念能力者が行く多重クロス世界   作:匿名のななし

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06 名探偵との遭遇③

 目の前にいるこの少年は、ただのませた子供じゃない。

 行く先々で人が死に、建物が吹き飛ぶ。関わった人間はだいたい泣き崩れるか、手錠をかけられるか、あるいはその両方だ。

 俺はこのイカれた世界で生きていくために、色々なヤバい奴らの情報を頭に叩き込んできた。中でも、この「メガネに蝶ネクタイの子供」は、関わってはいけないランキングの常にトップにいる。

 だって、彼がいるだけでそこは事件の舞台になるんだから。

 

 でも、今は状況が違う。

 俺たちはすでに、事件のど真ん中に放り込まれてしまっている。ビル全体が乗っ取られ、あちこちに爆弾が仕掛けられているという、最悪のシナリオの真っ最中だ。

 俺一人なら、二乃を抱えて窓ガラスをぶち破り、壁を伝って逃げるくらいのことはできるかもしれない。でも、それでは依頼を放棄したことになるし、そもそもあの爆弾の規模がどれくらいなのかもわからない。もし逃げている途中でビルが丸ごと吹き飛んだら、いくら俺でも、落ちてくる瓦礫の山に押し潰されてペチャンコになる。

 痛いのは嫌だ。苦しいのも嫌だ。

 なら、どうするのが一番安全か。

 

 答えは一つ。

 この事件というゲームの、主役の味方につくことだ。

 

 俺はしゃがみ込み、少年の目の高さに視線を合わせた。

「ねえ、君。さっきのボールキック、本当にすごかったね。あのままだったら俺、蜂の巣になってたかもしれない。助かったよ」

「えへへ、そんなことないよ。お兄さんがしっかり盾になってくれたからだよ」

 少年は照れたように笑うが、その奥の目は全く笑っていない。

 俺の体の硬さの理由を、まだ探っているような鋭い視線だ。

 

「それでさ、君に一つお願いがあるんだけど」

 俺は声を潜めた。

「君、すごく頭がいいよね。さっきの敵の倒し方とか、大人の俺でも思いつかないくらい完璧だった。だから……俺たちと手を組まないか?」

「えっ?」

 少年が目を丸くする。横にいた二乃も、「はぁ?」という顔で俺を見下ろした。

「ちょっと八雲、あんた何言ってんの? こんな子供を巻き込むつもり!?」

「静かにしてて、二乃。この子は普通の子供じゃない。俺の勘がそう言ってる」

 俺は二乃を手で制し、再び少年に向き直った。

「俺たちは、大黒のオッサンを守るために雇われた。絶対に彼を見つけ出さないといけない。でも、俺は頭を使うのが苦手でさ。力仕事と、こうやって体を張ることくらいしかできないんだよ」

 自分の胸をトントンと叩く。

「君の推理力と、その不思議なサッカーボール。そして俺の頑丈な体と、二乃のサポート。これなら、このビルを占拠してる連中を全員ぶっ飛ばして、爆弾も何とかできるんじゃないかと思うんだ」

 

 少年はしばらく黙って、俺の目を見つめ返していた。

 その瞳は、子供のものではない。もっと達観した、修羅場を何度もくぐり抜けてきたような大人の目だ。

「……お兄さん、自分の体が弾を弾ける理由、ちゃんと説明してくれる?」

 低い声の探り。やっぱり、そこは気になるよな。

「うーん、説明するのは難しいんだけど……気功みたいなものだと思ってくれればいいよ。ほら、中国の達人が槍の先を喉に当てても刺さらないみたいな、あれのすごい版だ。俺、そういう修行をずっとやってきたから」

 適当な嘘を並べる。少年は小さく鼻を鳴らした。

 信じていないのは丸わかりだが、今は追求しても仕方ないと判断したのだろう。

「わかった。ボクも、大黒さんを見つけたいし。一緒に行こう、お兄さん」

 力強い頷き。

 

 よっしゃ、交渉成立。

 これで俺が生き残る確率はぐんと跳ね上がった。名探偵が味方にいるなら、もう何も怖くない。どんな難事件も凶悪犯も、彼が最後は全部解決してくれるんだから。

 

