高専敷地内にある道場で薊は大の字に寝そべっていた。滝のような汗を流し、荒い息を吐く。
そんな薊の様子を五条は汗どころか服の乱れ一つないまま静かに見ていた。
「あ〜……しんど……」
「キツそうだね〜」
2人が出会ってから数ヶ月。薊の保護者への説明と手続き諸々を終わらせた五条は薊に約束通り呪術師としての指導を行っていた。今は基礎の一つである体術について教わっており、つい先程まで組み手を行っていたところだった。
結果はもちろん薊の惨敗。片手で五条に投げられ、その度に床に転がされている。
「薊って身体の動かし方上手だよね。なんか習ってたの?」
「とくには……偶に地元のヤンキーと半グレに喧嘩売られたりするんで、そいつらしばき回して返り討ちにしてましたね」
「絶対それじゃ〜ん。まぁ、喧嘩慣れしてんのもあるんだろうけど、単純に生まれつき身体能力と格闘センスが高いんだろうね。このまま頑張れば僕を超えられるかもよ?」
「余裕綽々で、喧嘩慣れしてるガキ転がしてる人に言われても嫌味にしか聞こえねぇんすよ。」
苛立ち混じりに吐き捨てながら身体を起こす。手で額の汗を拭った薊は以前から浮かんでいた疑問を五条に問うた。
「五条さんさ。なんで体術こんなしつこいくらいに教えんの?近接強いほうがいいのはわかるけど、なら刀とか槍みたいな得物使うほうが手っ取り早くない?」
ここ何週間か、薊は座学よりも体術について五条から多く教わっていた。必要最低限、守るべき規定や呪術的な知識等は教わるがそれらは精々30分程。残りの時間は学長手製の呪骸を使った呪力操作の訓練と組手に注がれていた。
ここまで執拗に体術を教えるのは、なにか理由があるのかと思い質問した薊に五条は良い質問だね、と言わんばかりに笑みを浮かべて答えた。
「確かにそっちのほうが手っ取り早くはあるよ?実際タイプによっては得物を主軸に修行進めたりするしね。」
いつの間にか取り出したボールペンに呪力を込めながら手のひらで回し始める。
「でも、基礎的な呪力操作ができてないうちに得物に頼り切りなると呪力操作が疎かになりかねないんだよね。そうなると得物がなくなった途端、呪力操作がグダってやられました、みたいなことになりかねないし。」
手元で回しているペンを術式で転移させ、器用に持ち替えながら五条は言葉を続けた。
「後、コレは僕の経験則だけど最後に頼れるのは得物じゃなくて自分の体だからね。いざとなれば体術だけでゴリ押せるレベルになってほしいっていう僕の願望かな。」
「なるほど……」
納得した様子の薊を見て満足げな笑みを浮かべながら五条は言葉を続けた。
「とはいえ得物で補強すんのは全然ありだと思うから、薊の呪力操作がもうちょい安定してからそっちも始めようか。」
「うっす。…ありがとうございます。教えてくれて。」
「薊が納得できたならいいよ。じゃあ組み手、再開しよっか」
立ち上がり構える薊を横目に、五条も構えて組み手を再開させた。
その後の結果も変わらず薊が五条に投げられ続け、薊は最後まで五条に一撃も入れることなくその日は終わった。
※※─────※※
「いや〜ボロいね。」
とある街の外れにある廃病院。五条は自身の任務に薊を連れてやって来ていた。街路樹から落ちた枯葉を踏みながら二人は廃病院の門をくぐる。
任務内容は極めてシンプルで、ここ数週間の間に肝試しでこの廃病院に入り、失踪した人間の救助と呪いの祓除というもの。
窓の事前調査により呪霊が複数確認されたが、どれも精々、2級程度。任務の内容だけ見れば他の術師でも十分こなせるレベルのもので如何に術師の数が足りないとはいえ本来、五条に回されるような案件ではない。
それなのに今回の件が五条に回されたのは、単純に対立している上層部からの嫌がらせだった。
「上のジジイにいいように使われるのはクソムカつくけど、実地で教えるのに丁度いい機会だしね。まぁ、利用させてもらうかな」
