ところ変わって、オラリオ。戦神たちが真面目に仕事をしている真っ昼間。ピュラーは今、シルのガチ恋勢と思われるうちの一人。ヤンデレ(性別:女)に追いかけられていた。余りにもヤンデレとしての風格があり過ぎて、ピュラーは逃げるしかなかった。が、全く撒けない。撒いたと思った数分後に再会、更に撒いてもまたすぐに現れる。それをただただ繰り返す。バイトの時間はとっくに過ぎているが、ヤンデレ娘とシルがバッタリ遭遇するのは避けたい。
ピュラーがこんな無限ループに巻き込まれている理由は簡単。ただ単にその日の運が非常に悪く、ポンコツを発揮したからだ。オラリオに来て結構時間が経っているのにも関わらず、迷いまくる。これはラキアの街中でも起こる現象だった。だから、ピュラーの幼馴染は常に彼女の手を引っ張っていたのだ。本人が無意識に迷うから仕方ない。それと、ヤンデレの諦めない心が人一倍強いから。やっとあの方が——と認める女に会えたのだ。この日を逃さないわけにはいかない。
「待ちなさい!!!そこの仮面!!」
人混みの中にそれが響く。最初のうちは皆一斉に声の主に視線を向けたが、何回も見かけるともはや誰も気にしない。一方、どうして何度も追いかけられるのだろうか、と首を傾げるピュラーは素知らぬ顔で前に進み角を曲がる。店長から雷を落とされるのは確定した。カリオンに「すみません、少し厄介な方に絡まれているため、仕込みには間に合いません。開店前には行きます」という内容の手紙を届けに行ってもらったが、初めてバイトに遅刻する形になり申し訳なさが募る。今の時間帯は仕込みに取り掛からないといけない。だが、シルの身に何かあってはならないのだ。背に腹は代えられなかった。
全力で、しかし音を立てずに走るピュラーは、遠い目をして数十分前の出会いを思い出す。後ろのヤンデレと初遭遇した、あの瞬間を。彼女はいつも通りに豊穣の女主人に向かう途中だった。カリオンに案内されつつ、鼻歌を歌って歩いていた。数メートル先にいるカリオンがニャーンと鳴いて、早く来いと急かしてくる。早歩きで路地から新たな道に出たその時。少女漫画のように、ドンッと誰かにぶつかった。慌ててその誰かが転ばないようにフォローに入る。
——目と目が合った。
ぶつかった相手は顔の右半分を隠した、灰色の髪に真っ黒な瞳の女の子。
「ごめんなさい、大丈——」
「見つけた、やっと会えた。———逃がさない。いつもいつもあの方と一緒にいて。許さない、許さない、あの方の心を揺れ動かすなんて、ずっと気にかけて貰えてるのに、どうして誘いを受けないのですか?どうしてっ、だめなの——(早口で何を言っているか分からない)」
「???」
「ニャン??」
カリオンとピュラーは同時にポカンとした。意味の分からない言葉の羅列。単語の音は届いているが、ほぼ最初の単語しか脳が理解できない。目を見開くピュラーは突然、覚えのない事を初対面の年下に言われて驚いている。そして、彼女は察した。
(あ、ヤンデレだ)
まさに、目が病んでいる。ぞわっと嫌な予感がしたので、すぐさまダッシュで逃げた。「あの方と一緒にいて、許さない」的なことを言っていた。初対面だから、私自身にヤンデレっているわけではない。だから、恐らく、恐らくだが、彼女もシルに惚れたヤンデレだと思われる。こうして、数刻後。幸運が舞い降りたのか、ピュラーは無事ヤンデレから逃げることに成功してバイト先に向かう。息切れをしながら、裏口から中へ入る。ぎりぎり開店前に到着したのである。
「て、店長。すみません!」
「早く準備に入ってくれ、ピュラー」
「……え、はい。あの、」
「カリオンが届けた手紙は読んだ。だから、大丈夫さ。……まぁ、あれだ。お前さんは気にしなくていい。次からは追われないはずだから。ほら、早く着替えな」