「じゃあ、作戦会議ね」

 少年が床に落ちていた見取り図のパンフレットを広げた。

「ここは四十二階の空きテナント。大黒さんがいるVIPラウンジは五十階。あと八フロアある」

「じゃあ、一気に五十階まで登るのか?」

「その前に、四十五階に寄らないと。今日はこのビルの完成を記念して、四十五階の展望レストランで大きなパーティが開かれてるんだ。そこに招待されたお客さんたちが、犯人たちに閉じ込められてるはずだよ」

「お客さんが? どれくらいいるんだ?」

「たぶん、百人くらいはいると思う」

「ひゃ、百人……」

 俺は頭を抱えた。そんな大勢の人間が人質に取られているなんて。

「しかも、犯人たちはそこを見張りの拠点にしてるはずだよ。お客さんを盾にすれば警察も手出しできないからね。まずはそこをどうにかしないと、上の階には行けない」

 少年の言う通りだ。下から警察が突入してきても人質がいれば膠着状態になる。俺たちがこっそり上に登ろうとしても、拠点から応援が駆けつけてきたら挟み撃ちにされる。

 

「よし、じゃあまずは四十五階だな。どうやって登る?」

「空調のダクトを使おう。このビルは最新のシステムを入れてるから、ダクトの幅が広めに作られてるはずなんだ。ボクの体なら余裕だし、お兄さんたちも少し窮屈かもしれないけど通れると思う」

 少年が天井の通気口を指差した。

 

 ダクトの中は、完成したばかりのピカピカのビルらしく、真新しい金属と接着剤の微かな匂いが漂っていた。ほこりで服が汚れる心配が少ないのはありがたいが、狭い金属の筒の中を這って進むのはやっぱり骨が折れる。

 金属が擦れる小さな音と、自分たちの息遣いだけが響く。

 しばらく進むと、下の様子が見える格子のついた吹き出し口にたどり着いた。

「ここが四十五階のレストランだよ」

 少年が小声で言い、格子の隙間から下を覗き込む。俺も顔を近づけた。

 

 そこは、広々とした豪華なフロアだった。

 シャンデリアの明かりの下、ドレスやスーツで着飾ったお客さんたちが床に座らされている。みんな恐怖で顔を青ざめさせ、小さな子供は親にしがみついて泣くのを我慢している。

 そして、その周囲をぐるりと囲むように、真っ黒な服を着て目出し帽を被った男たちが立っていた。全員が、鈍い光を放つ長いアサルトライフルを構えている。

 ざっと数えて、十人はいる。

「うわあ……多いな。しかもみんな、頭の先から足の先まで武器だらけだ」

 二乃が俺の背中をつついた。

「どうするのよ八雲、あんた一人で十人も相手にできるの?」

「んー……、出来ないわけじゃないけど、ちょっとなぁ。それに、流れ弾がお客さんに当たったら大惨事だ」

「お兄さん、あそこを見て」

 少年が指差す先を追う。客の集団の一番前、犯人を鋭く睨みつけている男女がいた。赤いドレスを着た髪の短い女性と、少し頼りなさそうなスーツ姿の男性。

「あの二人が……?」

「警視庁の佐藤刑事と高木刑事だよ。今日は非番で、知り合いの付き添いでパーティに来てたみたいなんだけど」

 いや、それ非番じゃなくて完全に事件に巻き込まれるためのキャスティングじゃないか。あの女刑事、ニュースでよく見るぞ。走る車に飛び乗ったり、プロレスラーみたいな技で犯人を投げ飛ばしたりする警視庁の人間兵器だ。

「あの二人がいれば、お客さんを逃がすサポートをしてくれるはずだよ」

 少年が自信満々に言う。なるほど、それならいけるかもしれない。

 