ヘラヘラと笑いながら五条は隣を歩く薊の頭を撫でるが、すぐにその手は振り払われた。
「今回の件は十中八九呪いの仕業だ。救助と呪霊は僕がやるし、薊は救助した人のこと見といて。もしそっちに何体か行ったら迎撃してね」
まぁ、死体になってる可能性大だけどね〜、と人でなし丸出しの発言をする五条に引きながら薊は口を開く。
「いいけどさ。もし、俺がしくって救助対象を怪我させたり死なせたりしたら、どうすんの?」
「そん時は僕がどうとでもするよ。それに大丈夫でしょ。薊強いし。」
「適当すぎない?」
些か適当すぎる五条に若干の不安を覚えている間に呪霊の群れがいる中庭に到着。芋虫と熊を雑に合体させたような巨軀の呪霊が、人間の死肉を食らっている。呪力量からしてあれが親玉だろう。
ボス呪霊のすぐそばには中型犬サイズの呪霊が複数おり周囲に散らばった残飯を漁っていた。その内、何体かはまだ生きてる女性を取り囲んでいる。よく探したわけではないが周りには腐った死体しかないので生き残りは彼女だけだろう。
「じゃ、片してくるし。後はお願いね。」
術式を使い一瞬で呪霊共の群れに突っ込む五条。女性に群がっている呪霊を片手間に鏖殺した後、女性を薊の近くに転移。そしてボス呪霊と残りの木っ端の始末にかかった。
「うわぁ…一方的。」
脈を測り生存を確認した後、応急処置を施した薊の目の前で繰り広げられていたのは一方的な虐殺だった。
報告された当初よりも高い等級、恐らくは1級ほどの呪霊を体術だけで圧倒し、その片手間で周囲の取り巻きを術式で圧殺している。
呪霊に対して特に同情の気持ちはないし、する気もないが、こうまで一方的に殺される姿はいっそ憐れだった。
突然始まった蹂躙をどうにか逃げ果せた、下っ端の呪霊3体が薊の方に向かってくる。五条には勝てないと判断しせめて、仕返しとして薊を殺す算段なのだろう。
明らかに舐められている。自身よりも格下の木っ端の呪霊に。その事実は薊を苛立たせるには充分だった。
苛立ちのままに、人差し指と中指を立てて向かってくる呪霊に向け術式を解放した。
「
放たれた斬撃が呪霊2体を両断する。かろうじて避けていたもう1体は敵わないと判断したのか逃走を始める。逃げようとする呪霊に向け薊は黒い羽を顕現させ、再び術式を行使した。
「
瞬間、羽と呪霊の位置が入れ替わり薊の眼前に呪霊が現れた。
──薊の術式、八咫操術は4つある術式効果を操る。最大で同時に操れるのは2つまで。
先程、行使した黒爪は飛ぶ斬撃の放出。そして今使用した黒翼は、範囲内にある一定以上の呪力を有する物と羽の位置の入れ替えだった。
何が起こったか理解できず辺りを見回す呪霊に呪力を込めた拳を叩き込み、そのまま殴り潰した。
「ん〜……」
拳についた血を払いながら薊は考える。
───救助者の安全考えるなら、別に黒翼を使ってこちらに転移せなくても、黒爪を飛ばせば仕留められたのでは?引き寄せるんじゃなくて、自分を転移させて間合いを詰めればよかったんじゃ?
頭の中で自己反省会をしているうちに五条の方も終わったようだ。息切れも、衣服の乱れも汗の一つもなく悠然と向かってくる姿を見て、改めて自身がどれだけ未熟かを痛感していた。
「お疲れ薊。そっちも上手くやれたみたいだね」
「一応は。………五条さんさ。帰ったら稽古つけてくんない?」
「やる気だね。でも今日は休みな。あんまり根詰めるとよくないし。」
「………うっす。」
湧き出たやる気は五条に諭されて直ぐに萎んだ。地道にやるしかない。不満をどうにか噛み殺しながら薊はそう考えた。
・小鳥遊 薊
割と不良。喧嘩慣れしてるから割と接近戦はイケる。今は五条に無駄な動きを矯正されながら地面に転がされてる。術式が便利。
・五条 悟
薊に見取り稽古っぽいことさせる為に舐めプしてた。雑魚の殲滅と救助以外で術式使ってない。とはいえ素の体術とか諸々が早すぎるので、薊は殆ど目で追えてなかった。教え方とか模索中。