念能力者が行く多重クロス世界 作:匿名のななし
ひしゃげた鉄の扉が床に転がり、もうもうと立ち込める白い埃の向こう側から、殺気に満ちた怒声がいくつも飛んできた。
「なめやがって……ぶっ殺してやる!!」
「ハチの巣にしてやるよ、この野郎!!」
タバコの煙と安っぽい香水、それにこぼれた酒の匂いが混ざり合った、鼻が曲がりそうなくらい空気が悪い地下の部屋。
そこに集まっていた十人以上の男たちが、一斉にこちらに向かって武器を構える。
金属バット、特殊な警棒、ギラギラと光るサバイバルナイフ。
そして、奥のほうにいる数人は、黒光りする銃口を俺に向けていた。
普通なら、ここで両手を上げて命乞いをするか、踵を返して逃げ出す場面だろう。
でも、俺は逃げない。
逃げたら、あのおじさんから手付金としてもらった大金を返さなきゃいけなくなるし、何より、家に帰って二乃の作ったオムライスを食べるという今日の最大のイベントが台無しになってしまうからだ。
「だから、お話し合いって言ったのに。君たち、本当に人の話を聞かない連中だな」
俺はため息をつきながら、右手をポケットからゆっくりと引き抜いた。
奥にいる男の指が、銃の引き金にかけられるのが見えた。
相手が動くのを待つ理由なんてない。
俺は、床のコンクリートを右足で全力で蹴り飛ばした。
ダンッ! という爆発音が足元で鳴り響き、俺の体は弾丸のようなスピードで前に飛び出した。
相手からすれば、俺の姿が一瞬でかき消えたように見えたはずだ。
一番手前にいた、金属バットを両手で振りかぶっていた男の懐に、俺はすでに潜り込んでいた。
「えっ……?」
男が間抜けな声を漏らした瞬間、俺は下から上へと向かって、右の拳を思い切り突き上げた。
狙うのは、相手の顎の先端。
ゴキッ、という嫌な音が部屋に響く。
男の体は、まるで重力というものを忘れたかのように、天井に向かって高く跳ね上がり、そのまま後ろの壁に激突してずり落ちた。
完全に意識が飛んでいる。
「な、なんだこいつ! 撃て! 撃ち殺せ!!」
奥にいた男がパニックになりながら、引き金を引いた。
パンッ! パンッ! という甲高い音が、地下室の壁に反響して耳を劈く。
だが、その弾丸が飛んでくる軌道は、俺の目にははっきりと見えていた。
体をほんの少しだけ右にずらし、弾丸を避ける。
俺の後ろにあった壁に、乾いた音を立てて穴が開いた。
「あぶないなぁ。日本の法律って知ってる? 銃なんて持ち歩いてたら、それだけでおまわりさんに怒られるんだよ」
俺は喋りながら、歩みを止めずに前へ進む。
次に立ち塞がったのは、ナイフを逆手に持ったモヒカン頭の男だった。
「死ねぇ!!」
男がヤケクソ気味にナイフを横に振り回してくる。
俺はその腕の動きを、まるでお遊戯会のダンスでも見るかのような冷めた目で見つめた。
そして、男の右手首を、空中でガシッと掴み取った。
「痛っ! は、離せ!!」
男が顔を真っ赤にして暴れるが、俺の指は万力のように食い込んで離さない。
「こういう刃物はね、リンゴの皮を剥く時に使うんだよ。人に向けるものじゃない」
俺はそのまま、男の手首を握り潰す勢いでギリッと力を込めた。
「ギャアアアアッ!!」
手首の骨が軋む音とともに、男はたまらずナイフを取り落とし、その場にうずくまった。
俺は落ちていくナイフを左手で空中でキャッチし、そのまま後ろの壁に向かって軽く投げ捨てた。
ナイフは壁のコンクリートに深く突き刺さり、二度と抜けないような状態になった。
「ば、ばけもの……! こいつ、人間じゃねえ!!」
残りの男たちが、恐怖で顔を引きつらせて後ずさりし始めた。
さっきまでの威勢の良さはどこへやら、今ではガタガタと膝を震わせている。
彼らは自分たちが常に「加害者」の側にいると信じて疑わなかった連中だ。
だからこそ、自分たちよりも圧倒的に強い「暴力」を前にすると、こうも簡単に心が折れてしまう。
「ほらほら、どうしたの? さっきまでの元気は? ぶっ殺すって言ったじゃないか」
俺はニヤニヤと笑いながら、さらに一歩前に出た。
「来るな! 近づくな!!」
銃を持っていた男が、腰を抜かしながらデタラメに銃を乱射し始めた。
弾丸があちこちに飛び散り、ソファに穴を開け、壁に飾ってあった趣味の悪い絵画を粉々に砕く。
俺は面倒くさくなって、足元に転がっていた木製の丸椅子を拾い上げ、銃を持っている男の顔面に向かって、フリスビーのように投げつけた。
ドゴォッ!!