「え?」
そう言われたピュラーは、とりあえず二階へ上り深緑色のドレスと白いエプロンに着替えに行く。——そして、ミアは知っていた。ピュラーを追いかけたヤンデレの正体を。ピュラーが追われた理由も。
◇ー◇ー◇
ピュラーがヤンデレに追いかけられた日の夜。オラリオの暗黒期ではあるが、民衆たちがわいわいと酒と食事を楽しむ。つかの間の平和な時間を大事にしているのだ。そこに、ある賑わった店に金髪の若いエルフと鮮やかな赤い髪の人間がいた。二人はそれぞれ別の卓で聞き込みをしているようだ。
「『幻影』?」
「エルフの嬢ちゃん、知らないのか?」
「ま、冒険者様は知らないか。ほぼお前たちの前に現れていないっていう噂だしな」
「いいかい、嬢ちゃん。幻影様は闇派閥から何度も俺たちを助けてくれたんだ」
「おかげで、彼、彼女が頻繁に現れるここはオラリオ一安全だと言われてる」
「余りにもあっけなく闇派閥が倒れていくあの様、本当に助かったよ」
曰く、闇派閥を次々と無力化し、何も言わずに去っていく。
曰く、その髪色は黒、金、銀とも言われている。
曰く、その瞳は碧眼、茶眼、あるいは黒眼。
曰く、正体は女、いや男、あるいはオカマかもしれない。
曰く、不気味な白い仮面や、女の顔の仮面、変な仮面を付けていた。
などなど、その正体が明白ではない。幻影は一人ではなく、複数いるのだと言っている者もいる。戦い方が多種多様であり、その近くにいる動物は馬、犬、ヤギ、カピバラ、その他諸々。必ず、仮面をかぶり、その近くに何かしらの生き物がいたそうだ。その姿は、確かに民衆の心を掴んでいた。黄金時代から、闇派閥が蔓延るこの時代に、まだ英雄がいなかった。誰かの希望となり、多くの人を救う、それはまさに英雄だった。しかし、救われない者もいた。何故私たちの前には来なかったのかと嘆くものがいた。誰かの絶望となり、裏切るものでもあった。
だから、今の民衆や一部の冒険者の間で仮面が流行っている。やっぱり、皆考えていることはだいたい同じ。仮面をかぶっていると、無駄な揉め事に撒きこまれることが減った。それに、何よりカッコいい。
そして、一週間前にダイダロス通りで大穴が開いたあの事件。そこの穴からは何もなかった。穴底には何もなく、ただどうやってこんなに大きくて深い穴が開いたのか不明である。結局、ダンジョンの地殻変動か何かなのでは、という結論に至った。実際は、闇派閥側が急いで魔法を使い、ぎりぎりで穴底を防ぐことに成功したのだ。ダイダロスの呪縛に苦しむ者は、気が狂ったかのようにキレた。壊されてキレたのだ。完成させようとしているのに、どうしてそれを壊すことを可能にするものがいるのか。しかし、その怒りをぶつけようとも、あのイカレタ女が無残に敗れた相手であり、そいつを全く見つけることもできない。
しかも、そいつも、仮面をしていたのだ。よって、何度も仮面に邪魔されてきた闇派閥側はある予測を立てた。仮面がトレンドマークである、冒険者とは別の組織がいると考えた。加えて、重要な資料が強奪され、神も優しく監禁されていた。そのせいで、今までのオラリオ破壊計画をすべて見直す羽目になった。抜け目がない、完全に計画された犯行だと思われる。
この当たっているようで当たっていないその予測。確かに、オラリオの冒険者とは別の組織はいる。筋肉の妖精たちだ。しかし、襲撃を毎回行っているのは、それに属するPだけ。組織の意向とは一応関係はある。だって、今回の本拠地襲撃は、任務を遂行するために必要だったものだから。つまり、たった一人+一匹だけが行った犯行である。それを知る由もない闇派閥。彼らはこれからどうなるのだろうか。
