地上界にて死を遂げた数多くの人類。
対するは天界に住む多くの神々。
それらが今、前段未聞の試合が行われる場となる闘技場内の観客席を覆いつくしている中、建造されている中央の舞台に一人の神が登場する。
「幾星霜………俺は待っただろうか。この“終末の角笛《ギャラルホルン》”を吹く時を!」
“終末の番人”と謳われる北欧神話の神……ヘイムダル。
司会進行役を任された彼は今、相棒となる角笛を手にしながら今かいまかと待ちきれずにいた。
それもそのはず、これまでの生き様において一度も吹くことが叶わずにいた愛用品をこの場で堂々と鳴らすことができるのだ。
故に、早速とばかりに勢いよく声を張り上げる。
「野郎ども準備は良いか!?」
大胆に両腕を開き、叫ぶようにして同意を求めた瞬間、怒涛の如く歓声が沸き立つ。
「ルールは簡単!どちらかの“死”……即ち存在の永遠の消滅によって勝負は決する!」
力と力のぶつかり合いが勝敗を左右させる。
無論、負けた者は代償として亡骸と化すのは勿論のこと。
まさに己の命を懸けた決闘とも言えよう。
「では、これより神VS人類最終闘争を始める………と言いたいところなんだが、その前にまず巨神闘争から先に行うことにする!」
巨神闘争という言葉に対し、何人かの神が戸惑ったのちに失笑する。
それも当然のことであろう。
何せ、自分達よりも格下な存在が勝てる見込みなど全くもって皆無だと言って良いくらいの試合を実施するというのだ。
全部で五試合ほど神VS人類最終闘争の最中にて不規則に行われる試合形式となっている他、同胞が創造した巨獣もとい巨人を相手にちっぽけな人間が挑むだけでなく、たった独りで全ての戦いに参加しなければならない。
理不尽な内容だと思われるかもしれないが、事実そのように定められているため、所々から嗤い声が湧きだす。
「おいおい、まじかよ。巨神闘争だって?」
「そんなの試合をしなくとも、結果は分かり切ってるだろうに」
「ははっ、あのブリュンヒルデが提唱したのかは知らんが、実に馬鹿馬鹿しいな」
余裕の表情を浮かべながら馬鹿にする声が後を絶たない。
緊迫した場面が無いまま、ものの数秒足らずで終わってしまうワンサイドゲームと例えても良いくらいの結末になると誰もが口揃えていた。
反対に人類側はというと、ヘイムダルによる試合内容を耳にする度に次々と信じられないといった顔を浮かばせていく。
同時に勝てる見込みがあるのかと疑いたくなるような試合に対し、言い知れぬ不安感を募らせる。
「因みに巨神闘争は、試合の形式上により此処ヴァルハラ闘技場では行わず、全て別のフィールドにて行われることになってるぜ!」
と、次の瞬間。
突如として会場内の上空が歪み、予め用意していたと思われる何かが其処から出現する。
複数の画面が備わっている大型マルチビジョンとでも言うべきか。
その四角形の物体が何処からともなく現れるなり、重力に逆らいながらある程度降りてきた後に停止する。
でもって、複数の画面から一斉にとある映像が映し出される。
「戦闘の詳細は神が生み出したバードアイカメラが捉え、尚且つ現場にいる人工生物たちの高精度集音マイクで音声もリアルにお届けするよう組み込まれている!故に、試合の様子はこの大型マルチビジョンで完全中継するぜ!」
地平線の彼方まで続いているかのような広大な平原。
其処が今回のフィールドだと説明した後に一旦呼吸を整えるなり、いよいよ闘士紹介へと移る。
否、厳密に言えば片方は闘士とは無縁の凶暴な怪物となる訳なのだが、敢えて触れないでおく。
「とまぁ、以上が巨神闘争の大まかな内容となるが………今回の巨神闘争にあたって神側から一言挨拶がしたいとの申し出があったため、暫し時間を使わせてもらうぜ」
そんな中、巨神闘争の粗方の説明を終えたヘイムダルがそう口にするなり、闘技場内に浮かんでいる大型マルチビジョンに向けて自身の片手を差し出す。
それに伴う形で観客席に居た全員が一斉に複数の画面に視線を送ると、驚くことに何時の間に居たのであろうか。
画面に映し出されている映像には神と思しき者が優雅な佇まいで空中に浮いていたのが見て取れた。
