深夜。ダイダロス通りの隠れ家「筋肉の生息地」。その家の重厚な扉の奥には、広い会議室があった。
仮面やフードをで顔を隠した多くの者が静かに椅子に座り、壇上にいる各担当のリーダーたちに視線を注いでいる。リーダー達の背後には地図が張り付けられた黒板と、山のように積み上げられた資料がある。
その壇上から少し離れた特等席とも言える席に、新人Pはウトウトと眠りこけていた。彼女は「仕事場の先輩がヤンデレに目覚めて、男を刺そうとした場面に出くわす」ことがその日に何度も起きていた。それらを止めるのに大変苦労したため、非常に精神的に疲れていたのだ。
「えー、同志たち。最近どうやら、闇派閥が厄介なことを企んでいるようです。今日の議題はそれです」
第ーー回目の定例報告会議が、幕を開けた。
進行役を務めるのはギルド担当のリーダー、Xである。表向きの彼女はギルドの幹部である。おまけに、妖精のような豚さんの対応が神レベルにまでに達している。頻繁にギルドの部下たちに頼られる淑女エルフだ。最近、漸く幼馴染の男とめでたく結婚できたため、オラリオの暗黒期が終わったら新婚旅行にいくつもりである。
その夫であり、商業街担当のリーダーを務めるのがYである。キラキラエフェクトを侍らせる彼は、グレーゾーンであるソーマファミリアなどから、「近づくな、危険。目が潰れるし疲労がヤバい。でも、憎めないからまるでオアシスのようで、逃げられない沼地」と恐れられる圧倒的陽属性の人脈お化けである。
「皆さんご存じの通り、筋肉の神からの命で、闇派閥の一掃に少しだけ協力することになりました。理由は、『俺のライバルが、どこぞの馬の骨とも知れない、ぽっと出のNTR野郎に取られるのは嫌だ』からだそうです。私としては、彼らのせいで、つい先日仲の良い友人が大怪我を負わされたものだから、腹立たしくて仕方ありません」
「そうだよな。俺も少し前、仲の良い同僚がアイツらに執拗に追いかけられているのを偶然見つけて助けたことがあったが、あの場に俺がいなければアイツは星になっていたかもしれない」
「わかる。……そういえば、アイツら急に活動し始めたよな。暗黒期が始まった直後に騒ぎを起こせば、オラリオにより大きなダメージを与えれたはずなのに」
「それについてですが、ここ数週間リーダー会議を積み重ねた結果、恐らく『闇派閥側に、強力なオラリオの冒険者に代わる、何者かが協力者になった』ことが考えられます。暗黒期当初は、そのような協力者がいなかったのでしょう。魔石の販売権はギルドが持っていますし、それを狙う商人たちがニヤニヤと闇派閥に協力しているという事実が証拠です」
「そうなのよ。アタシのお友達から『凄く強い、まるでレベル7の化け物が闇派閥に加担している』っていう噂を聞いたわ。一度その真相を、誰かが確かめてみるべきだと思うの」
「……(やっべ、寝てた。今何を話してるんだろう)」
「Wの言う通りだ。そして、僕らはWがその実力を見込んでいる新人Pに確認を任せることにした」
「?(待って、寝てたせいで何もわかんない)」
「新人は先輩の言う事を絶対に聞かないといけない。それがここのルールであり、必ず新人が通る関門さ」
「そうよ、Pちゃん。貴方の実力は右腕ちゃんとお爺ちゃん達から聞いているわ。期待しているから、頑張ってきなさい。ご褒美はちゃんと用意しておくからね」
「よろしくお願いしますね、P。任務と言っても、ただ闇派閥の新たな協力者がどんな人たちだったかを確認するだけよ、頑張りなさい」
「え、あ……」
「頼んだわよ」
「……はい」
Pは、オネエ言葉で周囲を従わせるWの姉貴と、圧が強すぎるエルフなXたちの笑顔に負けて、どう見ても新人向きではない面倒な任務を引き受けた。Wは歓楽街担当リーダーのオカマ。噂ではあの神イシュタルまでもが絶対に手を出さない不可侵である。
本部から直接指示を受けるリーダーたちは、仮面の下に隠されたPの正体を何となくで察している。だからこそ「生き残って情報を持って帰ってくる」という確信があった。周囲の同胞たちも「まあ、Pなら大丈夫でしょ」と信頼していた。その後も数時間ほど闇派閥への具体的な対応について、細かな打ち合わせが行われた。