「よし、作戦を立てよう」

 少年はポケットから小さな丸いバッジと、腕時計をいじり始めた。

「ボクがこの探偵団バッジを遠くに投げて、声を出して敵の気を引く。それと同時に、一番厄介そうなリーダーをこの腕時計で眠らせるよ」

「眠らせるって……麻酔か何かか?」

「うん、博士が作ってくれた特別なやつなんだ。針が飛んで、一瞬で眠らせることができる」

「……」

 小学生が麻酔銃を持っている世界。ツッコミは放棄する。深く考えたら負けだ。

「わかった。敵の気が逸れた瞬間に俺が飛び降りてヘイトを集める。……二乃、いけるか? 俺が暴れてる隙に死角から降りて、残りの連中を確実に制圧できるか?」

「当たり前でしょ。誰に向かって言ってんのよ。しっかりサポートしてあげるから、あんたは存分に暴れてきなさい」

 二乃が気丈に頷き、手首の関節をポキリと鳴らした。

 

 俺は通気口の格子のネジを外し、いつでも蹴り破れるように手元に引き寄せた。ずっしりと重い金属製のカバーだ。

「行くよ」

 少年がバッジを格子の隙間から、フロアの奥のシャンパンタワーの裏あたりに向かって軽く放り投げた。カチン、と小さな金属音が響く。

 そして、少年が蝶ネクタイの裏にあるダイヤルを回し、口元に手を当てた。

 

『おい! こっちだ! ネズミが隠れてるぞ!』

 

 ホールに、大人の男の野太い声が響き渡った。ドスの利いた、いかにも裏社会の人間らしい声色だ。メガネの小学生が発しているとは到底思えない。

「なんだ!?」

「あっちから声がしたぞ! 誰か潜り込んでやがる!」

 犯人たちの視線が一斉にシャンパンタワーの方へ向く。

 その瞬間。

 プシュッ、と小さな音が少年の腕時計から鳴った。ホールの中央で指示を出していたリーダー格の男が、突然首のあたりを押さえ、フラフラとよろけたかと思うとそのまま床にドサリと倒れ込んだ。

「リーダー!? どうした!」

 犯人たちが完全にパニックに陥る。

「今だ!」

 

 俺は外しておいたダクトの重い金属カバーにオーラを込め、フリスビーのように全力で投げつけた。

 ギュルルルッ!

 空気を裂いて飛んだカバーが、慌てふためく犯人二人の胴体をまとめて薙ぎ払う。「ぐぼぁっ!」というくぐもった悲鳴とともに二人が吹き飛び、カバーはそのままの勢いで大理石の柱に深々と突き刺さった。

 

 男たちが何が起きたか理解するより早く、俺はダクトからフロアへと飛び降りた。

 着地の音を消すために足の裏にオーラを集中させ、トンッ、と軽い音とともに大理石の床に降り立つ。

「なんだあいつ!」

「上から来やがった! 撃て!」

 犯人の一人が俺に気づき、銃口を向けて引き金を引く。

 ダダダダダッ!

 俺は両腕を顔の前に交差させ、全身の筋肉を岩のように固めた。

 カンカンカンカンッ!

 腕に重いパンチを連続で食らったような衝撃が走り、激しい火花が散る。服の袖がビリビリと破れ、素肌に直接熱い金属がぶつかって弾け飛んだ。

 

「痛い痛い痛い! だから痛いって言ってんだろ!」

 俺は叫びながら、床のタイルが砕けるほどの力で足を踏み込んだ。

 視界がブレるほどの超加速。

「なっ……消えっ──」

 男が驚愕の声を上げる前にその懐に飛び込み、腹に拳をねじ込む。

 一人目が「くの字」に折れ曲がって吹き飛ぶのと同時に、俺はすでに隣の男の背後に回り込み、首筋に手刀を振り下ろしていた。

 

 犯人たちの注意が完全に俺に釘付けになったその隙を突き、ダクトから二乃が音もなく飛び降りた。

 彼女は教え込んだ『纏』を脚に集中させ、落下と同時に一番近くにいた犯人の後頭部へ鋭い踵落としを叩き込む。

「えい! 次!」

 男が白目を剥いて倒れる。二乃はそのまま流れるような動きで身を屈め、隣の男の膝裏を蹴り抜き、バランスを崩したところを容赦なく鳩尾へ掌底を突き入れた。

 

 それを見たドレス姿の佐藤刑事が、即座に動いた。

「高木くん! お客さんを出口へ誘導して!」

「は、はいっ!」

 佐藤刑事は、ドレスの深いスリットから覗く長い脚で、近くにいた犯人の顔面に強烈なハイキックを叩き込んだ。

 ドゴォッ!

