東京都立呪術高等専門学校。五条との出会いから月日が流れ、春から薊はそこに通っていた。同期は一人もおらず一年生は彼一人だった。
成長期で180まで伸ばした身長。その長い脚を行儀悪く机に乗せながら薊はある問題に頭を悩ませていた。
「コネがな〜い」
入学前から任務をこなし呪霊を狩り続けた結果、薊の等級は入学する前に二級術師となっていた。
一般的な術師の頭打ちの等級である二級に学生の時点で上り詰めた薊は術師としては充分な実力の持ち主だった。そこそこ旨味のある報酬とこれまでの呪霊討伐の経験から薊は更に上、1級術師を目指していた。
──1級は権限強いから、任務の裁量をある程度自分でイジれる。それに1級でしか出せない要請も出せるし任務で問題があった時、それ使って自分で対処るようなっときたい。後、毎回命張ってるんだからシンプルに報酬に旨味が欲しい──
打算と少しの欲に塗れた動機。だが薊にとっては切実だった。
「マジでコネがないんだよな。五条先生は担任だから推薦できないし………そもそも1級相当2人の推薦ないとダメな時点でハードルが……」
悶々と悩んでいると、教室のドアが開き空気を読まない能天気な声が聞こえてきた。
「薊、暇してるかなー!?」
「うわぁ……」
やって来たのは先程の独り言の中で名前に出した人物、五条悟。入学前から関わりがあったが入学し担任となってからはより関わる機会が増えていた。
関わる機会が増えれば必然的に、その人の人となりを更に目にする機会も増えていくわけで。日頃のチャランポランでいい加減な行動、そしてワガママを見続けた結果、薊は五条のことを術師としては尊敬しても人としては尊敬しなくなっていた。というか薄っすら軽蔑し始めている。
「1級推薦のコネがないんでしょ?このGTGにまっかせなさーい!!」
こいう時の五条に任せると大抵碌でも無いことにしかならないが手詰まりなのも事実だった。
一般家計出身だから呪術界とは何らコネがないし、一年生だから交流会にも出れない。乗るしかない、と腹を括り机に乗せてた脚を降ろして姿勢を正した。
「また伊地知さんみたいな人に無理くりやらせたんじゃないの?」
「大丈夫、大丈夫!快諾してくれたから。とりあえず一緒に任務行ってみるって!」
「なら良いけどさ」
不安を拭えないまま薊は五条の後ろについて教室を出た。
「脱サラ呪術師の七海建人くんでぇ〜す!!」
「その呼び方やめてください。………初めまして。七海です」
「小鳥遊です。」
肩を組んできた五条を心底鬱陶しそうに払い除けながら七海と薊は挨拶を済ませていた。
何となく噂では聞いていた一般企業から呪術界にで戻ってきた変わり者、七海建人。五条の後輩で戻ってきてすぐに1級へと駆け上がった実力者。何故、一度辞めたのに戻ってきたのか。
こう言っては何だが、一般社会から肥溜め同然の呪術界に戻る意味はあまり無い。何かあるんだろうなと、とりあえず自身を納得させた。
そんなこんなで今回の任務について補助監督から説明がなされた後、推薦の話になった所で七海が口を開いた。
「私は反対です。一年生の段階で既に二級。このまま何事もなければ在学中に一級へと上がれるでしょうし焦る必要はありません。何より一級となるには経験が足りない。小鳥遊くん。君は昇級についてどう考えていますか?」
どこが快くだ。最初から反対してるし、何なら理路整然と反対理由を説明したぞこの人。苛立ちのまま薊が五条に視線を向けると、視線を向けられた五条は無言でサムズアップしてきた。シンプルド畜生が。
「…………任務で何か問題があった時、自分で対処できるようにしたいんですよ。一級にしか通せない要請とか使えますし。後、もっと金が欲しい。これじゃダメですか?」
「ダメとは言いませんが打算だけでやっていけるほど、この業界は甘くありません。呪術師に求められるのは如何なる正論、倫理、道徳を説かれようと揺るがず、それらを嘲笑い、叩き潰せる程に圧倒的な自己。そして、それを通せるだけの実力です。」