丸椅子が見事に顔面にクリーンヒットし、男は鼻血を吹き出しながら後ろにひっくり返った。
これで銃を持っている厄介なやつは片付いた。
あとは、残った雑魚どもを掃除するだけだ。
俺は残りの五人ほどの男たちの真ん中に歩いていき、まるでもぐら叩きでもするような感覚で、次々と拳を叩き込んでいった。
みぞおちへの軽いジャブ。
首筋への手刀。
膝の裏を蹴り上げてバランスを崩させ、後頭部を床に叩きつける。
悲鳴を上げる暇すら与えない。
俺は一切の手加減をせず、彼らが二度と俺に向かって拳を振り上げようと思わないように、きっちりとダメージを与えていった。
ものの数分も経たないうちに、部屋の中はうめき声だけが響く地獄絵図に変わっていた。
床には、タトゥーだらけの男たちが、あちこちの関節を曲げてはいけない方向に曲げられ、白目を剥いて転がっている。
俺は軽く手を払い、部屋の奥でただ一人、壁を背にしてガクガクと震えている男のほうへ向き直った。
彼は、この部屋に入った時から一番後ろのふかふかのソファに座って、偉そうに指示を出していた男だ。
つまり、この場所のリーダー格。
ブランド物の派手なスーツを着て、首には太い金のネックレスをじゃらじゃらとぶら下げている。
「ひっ……! くるな、くるな!! 金ならある! いくらでも払うから、俺だけは見逃してくれ!!」
リーダーの男は、俺と目が合った瞬間、情けない声を出して床にへたり込んだ。
「金なんていらないよ。俺はあんたたちにお説教をしに来ただけなんだから」
俺はゆっくりとリーダーの男に近づき、その胸ぐらを掴んで、無理やり立ち上がらせた。
男は俺の顔を見ることもできず、ガチガチと歯を鳴らして震えている。
「いいか? よく聞けよ」
俺は男の耳元に顔を寄せ、わざと低く、冷たい声で囁いた。
「お前らが最近、血眼になって探してるおっさんと、その娘がいるだろ」
その言葉を聞いて、男の体がビクッと跳ねた。
「鳥栖……って名前を出せば、わかるよな?」
「な、なんで……お前が、あの家族のことを……」
男が掠れた声で聞いてくる。
「俺はあのおっさんのバックについてる人間だ。お前らみたいなチンピラが、手を出していい相手じゃないんだよ」
俺は男の胸ぐらをさらに強く締め上げた。
男の顔が、息苦しさで紫色に変わっていく。
「これ以上、あの家族の周りを嗅ぎ回るな。娘の家に近づくのも、父親の会社を調べるのも、全部やめろ。お前らが探してる男は、もうこの世にはいない。それだけだ」
俺の言葉は、ただの脅しではない。
もし彼らがこの警告を無視して再び鳥栖家に近づけば、その時は本当にこの世から消し去らないといけない。
その覚悟があるということを、相手の脳髄に直接叩き込まなければならない。
「わ、わかった……! もう、絶対に近づかない! 誓う! だから、助けてくれ……!」
男が涙と鼻水とよだれを撒き散らしながら、必死に頷く。
「声が小さい。本当にわかってるのか?」
俺は男の体を持ち上げ、そのまま後ろのコンクリートの壁に、思い切り叩きつけた。
ドンッ! という重い音がして、男の口から「がはっ」と空気が漏れる。
「もう一度言おうか? これ以上、あの家族の周りを嗅ぎ回るな。お前らが探してる男はもうこの世にはいない。もし次、あの家族の半径五キロ以内に、お前らの仲間の姿が一ミリでも見えたら」
俺は空いている右手の拳を強く握りしめ、男の顔のすぐ横の壁に向かって全力で叩き込んだ。
ズドォォォォン!!!
