夜の厨に現れた鶴丸は、フラフラとテーブルに着く。
「光坊、酒くれ」
「……おつかれ、鶴さん」
苦笑しつつ、燭台切は鶴丸の前に、日本酒の入ったコップを置いた。
それを掴んで、一息に煽った鶴丸はコップを置くなり叫ぶ。
「なんなんだ、あの主は!」
また始まった、とでも言いたげに、燭台切は苦笑いをしている。
「あれで本当にマシなのか?」
「かなりね」
注がれた二杯目を眺めながら、鶴丸は息を吐いた。
「今日は政府の図書課にいくだけだっていうから、ついて行ったら」
「……いつの間にか姿が見えないと思えば、誘拐されてるわ」
そ、と燭台切から差し出されたツマミに、鶴丸は手を伸ばす。
「挙句、迎えに行きゃあ、今いいところですって、なんだよ!?」
「なんで誘拐犯と茶ぁしばいてる!?」
「誘拐犯も絆されてんじゃねええええっ」
またグラスを煽る鶴丸。
「またかい」
「これも、また、なのかい」
「……僕の時は、真説の本を手に入れたって、浮かれてたよ」
いつも通りだと言われると、燭台切の疲れ具合にも納得できてしまう。
「……僕の前の近侍に聞いた話だと、異界に連れて行かれて帰れなくなるところだったこともあるって」
「ふっ、懲りねえなぁ」
「本のこととなると、ね」
二振で顔を見合わせて、息を吐く。
どうしてこう、うちの主は。
「そういや、光坊が、俺を顕現して欲しいって頼んだんだよな」
「なんでだ?」
燭台切はひどく穏やかな顔で微笑む。相手によっては赤面するほどの笑顔だ。
「加州くんたちも面倒見は良いんだけど、主を止められる人がいなくて」
最近見かけた今剣でさえ、主を止めてはいても自分のためだった。
他の男士たちも積極的に止めることができなかったと言い切っている。
目の前の燭台切さえもそうだ。主のことになると、今のように疲れを隠せない。
「ほら、鶴さんは昔から面倒見いいでしょ?」
大倶利伽羅さえ、主に文字を教えた後は近づかないという。
鶴丸はしばし真顔になり、目を閉じた。
「……つまり?」
「主のお世話、鶴さんなら任せられると思って」
こいつ、まさか最初から、そのつもりで。
「……裏切られた気分だぜ」
「でも、思う以上に主が素直に言うことをきくよね」
「らしいな」
「……本当、助かる」
近侍になってから、鶴丸に安息の日はない。なにしろ、少し目を離せば、本だ、呪いだ、誘拐だ、とイベントの尽きない主だ。
「ところで、今、主は寝てるんだよね?」
「ああ、だからここに来てんだろ」
「今日、主くんは誘拐犯と何の話をしてたって?」
「……ん? そりゃあ……」
鶴丸が顔を上げると、燭台切はシンクに寄りかかって、苦笑している。
「主くん、聞き上手すぎるけど、その後ってさ」
がた、と鶴丸は慌てて席を立った。
「……本当、面倒見がいいよね」
厨から遠ざかる背中に、燭台切は小さく呟いていた。
その頃、主の寝室では。
「寝ろ!」
「あと少しだけ!」
机に向かって、メモを書いている主の首根っこを、鶴丸が捕まえていた。
「明日にしろ!」
「……もお、気づくのが早すぎますよーっ」
「考えてみりゃ、大人しすぎたんだよっ」
帰宅してから、やけに早く風呂と夕食を済ませた主を思い返す。そういえば、帰宅してから一度も本を開いていなかった。
「さっさと書かないと忘れちゃうじゃないですかっ」
「んなに面白い話だったのなら、話せ」
「……は?」
「そうしたら、俺が書いておいてやる」
鶴丸の言葉を聞いた主は、その手があったかと目を丸くする。
「本当ですかっ。助かります!」
「……できるだけ、わかりやすく纏めて話してくれ……」
「じゃあ、最初からいきますね」
喜々と話し始める娘を前に、鶴丸は苦笑しつつ、眺めるのだった。まさか、朝までかかるとは思わなかったが。
(これなら、本人に書かせても良かったか……)
流石に、少しばかり鶴丸も後悔するのだった。
鶴丸がまとめたノートが主の手元に届けられるのは、一週間後になる。ノート五冊分。