どんな個性も、どんな巨悪も、この男の「日常」の前には等しく無力——。
かつて全盛期のオールマイトとオール・フォー・ワンによる死闘の最中、タイムセールの卵(10個入り)を壊された怒りだけで両者を素手で沈めた男、山本 煉(21歳)。
物理法則も個性の概念も置き去りにするその理不尽なまでの圧倒的強さから、警察や公安からは『コード:カタストロフィ(歩く天災)』と恐れられ、彼を刺激しないための極秘マニュアル『買い物保護マニュアル』まで作られていた。
彼の望みはただ一つ。「静かに美味いものを買い、静かに食う」。

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第1話

オールマイトが傷一つない全盛期の肉体で「平和の象徴」として世界を照らしていた時代。

警察やヒーロー公安委員会のトップ層だけが共有している極秘データベースには、一般には絶対に明かされない怪事件と一つの警戒ファイルが存在した。

> 【指定警戒対象:コード「カタストロフィ」】

> 氏名:山本 煉(21歳)

> 概要:黒い和服風の着物を纏い、腰に日本刀を挿した無個性の青年。

> 特記事項:ヒーロー・ヴィラン問わず、危害または損害を与えた者を即座に壊滅せしめる『天災』。接触および刺激は厳禁。

>

当の本人はヒーローにもヴィランにも、そして世界の動向にも一切の興味がなかった。21歳の彼にとっては、今日の晩飯の献立とタイムセールの特売情報の方が遥かに重要だ。

ヒーロー社会の表がどう歪もうと、裏社会がどう蠢こうと、この男には関係がない。自分から手を出さない代わりに、己の日常を脅かす者は容赦なく叩き潰す——それが山本煉という男だった。

そんなある日の夕刻、神野区上空。

まだ仮面(呼吸器)を必要としない全盛期のオール・フォー・ワンと、呼吸器官を潰される前の全盛期のオールマイト。

二大巨頭による、歴史から抹消された死闘が繰り広げられていた。

雲を割り、大気を引き裂くほどの超規格外の激突。天災のごとき衝撃波が何キロも先まで吹き荒れ、周囲の建造物を次々と崩壊させていく。

「ハハハ! どうしたオールマイト! その程度か!?」

無数の「個性」を複合させ、超肥大化させた右腕を振りかざすオール・フォー・ワン。

対するオールマイトもまた、黄金の髪をなびかせ、全盛期の筋力で牙を剥く。

「私には……! 守らねばならない未来がある!!」

まさに二人が互いの命と信念を賭け、世界を揺るがす全霊の一撃を放とうとした——その瞬間。

ドガァァァァン!!

激突の残骸……巨大なビルの屋上部分ごと吹き飛んだ数百トンのコンクリート塊が、戦場の下をたまたま通りかかっていた路地裏へと落下した。

そこには、黒い和服の裾を揺らし、スーパーのレジ袋を手にして歩く21歳の煉の姿があった。

「……あ?」

ズドォン! と音を立てて、煉のすぐ足元で弾け飛ぶコンクリートの砕片。

その衝撃で、レジ袋の底がビリリと破けた。

コロコロ……と虚しく転がり出たのは、本日タイムセールで半額だった**「特売の卵(10個入り)」**。

当然、パックの中でぐしゃりと潰れ、黄身がアスファルトに広がっていく。

「………………」

煉の眉間に深く深くしわが寄る。

ただでさえ威圧感のある彼の顔から、一瞬で温度が消え去った。

「俺の……今夜のすき焼きの、卵が……」

「死ねぇぇ、オールマイト!!」

「デトロイト……スマーーーッシュ!!」

全盛期のオールマイトの全霊の一撃と、素顔のオール・フォー・ワンの凶悪な超複合拳。

互いの拳が交差し、神野区の半分を消し去らんとした——次の瞬間。

ドォン!!

二人の巨頭の真ん中に、唐突に「何者か」が割り込んだ。

両者から放たれた天変地異級の威力が、物理的にピタリと止まる。

オールマイトの全盛期「デトロイト・スマッシュ」も、オール・フォー・ワンの最大攻撃も、その男がただの素手で両脇から受け止めていた。

「「なに……!?」」

オールマイトの目が見開かれる。

オール・フォー・ワンの笑みが凍りつく。

個性の発動を示す光も無ければ、異形の特徴もない。ただ圧倒的な**「素の身体能力」**だけで、世界のトップ二人の最大威力を完封していた。

腰に日本刀を挿した21歳の男は、低く、地獄の底から響くような声で呟いた。

「お前ら……人の買い物帰りに、余計な真似をしてくれたな」

「君は……!? 下がりなさい! ここは危険だ!!」

傷を負っていない全盛期のオールマイトが焦燥の声を上げるが、煉はオールマイトを視界にすら入れず、ただ鬱陶しそうにその巨体を裏拳で軽く払った。

ガッ!!!

「ガハッ……!?」

あのアッパーヤードすら吹き飛ばす『平和の象徴』が、まるで羽虫のように数十メートル先へ吹き飛び、瓦礫の山をいくつも突き破って転がっていく。

「ふ……ハハ! 面白い個性の持ち主だ! 私のコレクションに——」

歓喜したオール・フォー・ワンが手を伸ばそうとした瞬間。

煉の姿が、消えた。

(速っ——!?)

認識すら追いつかない速度(瞬歩)でオール・フォー・ワンの懐に潜り込んでいた煉は、静かに両の拳を握り締め、胸元へと叩き込んだ。

「双骨(そうこつ)」

————ズドドッ!!!!

「個性」による衝撃波などではない。

純粋な「筋肉の出力」と「踏み込み」だけで生み出された破壊力が、オール・フォー・ワンの巨体を突き穿ち、背後の空間ごと空気を爆破した。

「ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」

超再生すらまったく追いつかない。骨が粉砕され、内臓が泥のように潰れる。

オール・フォー・ワンの肉体は超音速の砲弾と化して神野区の端まで吹き飛ばされ、地面を数千メートルに渡って削り取って停止した。

静寂が訪れる。

煉はまだ刀すら抜いていない。ただの素手で、世界を暗躍する大ヴィランと、全盛期の平和の象徴を同時に沈めてしまったのだ。

「ハァ……アイスも溶けたな。最悪だ」

煉は溜息をつき、拾い集めた破れた袋を抱えると、煙の向こうへと静かに歩き去っていく。

遠くでかろうじて意識を保っていた全盛期のオールマイトは、冷や汗を流しながらその背中を見送るしかなかった。

(私の全盛の一撃を……素手で……!? いや、刀を抜きすらしていない……! あれだけの力を持ちながら、彼は「個性」すら使っていないというのか……!?)

ヒーローでもない。ヴィランでもない。

警察や政府が『要警戒指定:コードカタストロフィ』として恐れる男。

ただ己の領域(日常)を脅かした者を、素手で叩き潰す存在。

この日、世界は二つの「最強」を知ることになる。

表で人々を照らす**平和の象徴(オールマイト)**と——

裏で誰も触れることを許されない、**最凶の天災(山本 煉)**を。

 


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