「決めた、この子の名前は...ヒュメナだ」
「ふふ、いい名前ね。きっといい子に育つわ」
温かい陽だまりの中、ヒュメナは目を覚ました
そこは高いビルの最上階、『ヒデンインテリジェンス』の社用室だ
まだ赤子だったヒュメナには、この頃の記憶はない
ただ、幸せだったという感覚として脳に焼きついた
両親は『ヒデンインテリジェンス』の社長。そう、ヒュメナはそのご子息である
ヒュメナはみるみるうちに大きくなり、もう8つになる
妹ができたからだろうか、それはもうたくましく、優しく、まるでオレンジの花のような子供になった
しかし、その幸せな時間は別れをただ肥えさせていただけだった
どことも知れぬ場所...
その瞳には、幸せが崩壊していく一部始終が映り込んだ
「ヒュメナ様、お車の手配が済みましてございます」
「ありがとう、すぐに向かうっておとおさまに伝えておいて」
「かしこまりました」
スーツ姿の使用人が部屋を出て行った
今日の日はいつだろうか、規則正しく並ぶビルの集団にオレンジ色の太陽が沈んでいく
小学生ほどの年齢のヒュメナにその風情はわかるはずもなく、そそくさとバックをコートハンガーから奪い取り、その中にお気に入りのものを乱暴に詰め込んでいく
父の言うことには、遠くの研究所を見学するらしい
何より、初めて遠出をするヒュメナにとって、昂った感情を抑えることはできない
「にいさまばっかり、ずるい...」
「グレース、あなたがもう少し大きくなったら一緒にいきましょ」
「うん、ぜったいだよ!」
「行ってきます!!」
口を大きく開けたヒュメナの大きな可愛らしい声が部屋に響いた
「ふふ、行ってらっしゃい」
小さく手を振る母を背に、ヒュメナは使用人と共にエレベータに乗り、一階まで降りる
少しの浮遊感さえも気持ちの高揚のように思えて仕方ない
真っ白なロビーはいつも通り
赤いカーペットが導くままにガラスで作られた自動ドアを潜る
そこには父が乗っている黒くて長い車が停まっており、もう1人の使用人が扉を開けた
「ヒュメナ様、お気をつけて」
そうして扉は閉まり、街の景色が動き始めた
それを車の座席から身を乗り出し、窓に頬をくっつけるようにして見入った
「ヒュメナ、そんなに楽しみか」
「うん!」
「お父さんはお仕事に行くんだからな、楽しいことなんて滅多にないぞ〜」
「でも、おとおさまといたらずっと楽しいよ!」
「...そうか!!」
カカッと笑ったその顔はくしゃっとなっていて、それもなんだかおかしくてヒュメナは笑顔になった
...しばらくして車は遠い街の道路に止まった
父と一緒に車を降りたヒュメナは、ロープウェイに乗って、さらに船に乗り継ぎ、大きな建物がある小島に辿り着いた
周りを見てみると、そこにはヒュメナたちだけでなく貴族と思しき多くの人も足を運んでいるようだった
黒服を着た人々が研究所の奥から出てきた
なにやら喋っているが、こ難しくてヒュメナには理解できない
仕方ない、地面を一生懸命に這っている蟻でも見ていようと、下を向いた
すると...
赤い髪の少女が脅かすように顔を出した
少しびっくりはしたものの、外の世界に対する造詣が浅いヒュメナには、それも普通なのだろうと、首を傾げた
その赤い髪の女の子を不思議そうに見つめていると、父が手を差し出してきた
「ほら、行くぞ」
「...うん!」
見学自体はなんの問題もなく終わった
ヒュメナも多くの見慣れないものを見て、ご満悦な様子だ
「おとおさま、見て!」
「ん〜?よくかけてるじゃないか!」
「えへへ...」
「これはお父さん?」
「うん!」
「じゃあ、これはヒュメナか」
「...うん!」
「──?この赤い髪の子は誰かな、地面の中にいるみたいだけど...」
「えっとね、おとおさまとケンキューインさんのお話がわかんなかった時に、下を見ていたら...ばぁ!!って出てきたの」
足をパタパタと動かし、全力の身振り手振りで伝えようとしているヒュメナを父は険しい顔で見ていた
すると、突然研究所の赤いランプが点灯し、避難するように促すアナウンスが流れ始めた
『警告。警告。研究所内に異常を検知。警備員は直ちに配置につき、迅速に対処してください。』
「これは...」
「お、おとおさま...」
「大丈夫だ。ヒュメナ、今から言うことをよく聞いておくれ...」
父が今にも泣きそうな声を放つヒュメナの頬を撫でる
「今すぐに研究所から出て、使用人に車を用意するように言いなさい。そして、ここを離れるんだ」
「おとおさまも一緒に行くよね?」
「お父さんはまだお仕事があるから、わかってくれるね?」
涙をポロポロとこぼしながら小さく頷き、ヒュメナは来た道を引き返す
父は転びかけたその後ろ姿を少し心配そうに見守っていた
外はもう日が落ち、月が出る頃
外で待機していた使用人は、焦るヒュメナの姿を見て形相が一変した
「ヒュメナ様!?いかがなされましたか?」
「あ、おっおとっ、おとお、さまが!」
「落ち着いて、まずは状況をお伺いしてもよろしいでしょうか」
ヒュメナは今までのことを説明した
それを聞いた使用人はすぐに車の手配を進め、ヒュメナにじっとしているように言い聞かせた
しかし、ヒュメナはどうしても父が心配だった
使用人が辺りを警戒しているうちにこっそりと抜け出し、父親を探しに研究所の中へ入った
きっと父ならそうしただろう。そう心で言い聞かせながら
未だ警告が鳴り止まず、赤黒くなった廊下を走って進んでいく。奥からは何かがぶつかるような音が聞こえる
ヒュメナはその音の中に父親の声が混ざっているのに気づいた
「おとおさまっ!」
思わず声を上げたヒュメナの後ろには...
