧姓を借りて、
殻吹と名乗ると、父さんとの関係がバレてしまうからだ。
「僕がこのスクールに入学した志望動機は、芸能界に興味があったからです」
僕はアイドル養成スクールに通いはするが、アイドルになる気はない。
だけど正直にそんな宣言すると、顰蹙を買う可能性が高い。
「非才の身ではありますが、よろしくお願いします」
僕は多くを語らず、なるべく印象に残らない言葉を並べた。
プロデューサーを目指す僕は影だ、目立つ必要はない。
「お、おぉ……。素敵な挨拶をありがとうね、
「恐縮です」
僕はペコりと一礼して、その場を離れた。
アイドルならば、自己紹介から目立っておくべきだろう。
たくさんのアイドル候補から抜け出すには、強烈な個性が必要だからだ。
しかし僕はむしろ、『目立ってはいけない』立場。
プロデューサー志望としては、完璧な自己紹介だった。
「しゃ、社会人みたいな挨拶する子ね。昨日まで幼稚園児だったとは思えないわ」
「……ん?」
「いや、良いことなのよ? 大人っぽすぎてびっくりしちゃった」
と、思っていたのだが。
トレーナーの高田さんは、ちょっと引いた顔をしていた。
「みんなは、こんなにカッチリ挨拶しなくていいからね!」
「はーい」
……どうやら僕の自己紹介は、とても悪目立ちするものだったようだ。
「オレは、タツヤです!! 七歳です、仮面ヤイバーが好きです!」
「おお、元気いっぱいの自己紹介をありがとう!」
「仮面ヤイバーに会いたくてスクールに来ました!!」
ここは小学校低学年向けの、ジュニアクラス。
僕のような社会人然とした挨拶をする子は、一人もいなかった。
「私は虎吉夏奈です! 八歳です!! ティガースファンです!!」
「お、おお」
「野球選手と結婚するため、アイドルなりに来ました!」
よく考えたら当たり前、小学生の自己紹介ってこんなもんだ。
もっと子供らしく、元気に挨拶するべきだった。
「フランソワ・アンナよ! ママはフランソワ・アンネ」
「え、お母さんフランソワ・アンネなの!? あの有名な!?」
「今は八歳。お母さんみたいな立派なアイドルになりたくて、ここに来たわ!」
ただ僕の他にも、自己紹介でインパクトを残した子はいた。
フランソワ・アンナさんは、有名なアイドル『フランソワ・アンネ』の二世だそうだ。
母親のアンネはイギリス人だったはず。つまり、娘のアンナはハーフということになる。
なるほどアンナは他の子と一線を画す美形だ。
髪色は明るいブロンド、目鼻立ちがクッキリとしていて、長い睫毛から碧眼が覗いている。
「ママのサインが欲しければ、特別にあげてもいいわよ!」
「ほしーい!」
事務所提携のジュニアクラスに、二世が入学してくることは珍しくない。
親がそもそも、子を芸能人にしたがるケースが多いのだ。
また二世タレントは、『あの有名人の娘』というだけで既に付加価値がある。
あとはフランソワ・アンナが、そのチャンスをものにできるかどうかだろう。
「……」
ただ彼女は自己紹介の後、意味ありげに僕の方を見つめた。
アンナとは初対面のはずなのに、どうしたんだろう。
「じゃ、まずはストレッチから行くよ! 私と同じポーズしてね」
「はい!」
「まずは足を広げて、背筋を伸ばして─────」
自己紹介の後、僕らは時間をかけて体の柔軟とストレッチを行った。
これはルーティンだそうで、レッスンの初めと終わりにやるらしい。
「じゃあ次はダンスタイム! 曲を流すから、好きに踊ってみて!」
「え、いきなり?」
「うん。みんな思い思いに踊っていいよ!」
その後トレーナーはスピーカーから、有名な曲をいくつか流した。
子供向けのアニメソングや、特撮ヒーローの曲だ。
ただ踊ってみたが、体も足もバラバラで見るに堪えない。
僕は母さんに基礎の動きを習っていたので、まだマシだったが……。
アンナさん以外、まともに踊れている子はいなかった。
「高田さん、すごい……」
その中心で高田さんは、キレッキレのダンスを踊り続けた。
僕や周囲の子供たちは勿論、アンナさんですら見惚れる体のキレだ。
数曲も流し終わったころには、やがて高田さんに子供が群がり始めた。
「ねー! お姉さん、どうやって踊ってるの?」
「教えてよそのダンス!」
「んふー、知りたい? 知りたい?」
「知りたーい」
「じゃ、特別に教えちゃおう。まずは足の動きを見といてね」
子供たちが踊り疲れた後に、高田さんは足さばきの解説を始めた。
足の角度や動きの意識。どうすれば『カッコよく』踊れるか。
僕たちはそんな彼女の動きを、食い入るように見つめた。
「じゃ、もう一回踊ろうか! みんな、位置について~!」
初日のレッスンを通じて思った。高田さんは、やり手のトレーナーだ。
まず好きに踊らせることで、子供たちに『どう踊ればいいか?』と考えさせる。
同時に高田さんがキレキレのダンスを披露し、子供たちの興味を引く。
「
「ど、どうも」
「タツヤ君も元気いっぱい! もっと足を開いてごらん!」
「おー!」
やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。
有名な軍人が提唱した『人の育て方』だが、高田さんのレッスンはまさにこれだった。
「フランソワさんのダンスは見事ね! さすがよ!」
「でしょ、でしょ! ママに習ったんだもん!」
自分でやって見せ、僕らにさせてみて、そして褒める。
すると子供たちは、夢中になって高田さんの動きを真似していた。
スクールの子供たちに、『レッスンさせられている』という感覚はない。
高田さんに遊んでもらった、という楽しい記憶しか残ってなさそうだ。
「残念だけどそろそろおしまいかな~! みんな、クールダウンするよ」
「えぇ~」
「しっかりストレッチしないとケガするわよ」
それでいて三時間、僕たちは夢中になってステップを踏んでいた。
気が付けば、あっという間に日が沈んでいる時刻だった。
「じゃあ、今日のダンスレッスンはおしまい! みんな、お疲れ様!」
「高田先生、ありがと~!」
「高田お姉さんで良いわよ!」
僕はダンスレッスンを受けながら、高田さんに感心してた。
子供の相手が、上手い。どうすれば動かせるのか熟知している。
さすがは父さんがチーフプロデューサーをやっている事務所だ。
そんな風に、感心していると。
「……ねぇ、
「あれ、アンナさん?」
レモンのような柑橘類の、フルーティな香りが漂い。
僕の前で碧眼の少女が、ブロンドヘアを揺らす。
「帰る前に少し、お話ししたいんだけど」
「僕に? うん、別にいいけど」
何とフランソワ・アンナが、僕に話しかけてきた。
妖精のような透明感に、覇気を纏った存在感。
近くで見るとやはり、彼女はとんでもない美形だと実感した。
「違ってたら、違うでいいわ」
「う、うん」
「もしかしてだけど、
少女の顔には、敵意も笑顔もない。
ただひたすら、真剣な目で僕を見つめるだけ。
「─────
アンナはそう言うと、グイっと僕の顎に手を当てて。
吐息のかかる距離まで、顔を密着させた。