ツーバス抱えて幻想入り   作:sakusan07

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第三話 紅い門を越えて――Beyond the Scarlet Gate――
紅い門では太鼓も身分証にならない


 門番の影は、俺とチルノが木陰を出ても動かなかった。

 

 赤い髪。

 

 緑の服。

 

 星のついた帽子。

 

 閉じた門の中央で、両腕を自然に下ろしている。

 

 構えてはいない。

 

 眠ってもいない。

 

 こちらを見たまま、待っていた。

 

「じゃあ、あたいは帰る!」

 

 チルノが俺の横から一歩だけ前へ出た。

 

「門番に聞かなくていいのか」

 

「案内は近くまでって言ったでしょ? だから、ここまで!」

 

 湖で覚えた範囲を、勝手に広げない。

 

「次は北の氷でやるよ!」

 

「沈む場所は避けろ」

 

「沈む前に飛べばいい!」

 

「俺は飛べない」

 

「じゃあ、次までに飛べるようになって!」

 

「無理な課題を残すな」

 

「やる前から決めたら弱いよ!」

 

 チルノは胸を張り、門へ大きく手を振った。

 

「門番! 今日は勝負しないからね!」

 

「それは助かります」

 

 影が初めて口を開いた。

 

 穏やかな女の声だった。

 

「でも次はする!」

 

「先に聞いてください」

 

「分かってる!」

 

 青白い羽が開く。

 

 チルノは湖へ飛び、二度振り返った。

 

 一度目は俺へ。

 

 二度目は、台車に残った薄氷へ。

 

「溶けても、次はもっといいの作るから!」

 

「待ってる」

 

 青い光が霧へ消えた。

 

 同行者はいなくなった。

 

 それでも、別れた感じはしない。

 

 次に鳴らす場所が一つ増えただけだ。

 

 残ったのは、俺と台車と、閉じた門だった。

 

 霊夢は、俺を帰す方法なら考えられると言った。

 

 ただし、境界を越え直したとき、戻った右腕や演奏で現れる力がどうなるかまでは分からない。

 

 帰る前に確かめる。

 

 森では、闇の中へ舞台を作った。

 

 人里では、人の家を揺らさない大きさへ抑えた。

 

 湖では、チルノの氷と一緒に鳴らした。

 

 三度うまくいった。

 

 だが、三度とも戻った右腕を使い、三度とも赤黒い光が出た。

 

 何も壊れなかったことと、何も残っていないことは同じではない。

 

 その答えを持つかもしれない魔法使いが、この壁の内側にいる。

 

 だが、俺に紹介状も約束もない。

 

 あるのは二台のバスドラムと、人里でもらった地図だけだった。

 

     ◇

 

 石畳へ台車を進める。

 

 右の車輪。

 

 ゴトン。

 

 左の車輪。

 

 コトン。

 

 荷台の金具。

 

 カン。

 

 距離が縮まるにつれ、女の姿だけが霧から抜ける。

 

 長い赤髪。

 

 帽子の星には「龍」の字。

 

 立ち方は柔らかい。

 

 だが、門の中央へ引かれた線だけは崩れていなかった。

 

「そこで止まってください」

 

 声は強くない。

 

 それでも足が止まる。

 

 台車は半歩だけ進み、右手で取っ手を引くと低く鳴った。

 

「紅魔館へ、どのようなご用件ですか」

 

「図書館にいる魔法使いへ会いたい」

 

「お約束は?」

 

「ない」

 

「紹介状は?」

 

「それもない」

 

「館の者から招かれましたか」

 

「初めて来た」

 

「ずいぶん不利な答えが続きますね」

 

「有利になる嘘は持っていない」

 

 女の視線が台車へ向く。

 

 二台のバスドラム。

 

 ケースへ収めた太鼓とシンバル。

 

 束ねたスタンド。

 

 氷の結晶が残った打面。

 

 最後に、取っ手を握る右腕。

 

