ツーバス抱えて幻想入り   作:sakusan07

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門番が自分で開ける門

「まだ曲は終わっていない」

 

「だから、今決めます」

 

 美鈴は館の内側を見ない。

 

 小さな扉から誰かが出るのも待たない。

 

 最後の型を収めたときには、自分の中で答えを出していた。

 

 短いフィルが、六つの輪をもう一度ほどく。

 

 八つの拍が一直線に並ぶ。今度は二人の間で止まらず、閉じた門の前まで続いていた。

 

 歌は高い音域へ戻っている。

 

 曲の重さは増えていない。

 

 低く広がるオルガンへ、明るい声と開いた金属音が重なり、門柱の間に見えていた空を奥へ押し広げる。

 

「終わってからでは遅いのか」

 

「勝った方を決めるような答えにしたくありません」

 

 美鈴の左手が、門の留め金へかかる。

 

「あなたは、私が止まれば待ちました。動けば、動き終わるまで見ました。門が閉じていても、空いた一拍があっても、勝手に先へ進まなかった」

 

「それで通す?」

 

「門内の待機場所までです。その先は館の者へ取り次ぎます」

 

「中でも止められたら止まると思うのか」

 

「分かりません」

 

 迷いのない返事だった。

 

「分からない相手を、何も見ずに通すつもりはありません。でも、今のあなたなら、止められた理由と次の合図を待てる。待機場所までなら任せられると判断しました」

 

「十分だ」

 

 金具が外れる。

 

 カン。

 

 曲の音ではない。

 

 美鈴が自分の手で動かした、普通の留め金の音だった。

 

「門番として、通してよいと判断します」

 

 美鈴は門の片側へ両手を添える。

 

 腰を落とす。

 

 押す。

 

 長く使われた蝶番が低く鳴った。

 

 ギィィ……。

 

 紅い扉が、ゆっくり内側へ動く。

 

 音圧で押されたのではない。

 

 門が意思を持ったのでもない。

 

 止めることを仕事にしてきた者が、通すと決めて開いている。

 

 美鈴の靴底が石へ沈む。

 

 腕だけではなく、腰と両足で扉の重さを受けている。

 

 武術の型より遅く、飾りもない動きだった。

 

 それでも、今日見たどの一歩より、はっきりと先へ道を作っていた。

 

 開いた幅へ、中庭が現れる。

 

 赤い壁。

 

 白い窓。

 

 朝の光を受けた石の道。

 

 風に揺れる洗濯物。

 

 俺が止められていた間も、壁の向こうで続いていた日常だった。

 

 門が開いたから生まれた景色ではない。

 

 見えなかっただけで、最初からここにあった。

 

 姿のない声が高く開く。

 

 “Beyond the scarlet gate!”

 

 俺はツーバスを短く踏み、スネアを返す。

 

 ドドッ。

 

 タン。

 

 開いた門へ音を叩き込まない。

 

 中庭へ低音を走らせない。

 

 演奏場所の内側へ戻し、一曲を最後まで運ぶ。

 

 美鈴も門の脇に立ち、急かさず待っている。

 

 今ならスローンを立ち、身体だけ門内へ入ることもできる。

 

 それは許可された範囲ではある。

 

 だが、開いたことと、曲が終わったことは同じではない。

 

 俺も美鈴も、最後の音までその場を動かなかった。

 

     ◇

 

 最後の歌が収まる。

 

 ギターが一音だけ残る。

 

 右手でクラッシュを打ち、左右のペダルを一度ずつ踏む。

 

 ジャァン――。

 

 ドン、ドン。

 

 赤い照明が弱くなる。

 

 鉄骨とアンプが赤黒い光へほどけ、石畳には自分で運んだドラムだけが残った。

 

 右腕の熱は脈の速さまで下がっている。

 

 粒子も、指の動きの乱れもない。

 

 美鈴が右手を差し出す。

 

 スティックを左手へまとめ、今度は間を置かず右手で握った。

 

「次に来たときも、止めるのか」

 

「もちろん。門番ですから」

 

「また一曲?」

 

「必要なら」

 

