「えっ!?じゃ、じゃあ紫苑お姉さまは、ヒルデ姉さまが神VS人類最終闘争を提唱することを前々から知ってたんすか?」
「あぁ。具体的に何時だったかは忘れたが、こいつがコソコソと一人で何かしていることに気づいてな。それで、ちょっと問い詰めたら白状したという訳さ」
(……ちょっと?)
戦乙女の長女となるブリュンヒルデが、神々に対して神VS人類最終闘争を提唱してから、ほんの数刻後のこと。
普段から仲の良い現人神と共に三人揃って回廊を歩く中、二人の会話に聞き耳を立てていた彼女が途端に怪訝な表情を浮かばせる。
というのも彼女の記憶に間違いが無ければ、その件の問い詰め方というのが、ちょっと所のものではなかったはずなのだ。
周りに誰も居ない回廊にて偶然彼女と鉢合わせた矢先に、いきなり逃げ場を無くすかのように壁際まで追い詰めてきた挙句、両頬を軽く抓りながら有無を言わさぬような形で訊ねてきたのが、今でもなお鮮明に刻まれている。
「全く……昔の天真爛漫だった頃のお前が懐かしく思えてくるぞ。戦乙女の長女だからなのかは知らんが、いい加減自分一人で抱え込むような真似はするなよ?ブリュンヒルデ」
「……貴女のお節介には悉く困らせられますよ。紫苑様」
呆れるような口調で返しながらも、密かに笑みを零す。
が、すぐに厳粛とした空気を身に纏い、毅然とした態度を取る。
神殺しの13人の闘士達を選定するため、私情を持ち込む暇など無い。
そう言わんばかりの態度を取りながら彼女は二人を連れたまま、とある場所へと赴く。
―――
約七百万年にも及ぶ人類の歴史の中から最強の戦士を選ぶために、打ってつけの場となるのが寂れた一つの空間。
薄暗く広々とした間取りかつ、大きなテーブルと一つの椅子のみしか置かれていないその場所は通称“アカシックレコードルーム”と名付けられており、其処に足を運んだ三人は今、室内に漂う静けさに伴い、自ずと気を引き締めていた。
「と、ところでお姉さま………一番最初に出る人間って、結局誰にするんすか?」
「安心なさい、ゲル。先鋒に関しては、既に決めています」
懐から取り出した機器を用いるなり、目の前の虚空に複数の画像を表示させる。
歴史に名を遺した著名人や偉人、はたまた武人などが映し出されており、その中から初戦の代表となる者を探し出す。
手慣れた感じで次から次へと画像を動かしていき……そうして漸く見つけたのか、動かしていた手を止める。
「彼ならきっと勝てると思います。私が戦場で出会った中で、おそらく最強………いえ、最凶かつ最狂の戦士………」
「えっ?………こ、この漢ってまさか………!?」
見えやすくするために画像を大きくさせる。
するとそこに映し出されていたのは威厳のある風格をもち、尚且つ個の強さでは三國時代最強と謳われるほどの実力の持ち主でもあった。
中華最強の英雄………呂布奉先。
強さを求め、強者との闘いに欲しながら人生を歩んできた彼であったが、次第に立ちはだかる者が居なくなっていくと共に訪れてきた退屈という名の絶望に屈してしまい、その終止符を打つために曹操孟徳に敢えて敗れた後に、処刑されたという生き様を過ごした。
要は戦いにしか興味のない獰猛で野蛮な人間ということになるのだが、よもや其れが先鋒として出るとは思いもよらなかったのか、ゲルの開いた口が塞がらなくなってしまう。
「ひ、ヒルデ姉さま!この漢は危険っすよ!他のにした方が……」
「ゲル、相手は神なのですよ?神に対抗するには、不屈の闘志を燃やす彼でなくては務まりません」
不安がる末妹を宥めるようにして言い聞かせる。
人類が神と対等に張り合うことができるという証明をするためにも、彼を選出しなければならない。
否、寧ろこの漢ならば、神を殺すことも可能なのかもしれない。
そういった形で真剣な眼差しを向けながら説明すると、徐々に反論できなくなったのか。
多少の心配性が見られるものの、ゲルがおずおずと頷く中、此処でふと紫苑が口を開く。
「なるほど、呂布奉先か………三國時代の最凶の戦士とは聞いてはいるが、よもやそれを先鋒として出すとはな。実にお前らしいが………」
「………紫苑様?」
何処となく歯切れが悪いと感じ取るなり、振り返ってみるや否や何やら気まずそうな顔を浮かばせている彼女の姿が其処に在った。
それにより一体どうしたのかと伺ってみた所、途端に彼女が何故か申し訳なさそうな口調で喋り始める。
「あ~………ちょっと言いづらいことなんだが」
「……何でしょうか?」
「……今回の神VS人類最終闘争に関して、私自身も人類が勝ってほしいと願っているのだが、もしも敗けてしまった場合のことを考えてだな………」
「………紫苑様。まさかとは思いますが、私の知らない所で何かおやりになりましたか?」
僅かに頬を動かした後に、一歩ずつ距離を詰めながらにじり寄る。
対する紫苑はというと、段々と近づいてくる彼女に対して後ずさりすることなく、只々苦笑いしながら佇むのみ。
当然ながらお互いの距離が徐々に縮まっていき、遂には目と鼻の先まで到達してしまう。
ただ身長差ゆえか、ブリュンヒルデが少し見上げるような体勢となってしまうが、それでもなお鋭い眼光をちらつかせるかの如く、睨みを利かす。