◇ー◇ー◇
深夜。カリオンを抱っこするピュラーは豊穣の女主人から雛菊の寮に戻っていた。仕事が終わった彼女は、いつも通りにシルガチ恋勢を撒いたところ。今夜の担当は四兄弟だった。昨日は黒い猫人で、今朝はヤンデレ娘。追われすぎである。指名手配犯になっているのではないかと頭を抱えた。そして、また不審者に後を付けられている。はぁ、とため息をついて早歩きをした。彼女はふと、周囲を見た。最近、仮面をかぶったやつが多い。
(流行りなのか?あの仮面素敵。どこで買ったんだろう)
「そこの仮面。違う、お前じゃない。だから、違うって。……はぁ、どうしてこんなに仮面を付けてるやつが多いんだ。流行りなのか?」
その声の主は周囲にいる仮面を全員振り向かせた。しかし、自分ではないと分かり、皆前を向いて歩き出す。
「まあいい。そこの白くて今すぐにでも不気味な鳴き声を出しそうな仮面の奴……おい、無視をするな」
ピュラーは勿論、フル無視して帰路へ着こうとした。が、どうやらさっきから後を付けてきたのはこの人だ。カリオンはぷくーと幸せそうに寝ているから、彼を起こさないためにも争いごとは避けたい。仕方がなく、ピュラーは口を開く。父からこういう時のセリフは教えてもらっている。
「何ですか。宗教勧誘はお断りです」
「宗教勧誘な訳あるか」
「そういう人はすぐそう言うんです。だって、貴方は神でしょう?」
「そうだ、……まあいい。お前、3年前から闇派閥を襲撃しているだろう?」
「そんな事はしていません」
「嘘だな」
「違います」
「神は人の子が嘘をついていることなんてすぐにわかるんだ」
きょとん、と分かりやすく反応を示すピュラー。神が人の嘘を見抜けるなんて、初耳だ。父から聞いたことがなかった。だって、祝いのサプライズはすべて成功していたんだもの。サプライズだとバレないために嘘をついたことはある。もし、本当に嘘が分かるのなら、気を遣っていたのかな?当の本神は「ふっ、ピュラーが俺にサプライズ!!嬉しい!!!」と普通に神の力関係なく、気づいていた。
「えっ、そうなんですか?」
こくり、とうなずく男神。彼は前髪の一部に灰色のメッシュが入った黒髪を持っている。
「私の心も読めたりするんですか?」
「それはできない」
「なんだ。じゃあ失礼します」
嘘が分かるのなら、心も読めちゃったり。という予想は外れていた。眠るカリオンがいびきをかき始めた。それを見たピュラーは早く帰ろうとする。
「おい、待て。……良いのか?俺が今からお前の職場に行ってもいいんだぞ?」
「……」
(これはカマをかけられているのか?父と師匠直伝で、カリオンの魔法も使っているから、身バレ対策は完璧だ)
「『身バレした?一体どうやって私の正体を知ったんだ?』と言う顔をしているな。お前は知らないだろうが、神は魂の色を見れる。魂の色なんて正体を気づける証拠のほんの一部だ。今まで苦労して足取りを掴んだんだ。気づいているのは俺ぐらいだ、安心しろ」
「……何か私に頼みたいことでもあるのですか?」
「話が早くて助かるよ。俺は君と一度話したくてね。ついてきてくれるか?」
「Yesかはい」しか求めていないその問い。ピュラーの脳には、「ダメだぞ!」とバツマークを両腕で表す父の姿と、「ついでに、根こそぎ情報を奪っちゃえ!」と応援する師の姿。選択が迫られていた。
ピュラーはどのファミリアに所属するか
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ヘスティアファミリア
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フレイヤファミリア