武器を構えた仮面ライダーアバドンがいた
「──!?ヒュメナ!!」
間一髪のところで父が間に入り、アバドンの攻撃から庇う
その肩からはドス黒い赤色の血がドクドクと流れ出し、抱き返したヒュメナの手いっぱいに付着した
「ヒュメナ、怪我はないか?」
「お、おとおさま...血がっ血が!」
「いいんだ、愛する息子のためならこのくらい」
優しくヒュメナの頭を撫ぜた父は、アバドンを睨みつけ立ち上がり
どこからかゼロワンドライバーを取り出した
「ヒュメナ、お父さんの後ろに隠れてなさい」
「...!」
逃げるよう促した父はゼロワンドライバーを腰に装着、胸元から黄色のプログライズキーを取り出した
【Jump !】
【Authorize...】
オーソライズしたライジングホッパープログライズキーを開け、ベルトにセット
「変身...!」
天井を突き破って出てきたバッタ型のライダモデルが分離
それを纏うようにして装甲が形成されていく
【Prograoze !】
【TOBIAGARIZE!!】
【Rising hopper !!】
【A jump to the sky turns to a rider kick】
黒いベーススーツ
蛍光イエローの装甲
赤い複眼
ヒュメナの父は仮面ライダーゼロワンに変身した
ゼロワンへ変身するや否やアバドンは切り掛かってきた
それを軽々と避け、廊下から奥の部屋の方へ投げ飛ばす
武器を持っているアバドンに対してゼロワンは徒手空拳で応戦する
アバドンは量産型としては規格外のゼロワンと同等、もしくはそれ以上のスペックを持つ
そうは言っても状況は一対一、そう苦戦はしない
「ふっ!はっ!」
まるで瞬間移動のように高速で動き、アバドンの背後から攻撃を次々に仕掛ける
反応の精度が悪いアバドンにはそれを捌き切ることはできない
ここは量産型の悪いところだろうか
「...!」
強力なキックで大きく突き飛ばされたアバドンの背中が壁に当たる
ゼロワンの足がギリギリと地面をなじる
力強くプログライズキーを押し込み、飛び上がった
「はぁぁあ!!」
【Riseing... Impact‼︎】
勢いよく放たれたそのキックはアバドンの胴に直撃、体を翻してゼロワンは華麗に着地した
爆発の中からクラウディングホッパープログライズキーがヒュメナの方に飛んできた
そこにはこう書いてある
『Clouding hopper
Ability Hit
Presented by ZAIA』
『ザイアエンタープライズ』それは『ヒデンインテリジェンス』のライバル企業
父の話によると、『バイシュウ』を狙っているらしい
だから最近は忙しいのだと
だから他社との協力が不可欠であると
そして、だから研究所に赴くのだと
「...っ!」
「ヒュメナ、こっちに来なさい」
ゼンゼロはこちらに手を差し伸べ、優しい声で言った
その声で現実へと引き戻された
今までの恐怖と焦りが肩から降りたヒュメナはゼロワンに抱きつく
「よしよし、すぐに家に帰ろう」
それを抱きかかえて研究所の廊下を走っていく
幸い出口までの距離は開いていない。ゼロワンの走力を持ってすれば、数分もかからない
研究所を出てすぐ、ひどく慌てた使用人がヒュメナを抱きしめた
「おとおさま、おとおさまが先にのって」
「いいや、お父さんはまだやることがある」
「...うん」
「1人では不安か?」
「1人じゃないよ、使用人さんもいるし!」
それでも隠し切れてはいなかっただろう
本当は心の底から不安だった。何せ父はヒュメナに何も教えてはくれなかったのだから
知らないことは、怖いことだ
「そうだな...ヒュメナ、これを」
父は腰に装着していたゼロワンドライバーを外し、手渡した
その意図が全くつかめないヒュメナは首を傾げる
「それはお守りだ。怖いことが起これば、お父さんがすぐに駆けつける」
「嘘だよ、そんなの...」
「嘘じゃないとも、信じて」
強く手を握った父の言葉は、ヒュメナの心に確かに響いた
そして、少しもしないうちに、建物の後ろからいくつもの足音が聞こえてきた
そこから姿を現したのは、おびただしい数のアバドンだった
父はヒュメナを大急ぎで車に乗せて、使用人に出発するように言った
それを聞き終わる前に使用人はアクセルを踏み込む
窓をバンバンと叩き、声を上げるヒュメナの瞳には
幸せが、父の形を持って崩壊していく光景だけが映った
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