会議が終わり、賑やかな会食を心行くまで楽しんだ面々は、お土産として
だが、ここでひとつの大きな問題があった。
彼らはピュラーが極度の「ポンコツうっかり脳筋」であることに気づいていなかった。当然、一応情報収集役として、「オラリオで目立たない行動をしない」という前提があったため、まさか彼女が「つまり、闇派閥の本拠地に凸ればいいのか」と誰も知らなかった本拠地を探し出し、報連相をせずに突撃するとは夢にも思っていなかったのである。
普通は本拠地を探し出したことを報告して、上司に今後の行動をどうするのか確認を取る。それか、闇派閥は地上に出てきたタイミングに「レベル7の協力者はいるか」と質問する手もあった。しかし、ほぼ会議で寝ていた新人は「闇派閥にいる怪しくて強い人物」を探し出すことが任務であると認識している。それに、「レベル7という化け物」という単語を聞き逃し、神の恩恵や神威などの「冒険者の常識」を知らない箱入り娘である。これに関しては、「可愛いピュラーは危険が伴う冒険者にならない」と思い込んでいた親バカや「オラリオの常識は現地に行って知った方がいい」という弟子の楽しみを奪わない師の思いやりのせいでもある。
そして、誰も新人がポンコツぶりを発揮して、あんな事件を引き起こすことなど思わなかったのだ。
「はぁ、新人ってのは辛いよ。カリオン、内容が曖昧な任務を引き受けちゃった」
「ニャー」
「『闇派閥にいる怪しくて強い人物の容姿や実力を確かめてこい』だって。引き受けたからにはしっかりこなさないと」
「ニャ」
「ターゲットは闇派閥の本拠地にいる可能性が高いよね。早速そこら辺によくいる闇派閥の下っ端から、本部の場所を聞き出そう」
「ニャニャーン」
「確かに、暫く雛菊に休暇届を出さないと」
ピュラーは翌朝、女将さんに休暇を3日間貰うことに成功し、そのままオラリオの路地裏に消えていった。その出で立ちは、フードを深く被った黒い仮面の性別不明な不審者。肩の上には鋭い黄金色の瞳を光らせる烏が静かに止まっている。
それから数十分後。不審者と烏は何やら裏路地でこそこそとしている闇派閥を見つけ、持ち前の身のこなしで瞬く間に彼らを拘束した。丁度何かをしでかす前だった彼らから話を聞くと、没収した「目玉みたいな鍵」を使えば、闇派閥の本拠地に行けることを戦神の娘は知った。
子は親に似る。その言葉通りに、父親譲りの強烈な脳筋気質がしっかり遺伝している彼女は、迷うことなく闇派閥の本拠地の入り口を発見し、迷うことなく地下へ潜入した。
ピュラーとカリオンが地下に篭って3日間が経過した。変な神に絡まれながらも、父親直伝「獲物の生け取り法」「変な神の撃退法」を駆使しながら闇派閥の拠点を散策した。ターゲットである『闇派閥にいる怪しくて強い人物』を探したが、全く見つからない。
不思議なことに、最終日まで神以外の構成員は、誰もその侵入者に気づかなかった。神は侵入者によって、付近の空き部屋に監禁され、「侵入者がいる!」と叫んでも誰にも気づかれることはなかった。優しさなのか、その部屋にはご丁寧に三日分の非常食と水がちゃんと用意されていた。脱出しようと神は頑張ったが、不可能だった。大声を上げたり、壁を殴ったりしても、眷属たちの助けが最終日まで来なかった。その理由は恐らく今もこの拠点で暴れる侵入者しか知らないのであった。
三日間、侵入者はポンコツぶりを遺憾なく発揮し、広大な拠点で何度も同じ通路をぐるぐると迷いまくっていた。闇派閥の構成員に気づかれないように気配を隠して、ターゲットを探した。しかし、肝心のターゲットたちは地上で自由行動を満喫していた。そのため、侵入者がどれだけ必死に探しても見つかるはずがなかったのである。
そして、運の悪いことに。
掃除が全くされていない通路。
ハウスダストにより、侵入者は盛大にくしゃみをした。
その音をきっかけに、周囲を警戒していた闇派閥に見つかってしまったのだ。
「「「侵入者だ!全員かかれ、容赦なく排除しろ!!」」」
