同じ長さで吸った息は、吐くところでずれた。
美鈴が先に吐き、俺の息は半拍遅れる。
一度揃っただけで通じたと思うほど、短い審査ではないらしい。
「今の一打は、どこへ向けました?」
「ここだ」
スティックで二人の間を示す。
「あんたでも、門でもない。次の音を置く場所だ」
「一打で止まれたことも見ました」
「まだ採点中か」
「一曲は始まったばかりです」
細かな拍は六つ。だが、身体へ来る大きな波は二つだ。
美鈴の左足が横へ出る。腰が回る。後ろ足が引き寄せられる。
最初の三つ。
次の三つで、右足、掌、沈む重心。
左のキック、タム、閉じたハイハットで返す。
ドン、トン、チッ。
もう一度。
ドン、トン、チッ。
前へは来ない。演奏場所の外周に沿って、六つの足場が輪を描く。
二巡目の三つ目で、美鈴が急に歩幅を縮めた。
同じ間隔でハイハットを閉じ、金属音だけが足音より先へ出る。
チッ。
美鈴の爪先は、まだ石へ触れていなかった。
置いた一音だけが、二人の間で先走る。
「今のは?」
「俺が早かった」
「私が遅らせた、とも言えます」
「審査員が三つ目の足場を消すな」
「あなたが私の三つ目を決めたんでしょう?」
言い返せない。
美鈴の一歩へ返しているつもりで、三歩目は自分の予想を叩いていた。
美鈴が片足を浮かせたまま止まる。
一定の拍なら、ここで踏む。
身体は準備していた。
だが、足が着く前に鳴らせば、相手を急かす音になる。
足首から力を抜く。
空いた一拍を風が通り、門の上で旗が鳴った。
美鈴の足が下りる。
体重が移り切る。
そのあとへ一打を置く。
ドン。
「待ちましたね」
「お前が止まった」
「止めるとは言っていません」
「進めとも言っていない」
美鈴の目が少し細くなる。
門前で荷物を確かめていたときより、視線の硬さが一つ減った。
先走った金属音は、石畳の内側で消えた。
門も壁も揺れていない。
失敗しても、音を向ける場所だけは外さなかった。
◇
足とキックだけだった応答へ、閉じたハイハットを加える。
チッ。
美鈴が短く引く。
こちらも金属音を短く閉じる。
次に、美鈴の掌が前へ出た。
押す動きへ、重いタムを一つ返す。
ドン。
掌が円を描いて戻れば、ハイハットを細く開き、余韻を横へ逃がす。
動きが収まってから、別の音で返す。
美鈴も、その音が消えるまで次へ進まない。
「足ばかり見ていますね」
「見ろと言ったのはお前だ」
「最初は」
「今は違う?」
「それも、あなたが決めてください」
視線を上げる。
腰。
肩。
その奥に、美鈴の顔がある。
「やっと顔を見ましたね」
「荷物の確認中にも見た」
「数に入れるんですか?」
「四回は見た」
「本当に数えていたんですね」
「職業病だ」
美鈴が声を立てずに笑った。
先ほどの失敗を忘れたわけではない。
足だけを見ても間違える。
顔まで見れば正解するわけでもない。
ただ、相手がこちらの失敗をどう受け取ったかは分かる。
俺はハイハットを開く。
シャッ。
見えないギターとベースが入る。
低い音は石畳の中央へ集まり、壁へ届く前に内側へ戻った。
「伴奏ですか」
「ここから曲が動く」
「今までは?」
「お前の合図を聞いていた」
「では、今度はこちらが聞きます」
美鈴が一歩、演奏場所の内側へ入った。
俺へ半歩近づき、門からは同じだけ離れる。
押し返すためではない。
判断するために、自分から音の中へ入った。
スネアを一つ。
タン。
美鈴の左足。
右のキック。
ドン。
次は美鈴が先に息を吸う。
吐く長さへ、ツーバスを短く二つ。
ドドッ。
一歩が一打を呼ぶ。
一打が次の呼吸を待つ。
呼吸が次の一歩を選ぶ。
門へ進む俺。
門から帰す美鈴。
二人を結んでいた直線がほどけ、音が互いの周りを回り始めた。
門を越えなければならない。
パチュリーへ会わなければならない。
右腕を調べなければならない。
門前へ着いてから、頭の中で同じ三つが次の拍を急かしていた。
美鈴の一歩は、その都合では下りない。
だから、先へ進みたい気持ちまで一度ペダルから外す。
見えない声が歌う。
“Your rhythm / Meets with mine.”
スネアからタムへ、短いフィルを一気に落とす。
タタタタ、タタタタッ。
次の瞬間、六つの輪がほどけた。
速くなったわけではない。細かな拍が八つ、同じ幅で一直線に並ぶ。八分の八拍子。サビの足場だ。
美鈴の身体も円を描くのをやめ、初めて正面から俺へ向く。
「……変えましたね。足場を」
「ついてこられるか」
「門番に、それを聞きますか?」
姿のない声が、開いた拍へ飛び込む。
“Beyond the scarlet gate!”
美鈴が踏み込む。
足裏が着くまで待つ。
ドン。
呼吸が重なる。
タン。
視線が外れない。
クラッシュを一枚だけ鳴らす。
ジャァン――!
高い音は門ではなく空へ抜けた。
門前の空間が、最初より広く見える。
美鈴の肩から、門を塞いでいた力が抜けた。
俺の足からも、先へ急ぐ力が抜ける。
「通してもらえるか」
「まだです」
「厳しいな」
「門番ですから」
同じ答えに、今度は穏やかな笑顔がついていた。
美鈴が両手を上げる。
拳ではない。
開いた掌を胸の前で重ねる。
「ただの侵入者ではない可能性は見えました」
「可能性だけか」
「一曲は、まだ途中でしょう?」
「そうだな」
「今の拍から、こちらも採点だけではなくなりました」
「何になった」
「型と音の交換です」
「型は、相手を倒すためだけにあるんじゃないんだな」
「門も、相手を帰すためだけにあるものではありません」
「通す相手を見るためか」
「止めたままでは、見えないこともありますから」
俺はスティックを持ち直す。
門を通るためではなく、目の前の相手へ返すために。