「……俺には自己も実力もないと?」
「そこまでは言っていません。ですが現状、君と私は初対面です。それ故に私は君がそれだけの自己と強さがあるかわからない。今回の任務はそれらを推し量るためのものです。」
「はーい!!そこまで!お互いの主張はわかった所で任務行っといで〜!」
お互いにヒートアップしそうになった所で五条が間に入った。強引に二人を任務に送り出した五条は二人の背中を見ながら思考する。
──七海の発言は純粋な心配と、ちゃんとイカれてるか確かめるためのやつかな?まぁ、薊もちゃんとイカれてるし実力もある。今回の任務でその辺のことが、ちゃんと伝われば大丈夫でしょ──
❁❁
シャッター街のアーケードを薊と七海は歩いていた。所々に書かれた落書きを横目に二人は無言で歩を進める。暫くして薊が口を開いた。
「七海さんは何で呪術師に戻ったの?言っちゃアレだけどこの業界マジで糞だし……正直、戻るメリットないでしょ?」
「…………学生時代、呪術師としての活動の中で苦渋と挫折を味わい、その時に呪術師はクソと悟ったので一般の道に進みました。ですが一般社会も同じくらいロクでもなかった。自分が向いているのはどちらか考えた時、呪術師としての生き方が性に合ってると気づき戻ってきた。理由はそれだけです。」
「なるほど?」
「君は……何故、呪術師になったのですか?」
「聞いてるんじゃないですか?五条先生とかに」
今回みたいに合同で任務を行う場合、担任である五条が七海に薊について軽く説明されるはずだ。何より薊は色んな意味で有名だった。世間にいる不特定多数の人間が薊のことを知るくらいには。そこから大まかなことくらいは想像つくとは思うが。
「大まかに五条さんから説明を受けましたがパーソナルな部分については聞いていません。それから……メディアに流れた情報程度は知っています。」
「さいですか。」
ある程度知ってるなら話が早い。頭の中で簡略化させた身の上を七海に話した。
「小6の時に弁護士やってた母親が殺されたんですよ。裁判の結果に納得がいかなかった相手の遺族に。で、そこから世間様から叩かれて、学校でもイジメられて。かと思えば色々あって母の汚名が雪がれて急に悲劇の遺族扱いして。」
思い出すだけで腹の底に溜まった呪詛がのたうち回る。それを制御し自身の呪力としながら言葉を続けた。
「まぁ、ムカつくんですよね。世間の奴ら……無責任な正義を振りかざす奴らが。呪術師やってるのはその八つ当たりですね。呪霊っていう殺しても怒られない奴らがいて丁度いい。だからやってます。」
「………八つ当たりというのであれば、他にも手段があるのでは?呪霊は君が嫌悪する世間が生み出した、言ってしまえば廃棄物です。世間の尻ぬぐいをする道理はないでしょう。」
「まぁ、そうなんですけどね〜…」
少し悩んだ後、薊は口を開いた。
「世間の奴らが嫌いなのはそうなんですけど、それ以上に呪霊が嫌いなんですよ。いるだけで不快と言うか。それを無視して暮らしている、同じ空気を吸ってるって事実が気持ち悪いんですよね。だから少しでも減らしたい。理由とか責任とかは後付けでって感じです。」
「イカれてますね。」
「褒めてます?」
「ええ。この上なく」
「そりゃどうも。」
そうこうしているうちに、目当ての呪霊の元に辿り着いた。七海は鉈を取り出し、薊は鯉口を切ると同時に術式を展開。黒翼により生成した無数の羽を周囲に撒き散らした。
目の前の呪霊─3m程ある身体を持ち、剥き出しになった骨が特徴的な人狼のような容姿をした、ソレはグチャグチャと音を立てながら人間と呪霊の屍肉を食らっている。食べるのに夢中で2人に気付いた様子はなかった。
「仕掛けます」
「えぇ、お願いします。」
居合の要領で刀を抜き放つと同時に薊が仕掛ける。
「黒爪」