 視線は荷物の種類だけを見ていない。

 

 ケースの留め具。

 

 スタンドを束ねた紐。

 

 台車の下へ垂れたものがないか。

 

 門を通ったあと、何が外れ、どこへ転がる可能性があるかまで追っている。

 

「中を確認しても?」

 

「壊さないなら」

 

 スネアのケースを開く。

 

 女は近づかず、見える範囲だけを見た。

 

「刃物は?」

 

「工具箱に小さなナイフが一本。打面や紐を切るためだ」

 

「火薬は?」

 

「ない」

 

「その太鼓は大砲ですか?」

 

「違う」

 

 湖でも一度、同じ誤解を受けた。

 

「二台並べると、大砲に見えるのか」

 

「少なくとも、普通の旅人の荷物には見えません」

 

「そこは否定しない」

 

 ケースを閉じる。

 

 カチ。カチ。

 

「必要かどうかを決めるのは、こちらです」

 

「門番だからか」

 

「はい」

 

 言い訳でも、威嚇でもない。

 

 誰を止め、誰を通すかを引き受けている声だった。

 

 門の脇の小さな扉が開く。

 

 白い前掛けをつけた妖精メイドが、来訪者名簿らしい板と紙の束を持って出てきた。

 

「美鈴さん、午前の来訪者はゼロで――」

 

 妖精メイドは俺を見る。

 

 次に、二台のバスドラムを見る。

 

「三名ですか?」

 

「一名です」

 

「でも、大きいのが二つ」

 

「荷物です」

 

「私より大きいです」

 

「大きさで人数を決めないでください」

 

 美鈴と呼ばれた門番は、紙の一番下を指した。

 

「予定外の来訪者が一名。図書館へ面会希望。まだ門外です」

 

「通さないんですか?」

 

「今、確認しています」

 

「帰すんですか?」

 

「それも、まだ決めていません」

 

 妖精メイドは紙へ書き込み、小さな扉の向こうへ戻った。

 

 巨大な門は、一度も動いていない。

 

 美鈴は笑いの余韻を残さず、俺と台車へ視線を戻した。

 

「確認を続けます」

 

 美鈴が俺へ向き直る。

 

「図書館の魔法使いに、何を頼むつもりですか」

 

「この腕と、演奏すると現れる力を調べてもらう」

 

 右手を取っ手から離し、掌を開く。

 

「外の世界では、十年前に失った腕だ。幻想郷へ来たときに戻った」

 

「演奏すると現れる力は?」

 

「ステージと伴奏を作る。音の壁や衝撃も出せる」

 

「館へ向けても?」

 

「向けるつもりはない」

 

「できるかどうかと、するつもりがあるかは別ですね」

 

「そうだな」

 

「その腕が不安なら、なぜこれほど重い荷物を運んできたんです?」

 

「演奏しなければ、能力は調べられない」

 

「演奏した回数は?」

 

「この世界では三回」

 

「安全だと判断するには少ないですね」

 

「だから来た」

 

 美鈴は、ほんの少しだけ頷いた。

 

 納得したのは事情だけだ。

 

 通すと決めたわけではない。

 

 美鈴は右腕を見た。

 

 触れない。

 

 分かった顔もしない。

 

「今の話だけで門を開けば、私は確認をしたことになりません」

 

「何を見れば決められる」

 

「もう見ています」

 

「何を」

 

「歩き方です」

 

 美鈴は俺の足元へ視線を落とす。

 

「右の車輪。左の車輪。荷台の金具。四回に一度、呼吸が深くなる」

 

 ここへ来てから鳴った順番だった。

 

「門から聞いていたのか」

 

「湖の氷板を渡っているときからです。短い上りへ乗るたび、車輪が一度だけ遅くなっていました」

 

「姿が見える前から?」

 

 美鈴は、初めて両足の位置を変えた。

 

「見えてから止めたのでは、遅いでしょう?」

 

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