傲慢貴族「お前らみたいな庶民は俺の一歩後ろ歩いとけやwww」 作:傲慢高飛車貴族
「お前らみたいな庶民は俺の一歩後ろ歩いとけ……」
傲慢な台詞だ。
人を下に見て容赦なく吐き捨てる……如何にも貴族らしい、傲慢で高飛車で自惚れた台詞だ。
だが、そのセリフを吐き捨てた少年は……公爵貴族の次男坊『アクロ・エルディオン』は、今とても貴族とは思えない姿をしていた。
確かに服自体は上質なものだ。如何にも貴族が身につける燕尾服……襟元や袖口を飾る装飾品も、貴重な鉱石や魔石を削り出して作られたオーダーメイド品だ。
だが、今やその高級な燕尾服はズタズタに裂け、血で汚れている。折角の高価なアクセサリーも砕けて破片となり、地面に散らばってしまっている。
森の中にて、土で汚れ血で汚れ、それでもなおアクロは高貴な姿勢を崩さず立ち上がり、眼の前の凶悪な魔物に睨みを効かせる。……そして、自分の後ろにいる、同じ学園に通う生徒達に対して呟いた。
「でねぇと護れねぇだろ。」
次の瞬間、アクロの前に立つ狼の様な魔物は大顎を開いてアクロへと飛びかかる。アクロはそんな魔物に対して逃げも隠れもせずに、牙のスレスレで躱し、カウンターで魔力を込めた拳を魔物の側頭部へと叩き込み、弾き飛ばす。
反対に彼の後ろに居る者達は、大なり小なり怪我を負いながらも、眼の前の貴族ほどボロボロではなかった。何故か?……アクロが前に立ち、迫る魔物を今の様に殴り飛ばし続けているからだ。
眼の前の魔物が放つ殺気と魔力は桁外れだ……なぜ、こんな何て事のない学園近くの森に出てくるのか分からない。
だが、生徒達は現に学園の課題である野草採集の為に森を訪れ、少し奥へ入った所でこの魔物に襲われたのだ。
全身が爛れた影のような物で覆われている狼の様な魔物だ……全身から悪寒の走るほどの殺気と魔力を漏らすその獣が、とても今の自分達が敵う相手ではない事は、生徒達にもすぐに分かった。
そんな相手にもアクロは身をボロボロにしながらも善戦していた。それも、後ろにいる庶民を守りながら……だ。何かを守って戦うのは、ただ戦う事よりも遥かに難しい。それを眼の前の貴族は成し遂げていた。
「ちっ……ジリ貧だな。」
アクロはそう呟くと、瘴気のようなものをまとった鋭い爪で斬りかかる魔物に対し、真正面から素手に魔力を込める。今度は躱すという行為もせず、真っ向から迎え撃つように。
瞬間、アクロの拳と魔獣の爪がぶつかり合う……激しい風圧が辺りを薙ぎ払い、木々の葉が舞い散る。だが、アクロの拳の軸はブレない。先にひび割れるのは……魔物の爪の方だ。
そしてそのままアクロは拳を押し込むように魔物を殴り抜き、爪が砕かれ怯んだ魔物の顎に全力のアッパーカットを食らわせる。骨の砕ける嫌な音と共に、その魔物はうめき声を上げ、そのままバタンと地に倒れ伏した。
「はぁ……クッソ。駄犬が……はしゃぐのも大概にしろや。あーあ、服だめになっちまったじゃねぇか。どーすんだこれ。」
見る影もなくボロボロになった燕尾服をパタパタとはためかせながら、アクロは心底面倒臭そうに呟く。その姿は、たった今死闘を制した英雄というより、単に着替えが億劫な少年のそれだった。
「あっ……あの……」
「あっ?」
アクロが振り返ると、そこには一人の少年が深々と頭を下げながら立っていた。
「ありがとうございました……!助けて頂いて……!」
「お〜。怪我は……大丈夫そうだな。」
少年とその後ろにいる少女達を一瞥して、何処か他人事の様にそう言い放つアクロ。むしろ傍から見ればアクロの方が重症にも見える。
「えっと……アクロ・エルディオン様ですよね?公爵貴族の……!その傷は……」
「傷?なもんとっくに回復魔法で治したわ。それよりも服だよ服ったく……貴族がこんな姿で学園に戻ったらいい笑いもんだ。」
確かに、今のアクロの姿はズタズタな燕尾服を着た状態……とても高貴な家柄の者には見えないだろう。少年は、少し顔を青くしながらまた頭を下げる。
「あのっ……申し訳ありません!僕らを守ったばっかりにこんな……」
少年からすれば目の前の人間は上流階級。内心ではどう思おうとも、その手を煩わせたとなれば気が気でないだろう。だが、アクロは涼しい顔をして言い放つ。
「俺は俺の務めを果たしただけだ。貴族としてのな……お前らも早く学園に戻れ、それで先生を連れてこい。またこいつみたいな獣が出てこられたんじゃかなわん、学園の方で対処させる。」
「あのっ……アクロ様は?」
「言ったろ、貴族がこんなボロボロの燕尾服で帰れるか。俺の事はいいからお前らだけで早く帰って伝えてこい。」
少年達が慌ただしく頭を下げ、傷付いた仲間を支え合いながら森の入り口の方へと駆けていく背中を、アクロはしばらく黙って見送っていた。
その気配が完全に消えたのを確認してから、アクロは大きく息を吐き、地面に倒れ伏したままの魔物へと視線を落とす。
「……にしても、なんだこいつ。」
膝を折り、屈み込んで魔物の亡骸を検分するアクロ。全身を覆っていた影のようなものは絶命と同時に薄れ始め、下に隠れていた本来の毛皮――普通の狼の魔物と大差ない、ありふれた灰色の体毛が覗いていた。
だが、消えかけの影の残滓からは、まだ微かに瘴気が滲み出している。それも、こんな学園近くの雑魚が纏うには不釣り合いなほど濃密な瘴気だ。
(……こんな森の浅い所に、こんな質の瘴気纏った奴がフラッと出てくるとか、普通に有り得ねぇだろ。)
誰に言うでもなく呟き、アクロは指先に魔力を灯して残滓を軽くつつく。ジジ、と微かな音を立てて瘴気が弾け、僅かに焦げたような匂いが鼻をつく。その跡をアクロは静かに眺める。
「はぁ……にしても、燕尾服の代金、また親父に請求書回すのめんどくせぇな……こんな理由でまた小言食らうのかよ。」
するとボロボロの上着の裾を摘み、うんざりした様子でぼやくアクロ。命懸けの死闘の直後とは思えないほど、その関心事はひたすら現実的で、しみったれていた。
立ち上がり、砕けたアクセサリーの破片を一つ拾い上げて陽に翳す。魔石の欠片は光を弾いてキラリと輝くが、もう元の形には戻るない。
「……はぁ、まぁいいか。務めは果たせた。」
小さく吐き捨てるように言うと、アクロは踵を返し、学園のある方角へと歩き出した。血と泥に汚れたその後ろ姿は、とても公爵家の次男坊には見えない――だが、その足取りだけは、やけに堂々としていた。