木々に着いた葉が赤く染まり始めた秋。寂れきって心霊スポットになった廃寺の境内には、無数の黒い羽が舞い散り、金属音と肉が抉り裂かれる音が鳴り響いていた。狩衣を身につけた呪詛師の集団と小鳥遊 薊は戦闘を行っていた。
高専に入学してから半年以上。準一級に階級をあげたことにより対呪霊の任務以外の他に、対呪詛師相手の任務も薊はこなすようになっていた。今の任務内容はシンプルで、この廃寺を根城にしている呪詛師集団の殲滅と、この集団に攫われた一般人の救助だった。
前後で挟み込むようにして切りかかってきた呪詛師二人の攻撃を倒れ込むように躱し、そのまま二人に卍蹴りの要領で2人の頭に蹴りを叩き込む。そして体勢を崩した呪詛師の急所を切り捨て、仕留める。
背後からこちらを刺し殺そうとしてきた呪詛師は黒翼の位置替えで自身の前に引きずり出す。突然の転移に混乱する呪詛師の首を跳ね、返す刀で前方で銃を構えていた呪詛師を逆袈裟に叩き切った。
最初は数的有利で粋がっていた呪詛師達。だが総勢12人いた手下は今はたった2人。頭目とその側近だけになってしまっていた。
「ひ、ひぃ…!」
「なっ、お前!!」
恐れをなした側近が武器を捨て逃げ出す。脚をもつれさせ無様に駆けるが、すぐさま薊が飛ばした斬撃により袈裟に両断されてしまった。
「後は…アンタか。」
無表情に薊が切っ先を頭目に向ける。刀身にこべりついた血が、次はお前だと告げているようで不気味だった。
「舐めるなよ…!私の術式は自らの呪力を電気に変えて放出する!!術式解放『雷電一閃』!!」
術式の開示と、身体強化に回していた呪力もすべて回され威力が底上げされた雷撃。当たれば薊といえどただでは済まなかった。当たればの話だが。
「
現れた黒い結界に雷撃が阻まれる。そして阻まれた雷撃はそのまま頭目に向かって跳ね返された。
黒鏡の効果は反射。対象は術式により生成、構築された物質と呪力。呪力が込められていない物質は効果の対象外となっており、完全に対呪術戦に特化したものだった。
呆然とした頭目の胴を反射された雷撃が貫く。崩れ行く中、頭目が見たのは無機質にこちらを見下ろす呪術師の姿だった。
❁❁
「これで最後かなっ」
転がっていた最後の死体を放り、死体の山に加える。手についた血を払い落としながら薊はため息をついた。
呪詛師掃討後、本堂に軟禁されていた一般人を解放した薊。補助監督に一般人達を任せた後、死体を回収しやすいよう一箇所に固めていた。
補助監督にメールを送ろうとした所で突然、帳が降りた。
「は?」
間の抜けた声を出しながら帳を見る。今いる廃寺はそれなりに山奥にあり人気もない為、帳を降ろさずとも問題はない。そして大前提として、任務後に帳を降ろす意味自体がないのだ。
帳に向けて刀を振るおうとしたタイミングで背後から呪力を感じた。自身より洗練されどす黒い。
「こんにちは」
「……どうも。」
前髪が特徴的な黒い長髪に袈裟が特徴的な男だった。賽銭箱に腰掛け、胡散臭く笑みを浮かべながらこちらを見ている。
「何者ですかね?こいつらの仲間なら投降してもらえると有難いんですが……」
「仲間ではないよ。彼らのことは何も知らないし興味もさほどないね。用があるのは君だよ。少し話があるんだ小鳥遊 薊。」
「知り合いでしたっけ?俺ら。」
「いや、私が一方的に知ってるだけだよ。あぁ、自己紹介がまだだったね。私は夏油 傑。よく知ってるだろう?」
知らないわけがなかった。入学してすぐの頃に行われた授業の中で取り上げられた呪詛師。
100を超える非術師を殺し、高専を追われた文字通りの史上最悪。等級は特級。同じ特級の五条 悟、九十九 由紀と同じく単独で国家転覆が可能な正真正銘の規格外。
「特級様が俺みたいな木っ端に何のようで?」
「そう邪険にしないでよ。今日は君と話をしに来たんだ。」
「俺はないです」
「つれないなぁ〜」
ぷらぷらと脚を揺らしながら不満気に呟く夏油。鯉口を切りいつでも戦えるようにしている薊を他所に夏油は話を続けた。
「時に君は非術師をどう思ってる?呪いを生み出しながらのうのうと生きる、あの猿どもを。私は嫌いだよ。呪霊を生むだけに飽き足らず我々、呪術師に尻ぬぐいをさせ、あまつさえ呪術が使えると言うだけで排斥する恩知らずの薄汚い猿ども。共に呼吸していると考えただけで反吐が出るね。」
「言葉が強いですね。」
「嫌いだからね。」
「へぇ〜……俺は特に何も思いませんね。仕事増やしやがってとは思いますがそれ以上のことは何も。」
「そうは言うけどさ……君、本音は非術師のこと嫌いだろ?」
そう言うと夏油は賽銭箱から立ち上がって歩きだし、根拠を語りだした。袈裟を着ているのもあってまるで教祖が信者に向けて演説しているかのようだった。
「君が小6の時に起きた殺人事件。その裁判で被告人の弁護を担当したのが君の母親だ。世論は有罪一色、物的証拠も存在し賢い弁護士なら無罪は狙わない負け確定の裁判。そんな裁判で君の母親は見事に無罪を勝ち取った。だが!!判決に納得がいかなかった被害者の遺族が君の母親を殺してしまった!!これだけでも悲劇だと言うのに世論の猿どもは君の母親を口汚く罵り続けた!!それだけに飽き足らず、メディアは君のことも面白おかしく取り上げ、学校では教師も混ざって君をイジメた!!」