でもって、懐に手を入れてからヘイムダルが手にしている終末の角笛と似たような物を取り出すなり、そのまま己の口元に寄せてから妖艶な声を解き放つ。
《人類の皆さんは初めまして………だね。神々の皆さんは、お久しぶり………というべきかな?》
一部に紫色のメッシュが施されている黒髪のローポニーテールに、やや鋭い目つきで漆黒とも言える瞳に紫色のアイシャドウが施されているほか、容姿端麗ともいえる顔立ちの美女。
また女性特有の引き締まった体つきで燕尾服を着込んでいるその姿は、一見すると目を奪われてしまうほどの可憐さが見て取れるが、それとは裏腹に何処か異様な雰囲気が感じられる。
平たく言うなれば近寄りがたい存在とでも言うべきか。
その証拠に同類であるはずの神々の中から思わず表情を顰めてしまう者が何人か見受けられた。
《私の名は“アディラ”……今回の巨神闘争にあたり、是非とも私の力が必要だと上の者から言われてね。久方ぶりの晴れ舞台ということもあって、些か緊張してしまっているけれども、其処の所は大目に見てもらえると実に有難いかな?》
瞼を閉ざしてから微笑みを浮かべた後に軽く首を傾げる。
人によっては、あざとらしいと思うような振る舞いであったが、容姿もさることながら一つ一つの仕草が実に洗練されているおかげなのか。
誰一人として無駄口を叩くことなく彼女の言動を見つめる。
《さて、それはそれとして……早速で申し訳ないけれど、私の可愛いペットをご紹介しようかな?》
巨神闘争第一回戦に出場させる巨獣を呼び出すつもりなのか。
徐に空いている左手を上げるなり、軽く指を鳴らす。
と、次の瞬間。
彼女の背後から突如として稲妻が走り出し、徐々に増えていくかと思いきや次第に黒い渦巻きが発生する。
やがてその中から途轍もないサイズの化け物が出てくるなり、地上に着地した衝撃で土や岩などが舞い上がり、一部の地面が陥没してしまう。
全長は、およそ50mくらいはあるだろうか。
圧倒的とも言える存在感に闘技場内の観客席に居た殆どが開いた口が塞がらずにいた。
《この子の名は“リザンドラ”……どうだい?可愛いだろう?》
黒と紫の斑模様が全身を覆いつくし、長い尻尾に背部に生えている無数の突起物の形状からして爬虫類に近い特徴がある他、太い二本足に細長い両腕、尚且つ黄色い複眼をもつ凶悪な顔つきといった容姿を兼ね備えている巨獣が登場するなり、咆哮とも言うべき叫び声が画面越しに炸裂する。
そのけたたましさは計り知れず、闘技場全体が一瞬震え上がったかのような感覚に陥るほどの声量となっていた。
「な、何なんだ!?あれは!?」
「な………なんと悍ましい……」
到底太刀打ちできるような相手ではない。
あまつさえ強力な兵器でも倒すことができるかどうかさえも怪しいところ。
それでもって、これまでに見たことの無い巨大生物を前に到底理解が追い付かずにいるのか。
人類側の観客席から阿鼻叫喚とも言うべき声が次々と上がりだす。
「あんなのに勝てる訳がねぇだろ!?」
「どうやって倒せっていうのよ!?無理に決まってるわ!!」
所々から嘆き悲しむ声が絶え間なく湧く。
無理もない。
何せ、この世の物とは思えない存在を目の当たりにしているのだ。
ましてやその存在自体が計り知れぬ大きさとなれば尚更のことで、観客席の中に居た幼い子ども達の殆どが泣き出す始末となる。
「あれが、可愛いペットだと?」
「……相も変わらず薄気味悪い女だな」
対する神々はというと芳しい反応を示す者たちが後を絶たず、皆挙って引きつった表情を浮かばせていた。
あれが可愛いというのであれば、彼女の美的感覚は一体どうなっているのか等の疑問が浮上するも、すぐさま頭を切り替えることにしたのか。
自ずと口を閉ざしていき、静かに事の様子を見物する。
《どうやら私のリザンドラは、ちょっと緊張しているみたいだね。まぁ、どうせ試合なんかすぐに終わると思うけれど……》
そうこうしている内に言いたいことを全て言い終えたのか。
手にしていた物を一旦降ろすなり、こちらの紹介は済んだと言わんばかりの態度を取る。
「あっ、あっ……あんなのって……あ、ありなんすか!?絶対勝てないっすよ?!ヒルデ姉さま!」
「………」
その頃、人類側のVIP席にて仲良く見物していた戦乙女の姉妹はというと、それぞれ異なる態度を取っていた。