「必要でなければ」

 

 美鈴が笑う。

 

「そのときは、審査ではなく聞かせてください」

 

「分かった」

 

 手を離す。

 

「ここからは、旅人としてどうぞ」

 

「門番は?」

 

「守る場所へ戻ります」

 

 美鈴は台車の後ろへ回りかけ、一本だけ緩んだ紐を指した。

 

「そのままでは、敷居でスタンドが落ちます」

 

「審査は終わったんじゃないのか」

 

「門を通る荷物の確認は終わっていません」

 

「仕事が細かいな」

 

「落としたら拾うのは、たぶん私です」

 

 紐を締め直す。

 

 引くと、束ねた金属が一度だけ鳴った。

 

 機材を台車へ戻す。

 

 二台のバスドラムを最後に固定し、車輪を門の敷居へ乗せる。

 

 脇の小さな扉が開いた。

 

 白い前掛けの妖精メイドが、板と紙の束を抱えて出てくる。

 

 俺を見る。

 

 二台のバスドラムを見る。

 

「やっぱり三名に見えます」

 

「一名、機材一式です」

 

 美鈴が紙を指した。

 

「予定外の来訪者一名。門内で待機。図書館へ面会希望。私の判断で通しました」

 

「ご用件は?」

 

「外の世界から来た人間の身体と、演奏で現れる力についての相談です。パチュリー様へ取り次いでください」

 

「分かりました」

 

 妖精メイドは紙へ書き込み、館の内側へ飛んでいった。

 

 俺は台車を押す。

 

 右の車輪。

 

 ゴトン。

 

 左の車輪。

 

 コトン。

 

 金具。

 

 カン。

 

 紅い門の線を越える。

 

 美鈴は最初に俺を止めた線を、もう指ささない。

 

 開いた幅の中央を通るよう、掌で短く示すだけだった。

 

 振り返る。

 

 美鈴はついてこない。

 

 門の外へ戻り、湖から続く道へ身体を向けている。

 

 両腕を自然に下ろした、最初と同じ立ち方だった。

 

 だが、もう障害には見えない。

 

 次に来る何かを見落とさないため、守る場所へ残る者だった。

 

 俺が門内へ進むほど、車輪と金具の三つの音は美鈴から遠ざかる。

 

 聞こえなくなっても、あの門番なら最後まで数えている気がした。

 

     ◇

 

 門内の待機場所で、台車を止める。

 

 赤い壁に沿った石床。

 

 屋根の影。

 

 館の扉へ続く道には入らない。

 

 待つよう言われた場所で待つ。

 

 扉は目の前にある。

 

 門前で空いた一拍へ勝手に進まなかったのなら、ここで空いた時間だけを抜け道にする理由もない。

 

 中庭では、洗った布を干す音がする。

 

 窓の向こうで、食器が重なる。

 

 門前の休符で聞いていた日常が、今は壁の内側から聞こえていた。

 

 外で聞いたときは、閉じた門の向こうを想像するための音だった。

 

 今は、自分がその日常へ入る前に待つための音になっている。

 

 しばらくして、妖精メイドが戻る。

 

「取り次ぎました。パチュリー様がお会いになります」

 

「ここからは?」

 

「この扉の先を、まっすぐです」

 

 妖精メイドが、待機場所の奥にある扉を開く。

 

 暗い廊下が、館の内側へ続いていた。

 

 姿はまだ見えない。

 

 声も聞こえない。

 

 扉の向こうから流れてきたのは、古い紙と、蝋燭の匂いだった。

 




第三話「紅い門を越えて――Beyond the Scarlet Gate――」は、東方Project『明治十七年の上海アリス』を原曲とするアレンジ楽曲「Beyond the Scarlet Gate」と連動しています。

楽曲およびMVは、YouTube・ニコニコ動画で公開しています。

【投稿者名】
YouTube:sakusan07 @sakusan07
ニコニコ動画:さくさん ID:234862

【プレイリスト】
YouTube:ドコドコアレンジしよう!
ニコニコ動画:<幻想入りシリーズ>ツーバス抱えて幻想入り
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