"刀を振るった軌道上に斬撃を飛ばす"縛りにより、威力と速度が増幅された斬撃が呪霊目掛けて飛ぶ。
二人に気づいたのかこちらを向いてきた呪霊。その顔面に斬撃が直撃し呪霊が仰け反った。だが、薄く跡が付いただけでダメージはなかった。
呪霊が体勢を戻すよりも前に、間合いを詰めていた七海が鉈を振り下ろした。
「フンッ!」
十劃呪法。対象に強制的に弱点を作り出す術式。七対三の比率の点に作り出された弱点に七海の鉈が命中。なまくらの刃が呪霊の肉を抉り血を流させた。薊のものよりも深いが、致命傷にはほど遠いものだった。
即座に呪霊が七海に反撃を仕掛けるがいなされ、代わりに脇腹に蹴りを入れる。術式による一撃は呪霊の脇腹を抉り抜いた。
黒翼の位置替えで間合いを詰めていた薊が至近距離で黒爪を浴びせる。飛ぶ斬撃と刀による一撃が呪霊の肉を切裂く。最初の時よりもダメージは入ったがやはり致命傷にはほど遠かった。
七海と共に黒翼で距離を取り呪霊の術式について推測する。
「斬撃の通りが悪いっすね。初撃はダメージ無しで七海さんのやつと、至近距離の黒爪は通りはしたけどダメージが薄い。」
「ですが打撃は通っていました。"斬撃によるダメージの軽減"恐らく奴の術式はそれでしょう。私の一撃と君の至近距離の斬撃が通っていましたから軽減できる上限と下限がある。どうしますか?」
「殴り潰します。」
刀を鞘に収め、変わりに拳を構える。そして両拳に黒い炎が纏わりついた。
「
両拳に纏う黒い炎、反転術式と同じ正のエネルギーが込められたソレを見た呪霊が一瞬後ずさる。そして口から呪力の塊を吐き出した。
呪力の塊を躱し、位置替えで近づいてきた二人に向けて呪霊は爪を振るった。
振るわれた爪をスレスレで避け、頬を僅かに切り裂かれながら薊は拳を叩き込む。呪霊の胴体が抉り抜かれ、傷口は退魔の炎に焼かれ再生できない。堪らず距離を取ろうとした呪霊だがその隙を見逃すほど一級術師は甘くない。七海の鉈が呪霊の脚に迫る。
「初撃で軽減できる斬撃の上限はある程度、図れたので。ゴリ押しはあまりしないんですが今回くらいは良いでしょう。」
振るわれた鉈は呪霊の脚を一撃で切飛ばした。体勢を崩した呪霊の顔面に薊の拳がめり込む。抵抗するまもなく頭蓋を弾けさせながら呪霊は塵となって消え去った。
「推薦の件は検討させてもらいます。実力は申し分ない。後は中学校の時のように、素行不良を起こさずに過ごしてください。」
任務後、高専で七海にそう釘をされた。不良扱いされたことに不満を覚え、伊地知にそのことを愚痴ると苦笑いを浮かべながら伊地知は答えた。
「言いづらいですが小鳥遊くん、中学でそれなりにヤンチャでしたよ?不良と喧嘩したりしてましたし」
「でも、一、二回しかしてないよ?それに全部相手が仕掛けてきたやつだから正当防衛じゃない?」
「喧嘩しただけならまだしも相手を歩道橋から吊り下げたりするのは、ちょっと……」
「あー…」
ぐうの音も出なかった。ならしかたないか。と諦念しながら薊はため息を吐いた。
・思ったより色々ある小鳥遊くん
小6で母親殺されるわ、ソレが原因でイジメられたり世間からバッシングされるわで割とろくでもない目に遭ってる。結構本気で世間の奴らが嫌いだけど、同じくらい大事な人もいるから夏油ほど歪んでない。呪霊も嫌いだけど人が使役してるものは割と平気。というか興味ない。喧嘩はマジで一、二回しかしてない。
・シンプルにクソガキ、五条悟
薊からの扱いが雑になってて少し寂しい。でも悪い気はしない。七海と薊が最初ぶつかるのは想定してたけど二人なら大丈夫だと思ってたから心配はしてなかった。
推薦者もう1人をどうするか考えてる。
・ザ・大人、七海建人
シンプルに子供だけど大丈夫か?と心配してたけどイカれてたし強いから心配ないと判断した。五条から不良エピソード聞いてたから何か問題起こさないかだけ心配。この任務の後も度々一緒になるし、飯も行くようになる程度には仲が良くなる。