動揺のあまり涙目で訴える末妹とは別に、長姉は眉間に皺を寄せながら腕を組みつつ毅然とした佇まいで複数の画面に映り込んでいる巨獣を見つめながら数刻前のやり取りを振り返る。
この戦いを勝手ながらに提唱した姐は、自信有り気に勝算はあると口にした。
でもって彼女が選んだとされる闘士はこれから出場し、あの怪物を相手に立ち向かう羽目になる訳なのだが、果たして本当に勝てるのであろうかと今更ながらの疑いを抱き始める。
「と、とまぁ!以上が、アディラ様による巨神闘争の第一回戦に出場する巨獣の紹介となるが………続いては、この絶対的難易度ともいえる巨神闘争に挑む人類の代表を紹介するぜ!」
あれこれ悩んでいると、司会進行のヘイムダルによる人類側の闘士の紹介が始まる。
果たして、一体どんな人物が出てくるのであろうか。
詳しく知らされていないことも相まってか、観客席にいる人類と同様に固唾を呑んで目を配らせる。
「人類の代表の闘士…………それは、この男だ!」
と、次の瞬間。
画面の映像が切り替わるや否や、戦いの場となる大地を踏み歩く一人の男が映し出される。
少々の顎髭に男前とも言える整った顔立ちの他、黒味が掛かった茶髪を生やしている男性。
体格は高身長かつ足長で、黒のシャツに紺色のズボンを履き、尚且つ深緑のミリタリージャケットといった服装の上からでも分かるほどのしなやかで持久力がありそうな強靭な筋肉に引き締まった肢体は、まさに理想的ともいえるバランスの取れた肉体美となっている。
「強大な巨獣を相手に、果たしてどのような戦い様を見せてくれるのか?謎に包まれた男……“森崎 仁”だぁぁぁ!!」
臆することなく一歩ずつ足を動かした後に、堂々と立ち止まる。
仁王立ちの姿勢で鋭い目つきのまま敵となる巨獣を見つめるその佇まいは、歴戦の勇士とも言える風格を表していたが、一つだけ気掛かりな点が見受けられる。
というのも、戦力となるはずの武器らしきものが何処にも見当たらないのだ。
刃物や銃器といった類は見た感じでは一切身に着けておらず、ラフなスタイルで戦場に赴いている。
当然ながら違和感に気づいた者たちが、何故武装をしていないのかとの困惑を隠しきれず、自然と首を傾げり、呆気に取られたりしてしまう。
「ほぉ、ほぉ、ほぉ………あれが人類代表とはのぅ………」
「人間も落ちたものだな。これでは勝負する前から決まったようなものではないか」
同様に主神VIP席にて寛いでいるゼウスと彼の息子となるオリュンポス12神の第6柱に名を連ねるギリシャ神話の軍神で、顎が割れていながらも屈強な肉体を持つ美青年の姿をした神……アレスもまた揃って情けないと言わんばかりの感想を漏らしていた。
「お前は、どう思う?ヘルメス」
「そうですね………私からしてみれば、今の所何とも申し上げられませんね。アレスお兄さま」
そんな二人の傍らには燕尾服をまとった美丈夫が一人。
オリュンポス12神の第10柱に名を連ねるギリシャ神話の伝令神……ヘルメス。
兄とは違い顎は割れておらず、普段は父親の執事として仕えており此度の試合には出場しないが、身内と共に観戦するために来場していた彼に関しては、どうにも答えられないとの言葉を発する。
「ほぉ?それはまた何故じゃ?」
「何故と言われましても、ゼウス様。まだ試合は始まってはおりませんので………ですが、このまま終わってしまうかもしれませんね」
苦笑いを浮かべていると、そろそろ始まる頃合いなのか。
闘技場内の舞台上にいるヘイムダルが高らかに宣言する。
「それでは、只今より巨神闘争第一回戦を始めるぞぉぉ!!」
運命の試合開始を告げる音色を吹く。
ほら貝のような音が鳴り響き、遂に戦いの火蓋が切って落とされたが……。
「………ん?……な、なんだ?」
画面上で威嚇するかのように唸り声を上げている怪物とは異なり、たじろぐことなく静かに立ち尽くしていた彼が突然懐に右手を入れたのちに何かを取り出す。
見た所、真紅のメガネ状らしき小さな物体であったが、彼はそれを手にするなり、サッと自身の顔の前へと翳す。
「一体、何を―――」
首を傾げたその瞬間―――
――デュワ!!――
彼がその物体を自身の目元に装着させる。