芝居がかかった口調で語られる母親の死の顛末と自身のイジメについて。聞いていて気分が良いものではないが概ね事実だった。
「これだけでも酷いが、さらに酷いのはこの後だ。この事件から一カ月後、君の母親が裁判で争った事件の真犯人が捕まり、猿どもは手のひらを返して君の母親を悲劇の弁護士、命懸けで職務を全うした弁護士の鑑として祭り上げた。そして君をイジメた人間も君を立派な親をなくした悲劇の遺族として扱った。なんっって醜悪極まりない!!!」
「……まぁ、そうですね。」
薊の返答に気味悪く笑いながら夏油は薊の方を向き手を差し出した。
「だからね?私は君がその内に抑えてる憎悪を吐き出し、君と母君が受けた仕打ちの仕返しができる機会を与えたいと思っているんだ。それを抱えたまま生きるのは辛いからね。」
「具体的には?」
「非術師を皆殺しにして、呪術師だけの世界を作りたい。君にはその手伝いをして欲しいんだ。君は猿どもに報復できるし、私は大義をなせる。どうかな?」
笑ってしまう程に想定通りな回答に薊はため息をつく。この後行う質問の回答も予想がつくが一応聞いておくべきか、と思い口を開く。
「答える前に質問なんですけど。」
「なんだい?」
「その、皆殺しにする非術師の中に俺と仲がいい人、俺の保護者やってくれてる人とかも含まれます?」
薊の問いに夏油は申し訳なさそうに眉を下げながら答えた。
「残念だがね。家族になる相手とは言え、特別扱いはできない。」
「なるほど。」
バカ正直に答えないで嘘でもつけば懐柔しやすいだろうにしないとは。変な所で律儀な男だなと夏油を見る。仮に嘘をつかれたとしても答えは変わらないのだが。
「よくわかりました」
「そうか。それで?来てくれるのかい?」
「ん〜………そうですね」
次の瞬間、夏油の喉元に黒炎を纏った刀の切っ先が迫っていた。ありったけの殺意が乗せられた突きを首を軽く捻って躱し、距離を取った。
「手荒だね。……返事はNOということでいいかな?」
「それで合ってますよ」
剣戟と体術、黒熾の炎撃を交えた連撃に対し夏油は攻撃を躱し、捌き、どちらもできないものは手持ちの呪霊を盾として使い的確に防いでいた。
「乗ってくれると思ってたんだが残念だな……………でも、猿どもを憎んでるのは本当だろ?」
「憎んでますよ。実際、殺してやろうとか思いますし。でも、世の中、その手の奴らばっかじゃないし、そんな奴らに憎む時間も労力も割きたくないんで。」
一度区切ると、夏油のカウンターを躱しながら刀を横薙ぎに振るう。そして再び口を開いた。
「それに悪意を向けてきたやつら以上に、慈しんでくれる人を知っているので。」
報復したいとは思うし、未だに悪意を向けてきた連中への恨みは捨てられない。だが、そんな奴らを呪うことよりも慈しでくれた少数派の方が薊にとっては大事だった。
呪術師の楽園を作る。その為の手段として非術師を皆殺しにするという手段を選んでいた時点で、薊の勧誘は不可能。そして、将来、確実に自身が大切にしている人々を害する夏油を、薊が生かす理由は存在しない。
「なるほど、ハナから無理だったわけか」
寂しげに呟きながら夏油は横薙ぎの一撃を跳躍して躱し、同時に本堂の屋根に飛び乗る。
「今日は引こう。済まなかったね。図らずも不快な思いをさせてしまった。」
「そう思うなら投降してくださいな。それか殺されてくれるんでもいいですよ。」
「どちらも断るよ。家族を待たせてるからね」
「行かせるとでも?」
「行かせてくれるさ。君ならね」
鏡の姿をした呪霊を呼び出す。鏡が一瞬曇った後、鏡面に映像が映し出された。補助監督と先程、救助した一般人が無数の呪霊に囲まれていた。幸いまだ誰も殺されていないが何かあればすぐに呪霊が襲いかかる状態にはかわりなかった。
「………
「用意が良いと言ってくれ。2日間、君は私に危害を加えず追うこともしない。この縛りを飲んでくれるなら、彼らを解放し君にも危害を加えないと誓おう。」
「………いいですよ」
刀を鞘に収め術式を終了させる。同時に補助監督達を囲んでいた呪霊が消え去った。臨戦態勢を解いた薊に夏油は意地の悪い笑みを浮かべた。
「物わかりがいいね。でも、見殺しにすれば良いのに。嫌いな猿が死ぬだけだよ?」
「うるせぇ。不快なんでさっさと消えてください。」
「ごめんごめん。それでは、また。気が変わったらいつでもおいで。」
「死ね」
ばいばーい、とふざけながら手持ちの呪霊に乗って飛び去って行った。
その後、補助監督が来るまで薊は夏油が去った方向を睨みつけていた。
・地雷踏まれた小鳥遊くん
実は割とキレてた。自分が大事にしてる人を殺すとか言われてんだから当たり前ではある。
世間が嫌いだけど、人自体は嫌いではない。
・断られてぴえんなサマーオイル
薊の憎悪を煽り共感させて勧誘させるつもりだったけど、そもそもが地雷を踏み倒してるので最初から無理だった。
薊との戦いは全部、舐めプしてた。本気でやれば手も足も出させないで殺せる。それはそれとしてちゃんと悟に基礎とか諸々教わってんだなと思って感心してた。