ビル全体が揺れるような轟音とともに、厚いコンクリートの壁が粉々に砕け散り、巨大なクレーターのような穴が開いた。
「次はこの壁じゃなくて、お前の頭蓋骨をぶち抜くからな」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!!」
男は目をひん剥いたまま、完全に気を失ってしまった。
「よし、お説教はこれくらいにしておくか」
俺は床に転がっている男たちのポケットを漁り、スマホを次々と回収した。彼らの指紋や顔認証を使ってロックを解除し、組織の裏金がプールされているシノギの口座情報と資金を根こそぎ別のダミー口座へと送金する。
資金源を完全に絶てば、この半グレ組織は事実上の壊滅だ。
そして、俺は自分のスマホを取り出し、裏社会の「同業者」へ電話をかけた。
「あ、もしもし。……健康で若い男の在庫が大量に出たんだけど? そっちの債務者の身代わりにでもしてよ」
電話の向こうから、低く威圧感のある声が短く返ってくる。
『……使えるゴミならもらう』
「助かるよ。住所を送るから、回収よろしく」
数十分後、店の裏口に『カウカウファイナンス』と書かれたスモークガラスのワゴン車が横付けされた。
無表情な屈強な男たちが降りてきて、気を失った半グレたちを手際よく荷台へと詰め込んでいく。
俺は冷たいコンクリートの床に転がる男たちを見下ろしながら、鼻で笑った。
「借金取りに一生飼い殺されるのと、依頼人に殺されるの、どっちがマシだったかな?」
背後からは、うめき声と、すすり泣くような声だけが聞こえていた。
*
地下室から地上へと出ると、外はもう夕暮れ時になっていた。
空は燃えるようなオレンジ色に染まり、ビルの谷間には濃い影が落ち始めている。
通りには、仕事を終えて家路を急ぐサラリーマンや、友達と笑い合いながら歩く学生たちの姿が増えていた。
先ほどまでの血と埃と暴力の匂いが充満していた空間とは、まるで別の星に来たかのような錯覚に陥る。
俺は大きく深呼吸をして、新宿の汚れた空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「はぁ……終わった終わった。これでやっと帰れるぞ」
首の後ろをさすりながら、俺は駅のほうへと歩き出した。
ポケットの中で、手付金の入った封筒がカサカサと音を立てる。
これであのおっさんの家族は救われた。
残りのお金も、近いうちに振り込まれるだろう。
めでたしめでたし。仕事としては大成功だ。
でも、俺の心の中には、なんだかモヤモヤとした、スッキリしない感情が残っていた。
さっきまで俺がボコボコにしていた半グレの連中。
あいつらは確かにクズで、救いようのない悪党だった。
見た目からして柄が悪く、やっていることもチンピラそのもの。
わかりやすい「悪」だ。
でも、俺にこの仕事を依頼してきた、あの鳥栖という男。
ヨレヨレのスーツを着て、メガネをかけて、どこからどう見ても平凡な、疲れたサラリーマン。
娘を愛し、妻を愛する、ただの父親。
あのおっさんのほうが、さっきのタトゥーだらけの連中よりも、よっぽど恐ろしい存在なんじゃないか。
「フツーのサラリーマンみたいなツラしたおっさんが、一番ヤバいんだよな……」
俺は独り言を呟きながら、行き交う人々の顔をぼんやりと眺めた。
すれ違うスーツ姿の男たち。
スマホを見ながら歩いている女の人。
ベビーカーを押している母親。
この平和ボケしたように見える日本の日常の裏側で、あの鳥栖のように、愛するもののために平気で一線を越え、狂気を胸に秘めている人間が、一体どれくらいいるのだろうか。
人を殺し、風呂場で血まみれになって死体を解体し、プランターの土に骨を混ぜる。