「おらぁっ! 舐めてんじゃないわよ!」

 ……えっ、刑事だよね? その蹴り、プロの格闘家より鋭いんだけど。男がコマみたいに回って倒れたぞ。

 

 俺と二乃、そして佐藤刑事の理不尽なまでの制圧力の前に、犯人たちは完全に戦意を喪失していく。

「こいつ、弾が効かねえ!」

「化け物か!」

 数分もかからずに、ホールの男たちは全員、床に転がって呻き声を上げるだけになった。二乃が倒れた犯人の銃を足で遠くへ蹴り飛ばして回る。

 

「よし、これで全員だね」

 佐藤刑事がドレスの埃を払いながら、俺たちの方を見た。

「あんたたち、何者? 素手で銃弾を弾き返してなかったかしら?」

「いやあ、ちょっと骨が丈夫なだけで……牛乳たくさん飲んでるんで」

「……まあいいわ。助かったわ、ありがとう。それに、コナンくんもね」

 佐藤刑事が、ダクトから降りてきた少年の頭を撫でる。

 あー、やっぱりコナンくんだよね。分かってた。

 お客さんたちは高木刑事が誘導して、非常階段から下の階へと逃げていく。犯人が見張りを置いていない安全なルートを、少年が事前に見つけていたのだ。

 

「これで一安心ね。お客さんが全員逃げたら、私たちも応援を呼びに……」

 佐藤刑事がそう言いかけたが、俺は首を横に振った。

「いや、刑事さんたちはここを頼む。俺たちにはまだ、やらなきゃいけない仕事が残ってるんでね」

 俺は床に落ちていたアサルトライフルを足で軽く蹴り飛ばし、天井を指差した。

「二乃、立てるか? パーティの客はあの高木って刑事が非常用の階段から逃がしてくれたみたいだし、ここの見張り連中も全員片付いた。でも、まだ俺たちの依頼人である大黒のオッサンを見つけてないんだよな」

 俺はジャケットの肩についたほこりを手で払いながら、上の階がある天井のほうを指差した。

「上のフロアに行くぞ。オッサンは五十階の特別な部屋にいるはずだ」

 

 少年が俺のズボンの裾をツンツンと引っ張った。

「この四十五階の大きな騒ぎに気づいて、上の階にいる犯人たちがもっと警戒を強めているはずだよ。大黒さんがいる五十階まで、あと五階分ある。階段を使って一気に登るしかないね」

「さっき通ってきた空調の通り道はもう使えないの?」

 二乃が少し嫌そうな顔で、天井の通気口を見上げる。

「うん。犯人たちが通気口を塞ぐように家具を動かしている音が聞こえたから、あの中に入るのは危ないよ」

 少年の言葉を聞いて、俺はこっそりと胸を撫で下ろした。

 あんな狭い筒の中を這いつくばって進むなんて二度とごめんだ。息苦しくて仕方ない。

 

「よし、じゃあ階段だな。貴方はどうします?」

 俺が振り返って尋ねると、佐藤刑事は落ちていた犯人の銃を素早く拾い上げ、慣れた手つきで構え直した。

「私は、高木くんたちと一緒に下へ逃げたお客さんたちの誘導と、安全の確保に回るわ。それに、この階にまた別の敵が上から降りてきたら、ここで食い止めないといけないしね」

 彼女の目には、警察官としての強い使命感がメラメラと燃えている。

 こんな動きにくいドレス姿なのに、構えた銃の姿がこれ以上ないくらい様になっている。本当に、この世界の住人はどこかネジが飛んでいるとしか思えない。

「わかりました。ここは任せます。無理はしないでください」

「あんたたちこそ気をつけて」

 佐藤刑事に背を向け、俺たちは避難用の階段が続く重い扉を開けた。

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