「まぁ……な。実は、議会が終わった直後にゼウス様の所に行ってきてな。此度の神VS人類最終闘争と共に是非とも“巨神闘争《ビッグファイト》”も実施してみないかとの直談判をしにな」
「び………びっぐふぁいと?」
聞き覚えのない単語に首を傾げるゲルであったが、実の姉の方に関してはそれとは真逆の反応を示していた。
まるで何故それを態々直談判しに行ってきたのかと言わんばかりに、微かに肩を震わせている。
「………何故、それをあのクソジジイの所に?」
「おいおい、口が悪いぞ………と言っても、今更か。あぁ、それと巨神闘争のことに関してだが………もし万が一、神VS人類最終闘争で人類が負けてしまい、滅亡する結末を迎えるようになってしまった場合に備えての保険という意味合いで提唱した………と言えばばお前は納得してくれるか?」
「あ、あの………ヒルデ姉さま。何なんすか?その、巨神闘争って」
「………そういえば、ゲルはまだ知らなかったのですね」
いまいち状況が呑み込めない妹のために、なるべく簡潔に解説を行う。
曰く、“巨神闘争《ビッグファイト》”とは、ヴァルハラ憲法第66条19項に定められた特別条項のことを指し、たった独り選ばれた人類代表の闘士が、神が生み出した巨獣もとい巨人を相手に闘い続けるというもので、具体的には神VS人類最終闘争の最中で全五回戦ほど不規則に行われる内容となっている。
また最終戦まで一度も負けずに見事に勝利を収めた場合、既に神VS人類最終闘争の総合結果で人類の終末が決まっていたとしてもそれを覆すことが出来るようになっており、人によっては前代未聞の途轍もないサービスのようにも思われる。
けれども、不規則とはいえ人類側の闘士が五つの試合に出場しなければならない上に、圧倒的な存在感を放つ怪物と対峙して勝ち続けるのは到底叶わぬことだと神々の間で決めつけられてしまっていることから、今となっては記憶の片隅に残っている程度の存在と化している。
因みにその全五試合の中で人類側の闘士が負けてしまった際は、戦績は関係なくその場で強制的に巨神闘争は終了となる。
「えぇ!?そ、そんな試合があったんすか!?」
「しかし………紫苑様。どうして巨神闘争などをあのクソジジイに………いえ、そもそも何故、私に何の相談もなく勝手に話を進めているんですか?」
美人が台無しになるほどの怒り心頭とも言うべきか。
あるいは明確な苛立ちだと例えるべきか。
どちらにしろ額に青筋を走らせながら恐ろしい形相となりつつも、癇癪を起すことなく落ち着いた口振りで彼女を責め続ける。
対する紫苑はというと、そんなブリュンヒルデの反応を粗方予想していたのか。
相談もなく勝手に話を進めたことについて素直に謝罪する。
「確かに、お前になにも相談せずに直談判したことについては謝るさ。すまなかった………因みにだが、ゼウス様からのお答えについてなんだが、お前が了承してくれるなら良いとの回答を受け取ったよ」
「………ハァ~………本当に何を考えているんですか………お姉さま」
いっそのこと冗談であってほしいと願うも本人の性格上、嘘ではない可能性が極めて高い。
だからこそ余計に頭を抱える。
一体何の勝算があって、そんな無謀とも言える案を提唱したのかと。
「あのですね、お姉さま。お分かりかと思いますが、そもそも巨神闘争は、神VS人類最終闘争と比べて人類が勝利を果たす可能性が極めて低いんですよ?いえ、もっとありきたりにいえば不可能と言って良いほど絶望的なんです。それにもし巨神闘争を実施するとなると、それに出場させる闘士を選ばなければなりませんし、仮に選んだとしても瞬殺されてしまいますよ?」
彼女の言い分は、尤もでもあった。
正直な所ちっぽけな人類が巨獣及び巨人との闘いに挑むとなれば、どちらに軍配が上がるのかは幼い子どもでも分かる。
たとえ強力な武器を持って挑んだとしても、致命傷に至るほどの攻撃を与えられるかどうかも怪しいところ。
もしかすると人類の勝利を夢見るがあまり、気持ちが先走ってしまったのかもしれないと懸念するが……。
「……お姉さま」
「なんだ?」
「一応、聞いておきますが………巨神闘争を提唱したからには、勝算は勿論ございますよね?」
「あぁ、勿論だとも。あと序に言っておくが、巨神闘争に出場させる人類代表の闘士に関しては、私の方で選ばさせてもらっても構わないか?」
「お姉さまが?しかし、それでは………」
「ははっ、私のことなら心配するな。奴らに気づかれないよう慎重に事を運ばせてみせるし、それにもし万が一奴らに気づかれたとしても、それなりの対策は考えているからな。だから心配しなくとも大丈夫だ」
満面の笑顔を晒しつつ、意気揚々に応える。
余程の自信があるのか、もしくは何かしらの計画でもあるのか。
どちらにしろ、ここは信じてみるしかないと結論付けたのか。
最後にもう一度確認をするかの如く、話しかける。
「………本当に任せてもよろしいのですね?」
「あぁ、私を信じろ」
「………分かりました。でしたら、私からはこれ以上何も言いません」
「ありがとう。感謝する」
引き下がってくれたブリュンヒルデに対し、感謝の意として首を垂れる。
やがて顔を上げるなり、今後の方針について話し出す。
これから先、如何なる運命が待ち受けているのか。
それは誰にも分からない。