そんな狂気じみた行動を、愛というフィルターを通すことで、完全に正当化してしまう。
そして、その隠蔽を完璧にするために、大金を払って俺のような裏の人間を使い、組織を根こそぎ潰させる。
あのおっさんは、自分がやっていることの異常さを理解しているのだろうか。
いや、理解した上で、それでも家族を守るために、喜んでバケモノになる道を選んだのだ。
「やれやれ。俺はただ、ゲームして、美味しいご飯食べて、のんびり生きたいだけなのに。なんでいつも、こんなドロドロした連中と関わらなきゃいけないんだろうな」
俺は夜空に向かって、誰に届くわけでもない愚痴をこぼした。
ヤクザや半グレみたいなわかりやすい暴力よりも、一般人の皮を被った、愛ゆえの狂気のほうが、よっぽどタチが悪いし、恐ろしい。
俺はもう、あんなおっさんとは二度と関わりたくない。
残りの金が振り込まれたら、彼の連絡先は着信拒否にしてしまおう。
それが一番いい。
駅の改札を抜け、電車に乗り込む。
帰宅ラッシュの時間帯になりかけていて、車内はそこそこ混雑していた。
俺はドアの横のスペースに寄りかかり、目を閉じて、ひたすら家に帰ることだけを考えた。
家に帰れば、あいつが待っている。
口うるさくて、気が強くて、でも誰よりも美味しいご飯を作ってくれる、俺の相棒が。
最寄り駅で降りて、見慣れた下町の商店街を歩く。
八百屋のおじさんが店じまいをしている音や、惣菜屋から漂ってくるコロッケの油の匂いが、俺のささくれた神経を少しずつ落ち着かせてくれる。
雑居ビルの前まで来ると、二階にある俺たちの事務所の窓から、温かいオレンジ色の明かりが漏れているのが見えた。
外階段をギシギシと鳴らしながら登り、ドアノブに手をかける。
「ただいまー」
重いドアを開けて中に入ると、それと同時に、たまらなくいい匂いが鼻腔をくすぐった。
炒めた玉ねぎとケチャップの甘い匂い。
そして、じっくりと煮込まれたデミグラスソースの、深く豊かな香りだ。
俺の胃袋が、待ってましたとばかりにグーッと大きな音を立てた。
「遅かったじゃない。おかえり」
キッチンから、ピンク色の髪を揺らして二乃が顔を出した。
黄色のエプロンには、少しだけソースのシミがついている。
「ごめんごめん、ちょっと話し合いが長引いちゃってさ。でも、仕事は完璧に終わらせてきたよ」
俺が靴を脱いで部屋に上がると、二乃は俺の全身をジロジロと下から上まで眺め回した。
「怪我は? どこか痛いところはない?」
「ないない。かすり傷一つないよ。服も汚れてないだろ? 俺の回避能力を舐めないでくれ」
俺がくるりとその場で一回転して見せると、二乃はふうっと大きく息を吐き出して、安心したような顔をした。
「よかった……。本当に、無茶ばっかりするんだから。とりあえず、すぐにお風呂入ってきなさい。その間に、オムライスの仕上げをしておくから」
「イエスマム! カラスの行水で済ませてきます!」
俺は洗面所に直行し、服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。
温かいお湯が、体中にこびりついた見えない汚れや、地下室の嫌な匂いを洗い流していく。
俺は自分の体を石鹸でゴシゴシと洗いながら、今日一日の出来事をもう一度頭の中でリセットした。
もう半グレも、鳥栖哲雄も関係ない。
今の俺にとって一番大事なのは、目の前の夕食なのだ。
パジャマに着替えてリビングに戻ると、テーブルの上には、見るからに輝いている特大のオムライスが鎮座していた。
黄金色に輝くふわふわの卵。
その上には、深い焦茶色のデミグラスソースがたっぷりと、海のようにかけられている。
横には彩りのいいサラダと、コンソメスープが添えられていた。
