本を読んでいる主を、鶴丸はじっと観察する。
こうしてみると普通の娘にしか見えないのに、あの本に対する情熱は一体どこから来るのだろうか。
「うーん」
だん、と廊下で大きな音がして、鶴丸が目を向けると、今剣が飛び込んできたところだった。そのままズカズカと主の前に進み、本の上に小さな両手を広げる。
「あるじさま、岩融がみつかりましたっ」
「読めません、今剣さん」
「けんげんしてくださいっ」
珍しく、本当に珍しく。主が読みかけの本を言われるままに閉じた。しかも、立ち上がり、今剣に手を引かれて歩き出す。読書中の主を動かすのは、不可能だと思っていた鶴丸もついて行く。
「勝手にやっていただいて、私は一向にかまわないのですが……」
「あるじさまにしかできませんから」
「……面倒なシステムですね……」
うんざりと顔にしっかりと張り付けながら、主は手を引かれるままに歩き出す。
そして、辿りついたのが今剣と石切丸が使っている部屋だ。部屋の本棚の半分が源義経関係の本で、半分が加持祈祷と解呪に関する本だ。
その部屋の中央に、大きな薙刀が置かれている。
「……今剣さん、義経さんの本が増えてます」
「あとです」
「あれ、私読んでない」
「あ、と、で、す!」
ざっとみただけでわかるのか。鶴丸は驚きに目を瞠る。本当に、本に関しては異次元だ。
そして、それを止める今剣。こんなことができるなら、鶴丸が近侍でなくてもよかったのでは。
「ああ、主、連れてこれた?」
加州清光が苦笑しつつ、こちらに向かってくる。
「もちろん、つれてきますよ! だって、岩融ですよ!?」
「うん、じゃあ、ちゃちゃっと、やっちゃいな」
「いいですけどね」
主は今剣の頭に軽く手を置いて、薙刀の前に進み出た。
「あ」
「なんですか?」
主の一音に、即座に今剣が反応する。
「……今剣さんと岩融さんは同じ時代、ですよね」
「そうです!」
「……弁慶と言えば、僧侶……」
「あとにしてください」
「……えぇぇ……」
主が言い負かされている姿なんて、初めて見た。
(……なんか、面白くねぇな……)
この後はたぶん、主は岩融を顕現して、また読書に戻るだけだ。
いつもどおりに。
鶴丸はそっと踵を返し、主と二振を置いて、席を外した。
主のいつも座っている椅子のあたりで、摘みあがっている本の背表紙を眺めていく。探している一冊はすぐに見つかった。
「よし」
急いで、主の元へ戻る。ちょうど、岩融の顕現の口上が終わったところのようだ。
「岩融!」
「おお、今剣よ。久しいなっ」
「またいっしょにあばれられますねっ」
「そうだな」
主は少し不満そうにそれを見ている。理由はわかっている。
「主、これだろ」
鶴丸が後ろから近づいて、本を出すと、わかりやすく表情が輝いた。
「ありがとうございます、鶴さんっ」
同じ時代で、主が岩融に聞きたいなら、当時の僧関係の資料の読み方だろう。その思ったら大当たりだ。
思わず、口の両端が吊り上がる。この笑顔が見たかったんだ、と。
「鶴丸、よくわかったね」
「まあな」
目の前で楽しそうな主と二振を見ながら、加州と小さく話す。
「主はさ、俺たちに興味ないんだ」
「興味があるのは本のことだけ」
「でもね、俺らが必要だって言ったら、ちゃんと新しい男士を顕現してくれる」
「そういうところ、俺は悪くないって思うんだ」
加州は楽しそうに笑って、鶴丸に背を向ける。
「新しい男士の案内は、顕現を願った男士がすることになってるから。あとはよろしくー」
ひらひらと片手をあげて、加州は去っていった。
加州清光はこの本丸の始まりの一振。普段は主の元に来ることはないが、こういう時はちゃんと見守りに来るあたり、律儀な一振のようだ。
「おう、主の世話は任せとけ」
それが半刻前のことなんだが。
「で、そんときに沖田くんがさぁ」
「……やっぱりあの本の箇所は創作ですか」
「実際はもっと激しかったし、大変だったんだ」
なんで、主の傍で加州と大和守が侍っているんだ。主も大人しく本も読まずに、二振の話を聞いてるし。
鶴丸の視線に気づいた加州が、にやりと口元をゆがめる。
主は刀剣が存在した時の本を知りたがる。そして、話したがりの男士は多い。その筆頭が、初期刀――加州清光。
「ねえねえ主、他に何が聞きたい? 俺、なんでも話すよ」
「じゃあ、この本の頃の話の続きを!」
主の手元には古そうな新選組の物語の本。
「おっけー、じゃあ、今日はたーっぷり話してあげる」
実に嬉しそうな加州清光に、主も嬉しそうだ。
(……初期刀様には敵わない、か)
鶴丸は主の確認した本を電子データにするために、主と二振に背を向けるのだった。