[刀剣乱夢]本を読むにもほどがある   作:himausa

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三冊目、「本と現実と主の望み」

この本丸は、さほど男士が多くない。

ただ印象的なのは、時代時代の男士は顕現しているということだ。

「鶴さん。これは、こう読むんですよね?」

「違うな。これは、こう」

「ええ? 難しい……」

主は本が好きだが、特別頭が良いというわけではないらしい。

数日前にも同じ会話をしたことを思い出し、鶴丸は小さく笑う。

「対照表があってもなかなかスラスラとは読めませんね」

「主の時代はかなり読み易くしてあるな」

「そもそも字をくっつけないでほしい。上から読ませてほしい」

「ははっ」

御伽草子でこの調子だが、主は執念で読めるようになるのだろうか。

「これが読めれば、手紙関係ももっと読めるのに」

「手紙?」

「はい。手紙をまとめた本があるんですよ」

主が取り出した本を受け取り、開くと、中身の時代がばらばらだ。

「陸奥守さんと、大倶利伽羅さんに教わった分は読めました。でも、それより前の時代が、癖が強くて」

「は? 伽羅坊?」

「政宗公のお手紙はたくさんあったので」

「……君、意外とすごいな……」

「え、なにがですか?」

馴れ合わないを貫こうとする大倶利伽羅に、字の読み方を教わるとか。主は本に関しては引かなそうだし、大倶利伽羅も根負けしたか。

クスクスと鶴丸が笑う様を、主が不思議そうに見つめる。

ちなみに顕現してから、ここまで会話が続いたのは二度目だ。

一度目は、鶴になる呪いの本の事件後。読み方を教えた時だ。

今、主は違う御伽草子を読み解こうとしている。

「で、その本はどこから持ってきた?」

「この積読からですね」

床に積まれた本のタワーのひとつに、主が軽く手を乗せる。

なるほど、道理で鶴丸に見覚えのない本のわけだ。

「前の近侍か」

「前の前か、その前か。心当たりがありすぎてわからないですね」

軽く肩をすくめる主は、再び本に目を落とした。少しずつ文字を追う指が早くなっている。

「……こっちは確認済みだったよな。電子化するぞ」

本を読み始めた主から、返事は返らない。いつものことだ。

いつもの。

一瞬目を離すと、なんで何かが起きているんだ。

「主?」

読んでいる主の足元が、ひんやりとしている。薄い氷が張っている。

「……おいおい、部屋の中だぞ」

作業を中断して、鶴丸は主の本を覗き込もうとした。

その目の前に、青白い炎が浮かび上がり、とっさに仰け反る。

「っと!? なんだぁっ?」

ぺらりと、主はいつものようにページを捲る。

そのたびに床に薄氷が広がり、狐火のような青い炎が増える。それも、鶴丸の邪魔をするように。

「氷、炎、って、奥庭狐火……御伽草子じゃねぇのかよぉっ!」

鶴丸は慌てて、石切丸を呼びに行き、解呪を頼む。

戻る頃には、主の服装が白一色の着物へと変貌していた。もとは人形浄瑠璃。早着替えも見物になる話だ。

「……とんだ呪いもあったものだね」

部屋の中を見た石切丸が、感嘆の息を吐く。これが呪いでなければ、ただ美しい情景とみることもできるのだが。

「ぼ、僕の見落としです……っ」

部屋に駆け込んできた五虎退が、震える声をこぼす。

「主様が読みたくなる御本で、呪いがないと思っていました」

いつ五虎退が近侍だったのかは知らないが、やはり鶴丸と同じような呪いのチェックはしていたのだろう。それでも、主を狙った呪いは、完全には防げない。

「この程度なら、すぐだよ」

石切丸が幣を掲げ、いつものように解呪する。それが終わると、主の足元の氷も、空中の炎もなくなり、服装もジャージと羽織姿に戻った。

「やっと、読めるようになってきました!」

「そうじゃないだろ!?」

なにがあったのか、わかっていないのかと鶴丸が叫ぶ。主はきょとんと不思議そうに眼を瞬き、次いで五虎退を見た。

「これ、確かに面白い短編集です。次の話も楽しみ」

どうやら、本を読み進めて、誰が置いたか思い出したらしい。

「っ、主様、僕、本当に……っ」

両目に涙を浮かべる五虎退の前、本を両腕に抱えたままの主がしゃがんで、顔を覗く。

「ほらほら、泣かない泣かない。また面白そうな本、教えてくださいね」

「……はい……っ」

優しく微笑む主は、慈悲深い様相をしているが、鶴丸にはわかる。

この主、まったく、これっぽちも懲りてない。

「主、今回は何があったかわかってるか?」

立ち上がって、鶴丸を振り返った主が、顔を輝かせる。

「本が濡れてなくて、燃えなくて、本当に良かったです!」

「そうじゃない!!」

やっぱり全然懲りてない。

両肩を掴んで詰め寄ろうとすると、五虎退が間に立ちふさがった。

「あ、あの、鶴丸さん。今回は僕のせいなので……っ」

「それはいい」

「え」

「それより、主。呪いに気づいてたなら、読むのをやめろ」

「え、気づいて……?」

五虎退が主を振り返ると、主はにっこりと満足げに笑っていた。

「面白かったら、最後まで読まないと!」

「えええっ」

石切丸が頭を抱え、五虎退が戸惑いの悲鳴を上げ、鶴丸は深く息を吐いた。

本当に、本当に、どうなってるんだ。この主は。

 

 

 




※「奥庭狐火」――上杉謙信の娘・八重垣姫を主人公とする御伽草子。



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