「うおおおお……! すげえ! 店のやつより絶対うまいだろこれ!」
俺は目を輝かせて、椅子に飛び乗るようにして座った。
「ふふん、当然でしょ。私を誰だと思ってるの。ソースは昨日からじっくり煮込んでおいた特製なんだから、残さず食べなさいよ」
二乃も向かいの席に座り、エプロンを外した。
「いただきます!」
俺はスプーンを手に取り、オムライスの中央に躊躇なく突き立てた。
卵の膜が破れ、中から熱々のチキンライスが顔を出す。
卵とチキンライス、そしてたっぷりのソースをスプーンに乗せ、大きく口を開けて頬張った。
「んんんんっ!!!」
言葉にならない感動が、口の中いっぱいに爆発した。
卵は信じられないくらいトロトロで口の中で溶けていく。チキンライスの酸味と旨味が、デミグラスソースの濃厚なコクと完璧なバランスで混ざり合っている。
「うまい! うますぎる! このオムライスも最高だけど、約束の温泉旅行とカニのフルコースが今から楽しみで仕方ないよ!」
俺が感動して言うと、二乃は得意げに笑った。
「旅行のパンフレット見て、最高のプラン立てておいたから。……で? あのおじさんの件、どうなったの?」
二乃は自分の分のオムライスを小さく口に運びながら、事件の結末について聞いてきた。
俺は口の中のものを飲み込み、水を一口飲んでから答えた。
「ああ。アジトを制圧して、連中のスマホから資金やシノギの口座も全部奪い取って組織ごと解体してきたよ」
「残った連中は、裏の同業者に連絡して、債務者の身代わりとして引き取ってもらった」
その言葉を聞いた瞬間、ヤミ金の恐ろしさを知る二乃は少しだけ顔を引きつらせた。
「……あんたも、えげつないことするわね」
「まあ、殺しはNGだからな。社会の裏側で一生かけて再利用してもらった方がエコだろ」
俺の言葉に、二乃は複雑そうなため息をついた。
「まあ、自業自得ね。これで、あのおじさんの家族もやっと安心して眠れるわ」
二乃はスプーンを置き、少しだけ強い口調で続けた。
「……でも、やっぱりあのおじさんの気持ち、少しだけわかるわ。自分の大切な人が理不尽に傷つけられそうになったら、なりふり構っていられないっていうのは人間の本当の気持ちだと思う」
二乃は顔を上げ、まっすぐに俺を見た。
「もし私が、誰かに命を狙われたり、ひどい目に遭わされそうになったら。あんただって、あのおじさんみたいに相手をボコボコにしてくれるでしょ?」
少し上目遣いで聞いてくる彼女に、俺は心臓がドキンと跳ねるのを感じた。
「……俺専属の優秀なアシスタントを失ったら、旅行の手配も美味しいご飯もなくなっちゃうからな。その時は、地の果てまで追いかけてぶっ飛ばすさ」
俺が顔を赤くして必死に照れ隠しの言い訳をすると、二乃はプッと吹き出した。
「何よそれ、私を便利屋扱いしないでよね。本当に、あんたみたいなヘタレには期待してないわ」
そう言ってそっぽを向いたが、その耳の先は少しだけ赤くなっていた。
俺は残りのオムライスを、一気にかき込んだ。
美味しいご飯と、口うるさいけど可愛い相棒。
そして、この少しだけ古臭い事務所の空間。
外の世界には、狂気や暴力が溢れているけれど、ここだけは、俺が絶対に守り抜きたい平和な場所だ。
「ごちそうさま! めちゃくちゃうまかった!」
俺が空になった皿を両手で押し出すと、二乃は満足そうに微笑んだ。
「お粗末様。明日も美味しいもの作ってあげるから、しっかり働きなさいよ、所長さん」
「イエスマム! 明日からは温泉旅行のために、平和な依頼だけを全力でやらせていただきます!」
俺は大きく伸びをして、幸せな満腹感に浸りながら、窓の外の夜空を見上げた。
明日もまた、このイカれた世界で、俺たちの日常が続いていく。