怒号と共に、殺気立った闇派閥の構成員が一斉に襲い掛かってくる。侵入者はスムーズに黒い烏と協力して、彼らを蹴散らしていく。オラリオに詳しそうな奴らからターゲットの情報を聞こうとするが、「強いやつが最近仲間になった?」という曖昧な質問である。誰も襲撃者が探す人物が、あの二人だと察することはできなかった。
どんどん集まってくる彼らを丁寧に地面に沈めていく。途中から人間爆弾が現れたが、襲撃者は全く動じなかった。何故なら精霊の加護により、爆弾は起動されなかったためである。「まさかの人間爆弾か?覚悟ガンギまってるね」とささっと爆弾を回収して、敵を気絶させた。どうやら、爆弾を再利用することにしたらしい。変な目玉が入っている、自身の鞄の中にしまっていた。一体あんなに危ないものを何に使うのだろうか。
思いっきり闇派閥の本拠地を派手に荒らすと、当然幹部は現れる。
襲撃者の目の前に、「急所丸見え!ピンク髪の露出狂」が現れた。
目が合った瞬間に始まる戦闘。周りの下っ端たちは襲撃者があの恐ろしいイカレ女と互角、いやそれ以上の実力を見せて戦っていることに驚きを隠せなかった。殴り合いによる衝撃が空気を揺らす。殺帝と呼ばれる女の攻撃を軽々と見切り、襲撃者は急所を的確に拳をめり込ませる。殺帝は骨が折れたことにより、臓器にダメージが入り反動で血を吐いた。
その瞬間、何かを察知した烏が甲高く鳴き声を上げた。
顔が見えない仮面の奥から、襲撃者はそれまでとは比べ物にならないほど冷たい雰囲気へと変わる。
「ふざけんなぁぁ!」
数々の命を奪ってきた凶悪な女が、恐怖に満ちた声を張り上げて叫んだ。
その直後だった。
視界を全て塗り替えるような、眩くて、あたたかい、一番星のような希望に満ちる青い光が、地下の闇を一瞬にして照らす。
それと同時に、オラリオの地下から街全体を揺るがすような、凄まじい地盤崩落の轟音が響き渡る。
今、この地下で何が起きたかを正確に理解できたのは、強大な力を持つ精霊と英雄たる器を持つ者だけだった。
闇を青い白に染めた強烈な光がゆっくりと収まっていく。
瞬きを繰り返すうちに、漸く視界の焦点が戻ってくる。
周りの闇に堕ちた者たちが恐る恐る目を凝らすと、そこには無残に口から血を流し、冷たい地面に畏怖した女の姿があった。女の腹部には、尋常でない熱量で焼き焦がされた跡が残っている。胸が上下に動いているので、生きてはいるのだろう。
だが、先ほどまでそこにいたはずの不気味な襲撃者と烏の姿はすでに跡形もなく消え去り、その代わりに、天井に大きな穴がぽっかりと開いていた。地下深くから地上へと至る抜け穴が、あまりにも暴力的に、人為的に突如として作り出された。並大抵の攻撃では絶対に傷をつけることができないその最硬金属の天井に穴をあいた。差し込んだ冷たい月の光が、闇派閥を明るく照らし、彼らに正気を取り戻させた。
大穴があいた地点から離れた場所に、襲撃者と烏はいた。自分たちが天井に大穴をあけたことに気づかずにさっさと地上に戻ろうとしていたのだ。すでに、今日は休暇の最終日だからである。
「久しぶりに強敵と会えた。流石、師匠が高みを目指すことができると言うほどの都市だね、オラリオは」
「カァ?」
「厄介な存在が来ることを教えてくれてありがとうね、カリオン。あのままじゃ、任務を遂行できなくなるところだ……った?、……待って、その厄介な存在ってターゲットでは?」
「カァ」
「うっわ、やらかした。けど、流石に今日中に地上に戻らないと女将さんに怒られる」
「何も手柄がないとWの姉貴に怒られるよね?」
「カァー(烏は激しく首を縦に振って同意した)」
「うぅ、姉貴って怒ると本当に怖いから、そこら辺の部屋から何か持って帰ろう」
と、闇派閥はオラリオ全土を巻き込む襲撃計画が載った書類を根こそぎ奪われたのであった。
「よし、肝心のターゲットとは会えなかったけど、怪しげなブツはゲットしたから、いっか!」
「カァ」
「え、お腹空いたの?わかった、早く帰ろう」
その日、闇派閥には死者は一人も出なかったものの、幹部の一人が重傷を負い、多数の構成員が軽傷者になった。
そして、翌朝。オラリオには『ダイダロス通り、突如として謎の大穴出現!』という号外が街のあちこちに撒かれた。